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第2話 入学式の余韻

 クレトを呼び止めたのは、銀色のブレスレットを付けた見覚えのない男子生徒であった。金髪でカールした髪の毛、嫌味をわざと含むような口調でそう言った。

 男子生徒の言う、さっき、とは真冬と話していたことで間違いないだろう。


 ーーとんだトラブルメーカーだな


 「きィみごときが何の媚びを売りたいか知らないけど、彼女に接しようなんて身の程をわきまえたらどうなんだィ?ーー捨て石(フォール)の分際でねェ」


 「ーーお前が関係のない第三者であるならそんなことを言われる筋合いがない訳だが。それともお前、あいつと特別な関係だったりするのか?」


 「ーーふっ、ヤレヤレ。達者な口だねェ、そういうところを言っているのサ。ボクはちゃんと線引きをしようって話をしているんだよ、代表生ココン捨て石(フォール)のねェ?」


 ‥‥‥はぁー、帰りたい


 ここまでの会話でクレトは既に目の前の男に対する興味を完全に失っていた。こういうやつはどこにでもいる、ただ絡まれた自分の運が悪かっただけ。適当に受け流してさっさと場を去る、そのことしか頭にはなかった。


 「あーー、すまんすまん。要するにお前の恋路を俺が邪魔しちゃってた訳か。もう関わらないから後は好きに告るなり、振られるなりやってくれ」


 そう言って、クレトはその場を去ろうとする。


 「‥‥‥な、なるほど。り、理解力が足りてないようじゃないか」


 ーーん、ん?俺なんかマズイ事言ったか?


 男子生徒はピクピクと口角を上げながらそう言うと、全身に濃いオーラを発した。どうやら武技を発動したとみて間違いないだろう。

 流石は代表生と言ったところか、男子生徒は一瞬にして間合いを詰めるとクレトへ拳を繰り出す。


 ーーそれにしても捨て石(フォール)


 適合者の世界にはある風潮が存在する。

 実際のところ表には出ないが有能な適合者のために他の適合者は犠牲なる事は仕方ないといったものだ。有能な適合者育成にはどうしても時間がかかってしまう。そのために能力の低い適合者が犠牲となり時間稼ぎとなる存在、それゆえに捨て石(フォール)と禁止用語となっているものの呼ばれることは確かにあった。



 ーーとはいえ、これをどうしたものか


 現在クレトには彼の放つ打撃がコンマ送りでえていた。

 このままかわすのは容易い。

 しかし、それでは男子生徒の気は収まらないであろう。

 入学初日に揉め事を起こすのが一番の問題かーーであるなら


 仕方ないか‥‥‥


 そう考えるとクレトは彼の攻撃を受けたーー否、受けたふりをした。


 男子生徒の拳が自分に触れたと同時にそのまま後ろに飛び地面に転がって倒れる。それによって彼の気分を満たしてやることにしたのだ。


 「ーーふっ、捨て石の分際で調子づくからこうなるんだ」


 そう捨てゼリフを残して、ある種の満足感を得たのか男子生徒は去って行く。


 クレトは男子生徒がいなくなったのを見測ると何事もなかったように立ち上がり、ため息を一つ残して帰宅への道へ戻って行った。



 「ーーふぅん、あの子おもしろいじゃない」


 校舎の中から偶然その様子を見ていた1人が薄っすら口角を上げてそう呟やいた。




** ** **


 「ーーふぅ、やっと着いた」


 クレトが家に着いた頃には既に辺りは暗く、扉を開けた家の中は真っ暗だった。彼の家はひと家族生活するのにも十分すぎるほどの広さを持つ一軒家。

 だが、廊下の電気をつけても彼を出迎える者はいない。下駄箱に用意されているのも彼の靴のみ。

 

 しかしクレトが靴を脱ぎ玄関から上がると、彼の影からーーそう、後ろからということではなく、本当にクレト自身の影から、大きな口を開けあくびしながら現れたのは金髪の幼女の姿。


 「くぅ~、ようやく外の空気が吸えたわい」


 突如、自らの影から現れた存在にもかかわらず、クレトは驚く様子もなく部屋着に着替えてリビングのソファーに腰を下ろす。

 影より現れた幼女体型の金髪の少女の名はラストレアル・ヴリコラティオス・クリル。

 小さな体型に可愛らしい顔をしているが、実際はクレトが異世界にいたとき契約を交わした吸血鬼である。


 「ーーのぅ、主様ぬしさまよ。いくら妾と主様が切りたくともとも切りきれないカタ~い契約なかであるとはいえ、初対面の女子おなごに性欲の限りを尽くすようでは、妾も妬いてしまうぞよ」


 そう言って、クレトの背後からそっと近寄り両腕をクレトに巻きつける。そして、耳元で少し息のかかるような声で


 「ーー主様よ、妾はアレが欲しいのじゃ。一日中耐えておったが、もう我慢できんのじゃ、ほれ差し出せぇぃ」


 クレトは一つため息を吐くと立ち上がった。

 そしてクリル目掛けて袋を放り投げる。


 「ーーほらよ!分かったから、そんなどこで覚えてきたかも分からないような言い方はやめろ」


 「ーーかやかや、分かればよいのじゃ。おぉ、これよこれ。待ちわびたぞ!!」


 そう言って袋を開くと入っていたのは大量の蒸しパン。それを満足気な笑みで次々に口に運んでいく。


 「ーーいやはや、蒸しパン《これ》を開発した者は天才じゃ、天才じゃの!! このふわモチっ、むぅ~たまらぬのぉ」


 持ち上がった腰をこのまま下ろすのは、どこかもったいなく感じたクレトはそのまま夕飯の支度を始めた。といっても、現代にはケータリングシステムの普及により、指定した時間に出来立ての料理が家に届けられるというサービスがある。クレトに料理を用意する者も用意する相手もこの家にはいない訳なのでこのシステムを利用していた。

 食器を並べるだけであったが、夕飯の支度を終えたクレトは一口目を口にしようとする。

 その時、リビングに電子音が鳴り響いた。


 ーーこの音‥‥‥機密回線か


 「AIアイロード、応答」


 クレトがそう声を発すると、何もなかったはずの空間に平面の画面映像が写し出される。

 そこに映っていたのは黒スーツを見にまといロングヘアの黒髪に眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな雰囲気をかもしだす女性。

 クレトは口まであと少しだった箸を置くと、部屋着ながらも少しだけ姿勢をただして画面を正面に向く。


 「ーーコードネーム・ジョーカー、任務です。準備でき次第、自警党ギルドまでお越し下さい」


 「ーー了解」


 事が終えるとすぐに映像は消えた。

 深いため息とともに残された食事に尻目をひきながら、着て間もない部屋着を着替え直す。代わりに着用するのは学校の制服ではなく、黒一色にまとまった闇夜にとけてしまうような服装。


 「ーーおい、クリル!! 仕事だ」


 「ーーほごっ‥‥‥仕方ないのぉ」


 口の中をもごもご、とさせながらクリルは影の中へと戻っていく。残ったのは袋のみ、大量にあったはずの蒸しパンは既に彼女の胃袋へと消えていた。


 そして、クレトはヘルメットを装着すると慣れた手つきでタイヤのない重力抵抗型バイクへと飛び乗った。

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