クラン・フェアリーロード
現実へと戻ってきた翠は、早い入浴をして化粧を落とし、コンタクトを外す。
すっきりした、と一度伸びをしてから昼食にと簡単にオムライスとスープを作って食べた。
ケチャップたっぷりのオムライスに、コンソメのあっさり野菜スープ。
それをお腹に入れて洗い物を済ませてから冷蔵庫をもう一度開けた。
「………うん、買い物はいいかな」
冷蔵庫の食材達はまだまだ補充はいらないくらい入っている。
よしよし、と頷いてから寝室へと戻って行った翠は赤フレームのメガネをはずして、ベッドにすわる。
ギシリ……と軋む音が耳に届いた。
「こんなゲームの、どこが楽しいって思ってたのになぁ」
たった1回、ゲームをしただけでまるで旅行にでも行っているような実際に感じる感覚に翠は引かれ始めていた。
VRを膝に乗せて軽く摩ったあと、体全体をベッドに乗せてVRを被って横になった。
確かに、ハマる気持ちもわかる……かもしれない。
楽しいと思う自分が、 ゲームにのめり込む宏を思い出す。
うーん、さすがにそこまではいかないんじゃないかな……
そう思いながらも実際今、自分はゲームをしようとしている。
うーん………と声に出してから
「ゲートオープン」
結局ゲームに入ることにした。
意識が刈り取られ、その後目を開けた先は第1の街の噴水広場だった。
噴水のしぶきが頬にかかり、目を細めて頬の水滴をぬぐった。
うむ! ここは今日も天気がいいな!
気持ちの良い風が吹き、スイはよし! 何をしようかと噴水広場から出ようと動き出した時だった。
「なぁ、職業なにやってんだ? 今僧侶さがしてんだけどさー」
すぐ近くからそんな声が聞こえてきた。
クランへの勧誘が活発化してきてログイン場所であるこの場所はかなり賑わいをみせていた。
まだ始めたばかりのスイは、この噴水広場は常に賑わっていると思っていた。
「へぇ、新人さんに優しいゲームなんだなぁ……誘ってくれるんだ」
初めてゲームする人に教えてくれるんだろうか、それっていいなぁ……
勧誘しているプレイヤーを見ながらちょっと思った。
何をすればいいか分からないからだ。
でも、中には無理やり誘っているプレイヤーもチラホラいて、それは駄目でしょ……と見つめる。
そう、第1陣のプレイヤーは新人など片っ端から声をかけて人数を確保しようとする人や、狙った職業を探す人。
見た目で声をかける人と、様々いるのだ。
無理矢理はいやだよなぁ、どうせなら楽しく遊べる人がいいよなぁ
そう思った時だった。
「なぁ、新人だよな?」
後ろから急にスイの肩に手が掛かり声を掛けられる。
振り向き相手の顔を見ると背の高い男性がじっとスイを見下ろしていた。
全身を舐めまわすように見たあと、ぷるりと揺れる胸を凝視するのが分かり、顔を歪め一歩下がった。
こういう人はノーサンキューだわ。
1歩下がった事で肩に触れていた手は離れていく。
「なぁ、クラン入ってないよな? 入れよ。
あんたなら職業なんでもいいぜ」
ニヤニヤと笑うその人から更に1歩離れると、距離を詰めてきた。
明らかにスイの見た目、特にフルリと揺れる胸が目当てかゲスい顔をしている。
あからさまに顔をゆがめた。
「いえ、結構です」
「なんだよ、決まってるわけじゃないんだろ?」
手を振って言ったスイにジワジワと距離を詰めてくる男は明らかに諦めていない。
あわせて少しずつ下がるが、ベンチに触れて思わず座りこんでしまった。
「わっ!」
「なぁ、俺が誘ってるんだぜ?」
冷たい椅子の感触がおしりに伝わってくる。
チラリと周りへ視線を向けるが、大体のプレイヤーはスイを見るだけで近づく事はない。
そして、勧誘しているプレイヤーの多くも、スイの外見を見たあとクランにいいな、と考える者が多いようで男が離れた時に近づこうと待ち構えていた。
助けは、ない。
「ほら、早く入れよ。な?」
