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笑顔を広める者 【天和視点】

「ねぇ、二人とも。

 旅に出よっか」

 一刀がいなくなって一月ほどたったある日、私が二人に言ったのはそんな思いつきだった。

「天和姉さん?」

 ずっと俯いていた人和ちゃんがやっと顔を上げ、戸惑うような表情だけど確かに私を見てくれた。

「え・・・・? 何で?」

 ここの所、少しも笑わないでただ自分の練習だけは忘れないようにしていた地和ちゃんも久しぶりに私と視線を合わせてくれた。

「前みたいに・・・ ううん、今度は一刀が警邏隊でしてたみたいに、あちこちで一人で芸してる人たちも誘って、大人数で大陸を旅してみない?」

 突然の提案に二人は呆然として、私は気にしないでそのまま言葉を続ける。

「一刀はさ、みんなの笑顔が大好きだったよね」

 前みたいに兵を集めるためじゃなくて、資金を集めるためじゃなくて、今度はただ笑顔を運びたいから。私達がやりたいから。

 本当に最初の時、ほとんど何も持たないで姉妹で村を飛び出して、どことも知れない道端で歌いだした時みたいに。

「お客さんたちが笑顔になるようなことを、元気になっちゃうようなことをしながらさ。この大陸が平和になったことを伝えて歩こう?」

 私達は華琳様たちみたいに大陸を平和にすることなんて出来なくて、凪ちゃんたちみたいに街を守ることは出来ない。

 私達に出来ることは歌うことと、踊ること。

『天和たちは凄いよな。

 歌と踊りだけで、こんなにもたくさんの人を笑顔に出来る。勇気をわけることが出来る。誰かの希望になることが出来る。

 天和たちがしてるのは、華琳にだって出来ないことなんだよ』

 そう言った直後に一刀が華琳様に足を踏まれて、春蘭様たちに追いかけられていたけど、あの時私の顔は凄く真っ赤になってたと思うんだよね。

 だって、そんなこと自分じゃ思ったことなかったんだもん。

 大好きだから、やめたくなくてやめられないから、歌い続けてた私達。

「一刀が夢見た平和と、華琳様たちが頑張って創ろうとしてるこの大陸を、私達の歌と笑顔で彩って、そうしてみんなを笑顔にしようよ!」

 人が好きで、子どもが好きで、誰かを喜ばせることが上手で、凄くだらしなくて、男でも、女でも大好きな節操なしだったけど、そんな一刀をみんな好きになってた。

 私もそんな笑顔に包まれた一刀を見るのが、大好きだったから。

「笑顔で彩る、かぁ・・・・

 姉さんらしいよね、本当に」

「そうですね・・・・

 それにいつまでも下を向いて、何もしないわけにはいかないですし」

 お姉ちゃん、結構いいこと言ったと思うんだけど、どうして二人とも苦笑してるのかなー?

「それで? 他に具体的な案はありますか? 天和姉さん」

「うーん・・・ まず、馬車とかはこれまで使ってたのがあるから平気だと思ってるんだけど、その辺りは人和ちゃんお願い!」

「はいはい・・・

 だと思ったわよ、まったく」

 呆れるような言葉だけど人和ちゃんに怒った様子は少しもなくて、いくつかの書簡を取り出して、早速墨をすり始めてくれる。

「それじゃ、ちぃはいつも通り歌と踊りをやればいいってわけね?」

「おねがーい! 歌と踊りはちぃちゃんが頼りなの!!

 お姉ちゃんは今から街で知り合った芸人さんとかに声かけてたり、親衛隊のみんなに話を聞いてくるから!」

「「ちょっと待った(待ってください)!」」

 私がそう言って駆け出そうとしたら地和ちゃんは襟首を掴み、人和ちゃんは言葉だけでとめてきて、そのまま進んで首が絞まる

「ちょ、地和ちゃんっ・・・ 苦しい・・・・ 二人とも、なーに?」

「姉さんが座長やることは決まりとして、一座の名前は決めていきなさいよ。

 『数え役満姉妹』は一座じゃなくて、ちぃたちの芸名なんだから」

「言いだしっぺである天和姉さんが座長をやることは確定だけれど、名前のない一座はしまらないもの」

「一座の名前はあれしかないでしょ・・・・ って、どうして私が座長なの?!」

 地和ちゃんとか、人和ちゃんとかの方が断然向いてると思うんだけどなぁ?!

