清水とアイリーン
「あ、スイー」
食堂に降りてきたスイに気付きカウンターから身を乗り出したクリスティーナに軽く手を振り返した。
病院があった為1日ログインしていなかったスイはカウンターに上半身を預けてメニューを見る。
どうやらまだ新商品は無いようだ。
「なんか食べる?」
「第3の街に行きたいからお弁当とかって頼める?」
「ん。オッケー」
すぐにお弁当の準備を始めるクリスティーナを見たあと椅子に座ると、
「第3の街行くのか?」
「ん? うん行くよー」
「あー、じゃあさ一緒に行っていいか? えと、清水とかも」
話しかけてきたのはファーレンだった。
ん? と首をかしげてファーレンの後ろを見ると清水と一緒に女性プレイヤーがいた。
2人、氷の城のレアドロップを着ている。
青をベースにした綺麗な正装だ。
スイは、お!? と目を輝かせて清水を見ると、照れたように頭を掻きながら笑う清水。
「それを着てるって事は! 告白うまくいったんだね!?」
「はい、お陰様で」
幸せそうな笑みでスイに答えた清水に思わず拍手すると、客として来ていたプレイヤーも一緒に拍手した。
「おぉ! 告白したのか! 上手くいったんだなおめでとう!!」
「ありがとうございます」
常連さんが清水の背中を叩いて言うと、清水も嬉しそうに笑って言った。
「スイ、スイ!」
常連さんが清水に話しかけて彼女を紹介しているのを横目に、ファーレンはスイの服を引っ張る。
耳に口を近付け小さく話し出した。
「最近付き合ったばっかみたいでずっと無意識にのろけてんの! 俺一人とか地獄だって!! 一緒して! 頼む!!」
必死に手を合わせて頼むファーレンに、スイはあー……と、デレデレした清水を見てから頷いた。
「理解」
「助かる」
親指を立てて言ったスイ、その手をガシッと掴んだファーレンの顔は思いのほか切羽詰まっていた。
「はい、これお弁当4人分。こっちが清水ちゃん達ので、こっちがスイとファーレンのね」
クリスティーナが指さして教えてくれるのをふんふん、と頷きお礼を言ったあとフェアリーガーデンをでた4人。
歩きながら、清水の隣にいる女性プレイヤーがスイを見上げた。
身長150センチ無いだろう、その女性はスイと同じ緑の髪をしていた。
スイよりも濃い緑の髪に白の花柄カチューシャをして、レアドロップのドレスを着ている。
華奢な彼女にはとても似合っていた。
「清水の彼女のアイリーンです。バイトの話やレアドロップの話、聞きました。私が言うのも違うかもですけどありがとうございます」
ペコっと頭を下げたアイリーンに、スイはいい子じゃないのー! とつられて笑う。
「私はスイよ。よろしくね」
「はい! あの、第3の街に到着までお願いします」
「あ、はい! 了承しました!……あ、もしかしてエリアボスはこれから?」
大量カメムシを思い出し、うぅ……と唸りながらきくと、2人同時に首を横に振った。
「いえ! なんとか倒したんです! ただ、第3の街に着く前の森でやられてしまって……死に戻り先が第3の街じゃなかったんです」
「……………なんて不憫」
清水の言葉にスイはあの大軍のカメムシからのメタモルフォーゼゴキ〇リを思い出し、うっ! と口元を抑える。
「倒したから行けるみたいだけど、また行くにはあのカメムシの大軍とたたかわなきゃだろ? だからさ……」
「なるほど、蜂さんね」
うんうんと頷くスイを見て、清水は少し安心する。
無意識だが、スイがいたら大丈夫という刷り込みが出来ているようだ。
こうして蜂に運んでもらい第3の森に到着した4人。
清水はキョロキョロと周りを見渡した。
エリアボス討伐後、ボロボロのところを敵に囲まれ死に戻りした為殆ど見ていないようだ。
森自体はあまり代わり映えしない為、直ぐに落ち着き前を見る。
「蜂に連れて行って貰うことなんてできるの。びっくり」
巨大な蜂に捕まることも空中飛行をする事も、アイリーンには恐怖だったらしく、青ざめた顔で言った。
怖さのあまり叫ぶことすら出来なかったのだが、結果的には良かったのだろう。
そんなアイリーンに気付き、清水が近付くと震える手で清水の胸に寄り添うアイリーン。
「大丈夫?」
「うん、落ち着いてきた……」
無理して笑っていうアイリーンに眉を寄せている清水。
そして死んだ目で2人を見る非リア充の2人。
「…………とりあえず私達も抱き合ってみる?」
「スイが蜂に怖がるなら考えてもいいけど?」
「あ、ないわ」
「知ってる」
ファーレンと抱き合う2人を見てそんな事を話しつつアイリーンが落ち着くのを待った。
「…………お恥ずかしいところを……」
落ち着いたアイリーンが2人の視線を集めているのに気付き、顔を赤らめて口元を隠して言う。
ちなみに、もう片方の手は清水と繋がっていた。
素晴らしき女子力である。
ファーレンが女子力皆無のスイを横目で見た。
「ううん、全然平気よー」
「うん、スイもこれくらい可愛げあったら良かったのにって思ったくらいだからー」
「私にだって可愛げありますぅー」
「どこらへん? ねぇ、どこらへん?」
「……………………ファーレン遠慮なくなったな」
「遠慮なんてしてたら楽しくないじゃん。それともよそよそしい方がいい?」
