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四法院の事件簿 1    作者: 高天原 綾女
9/12

八章 真相解明



        一



 午前十一時半が過ぎた。

 早朝八時に御堂と会っていたが、四法院の生態を考慮して昼になるまで待っていた。

 四法院との交渉決裂に至った後を、御堂は考えていたが、僕は杞憂だと思っていた。四法院は、経費さえ認めれば喜んで協力するだろう。

 四法院の部屋の前、御堂と並んだ。ノックをすると四法院は起きていたようで、すぐにドアの鍵は開いた。


「おっ、来たか」


 出てきた四法院からは、眠気や怠惰は感じられない。澄み切った泉の水面を見ているようだった。


「乗れ」


 御堂が、腕を振って言った。

 待たせている車に、三人で後部座席に乗りこんだ。僕を中心に、四法院を右側、御堂が左側に座っている。

 四法院が口を開いた。


「どうすることに決まったんだ?」

「お前がそんなに金に困っているのは、定職に就いていないからだ。どうだ?警官にならないか?それなら俺が協力してやれるが、どうだ?」

「冗談じゃない。警官になって、お前に酷使されるんだろ。安月給かつ出世することなくだ。考えるだけで非定型縊死で死にたくなるな。そんな話しかないなら、交渉は決裂か?」


 御堂は言葉を発しない。黙って、懐から封筒を出した。


「今回だけだぞ」


 四法院はその封筒を取り、覗き込むように中を見る。少しの間、札束を数えて納得したようだ。


「御堂。裏金からか?」

「私の金だ」


 四法院は微笑んで、車の窓から流れる街並みを見た。


「そういう事にするか」


 両者の和解が成立を見届けた。

 満足そうな四法院に冷水を浴びせるように、御堂が口を開いた。


「さぁ、しゃべって貰おうか」


 高圧的な口調、態度にもかかわらず、四法院は気にしていないようだ。

 金さえ貰えれば、商人に徹することができるのだろう。

 御堂が、さあしゃべれと云わんばかりの態度を取っている。


「すみませんが、池袋の献血ルームに行ってくれませんか?」

「どう云う事だ?早く説明しろ」


 御堂は、苛立つような口調で言った。


「四法院。今日は献血する時間は無いよ。それに、僕たちは二ヵ月後にならないと血液が戻ってない」

「献血をしに行くわけじゃない。この事件の証拠は、献血ルームに残っているんだ。だから取りに行く」


 僕には、よく見えない。


「赤十字に犯人がいるのかい?」


 その質問に四法院が答えた。


「いや、まだ正確には分からないが、赤十字は利用されたんだろう。この事件は、証拠を揃えて説明した方が解り易い」


 そう言って、街の景色を眺めた。

 池袋に着いて、献血ルームに入ると四法院は受付に向かった。


「すみません。献血者の血液データが欲しいんですが、出して戴けますか?」

「献血者に関するプライバシーは、秘密厳守しているので御教えすることが出来ません」


 献血の受付に立っている若い女性は、形式を重んじる人格を有しているようで、四法院の用向も聞かずに突っぱねた。

 四法院は気分を害すことはなく笑顔のままだ。


「御堂」


 四法院の行く手を阻む扉を開ける万能の言葉だった。

 一見して一般人ではない御堂が出てくると、場の空気が変わった。


「警視庁の者です。私は、警視庁管理官、御堂元治と申します。実は、殺人事件に関する物が、こちらに残されていることがわかりました。その資料を提出して戴きたいのです。責任者の方を出していただきたいのですが」