「姉さんが言いだしっぺだし、ちぃも人和も他の仕事で忙しくなりそうじゃない?

 だから、みんなをまとめるなんて出来なさそうだしねー。

 それに姉さんになら出来るわよ」

「えぇ、姉さんになら」

 二人ともそれぞれ書簡に視線を向けながら、私のしようとしてた反論は聞いてくれなさそうだった。

「『座長』って、なんか可愛くないからいやー!」

「はいはい、じゃぁ『座長』じゃなくて『座長☆』にしてあげるから。

 行ってくるなら、ぱっぱと行ってくる」

「それじゃぁ、勧誘お願いね。姉さん座長☆」

「二人とも、お姉ちゃんの扱い酷くない?!」

 人の不満を笑顔で聞き流してる二人にちょっとだけほっとしながら、私は芸人さんたちを求めて今度こそ街へと駆け出して行った。




 とりあえず、荊州の町の外に荷馬車とかを置いて、私と地和ちゃん、人和ちゃんが代表として滞在許可書を貰いに行くことになった。人和ちゃんが前もって書簡でやり取りしてくれたおかげで荊州を季衣ちゃんと流琉ちゃんが治めてることもわかってたし、大まかな話も書簡で出来たみたい。

 許可書が貰えたら今日は公演場所を視察して、人和ちゃんが中心になって設営と警備の人たちの話し合い。地和ちゃんはいつものように指導に入ってもらって、私は指導を見ながら他のみんなのお手伝いかなぁ。

「ひっさしぶりー! 季衣ちゃん!!」

「久しぶりー! 天和ちゃん!」

 城門に居た季衣ちゃんへと私が手を振って大きな声で叫んだら、季衣ちゃんも答えてくれて、そのままお互い抱きしめあう。

 その隣には知らない小さな子がいて、私たち三人を見てから何かに気づいたように手をぽんっと打った。

「一人だけ胸が大きい『数え役満姉妹』なのだ!」

「胸がなんですって!」

 その子の言葉にすぐさま反応したのはやっぱり地和ちゃんで、人和ちゃんが後ろから羽交い絞めにして押さえてくれてる。

 地和ちゃん・・・ まだ気にしてたんだね・・・・

 ごめんね、お姉ちゃんにも胸だけはどうしようもないの。

「天和ちゃん、今思ってること絶対言葉にしちゃ駄目だからね?」

「何のことかなー? 季衣ちゃん」

 季衣ちゃんの警告に私は舌を出して笑って誤魔化し、季衣ちゃんはいくつかの書簡を渡してくれた。

「とりあえずこれが滞在許可書で、こっちは公演場所の見取り図。

 で、街の方の誘導はこっちの警邏隊も手伝うから、一座の方の警備の人は会場の整理をしてほしいなぁって思ってるー」

「うん、わかったー。

 人和ちゃん、聞こえてたー?」

 書簡を受け取って、軽く見ながら別の書簡に書かれた説明にも軽く目を通しておく。一応座長だし、人和ちゃんって任せきりにしたらすぐに無茶しそうなんだもん。

「えぇ、勿論。

 でも、姉さん座長☆もしっかり覚えておいてね。

 私が現場にいるときは姉さん座長☆にもしっかり動いてもらいたいし」

「はーい・・・」

 二人に押し付けられた座長って言う立場でもあるから、一通り覚えておかなくちゃいざみんなに聞かれた時答えられないって事になりそうだしね。それ、芸で失敗しちゃうことよりも恥ずかしいと思うし。

