雨黙りの日 4
「寒くなぁい?」
「はい、ありがとうございました」
二階にある個室から出てきたスイは、階段を降りてアレイスターの前に立つ。
ずぶ濡れのマントを袋に入れた状態でアレイスターに返すと、そのままインベントリにしまった。
雨黙りの水は、どうやらしまっても乾くことは無いらしくクランハウスに戻ってから干さなくてはいけないようだ。
同じくしっとりと濡れた髪をタオルでぽんぽんと拭いていると、二階の別の部屋からリィンと2人組のプレイヤーも降りてきた。
珍しくパンツスタイルのリィンだが、上はフリルをふんだんに使った水色のブラウスに、白色の足首が見えるガウチョパンツ。
くるぶし丈の黒の靴下にピンヒールの青いエナメルのヒールを履いていていつもと真逆の服装にスイとアレイスターは目を丸めた。
「あらあら! リィンちゃんパンツスタイルもにあうわね!」
「本当ですか? 良かったです!」
ホッとしたように笑って隣にいた2人組のプレイヤーにぺこりと頭を下げてから階段を駆け下りてきた。
そして、アレイスターに髪を拭いてもらっているスイを見て目を見開く。
「……スイさん」
「ん?」
「……部屋着、です?」
「うん、1日出れないみたいだから楽な格好がいいかなって」
どこからかアレイスターが見つけてくれた椅子に座って、リィンを見上げるスイ。
うさぎ耳のフードが付いた黄色いパーカーと、同じ色のショートパンツ。
数日前にやっていたフリーマーケットで購入して着る機会がなかったらしく、今だ! と着たらしい。
「……ズボン短いですね?」
「ショートパンツですから」
そのショートパンツがリィンには気になるようだ。
雨黙りの日特有の涼しさはあるのだが、走ったことによってかなり体が火照っている。
祝福を受けた水はいい感じの冷たさではあるが、冷やす効果はないようだ。
「ねぇリィンさん、見てください」
指差した方は窓で、普段だったら街並みが見れるのだが、今は水没した街が見える。
緩く波打つ水が街を埋めつくしていて、外に干されていた洗濯物が水の中でユラユラと揺れている。
何故か物干し竿から外れない洗濯物は、キラキラと輝いていた。
街中にある屋台などのお店は一体どうなっているんだろうか。
他の家の窓から家の中が見えるのだが、いつもと変わらない様子でテレビを見たり本を読んだり家事をしている人もいる。
「完全に水没してますね……」
窓に手を着いて外を見るリィン。
魚や貝などが街中を泳いでいる幻想的な様子にリィンは笑みを浮かべる。
「………………!!」
しかし、その幻想的な街中に巨大な丸々と太った……マグロ、だろうか。
網タイツを履き、エナメルの緑のピンヒールを履く魚が優雅に流れていった。
「……こんな敵、前にいませんでした?」
「……居たと思います」
「こんなのも流れて来るのねぇ」
「見て、上。完全に屋根の上まで水が来てますよ。本当に水没してるのですね」
3人がははぁ……と外を見ていると、後ろから声が掛けられ振り向く。
「あの、服掴んですいませんでした。1日出れないみたいなので、あの、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた好青年風だが、スイをガン見した男性に、困ったように笑って頭を下げた赤い髪を三つ編みにした細い女性。
赤い髪を三つ編みにした細い女性。
大事だから2回言った。
「…………細い版大人しいクリスティーナ」
「「ぶふぅ」」
スイの静かな言葉に、両隣にいたリィンとアレイスターは思わず吹き出した。
虚ろな目で女性を見るスイに、見つめられる当人はかなり狼狽えている。
「あ、あの?」
「ごっめんなさいね! 大丈夫、なんでもないのよ、アタシはアレイスターよ、よろしくね」
「リィンです!」
「……スイです。……そうか、間違わなかったらクリスティーナもこうなってたんだ……」
「「ん"ん"ん"ん"ん"!!」」
自己紹介した2人組はカナリアスターという小規模クランのメンバーらしく、特に仲の良い2人はブラブラとお買い物中だったらしい。
男性は、前衛でスピードはあまりでないが大剣で強攻撃をするプレイヤー。青紫色の短髪を青い無地のバンダナで纏めている。
敵と戦う前提では無いためTシャツにカーディガンにチノパンという軽装だった。
名前はモンスーンという。
女性は、同じクラン所属の後衛火魔法を得意とする魔法使いらしい。
赤い髪を緩く三つ編みにして前に出しているその女性は、ニットワンピを着ていて清楚な人だ。
カーリアという名前であまり強い魔法は使えないが、乱発出来るらしい。
「それにしても凄いですね、本当に水に沈んでる」
「魚とか、泳いでるわ……」
優雅に泳ぐ魚達の間にプカプカと泳いでいるラッコ。
水の中に完全に入っているのに、よく見る上向きで貝殻を抱えるような姿勢だが、抱えているのは何故か暴れているラッコよりも3倍はデカイ鯨だ。
「……ラッコが……クジラを抱えています」
呆然と呟くスイに、あっちのラッコはイルカだわ、とアレイスターが指を指す。
「……あっ!」
可愛い顔で鯨を撫でていたラッコが、鋭い二重になっている歯をむき出しにして口を開け鯨の胴体に齧り付いた。
そのまま大きく口を開き、横向きの鯨を1口で飲み込み出す。
頬が長く伸びて明らかに体積に似合わない物体を丸呑みしたラッコは、満足そうに自分のお腹を叩いていた。