 御堂の丁寧だが、これぞ国家権力という高圧的な態度と物言いに、さすがの思考停止状態の女性も圧倒されたようだ。

 お待ちくださいと言い残し、奥の部屋に入っていった。

 三十秒ほど待った時、受付の奥にある個室から中年男性が現れた。


「こちらへどうぞ」


 そう言って、狭い個室に案内された。三畳ほどの狭い室内に五人の男がひしめくように入った。入るなり、責任者が口を開いた。


「事件のことは知っています。三年前の事件でしたでしょうか?」

「そうですが、今回は死刑囚の河野亮太が殺害されました」

「えぇ!」


 献血ルームの責任者は、驚きを隠さなかった。

 四法院が話しに割って入った。


「どうしても河野亮太の血の行方と、血液に関する全データが必要なんです」

「そういう理由から、協力して頂きたい」


 御堂が付け加えた。


「わかりました。犯罪捜査であれば仕方ありません」


 捜査員の一人が、不審な行動を取らないように付き添うために向かった。

 四法院に何の説明も受けず献血ルームに向かい、僕はどうなることかと焦っていた。

 河野に関するデータは二十分ほどで全て揃った。

 四法院は、資料を手に取り中身を確認して満足そうだ。四法院以外、その資料を何に使うのか、なんの証拠になるのかまったく分からない。

 責任者が、資料の説明を始める。


「河野亮太さんの血液は、Rh+のA型。ワ氏、MRSA、HBV、HCVなどの感染症は検出されていません」


 頷いているのは四法院だけだ。他の者は、無言で立っている。


「可能であれば、これらの情報を見れる立場にある人間を調べて頂きたいのですが」

「分かりました」


 頭を掻きながら、責任者が申し訳無さそうに言う。


「遺伝子検査に関しては、本人の了承がないと行っておりませんのでありません。保存血液は、十一年間保存義務がありますので、お渡しできませんがよろしいでしょうか?」


 その問いに、四法院が弾いた様に反応した。


「これだけデータがあれば十分です」


 そう言って、席を立った。


「また御協力をお願いすることがあるかも知れませんが、よろしくお願いいたします」


 最後に捜査員が、そう付け加えて献血ルームを後にした。

 四法院は笑顔で、その資料を僕に渡して車に乗り込んだ。御堂は、憮然とした顔で車に乗り込んだ。その御堂に、何の説明も無く四法院は指示を出す。


「御堂、もう一つ欲しい情報がある。その為に、人員をある場所に配置してくれ」


 そう言って、耳打ちをした。

 御堂の表情から、またまったく説明をしていないのだろう。

 そして、亀有署で説明すると言い、車を署に向かわせた。

 日は高く上がり、大勢の人でごった返している街は、日々に追われ、事件に興味の無い老若男女が周囲を行き交っている。

 日の眩しさを感じ、幾分都内の気温が高くなっていることを肌で感じた。



        二



 亀有署の一室、三人が籠もった。


「座ってくれ」


 四法院は、僕と御堂に椅子を勧めた。しかし、僕は座る気が起きなかった。御堂も同様らしく、二人とも壁に凭れてる。御堂は、腕、足を交差させて説明を待っていた。

 四法院は、口を開いた。


「今回の事件は、約三年前の老夫婦惨殺事件と関係している」


 僕と御堂は、揃って頷いた。


「この事件は、あまりにも前回の事件と繋がりが無く、全貌が見えないところに、謎を解く困難さがある」


 僕は、黙って頷いた。


「その原因は、二つの思い違いをしていたからなんだ。だから、捜査が行き詰って袋小路に入っていたんだ」


「どう云う事だい?」


 そう言われても、僕は勘違いをしている自覚は無い。常道を歩いている自信があった。


「一つは、典型的な殺人捜査をしていたこと。通常、殺人捜査とは過去を遡る。犯人を示す物は過去に存在するからだ。だからこそ、現場の保存を徹底させる。それが全体を見えなくした」

「それのどこが間違いなんだ?過去に拘るのは、殺人事件なら当然じゃないか」


 僕がそう言うと、御堂も意見に同意した。


「そう。通常ならそれで構わない。だが、この事件は河野が殺害された時点では完結していない。いや、ある意味完結はしているか・・・・・・」


 四法院は意味深な事を言ったが、御堂が話を先に進めるために問いかけをした。


「で、もう一つは何だ?」

「我々は、河野を殺した実行犯の黒幕と、老夫婦を殺害した村中の黒幕を同一人物だと思っていた」


 体に稲妻が落ち、脊髄に電流が走る感覚。そうだった。ぼくは、河野が口封じで殺害されたと無意識に思っていた。前回の事件で、決定的な何かを知っていた。だから、拘置所内の死刑囚でありながら殺害されたのだと。そう考えるのが自然だった。拘置所に入るには、特別な私物は持ち込めない。知識、情報という形の無い物を除いては。

