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四法院の事件簿 1    作者: 高天原 綾女
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終章

 事件後、ひと月が経とうとしていた。世羅、天野の両氏に加え、各事件関係者を全て調べた末、おおよそ四法院の推理通りだった。

 だが、一つだけ不明な事が残った。

 初めて村中堅太郎に接触し、老夫婦惨殺事件を手引きした者の身元が割れなかった。

 世羅グループの社員であった事は確かだが、その後すぐに退職していた。書類にも明記され、正式な手続きも済ませられている。だが、その名は偽名であり、住所は八年前から別の人間が住んでいた。

 その社員の名は、佐々宗昌。三十八歳と記されていた。

 結局、その事だけが不明のままで終わった。 

 僕は、休み明けのから、塾生たちへの入試対策に追われ、塾長からは事件について根掘り葉掘り訊かれた。訊かれる度に、角の立たない断り方をしていたが、流石に四、五回が限度だった。

 仕舞いには、高圧的に聞き出そうとしてきた。

 こうなっては、僕も高圧的に出るしかなかった。


「塾長、拘留される覚悟はありますか?話すなら、全てお話します。ですが、警視庁の機密情報を言うんです。塾長が、どのような理由で聞き出すのか?聞き出す目的は何なのか?徹底して調べ上げられますがよろしいですか?」


 塾長は、頭を掻いて逃げていった。

 それから、忙しい日々を過ごしている。

 四法院は、一週間ぶりに雑貨店にバイトに向かったそうだ。

 御堂の説明では、制服警官が巧い具合に説明をしているから大丈夫だと聞いていたのだが、四法院が店内に入ると、店長から事件の前日付けで解雇されていたらしい。

 四法院が言うには、警官は尊大かつ威圧的な態度でこう言った。


「四法院氏には、警視庁から重要参考人として御同行するように言われています。協力をお願いいたします」


 これだけだったらしい。

 店長は危険を感じ、前日に遡って解雇した。

 その直後、激昂した四法院は手がつけられなかった。たまたま時間が空いていた僕が、貧乏クジを引く破目になった訳なのだが………。

 散々、愚痴を聞いて、最後に真顔でこう言われた。


「あと、御堂に余計な事を言うな」


 御堂に過去の悪事をばらした事がバレたらしい。


「すまん。ついなっ。でも時効だろう?御堂から何か言われたか?」

「大したことじゃない。中古ゲームショップの悪事を繰り返すなよってだけだ」

「時給が安いし、もうリスクを犯してまで働く気なんてないだろ?」


 四法院は、馬鹿馬鹿しそうに答えた。


「そもそも、あの手はもう無理なのさ」

「どういう事だい?ゲームなら、まだ人気があるじゃないか」

「それが、全然状況的に違う。十四年前は、爆発的な人気ソフトが一年に数本しかなかった。それを転がしてさえいればよかった。だが今は、ソフトが乱立して、人気ソフトの値崩れも早い。何より、ネットの普及で中古業自体が成り立ち難くなってるから誤魔化すのも苦労するだろう。だから、今は使えないんだよ」


 落ち着き払って、茶を啜る姿がどこか達観している。



 そして、事件自体は、その後、意外な展開をした。

 世羅の臓器を狙った殺人事件。その全容が世間に知れ渡るにつれて社会は震撼することになった。社会の大半は、労働者階級だ。莫大な資産があれば、庶民の臓器を奪えるということを証明してしまったのだ。

 どんな人格でも、自分が狂った金持ちの為に臓器を取られるなんて納得できるわけが無い。

 その為、世羅資金の流れが徹底的に洗われた。すると、与党、とりわけ現在の政権中枢に多く流れている事が問題になっていた。現政権は、金持ち優遇政策、官僚権限増大、更なる法人税の減税を打ち出し、実行していた。

 あっという間に、政権の屋台骨は軋み、支持率は低迷した。

 僕は、鷹山法務大臣が一番のヤリ玉にあがるだろうと確信していたが、そうはならなかった。

 現政権の求心力が雲散し、保守勢力が盛り返したのだ。どうやら、権田議員の所属する派閥勢力が主導権を握っているらしい。法務大臣一人を切り捨てるより、谷元はこの事件を政争の具にして、自己の所属勢力にいる最有力議員と共闘し、党内の敵勢力一掃に掛かったようだ。

 今回の事件の陰で、守旧派は党内の力を一手に握り、谷元の仕える代議士はごぼう抜きの出世を果たした。全ては政治的決着の成果だろう。

 その計画は、谷元の案か、四法院の一計かは不明だが、僕の推察の及ぶ処ではなかった。

 テレビを見ながら、「怖い怖い」と呟いた。


「何が怖いんだい?」


 バイトを首になった四法院が、頼みもしないのに家で油を売っていた。


「そう言えば、御堂も警視総監賞を受けるんだって?」


 僕が何気なく聞いた。


「あんなモノよりも、御堂はもっと大きなものを得たよ」

「どういう意味だい?」

「政界の勢力図激変は知ってるだろ」

「ああ」

「政界の勢力が変われば、警察内部の勢力も微妙に変わるんだよ」

「御堂と良好な関係の上司が出世して、敵対していた人間は辞めて、外郭団体へ天下りしたらしい」

「谷元君が、話を着けたのかな?」

「まさか、狸の御堂がそんな首根っこを押さえられる事はしないだろう。おそらく、時間稼ぎをするついでに、勢いが衝く様な状況になれば一気に決着をつける為の準備をしていたんだろう。食えない野郎だ………。これで、御堂がどんな奴かわかっただろ?」


 四法院は、求人情報誌を捲りながら言った。


「これから、どうするんだい?」

「ん~。バイトでも探して、なにか書くよ」


 すでに四法院には、事件の後日談など興味が無さそうだった。


「これだな」

「何だ?」

「新しいバイト。デリバリーでもするかな」


 四法院は、携帯電話を取り出して会社に掛けている。


「もしもし、情報誌を拝見してお電話しているんですが、あ、ハイ。四法院と申します」


 僕は、明日の講義をどうしようかと考えていた。




本作品を読んで頂きありがとうございます。


御意見、御感想、誤字脱字の指摘、なんでも大歓迎です。


お時間のある方、手間を掛けて頂ける方、評価の方をお願いいたします。


四法院の事件簿 二作目に続きます。そちらも共によろしくお願いいたします。

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