「………………いまのままでいいですぅー」
ジト目でファーレンを見て言うスイを、腰に手を当てて言うファーレン。
次第に唇を突き出して話し出すスイに、ふふんと笑った。
スイ、リアル年下のファーレンに言い負かされる。
「お二人仲いいんですね、付き合って……」
「ないない」
付き合ってるの? と言われそうな予感がした2人は同時に手を振り、首を振り被せるように答えた。
そんな様子はフェアリーガーデンに居る時と変わらない雰囲気で、清水は思わず笑った。
まずは街に向かう事にした4人はそれぞれ武器を持ち、散策する。
良くゴブリンが出てくるが、ファーレンがタゲ取りしスイがフルスイングして吹き飛ばす。
これを繰り返していた為、清水とアイリーンに出番はなかった。
アイリーンは終始目を見開きスイを見ている
「…………実際に見ると迫力が違うね」
「ね、凄いよね」
こくこくと頷くアイリーン。
だが、何度も腕を触るスイが居て、どこか怪我したのかな? とも思っていた。
たんに、ゲームマスターから聞いた自分の爆発的な威力、力が医療によるものと知って思わず触れていたのだ。
現実世界での自分の手足より自然に動く肢体に、今まではゲームだからと気にしていなかったが補正されていたのか……と感慨深く体の調子を見ていた。
「………ここが第3の街」
清水とアイリーンが街の入口に立ち感動している。
それをスイとファーレンが見ていると、清水が振り返りファーレンの手を握った。
「ありがとうございます! おかげで第3の街に来れました!」
「え? いや、全然いいんだけど」
「またあのエリアボスを倒すって考えたら……うぅ……」
アイリーンが腕をさすって言うと、スイが苦笑する。たしかにあのボスとは何度も戦いたくはない。
このゲームでは、次の街やフィールドに行くには行くたびにボスを倒す必要がある。
逆に、前の街、フィールドに戻るには素通り出来るようだ。
第2の街から第3の街に行き来するには精神を削られそうだ。
「スイさん、蜂の移動情報教えてくれてありがとうございます! あの、掲示板載せてもいいですか? どのプレイヤーも欲しがる情報だと思いますし」
アイリーンがスイに許可を貰おうと声をかけると、スイはにっこり笑って頷いた。
「はい、全然いいですよー」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、1回噴水広場に行きますね!」
「あっ! まって!」
スイが慌てて止めてストレージをさぐり、赤いリボンが付いたバスケットを清水に渡した。
「……これは」
「クリスティーナから二人分だよ」
清水が中を開けるとハートの形のフレークのおにぎりやサンドイッチ、ウィンナーや卵焼きや飾り切りされたフルーツが入っていた。
2人用とは、付き合い始めたお祝い弁当だった。
「クリスティーナさんって、あのクリスティーナさん!?」
アイリーンがバスケットをガシッと掴みガン見する。その様子にスイは押され気味に頷く。
スイは忘れがちだがクリスティーナの作る料理は他の料理を作るプレイヤーよりも頭1つ2つどころか10は飛び抜けているだろう。
そんな有名なクリスティーナのご飯! とアイリーンは喜んだ。
どうやら清水が居て気恥ずかしくフェアリーガーデンに来れなかったようだ。
凄い喜びように、清水はボソリと呟いた。
「……………俺が告白した時より嬉しそう」
哀愁漂う清水に、ファーレンは哀れみの目を向けて肩を叩いた。
「それじゃ、俺達行きます」
「うん、またね」
「またバイトよろしく」
「本当にありがとうございました」
スイとファーレンに頭を下げた後アイリーンの手を取って歩き出した。
新しい街に来た時、死に戻り先を第3の街の噴水広場になる様にするためだ。
噴水広場に到着すると自動的に死に戻り先ポイントに登録され、第3のフィールドで死んだ際この噴水広場に戻るようになっている。
「スイは? なんかするの?」
「んー、買い物してからクエストしようかなって」
「クエスト?」
「うん、堕天使のクエスト」
スイがなんでもないように言うと、ファーレンはポカンとした顔でスイを見た。
「……………え?」
「ん?」
「堕天使の、クエスト?」
「うん」
「………………………………なにそれ!? え!? 種族のクエストなんてあんの!? えー!? 聞いてないんだけど!! 何それ! ずっりぃー!!」
スイの肩に手を乗せて爪がくい込む位に掴みガクンガクンと前後に揺らした。
それに合わせてスイの体も盛大に揺れる。
マシンガンの様に話し出すファーレンは、スイが顔を青ざめ手をゆらゆらと揺らしてなんとか止めようとしているのに気付いていない。
「くっそー! またか! またなのか!! またスイだけー!! 俺だってクエストしてぇー! 強くなりてぇー!! てか、どやったら強くなるんだよぉー!!!」
「………は……はなし………」
「あぁ!? なに!? なんか方法あんの!? なんなの!?」
「揺らすな………はくぅ…………」
「…………………え?」
スイのステータスに«酔い»と書かれたバッドステータスが点滅していた。