 だからこそ、殺されたと確信していた。四法院の言い方では、その予想に囚われたから事件の全貌が見えないということなのだろう。


「洗いざらい吐け、出来るだけ論理的に整理してだ」


 御堂が苛立ったような口調だ。

 四法院は、これから本題に入るからと謂わんばかりの態度で御堂の言動を封じた。


「黒幕は二人」

「誰だ?」

「一人は、天納グループCEO。天野尚司」


 その名前は、捜査線上に浮かんでいた名である。驚きには値しない。


「もう一人は?」

「世羅グループインターナショナル会長。世羅弘蔵」


 室内の空気が止まった。


「おい。ちょっと待て、お前は世羅会長の力を知らないわけでもないだろう」


 御堂が、訝しげに言った。


「知っているさ。前にそう言っただろ?」


 世羅弘蔵。四十九歳。世羅グループインターナショナル会長にして、個人資産八〇〇〇億円。財界を牽引する人物にして、政界、マスコミにも多大なる影響力を有している。色々と政界との癒着が問題視されているが、マスコミとの不健全な友好で表面化していない。政権与党に莫大な資金を献金し、官庁への影響力も有している。

 政治家は、資金もしくは票を頼み、世羅氏は会社の利益を国庫に求めた。

 だが、ここ数年は慈善団体に多額の寄付をしている。その為、一部国民には健全で清廉な組織だと思われている。

 特に、マスコミ対策で成功していることもあり、敵対する組織は全て悪辣な報道をされている。それ故、警察も疑わしくも確証が無い限りは見て見ぬ振りをしていた。

 警察組織内部にも、世羅氏の影響力はかなり浸透していると見ていた。


「知っていて、名前を挙げたってことは、証拠があるんだな?」


 御堂が、鋭い眼光を放って言った。


「ある。だが・・・・・・」

「だが?」

「弱い。だから、これから捜査陣の総力を挙げて情報を集めてもらいたい」

「どう云う事だ?」

「世羅氏の情報があまりに少ないんだ。その為、いま頭の中にある推理が正しいのか解らない。だから、可能な限り調べてくれ」

「その推理は明かせないのかい?」


 僕は、四法院の考えが気になった。


「今の段階では、推理が多岐に渡り散乱しそうだ」


 そう言って、四法院は顎を手で触り、思案しているようだ。

 御堂は、四法院の態度に納得できていないようだ。協力を求めるなら、考えている事を洗いざらい吐き出すべきだと考えているだろう。

 僕は、ここでは捜査権を持つ御堂と、おぼろげながらでも全体像が見えている四法院の仲を取り持つように行動するしかなかった。


「どうしても言えないのか?」

「すまん。大筋では間違いない。だが、相手が相手だ。捜査員に先入観を与えて、情報量を狭めたくはない」


 常に不敵な四法院にしては、見たことの無い殊勝な態度だった。

 御堂が、長い溜息を吐いた。


「わかった。だが、四法院。お前が何の情報を欲しがっているのかがわからないと調べようが無い」


 御堂の言うことはもっともだった。

 そう言われると、四法院は熟考して調査するものを口にした。


「欲しい情報は、河野の殺害日前後二日の世羅氏の動き。それと都内の外科病院の手術室の予定。あと、三年半前の献血後の河野の派遣先、その全業種。会社関係など」

「さらっと大変なことを言うな・・・・・・」


 御堂は、呆れた口調だった。


「それ程、難しいことじゃない。ただ、手間が掛かることは認めよう」

「第一被疑者の天野社長に関してはいいのか?」


 そう僕が聞くと、四法院が頷き御堂に話を振った。


「御堂。天野に関してだが、捜査はどこまで進んでる?」


 御堂は目を細め答える。


「拘置所内での出来事。河野殺害だけに絞れば、天野の関与は確実に証明できる。監視カメラのメインメモリーは、天納グループの製品で犯行の四ヶ月前に納品されたことが判明している。そして、内部にイレギュラーな部品が付いていた。科捜研の調査結果によると、それはメモリー機器を停止させるものだという事が判った。だが・・・・・・」

