閑話・ベータ版11
「…なるほど。そっちでもプレイヤーが荒ぶって解散か」
前の酒場で丸テーブルに置いたお茶が入ったコップの隣に頭を置いて唸っているカガリを、グレンが眺めている。
あの戦闘の後、死に戻りしたカガリ達だが、怒りに震えて真っ赤な顔をしているミリタリーネと愕然としている明けの月影が噴水の前で立ち尽くしていた。
シュウは、噴水の縁に座って項垂れているが荷物や武器は無事に持っているようだ。
持ちやすいのとか、使えるのを厳選したのかわからないがハラはミリタリーネと明けの月影のアイテムと武器をごっそり持って敵前逃亡した。
もちろん、残されたカガリたちは放置である。
「何考えてるのよ! 武器もアイテムも勝手に持っていって! あいつフレンド登録消してるから連絡のしようも無いじゃない!!」
「……ハラ、どうして……」
怒り狂うミリタリーネと、ずっと一緒にいたハラに裏切られたと愕然とする明けの月影。
そこからはただの罵りあいだった。
あいつが悪いだの、お前がフォローしないからだの。
汚い言葉で罵り、亀裂が入っていたパーティは一瞬にして分断した。
その場でこんなのやってられっか! と叫び飛び出した明けの月影にさらに怒り狂うミリタリーネは、気付いたらいなくなっていたシュウに対しても不満が止まらない。
そして、矛先がカガリに行く瞬間たまたま通りかかったセラニーチェとグレンに助けられたのだ。
「……なんだかなー。たぶんあれよ。掲示板見た?」
「いや、あれから見てない。なんかあったのか?」
「あったなんてもんじゃないわよ。加害者だって叫ぶ被害があったプレイヤー達が掲示板に不満を書いたのよ。それを見た奏者が一斉に反旗を翻したってことらしいわ。で、これを問題視した運営が今までの会話の履歴を洗いざらいさらった結果……まぁね、あまりいい待遇を受けていなかったのが白日のもとに晒されたってわけ」
「今後のリリースに向けて調整が入るらしいんだが、やはり各職業の力が上手く発揮されていない事は前から運営の問題点だったらしい。まぁ、それを上手く使い分けていたのがピックアッププレイヤーみたいだな」
2人からの知りえない情報に目を丸くしたカガリは、何でそんなに詳しいんだ? と首を傾げたのだが、答えは簡単だった。
「公式に載ってるわよ。今後は様々なプレイヤーの戦闘シーンを動画にして公式サイトにアップするから色々見てねって事になったみたいね。載せていいかは許可制だから、勝手に動画配信はしませんって。しかし、ここまで来ても職業別のマニュアルが出ない、あくまで自由に好きなプレイスタイルを徹底する運営って」
はぁ、と困ったように笑ったセラニーチェはカガリをじっとみた。
「で? どうかしらパーティ解散したカガリくん? うちのパーティの3人目にならない? 私たちのゲームの大事なお約束は、皆で楽しくゲームをしましょう、よ」
にっこり笑ったセラニーチェと、軽く口端を上げて笑うグレンにカガリは体を起こしてニヤッと笑う。
「カガリ、職業は盾だ。楽しくゲームをしたい。よろしく!」
手を出して挨拶を交わすカガリに満足そうに笑った2人は同時にカガリの手を強く握った。
それからはたった3人でのプレイが始まった。
驚いた事にセラニーチェの回復は的確だし、火力は1人しかも後衛であるグレンがまさかの高火力をたたき出し、あんなに大変だった敵をアイスが溶けるように倒してみせた。
もちろんそれにはカガリのタゲ取りは必須だし、強くなる敵を倒すため日々のレベル上げは勿論何故か筋トレしたら盾の重さをあげるキッカケになりかなりびっくりした。
「あれよね、やっぱり前衛ほしい」
「同感」
「敵多いとカガリが一気に囲まれるからな」
プレイヤー3人で戦闘、はやっぱり厳しいと話していたわずか1時間後に新たな出会いがある。
「……あれ。もしかして」
「ん? どうした?」
