堕天使クエストの結末 2
「………安易な発言だったよ。依存していたのは薄々わかっていた。ただ、自分の為にと言ったことをあの子は履き違えたのだよ。……自分にまた愛情を向けるために私の婚約者に冷たく当たり私と会わせないようにしたり、邪魔したりと四苦八苦していたね。その度に私が注意するのをあの子には理解ができなかった。だが、あの子はエスカレートしていき婚約者に怪我を負わせた。叱るの範囲を超えていたさ……」
後悔の滲み出る声色にスイは眉を寄せる。
人の家庭に口を挟むものでは無いけれど、 兄も弟も必死に悩み生き抜いたのだろう。
どうやって弟を更生すれば良いのか悩み声を掛け時には叱り。
兄の愛情を受けたい弟はどうすればまた自分を見てくれるか試行錯誤して……そうして間違った。
拗れた兄弟は自然と対立し始める。
なぜ分かってくれない? どうして理解してくれないのか。
お互いにそう思うのに、願う事は真逆。
いつまで経っても平行線で、次第に自分を見ない兄に殺意が芽生えてくる。
とうとう武器を握る弟を困惑と悲しさが支配する。
でも、わかっていた。
弟は毎回本気で剣を振ってはいないことを。
「え? そう……なんですか?」
「ああ、長く伏せっていた私は剣を得意としていない。あの子は運動神経も良く武器の扱いに長けていたよ。……剣を握り私を殺そうとしながらも常に迷っていたのだな。
きっとそんな迷いがあの場所を引き寄せたのだろう。………亡くなった皆には申し訳ない。出来の悪い弟に育ったのは私のせいだろう。……それでも、どうしても私はあの子を嫌えない」
強く手を握りしめて絞り出す様に言ったその言葉が弟の事を大切にしていたと伝わってくる。
弟を嫌えないし救えなかった自分自身も許せないと顔をしかめて小さく呟いた。
「好き、だったんですね」
「もちろん、だってたった1人の弟だからね」
困ったようにでも優しく笑うその人の表情は大切な弟を思う兄の表情だった。
「あの、疫病の事件をいろいろ調べているときに見つけたものなのですが……」
そう言ってとり出したのは温泉の時に手に入れた小さな試験管に入った液体だった。
それをこの館の主人に手渡すと、その試験官を受け取った、主人は、不思議そうに上にかざしながら、それを見た。
「これは?」
「多分今のあなたに必要なものかと」
主人はそれをじっと見てからゆっくりと試験管の蓋を開けた。
液体は特に香りはなく軽く匂いをかいだ後首をかしげているその姿にスイにも香りがないことがわかる。
飲み物なのかそうでないのかそれすらもわからないまま主人は手のひらにその液体を数滴たらす。
それは少しとろみがあって、試験管から出した後に不思議と甘い香りが漂ってきた。
「甘い香りがする」
その変化に軽く目を見開いた主人は驚きながらもその液体をテーブルにさらす。
手のひらにはまだとろみのある液体が少し付着しているが構わず、テーブルにたらした液体を見つめる。
その液体はテーブルに着いた後に数秒してゆっくりと煙が上がってきた。
その液体から上がる煙にも甘い香りが漂っていて、少量であるはずの液体からは部屋いっぱいに煙が立ち込めた。
主人、バトラー、スイ3人は驚き椅子に座っていた2人は立ち上がりあたりを見回した。
3人しかいないはずの人影にもう1人増えていることにスイは気づいた。
「誰かいる?」
「人影がある」
3人がその4人目の人影を黙って見つめていると、その人影はゆっくりと近づいてきた。
(……兄さん?)
その人影からは少しくぐもった男性の声が聞こえた。
その声に主人は目を見開きふらふらとしながら近づいていく。
小さくバトラーの坊ちゃまと困惑した声が聞こえその人影をもう一度よく見た。
「まさか……」
そう、その煙から出てきたのは主人の弟だった。
不思議そうに首をかしげながら近づいてくる弟に主人は困惑しながらも近づく。
「…………どうして兄さんがここに?……え? 家?」
呆然と家の中を見た後また兄を見た弟は、ゆっくりと兄の手を掴んだ。
柔らかく張りがある、兄の手。
自分は病に侵されて兄に切り付け死んだ……兄に触れ、兄の体に同じアザが出来たのを見て言葉には出さず絶望しながら死んでいった筈だ。
「……どうして?」
金の髪をふわりと揺らして、同じように瞳を揺らして聞く弟に、兄は優しく笑った。
以前の兄に寄り添っていた弟の表情に戻っていたからだ。
「…………ギル」
「ん?」
「何をしたかわかっているかい?」
ギルと呼ばれた弟、ギルバートはふらりと頭を手で抑えた後スイに気づき次第に目を見開いていった。
「…………君は……」
うぅ……と頭を抑えながらも真っ直ぐにスイを見るギルバート。
「…………あの時の」