「だが、なんだい?」


 僕が尋ねた。御堂が眉をひそめた。


「どれだけ調べても、動機が、動機だけが見えてこないんだ」

「そこは、心配しなくていい」


 歯痒そうな御堂に、四法院は何の障害も無いような物言いだった。


「御堂、そんなことよりも警視庁内でやって欲しいことがある」


 四法院が小声になった。そして、御堂の耳で囁くように、耳打ちをするという奇行を取った。御堂を毛嫌いする四法院が、御堂だけに何かを言うなんて、これまでありえない行動だった。

 四法院が何か言い終わると、御堂は顔色を変えて出て行った。

 僕だけ取り残された感があるが、実に奇妙な光景を見せてもらった。

 四法院が、御堂に何を言ったのかわからないが、余程の事なのだろう。

 犯人が二名と言う事が判ったことで、僕なりの仮説が出来た。

 世羅と天野の関係は、露骨な敵対関係だ。殺人協力なんてありえない。そうなれば、河野が別々の理由で双方に殺害理由がある場合だ。世羅に死刑囚にされ、天野に殺害された。まずそう考えて良いだろう。だが、そこでも何故、死刑囚を殺害するのか疑問が沸きあがる。

 四法院は、こめかみを掻いて室内から出ようとした。


「どこへ行くんだ?」

「捜査は御堂の指揮する捜査員に任せればいい。御堂には、他にすることがある」

「お前は、何をするんだ?」

「機を待つのさ」

「何の機だい?」

「事件解決の時機をだよ」

「いつ解決する気なんだ?」

「出来れば、今日中には何とかしたいな。永都も、明日は授業だろ」


 四法院の言葉に驚かされた。


「今日中に解決できるのかい?」

「多分ね。だが、御堂の働き次第かな。なにより、この事件は早期に決めないと………」

「どうなるんだ?」


 四法院は無表情だった。そんな四法院が、突然声を上げた。


「そうだ。永都、昼も幾分過ぎたところだ。飯でも食いにいこう!」

「四法院。君は、どこまで本気なんだ。これまでの発言は、全て冗談か?」


 強めの口調で、棘を感じさせるように言ったが、四法院はまったく気にしていない。


「寿司屋が良いな。近場に、回転寿司あったよな。行くぞ」

「おい、待機していた方が良くないか?」

「俺らが、待機していても捜査にどのような影響も与えられないよ。メシは食えるときに食う。今は、えんがわとサーモンが食べたいんだ」


 そう言って、四法院は早足で出て行った。急いで後を追う僕の姿は、自分でも気になった。



        三



 御堂は、亀有署を出ると車に乗り込んだ。御堂の突然の行動に、付き沿いの刑事も置き去りにしてアクセルを踏み込んだ。

 顔の表情が強張っていることがわかる。

 四法院が、とんでもないことを耳打ちしてくれた。

 奴の悪魔のような笑みが近づくと、こう囁いたんだ。


「世羅は、警視庁の上層部に工作をしているらしい。警察はどう動くのかな?」


 ハンドルを叩いた。

 御堂には、その工作後の展開がありありと見えていた。世羅は、政界に絶大な影響力がある。その力を背景にして、警察権力を押さえ込みにくるだろう。

 警察は、政治介入に対しては無力だ。世羅氏の力は、権力中枢へと繋がっている。現在の内閣成立へ尽力したとの噂もある。そんな圧力を掛けられれば、警察官僚など沈黙してしまうのは目に見えていた。

 自分の出来ることは限られている。少しでも上層部と掛け合って、捜査時間を延長することだ。最悪を想定すれば、捜査員を一人、また一人と剥がされ、特別捜査本部が所轄並みの人員にまでさせられるかもしれない。もっと事態が進めば、警視庁から亀有署へ指揮権を譲り、水森刑務官の単独犯として被疑者死亡のまま、捜査打ち切りもありえる。