 それに・・・ この一座は私が言い出したことだもんねー。

「それにしても、季衣ちゃんも立派になったねぇ」

 普段の服じゃなく露出を控え、魏の色である蒼を基調とした礼服を纏う姿は凛々しくて、姿勢を伸ばして立つ堂々とした様子はまるで華琳様みたい。

「よく頑張ってるね、偉い偉い」

 私が頭を撫でると季衣ちゃんは少しびっくりしたような顔をして、顔を赤くして下を向いちゃった。

「あ・・・ ごめんね? なんか懐かしくなっちゃって、頭撫でちゃった」

 いつまでも幼いと思っていた季衣ちゃんたちが大きくなる姿を見てると、地和ちゃんと人和ちゃんが幼かった頃を思い出して、懐かしくなっちゃう。

「ううん! 嫌だったんじゃなくて・・・ 僕、兄弟とかいなかったから嬉しくて・・・

 なんだか恐れ多いけど、僕にとって華琳様たちは家族みたいに思ってるから・・・ ありがとう、天和ちゃん」

 顔を真っ赤にしながら、照れくさそうに笑う季衣ちゃんはなんだか凄く可愛くて、私はおもわず抱きしめちゃった。

「季衣ちゃん、可愛い!

 もう、私達の妹になっちゃえばいいと思う!!」

「はいはい、姉さん。そろそろ解放してあげようねー。

 季衣ちゃんだって暇じゃないんだし、この後は交代で流琉ちゃんが街を案内してくれることになってるんだから。

 まったく姉さんも一刀に負けないくらい人たらしで困るわよ」

 また地和ちゃんに襟首を掴まれて、無理やり季衣ちゃんから離されちゃった。もっと良い子良い子してあげたかったのに~。

 こんなに頑張ってるんだから、誰かが褒めてあげなきゃいけないと思うもん。

「私、あんなに節操なしじゃないよ~」

「自覚のない所もそっくりですね・・・」

「まったくよね」

 私の言葉を二人して反論するのはずーるーい。

「お待たせしました・・・ ってどうして天和さんの頬が、栗鼠みたいに膨らんでいるんですか?」

「気にしなくていいですよ。少し拗ねてるだけですから」

「はい・・・? じゃぁ、こちらです?」

 そうして流琉ちゃんに先導されながら私達は荊州の街並みを眺める。警邏隊のおかげで街の治安が守られて、そこにしっかりと治めてくれる人が来たことによって活気に溢れている。

「あったかいなぁ」

 まるで日向ぼっこしてるみたいな気持ちよさに包まれながら、街の音に耳を傾けてると

「~~~~♪ ~~♪」

 歌声と、それに合わせるみたいに寄り添った二胡の音が聞こえてきて、私はつい立ち止まっちゃった。

 音を探して周りを見ると、ちょっと離れた場所に居たのは金髪の綺麗な女の子と、その隣に並んだ短い髪の女の人。

「あぁ、あれは・・・・」

 流琉ちゃんが何か説明してるみたいだけど耳に入ってこなくて、私と地和ちゃんはほぼ同時に走り出していた。

 地和ちゃんが何をしたいのか、私も何をすべきなのかが自然とわかって、女の子の手をいきなり掴んだ。

「ぴっ?! なんなのじゃ?!

 そなたたちは誰なのじゃ?!」

 突然すぎる私たちの登場に女の子は怯えて、私は目線を合わせながらもその手を放さない。

「突然、ごめんね?

 すっごく綺麗な声と音で驚いて、えっと・・・ あなたに・・・ ううん、あなた達にお願いしたいことがあります」

 綺麗な歌声、妖精みたいな金の髪。小さなその姿はとっても可愛らしくて、それを生かす二胡の音は綺麗だった。

 だから、どうしてもこの人たちにお願いしたかった。

「私達と一緒に歌ってくれませんか?

 この荊州に居る間だけでいいから、あなたの力を私達に貸してください!」

「吾の力・・・・?