「……あら、あの人確か」
森林公園のベンチにポツンと座って空を見上げているピンクの短髪の男性。
あのぶつかって慌てて謝って走り去った男性で何をするでもなく座り込んでいた。
3人は顔を見合わせると、まさかのグレンが近づいていく。
しかし、近づいた時にカガリが押されて男性の前に飛び出した。
ギリっとグレンを睨むが何処吹く風である。
「……何してんだ? 僧侶じゃねぇか」
「……………え?」
急に掛けられた声に振り向いたのはキョトンとした表情で、それが後のリィンとなる今はチャームという名の男性だった。
僧侶1人では何も出来ないと諦めていたチャームに叱咤激励して立ち上がらせた3人は、半ば強引に仲間に引きずり込みそのままフィールドへと連れていった。
そこからは色んなことがあった。
仲良くなるのに時間はかからず、わちゃわちゃと騒ぎ、倒したり死に戻りしたり。
コップを鳴らして飲み会をして盛大に笑った。
悲しい顔をしていたチャームも全力で楽しめるようになって暫くたったあとに挑戦したレイドボスに、まさかの呪われたアイテムを貰ったチャームは女性のような姿になり話し方も変わり打ちひしがれた。
それでも諦めずに楽しく遊ぶ4人に、集まり出す仲間たち。
クラーティアが入り、また後衛火力が増え、アレイスターが入り素敵なオネェさんに打ちひしがれ、やっと増えた前衛! と喜んで仲間に入ったデオドールは、まさかの今までソロだったの。うふふ発言の後、頬に手をあて微笑み戦闘になった瞬間真顔になってハンマーを振り回し敵を吹き飛ばした。
「やべ、ソロやべー」
それから、なぜかオネェさん素敵と増えた双子のナズナとイズナ。この時はまだまだ真っ白で純粋な撲殺天使様。何時から足技のキレが増したのだろう……。そして女性大好きと荒ぶる前衛単細胞剣士のタク。
続々増える仲間たち。
その分フィールドで意思疎通が難しく喧嘩もした。
特に回復をするセラニーチェとリィンは周りが止めるくらいの大喧嘩も良くしているのだが、街に帰る頃にはコロッと仲直りしていて2人で並んで歩いているのだ。
新しく作れるようになったクランを立ち上げる頃には、それぞれが強くなりピックアップと言われるプレイヤーに全員の名前が入るようになっていてフェアリーロードは一躍時の人となったのだ。
こうしてベータテストを終えた。
色々問題が多々あったのだが、概ね満足のいく結果にはなった。
しかし、奏者への確執は強く現在のAnotherfantasiaにも悪影響を及ぼすくらいには印象が最悪だった。
スイが現れるまでは。
カガリにとって、ハラは好印象のプレイヤーだった。
柔らかな印象で穏やかで、いつも仲間たちのフォローをしていた。
話しやすいし、愚痴にも付き合ってくれる仲間思いの人。
だからこそ、裏切られた事に強い憤りを覚えた。
なんも言わないで真っ青な顔で逃げるハラに落胆したのだ。なんで俺に何も言わないんだって。
それを消化できずに本リリースでスイに当たった自覚がある。
でも、あの出来事があったから今の仲間たちに会えたし強くなれた。
全部が無駄じゃないと今なら言える。
「きっとこれも、俺にとっては必要な事だったんだな」
「なにがですか?」
クランハウスでの団欒中、物思いにふけっていたら、ふわりと髪を揺らして顔を覗かせたリィンに目をパチパチとする。
「……なんでもねーよ」
「あ! もぅ」
リィンの持っているお皿にあるクッキーを1枚取り口に入れると、リィンは頬を膨らませた。
手作りだから初めの1枚はスイさんに渡すはずだったのに……と呟く姿を笑って見る。
「なぁリィン……ゲーム、楽しいな?」
「はい、とっても!」
周りを見たら全員が楽しそうに笑っている。
ベータテストの時より増えた3人の仲間たちと今日も楽しいと満面の笑みで楽しむその姿に、それだけで満足だと笑みを深めた。