 御堂は、警視庁の内部の人物がめまぐるしく交錯していた。

 刑事部長、警備部長、総務部長、生活安全部長、組織犯罪対策部長、公安部長など、他に国家公安委員会など様々な顔が浮かんだ。

 現在の刑事部長は、気骨ある人物だが政治的能力に関しては、いささか警備部長より劣る。中でも公安部長の出世への意欲は他を圧するものがある。

 刑事警察と公安警察は犬猿の仲であり、その確執は根が深い。公安部から警視総監をもっとも多く輩出している事もあり、公安刑事は特別意識が強い。

 自分が上に行く為には、公安の人間に勝たねばならない。この事件は解決できる。世羅と天野を逮捕できれば、この上ない実績になる。

 両者を捕まえれば、政界と財界の闇の一角にでも、光が当てられるかもしれなかった。

 自分は、事件を捜査する指揮官として、解決の為の時間を可能な限り稼ぐ、それしかなかった。



 湯飲みを手にして茶粉を入れていると、隣に座った友人は箸を割っていた。


「サーモン!」


 四法院が、手を挙げて叫んだ。板場に立つオヤジは、短く返事をして瞬時に寿司を握ってくれた。それを、ワザと二メートル離れた所から流してくれる。

 四法院の直接受けとろうと差し出した手が、虚しく空を揉んだ。

 他に客は居ない。それなのに、何故コンベアーで流すのだろう。回転寿司だからオヤジも臨場感を演出しているのだろうが、いっそのこと注文する寿司を握ってくれれば、普通の寿司屋を演じてくれる方が客思いと云うものだろうに。

 受け取る四法院は、流れてくるサーモンを待っている。流れるサーモンを凝視している友を見ていると、何かが引っ掛かった。


「四法院。文句は言わないのか?」

「何の?」


 四法院は、不思議そうな顔を向けた。


「いや、ほら、直接渡せば早く食えるじゃないかとか、何故無意味に流すとか、あるじゃないか」

「永都。言っている意味がよく解らない。だが、何を言わんとしているのかは推測できる。お前の意を汲むと僕は回転寿司屋に入っているのに、回転させずに渡せって事だろ?それでも構わないが、数メートル手前に置くくらいだったら構わないさ」


 四法院はそう言うが、共に外食すると高確率で怒声が聞ける。


「でも、寿司屋に一緒に行くと怒るじゃないか」

「それは、当たり前だよ。前回の回転寿司屋は、アワビを注文したら流れている干乾びた寿司を出しやがったじゃないか。客にゴミを出すなんて致命的だ。この行為は、幾重にも罪だ。まず、接客が出来ていない。顧客満足度よりも、たかが数百円のコストを優先させたこと。さらに、味へのこだわりも無いことを曝け出した。なにより、衛生面にも気を遣ってない。そして、それら全てが誇りも無いことを指している。そんな店に、また来ようとなんてしないだろう?回転しているからって、寿司は安い食べ物じゃない」


 僕は同意した。確かにあの店は酷かった。四法院が、二皿でキレた姿は見たことが無かった。これまでの記録は、カレイのえんがわを注文して無視。二度目の注文をしても、五分経っても来なかった。四法院は立ち上がり、金を払った後で、ネタの古さを大声で指摘して帰ったのだ。あとは、大手ハンバーガー店で、ありえない不手際を再三受け、商品をキャッシャーの向こう側の壁に思いっきり投げ付けたことくらいだろうか。

 四法院は、サーモン、えんがわ、サーモン、つぶ貝、サーモン、海老と、必ずサーモンを挿んで食べている。

 その満足顔は、快楽のぬるま湯に浸っているような感じだ。まだ、ボタン海老を口に運んでいる。ここの海老は、弾力に富み、甘味が強い。回転寿司で、この品質は驚かされる。味にうるさい四法院も、この味なら文句は無いだろう。


「で、四法院。聞きたいんだが?」

「何が聞きたいんだ?」

「何がって、惚ける気かい?」

「ん~。そう言われてもな」

 四法院は、考えるような表情で顎に触れていた。

「だったら、的確に質問するよ。御堂に何を吹き込んだんだい?」

「たいした事じゃない」


 そう言って、海老の握りを箸先で九十度倒し、海老に醤油を付けて口に運んだ。


「たいした事じゃないのに、フリーターの一言で警察官僚が血相を変えて出て行くものなのか?」

「日本の警察官僚は、頭ばかりデカくて余裕が無いからな・・・・・・」

「通常、キャリアが四法院の言うことなど真に受けるわけが無いだろう。で、何を言ったんだ?教えてくれよ」

「だから、たいした事じゃない。昨夜、谷元から世羅氏が政界に働きかけをしているとの情報が入っただけだ」


 僕は、その効果について思いを巡らせた。僕は政界のことも、警察組織のことも詳しくない。政権中枢から警察上層部へ圧力を加えられれば、どうなるか想像が着く。世間体に聞こえのいい所で解決にされかねない。