 じゃが、吾は何も出来な・・・・」

「何も出来ないなんてことない!」

 後ろから聞こえた大きな反論は流琉ちゃのものだった。

 あぁ、この子は流琉ちゃんのお友達なんだ。だから、子どもたちを励ますみたいに歌を歌ってたんだ。この子も優しい良い子なんだなぁ。

「美羽ちゃんがあの日から凄く頑張ってるの、私知ってるよ。

 それにこれもお仕事、みんなを笑顔にする凄い大変なことだよ?」

「じゃが、吾は明日も蜂たちを見なければ・・・・」

「美羽ちゃんが毎日細かくいろいろ残してくれてるから、天和さん達がいる間くらいはどうにかなるよ。

 毎日報告書は渡すから、ね?」

「じゃが・・・・」

「あぁもう! 美羽ちゃん頑固なんだから。

 天和さん、もう兄様みたいに行動しちゃってください!」

 なんか私達にはわからない話だけど、とりあえず流琉ちゃんから正式な許可が下りたし、ちょっと強硬手段行きまーす!

「地和ちゃん!」

「わかってるわよ!」

 呼べばすぐさま私と地和ちゃんが走りだし、私が女の子の体を持ち上げて、地和ちゃんが足をしっかりと持って走り出す。

「人和ちゃん、会場の方任せてごめんね。あとで話聞くから!」

「はいはい・・・・ いつものことだもの」

 振り向きざまにそれだけは言って、女の子をしっかり持ち上げて、一座の荷馬車へと駆け抜けた。

「ひ~と~さ~ら~い~!? 七乃~~! 助けてたも~~~??!!」

「あぁ、悲鳴をあげるお嬢様・・・ なんて可愛らしい」




 あの後、どうにか女の子(美羽ちゃん)にもちゃんと事情説明して、協力をしてもらえることになった。勿論、七乃さんにもしっかり謝って、正式に依頼して参加してもらうことが出来た。

 それから小蓮ちゃんの案で今回提供することになった『はにぃれもん』はお客さんたちに試しに配ってるみたい。なかなか策士だなぁ、小蓮ちゃん。

「座長☆さーん、地和ちゃん、人和ちゃん、そろそろお願いしまーす」

「はーい」

 すっかりこの呼ばれ方も慣れちゃったけど、仕方ない。うん、仕方ないよね・・・ でも、舞台に出るときくらいはやめてほしいなぁ。

「地和ちゃん、人和ちゃん、行こ!」

 舞台の最初と最後は私達が飾る、これだけはいつも変わらない。

「はいはいっと、座長☆挨拶だからしっかりね。姉さん」

「地和姉さん、それはさらに緊張させるだけよ」

「もう、二人はすぐそうやってお姉ちゃんを茶化すんだから」

 始まる前の軽口は互いの緊張を少しだけ楽にする物だってわかってる。

「でも、ありがとね。二人とも」

 私達は堂々と、一刀がいた時とも、居なくなった後も何度も続けてきた舞台へと立つ。照明と、人々の視線が集まり、凄く気持ちよくて、胸が高鳴ってくる。

「荊州のみんなー! 今日は集まってくれてありがとーーーー!

 北郷一座がこうして公演出来るのも、みんなのおかげだよー!

 今日は復興で頑張るみんなと、そんなみんなを陰で支えてくれる人たちと、それから・・・」

 私はそこで一拍置いて、息を吸う。

 誰になんて言われても、私達がここに居れるのは一刀のおかげだから。

「この大陸がだーーーい好きだったあの人のために歌うから、みんな応援よろしくね!」

 お客さんたちからの溢れる掛け声はまるで私が言った誰かをわかってるみたい。

 みんなの声と、私達の声。

 全てが一つになった、最高の舞台が実現する。



 一刀、見てる? みんな、笑ってるよ。

 一刀が好きだった私達の舞台を見て、みんなが笑ってる。

 最初は私達の夢で、いつの間にか一刀の夢にもなってたこの夢は、大陸だって包んじゃった。

 でもね、私達の目標はまだ達成してないの。

 他の人には達成してるように見えるかもしれないけど、ここには一つだけ足りないものがあるから。

 それにね、誰も知らない歌があるんだよ。

 私たち三人が綴った、誰も聞いたことのない歌。

 あなたの笑顔を見たい私達が創った、あなたに捧げる愛の歌。

「次に会えた時は、とびっきりの愛を込めて歌ってあげるからね。一刀」


張三姉妹を一つにまとめるという案もありましたが、結局作者にそんな器用なことは出来ず、全員を同時に投稿するという形で落ち着きました。

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