5.
「…リオン?リオン!おい!リオン!!」
目の前でコノハとかいう奴が死んでいる。
俺の目を塞いでいる間に何があったのか。
リオンに聞きたいことは山ほどある。だが今は、そんな状況ではない。
ここにリオンがいたと知れれば、リオンの生涯に関わる。
リオンは自分の部屋で寝ていたことにしよう。
アルルワの従者は、適当に剣でも刺して俺が殺ったことにでもすればいい。
リオンを抱いて部屋を出る。
リオンの体は汗だくで熱を帯びていた。
はぁはぁと辛そうに吐く息が、やけに痛々しい。
「何をしたのか分かんねぇけど、助けてくれてありがとな」
意識のないリオンに聞こえるはずもないが、言いたかった。
リオンの部屋へと入り、ベッドに寝かせる。
リオンには悪いが、そのまま部屋を出る。朝になったらメイド長が熱に気付いてくれるだろう。
その方が怪しまれない。
まずは、部屋のアイツをどうにかしなければ。
いつもの朝がやって来る。
昨晩この部屋で人殺しがあったとは思えない。
アルルワの従者は衛士長に任せた。今日中に大臣達が会議を行い、本格的に婚約は破綻になりそうだ。
昨晩のことは、一部の人しか知らない。普段通りにしているよう言われた。
今朝はリオンは来なかった。昨日の今日で顔を合わせるのは辛いだろう。
(飯の支度でもしているのだろう。下に下りればいるだろ)
いつもより早いが、飯を食いに行くとしよう。
とりあえず大広間に行くと、何人かのメイドが誰かを探していた。
「何をしているんだ」
「リオンがいないんです。メイド長が朝庭に行くのを見たらしいんですが、庭にもどこにもいなくて…」
なん…だって…?
「…それは本当か?庭はくまなく探したか? 城の中は?まだ探していない場所があるんじゃないのか?」
「全員で探しましたが、城の中にも庭にもいないんです」
俺は全力で走って外へ出た。
目の前にはいつもの庭が広がっているだけ。変わったところなんてない。
凛と咲く庭のチューリップか寂しそうに見えた。黄色いチューリップだけが一際寂しそうに見えるのは俺の気のせいか。
よく見れば、濡れていない。
まだ水やりをしていない証拠。
「リオン!リオン!!」
呼んだって出てこないのなんて分かっている。もういないのも分かっている。でも、呼ばずにはいられなかった。
呼んだら出てきてくれる。そんな気がして。
「リオン!」
リオンを呼ぶ声は空へと消えていく。
「リオン…なぜだ……」
昨晩のことは確かに辛かっただろう。でも、だからって…
リオンの行方を知る者は誰もいない。遠くへ行ってしまったのか、あるいは、実家にでも帰ったのか。…実家?そうか!
庭を走り抜け、門へと進む。
門の横には小さめの扉がある。内側からしか掛からない鍵が開いていた。
リオンの家は城のすぐ近く。家の前では花を売っていたはずだ。
これでリオンが見つからなければ、俺にはもう何も出来ない。
「頼む、いてくれ…!」
花を売る男が見えてくる。見た目からしてリオンのあにだろう。
リオンの家の前で止まるつもりが、その手前で何もないのに転んでしまった。
「…はは、まるでリオンだな」
あわてんぼうで、おっちょこちょいで、いつもどこがで転んでいた。
馬鹿にすると頬が膨らむあの顔が愛おしかった。
「リオン………!」
「あの…お、王子?」
今になって、見られていたことに気付き、体勢を整える。
「リオンはいるか」
「いいえ、いませんが」
いないのか…………
リオンがいなくても話すことはたくさんある。
「話がある。失礼するぞ」
戸惑うリオンの兄を気にせず家の中へ。こんな事でこの家に来ることになるとは。
中へ入ると、父親らしいき男とその子供であろう男の子がいた。
2人ともキョトンとしている。そりゃそうだ。
「リオンの父上で間違いないか」
「えぇ」
「話がある。聞いてくれ」
俺は、昨晩から今朝にかけて、俺とリオンの身に起きたことを包み隠さず話した。
「…気付いたら死んでいた。目隠しをされている間に何があったのかさっぱりだ。何か知らないか。どんなことでもいい」
手がかりが掴めるなら、どんな小さなことでもいい。
話を聞いていた2人の顔は、いつの間にか険しいものになっていた。
「それは、本当なんですね…?」
「あぁ。今朝になってリオンが姿を消した。部屋もそのままだ。探せばひょっこり出てきそうな、そんな感じだった。だから、最初、誰もリオンがいなくなったことに気が付かなかったんだ」
「私はシュンと申します。シュンとお呼びください。リオンのことですが、居場所に心当たりがあります。あの子は昔から、身を隠すなら森に行くんです。森の中に使われなくなった小屋があって、いつもそこにいるんです」
ここに来て正解だった。さっそく森に……
「森の中は危険です。僕が行きましよう」
「いや、俺も行く。生存確認をしなきゃ気が済まん」
リオンが無事ならそれでいい。
「リョウ、王子を案内してあげなさい」
道案内があれば安心だ。
「頼んだぞ、………」
「リョウです」
「リョウ」
2人の名前は覚えておいた方が良さそうだ。
「急ぎましよう。胸騒ぎがする」