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四法院の事件簿 1    作者: 高天原 綾女
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序章

 広く豪華な室内。重厚感のある机が、中央のやや奥に置かれている。如何にも高級な革張りの椅子。

その椅子に、初老と称すにはまだ若い男性が腰掛けていた。

 机の上には、書類の束が置かれている。

 男は、しばし書類を眺めると、すぐ傍に置かれている赤鉛筆を手に取った。

深く息を吸い込むと、無表情に書類へ筆を走らせる。

 書き込んだ文字は、行書体であり、何より達筆であった。


  鷹山美津夫


 本人の名前である。

 男は、赤鉛筆を置き、息を吐いた。

 扉を叩く音。

 入室を許可した。


「失礼致します。大臣、御署名は、御済になられましたでしょうか?」

「ああ、ここにあるよ」


 大臣と呼ばれた男は、先程、赤字で署名した書類を差し出した。


「二度目だが、慣れぬものだな………」


 溜息混じりの息を吐いた。


「これも法務大臣の職務でございます」


 低姿勢な男が答える。男は、大臣に礼こそ失していないが、目には冷ややかさが滲んでいる。


「そうだな。これも法務大臣の大事な仕事だからな」


 大臣は、書類を差し出した。

 うやうやしく頭を下げる男は、差し出された書類を受け取った。書類には、死刑執行命令書と記されてある。


「鷹山大臣、世羅会長がお見えになられております」

「間山次官、すぐにお通ししなさい」


 急ぎ、次官を大臣室から退出させ、出迎えに行かせる。

 それから数十秒後に、杖を突いた男性が現れた。年齢は、四十代後半から六十代に見える。

 肌の張りから、四十代後半だろうとは思うが、外見は妙に老けていた。体型は痩せ型で、顔は青白い。

 端的に言えば、病的な血色の悪さをしている。その為なのか、歳のわりに足取りは緩やかだった。

 大臣は立ち上がり、駆け寄るように出迎えると両手で握手した。


「ようこそ御出で下さいました。御体の具合はいかがですか?」


 大臣よりも年下の客人に、年長者である大臣の口調は丁寧だった。

 世羅は、鷹山大臣に笑顔を向ける。


「これから都内の病院に入院するんですよ。その前に、鷹山大臣にお会いしておこうと思いまして。んっ……んっんん!」


 世羅は、咳払いするように痰をきった。


「御体は、大切にしないといけません」


 鷹山がソファーを勧めると、世羅は深く腰掛けた。


「ところで、大臣、お仕事の方は如何ですか?」

「全国からの陳情が多数あり、また、それらに対しての反対意見など、いずれも真摯に受け止め、また様々な職務も広範囲に果たしております。これも、世羅会長のような方が、支援者でいてくれればこそです」

「んっ。私の支援など微々たるものですよ。んっ、んん」


 世羅は咽喉に痰が絡むのか、話すたびに咳き込んでいる。


「その様な事はありません。世羅会長は、厚生労働省、国土交通省、農林水産省などだけでなく、利権にならぬ法務省にまで支援をして戴いております」

「なに、国の根幹は法にあります。法の運営官である法務省が、国の要ですからな」


 謝意を伝える鷹山が、是非に茶でもと勧めたが、世羅は丁寧に断った。

 現実の法務省は、全役所から五流官庁と言われている。それは、法を志す人間は、裁判所を目指す。

もしくは、巨悪を断ちたいならば検察を目指すのだ。最高裁判所は、内閣や国会と同等の権力を有する。国の方針を違憲判断してしまえば、選挙の信認を受けていない裁判官が覆すことが出来るからだ。だからこそ、優秀な人間は裁判官になり、判決という法を作る。運用しかできない法務省には来ないのだ。

 最強の役所は財務省、利益誘導などいくらでもできる経済産業省、国土交通省や厚生労働省など、これらの役所に比べれば、法務省など出汁を取った鰹節の様に旨みなどは無いのである。

 そんな役所に財界の大物である世羅氏が色々と目を掛けてくれるのはありがたいのである。

 用件があれば病院の方へと、鷹山へその旨を伝えた。

 ゆっくりとした所作で、ソファーから立ち上がり、入り口へ向かう。世羅に歩調を合わせ、大臣は終始、会長のご機嫌を取っている。

 館内の僅かな距離を、緩やかな足取りで歩き終え、世羅の車まで同行する。

 世羅は、車に這うようにして乗り込み、シートに凭れかかる。窓を開けて姿勢を正し、口を開いた。


「鷹山大臣。国の為に、その御力を役立ててください。くれぐれも、お願いしますぞ」


 世羅の言葉に鷹山は一礼し、車が視界から消えるまで見送った。

 鷹山の耳には、世羅会長の荒い息使いと咳き込む声が耳に残っていた。



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