雨黙りの日 5
衝撃的なその様子に全員口をつぐみ、サッと視線を外した。
満足そうにしていたラッコが獲物を狙う目で周囲を見渡しギラギラした眼差しがこちらを認識した瞬間ビクリと体を跳ねさせた。ラッコがアレイスターを見たからだ。
ラッコは優雅にプカプカしながら少しづつこちらに近づいてくる。
またビクリと体を揺らして窓から離れると、ラッコはまた大きな口を開いて窓に噛み付いてきた。
「「「「っっぎゃーーーー!!!」」」」
一斉に叫び、モンスーンはフッと意識が無くなり床にバタリと倒れた。
施錠がしっかりされていたため、そのあともガジガジしていたラッコは、壊れない窓にイラつき可愛い顔で盛大に舌打ちをしながら離れていった。
「……ラッコって、あんな丸呑みしましたっけ」
ガタガタ震えながら指をさして言うカーリアに3人はブンブンと首を横に振った。
倒れたモンスーンをなんとかソファーに寝かせたスイたちは、疲れた体を休ませる為に椅子にどさりと座って、閉めたカーテンの外を思いチラチラと見る。
水中なのに、時折なにかが聞こえるのだ。
なにか、悲鳴的な……。
「……もしかして、誰かいるのでしょうか」
「水中の生き物のチケットをもらって水中生物に変わったプレイヤーなら可能性はあると思うわよ」
「……たしかに。でも、外は地獄です」
「初めての雨黙りの日でテンション上がって、水中でも大丈夫だからと避難しなかったプレイヤーでしょうか」
3人がはぁ、とため息を吐き出すとカーリアは心配そうにモンスーンを見たあと、そっとカーテンを少しだけ開いてみたら予想通りなプレイヤーが雨黙りの魔物に追われていた。
さらにその奥には集団ラッコに追いつかれて丸呑みにされる瞬間のプレイヤーの足が口から見える。
ビクンビクンとリアルに痙攣している様を見てしまったカーリアは顔を引き攣らせて視線を外した。
「…………………………」
何も言わずにカーテンを閉めたその様子に3人は哀愁の眼差しを向ける。
…………相変わらず運営はえげつない
「……………………長い1日だった」
スイは机に上半身を倒して呟いた。
あの後建物の中に何者かが侵入するなどといったハプニングは無かったが、相変わらず外からの消え入る悲鳴が聞こえていた。
それはなかなか耳から離れないもので、困ったことにリィンが頭を抱え髪を掻きむしる場面もあるくらいに。
何故かたまにカーテンが勝手に開き外の様子を強制的に見せるのだ。
綺麗な海の様子だけで安心する事もあれば、何故か象がノシノシと歩いている時もあり、相変わらずこの世界は不思議がいっぱいだ。
「……モンスーン、あんたはどんな神経してるのかしら」
あの気絶したモンスーンはまさかの朝まで起きなかった。
普通気絶は状態異常になるのだが一定時間で覚醒する。
また、寝たらログアウトする画面が現れるはずなのだがモンスーンは気絶から回復することも無く、ましてやログアウトもしないで朝まで眠りこけていたのだ。
「いやぁ、なんでだろう」
赤い顔をしてヘヘッと笑うモンスーンに、カーリアは深い深いため息を吐き出した。
「スイさん、これが2ヶ月に一回なんですよね」
「……神様は私達を見捨てたのでしょうか、リィンさん」
「神様じゃなくて運営よ、スイちゃん」
こうして初めての雨黙りの日は過ぎていった。
街中からは完全に水が引き、水の一滴も残していない。
濡れた感じもなく、しっとりとした触り心地に乾かされていた洗濯物は祝福を受けてキラキラと輝き新品同様になっている。
汚れが付きにくく、洗い流しやすい祝福らしい。
その家のお母様は喜び勇んで洗濯物を朝から取り込んでいた。
「…………なんだこれ、どうしたんだ?」
たまたまだが雨黙りの日にログインしなかったカガリがクランハウスの惨状に呆然と立ち尽くしていた。
食堂はぐちゃぐちゃで、今すぐ厨房は使えなさそうだ。クリスティーナが泣き崩れている。
椅子やテーブルはベシャベシャに濡れていて、ワンコさんスペースも玩具やキャットタワーは破壊されていた。
階段も水びたしで床同様に歩くとグシュッと鈍い音をたててじんわりと靴が染みてくるのだ。
「……なにがどうなってんだ」
客もクランメンバーもここには居なくて、居るのは泣き崩れているクリスティーナだけというカオスな状況にカガリは遠い目をして立ち尽くした。
「…………片付けに、家具一式清掃、台所周りの……掃除でなんとかなるのか? これは……」
あまりにも酷い惨状に、修復に掛かる損害金を考えてこっちが泣きそうだと呟いたのだった。