「たいした事じゃないことはないじゃないか」

「どっちだよ!まぁ、御堂次第だが、最善を尽くしたとしても、高官の命令には従わざるを得ないだろ。あいつに出来ることは、精々時間稼ぎくらいだな。あと、・・・・・・」

「あと?あと、何なんだ?」


 四法院は、悪人にしか見えない笑みを浮かべて、再びサーモンを注文した。それから、その問いかけには答えてくれなかった。

 事態は、最悪の方向へ進んでいるようだ。


「せっかく、ここまで真相が解ったんだ。解決できるのか?」


 四法院は濃い緑茶を啜り、一息吐いて口が滑らかに動き出す。


「解決するさ。だが、俺が関与できるのは条件が揃ってからだ」

「条件って?」

「今、御堂と谷元が動いている。それ次第だな」

「谷元君?彼に、何を頼んでるんだい?そうか、政治家の情報とかかい?」

「すぐに判るよ。オヤジさん、ツナサラダ」


 食べ終わったと思っていた四法院は、再び寿司を注文し始めた。


「まだ食べるのかい?」

「誰が、食べ終わったと言ったんだ?」

「だって、満足そうにお茶を啜ってたじゃないか」

「確かに満足だが、満腹じゃない」


 そう言うと、真剣な表情に変わった。


「ちなみに、この事件は冤罪事件の証明ができないと、河野殺害事件の真相を表に出せない。どうやって崩すかが問題だ。弁護士に相談したところ、刑が確定し、刑期を終えても再審請求が可能だそうだ。ただし、余程の証拠が必要になる」


 四法院が、悩んだような口調で言った。


「冤罪の証明なら出来るじゃないか」


 四法院の目が輝いた。


「何か手があるのか?」

「あるじゃないか、Nシステムだよ。Nシステムのデータを裁判所に提出すれば済む話じゃないか」


 四法院は、視線を逸らして溜息を吐いた。


「なんだい。良い案じゃないか。何か問題でもあるのかい?」

「問題があると云うより、問題外だ」

「何でだい?理由を聞きたいな」

「Nシステムというのは、運用とその実態は全く公開されていない。今回のように、Nシステムの画像が決定的な証拠の場合でも、警察はそれを使うことはない」

「何でだい?」

「Nシステムはデジタル情報だ。それ故、被告の弁護士から加工していないことの証明を求められる。証明をするには、Nの原理から設置場所、設置状況、運用データ、画像データなど全てを明るみに出さなきゃならない」

「それが何か問題でもあるのか?」

「大ありだ。Nシステムというのは、国民監視の為の代物だ。それを明かせば、犯罪者に裏をかかれてしまう。そうなれば、大金を投入して役立たずのシステムだけが残る。組織としては、それだけは避けたい。なにしろ、戦前の秘密主義の特高警察の力が手に入るんだからな」


 四法院は、湯飲みに茶粉を加えて湯を足した。


「だって、Nシステムを使わないと、再審請求出来ないかも知れないじゃないか。そうなれば、今の事件も有力者二人を罪に問えないかも」

「警察としては、別に構わないんだよ無罪で。Nシステムの概要を明かすくらいなら、殺人犯の一人や二人、野放しで構わないと思っているさ」


 四法院が、達観した僧侶のように言った。


「四法院。君も殺人者を野放しにする気かい?」

「俺は警官じゃないからな、別にどっちでも構わない。ただ、俺に迷惑が掛からなければ良い」

「四法院」


 僕は、否定的に名を呼んだ。


「だが、今回は金銭報酬が発生している。俺の能力の証明の為にも事件の真相は暴く」

「犯人を挙げるんじゃないのかい?」

「俺は警察でも検察でもない、俺は謎を解くだけだ」


 四法院は、席を立って会計を済ませると、亀有署に向かうことにした。

 署に帰ってみると、世羅氏と天野氏の情報が膨大に収集されていた。

 捜査員の一人が、嫌々四法院に書類を渡した。

 その書類に目を通す。四法院の顔から笑みがこぼれた。


「御堂に連絡してくれ」


 そう言った四法院の口調からは清々しさを感じさせた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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