椅子に座るスイの目の前で迫り、クラン『アジサイ』へ入りますか? はい・いいえ
と表示される。
スイは迷わずいいえを押した。
「あの、結構です。他をあたってください」
男の肩を押して立ち上がるスペースを作ろうとしたら、その手を掴まれる。
「ちょっ………なに!?」
「ここは人が多いから向こうにいこうぜぇ?」
な? とニヤニヤしながら無理やり引っ張られ噴水広場から出されそうになる。
体が引きずられる感覚に悪寒が走り、反対の手で相手の手を離させようと暴れ出すスイ。
「ちょっ……はなし……」
腕を振り払おうとした時だった。
「何をしている」
どんなに頑張っても離れない手に、恐怖と苛立ちが溢れてきた時、 低く聞きやすい声がすぐ近くで聞こえ掴まれていたはずの手が離された。
少し赤くなった腕を擦りながら振り向くと、別の人物によって肩を捕まれその人の後ろに庇われる。
男から離れた事にホッとして男を見上げると、横顔ではあるが整った顔をしたその男性がいた。
細身で深い赤色をした羽織を着ているその男性は、宝石が散りばめられた杖を持っていて、宝石の周りには風をまとっている。
この人、強そう…………
「まさか……グレン!?」
スイをしつこく勧誘していた男は目を見開きグレンと呼ばれた男を見る。
何に対して驚いている? と首を傾げながら男性を見上げると、その視線の先に必死に走っている女性がいた。
「グレーン! 何急に走り出してるんですかー!?」
茶髪のボリュームある髪を2つ、三つ編みにしている女性。
丸メガネを掛けて分厚い本を持っている。
ローブをはためかせて走りよる女性は、スイを助けたグレンの横にたどり着いた。
そして庇われているスイを見て口元に人差し指をあてて首を傾げた。
「あら、どなたですかー?」
覗き込むようにスイを見てきた為驚き後ろに下がると、とんっとグレンの胸に体が当たり思わず見上げる。
無表情な顔がスイを見下ろしていた。
慌てて頭を下げると、ざわめきが聞こえてくる。
「す、すいません」
「いや」
「……そ、そんな……フェアリーロードのグレンとクラーティアまで……」
絡んでいた男が更に驚き女性を指さすと、「指ささないでくださいよー」と嫌悪感を表した。
そのプレイヤー以外にもコソコソと話をしている様子が見られていて、この人たちって一体………とスイは有名な人? と考え込む。
「おい、無理な勧誘はやめろ、迷惑だ」
「す! すいません!!」
青ざめた顔でバタバタと走り去って行った男をクラーティアは片手を腰に当てて見送った。
「あー、クランの勧誘ですかー。災難でしたねー」
そう言ってクラーティアと呼ばれた女性はスイを見た。
上から下へ、下からまた上へ。
「新人さん、キュートですねー! かわい!」
軽く鼻息荒い女性は、頬に手を当て言う。
女性はクラーティアと言うらしく、勢いにおされ、スイははぁ……と頭を下げた。
そして、男性へと体の向きを変える。
「あ、あの、ありがとうございました助かりました」
「あぁ」
スイの頭を軽く撫で薄く笑ったグレンに、クラーティアは、あらぁ? と笑う。
そして、ススス……とグレンの隣に行き肘でグリグリとする。
「珍しくグレンが笑っていますねー」
「笑いくらいするだろう」
「頭も撫でるなんて、レアですねー」
ニヤニヤしながら笑うクラーティアに、グレンは嫌そうに顔を歪めた。
2人が話をする中、噴水広場の中では勧誘の時のざわつきとは違う、ヒソヒソと話す声が聞こえる。
先ほどよりもざわめきは大きい感じがするのは気の所為ではないだろう。
まじか。フェアリーロードがこんな所に
とか。
え!? 勧誘!?
とか。
「(この2人、やっぱり有名な人……?)」
グレンのすぐ隣に立ったまま周りの様子を見ていると、ざわつきは少しずつ大きくなっていく。
そんな事も気にせず2人は話を続けていた。