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戸惑い 歓迎される者 【白蓮視点】

「遠かったなぁー」

 そう言って私は、かつて太守を務めていた懐かしい幽州の城門の前へと立っていた。

 自分が麗羽から守りきれなかった、守りきれずに結局帰ることも出来ずに、今の今まで一度も戻ることの出来なかった土地。

「はぁ・・・

 合わせる顔がないなぁ」

 曹操殿から『戻って治めてほしい』という言葉があっても、今更どんな顔をして私が入っていけばいいのかわからないというか・・・

 ていうか、公孫越(赤根)心配してるかなぁ。手紙も一度も来なかったし、こっちからも出す暇なかったし。

「えぇい! 城門の前でうろうろうろうろ鬱陶しい!!」

 そうして城門の前を右往左往していたら、背後に衝撃をくらって後ろを振り向くと、そこには私と同じ色の髪を短く刈り上げた、勝ち気そうな少女が立っていた。

「えっ・・・ ちょっ」

「今までどこほっつき歩いてた、この家出姉があぁぁ!」

「ちょ?! 家出?!

 家出違う! 韓遂殿もそう言ってたみたいだけど、私たちって傍から見たらそんな感じなの?!」

 突然の言葉と衝撃に戸惑い、私は目を白黒させてしまう。

「えっと・・・ 失礼ですが、どちら様ですか?」

「妹の顔も忘れたのか!? 本当に失礼だな!」

 間髪入れずに返されるこの声にも、やはり聴き覚えがない。

というか、私の妹・公孫越こと赤根は同じ色の髪をして、常に前髪でどちらかの目を隠し、控えめで可愛らしい女の子だった。

 身内の贔屓目というのもあるんだろうが、小さな声で話す姿はとても可愛らしく、しかし書簡仕事はしっかり出来る。その上、姉である私が行き届かないところも気遣ってやってくれる。少々地味だが真面目で、優しいよく出来た妹だったのだ。

「聞いてんのか! この馬鹿姉!!」

 そう、こんな口調で誰かを怒鳴り散らすような子じゃなかった。

 出会いがしらに誰かを蹴とばすなんてことを出来るような子じゃない。

「えーっと、人違いじゃないでしょうか?

 私の妹はもっとこう・・・ 地味だけど可愛らしい子でした」

「あぁん?

 どこほっつき歩いてたんだか知らないが、妹のことを忘れるほどボケたのか? コラ!」

 わーい、自称妹が私の襟首を掴んだよー。

 昔の赤根は実際可能でもするような子じゃなかったし、やっぱり違うと思うんだ。

「『大志を掲げることは出来なくても、太守として私はこの土地を精一杯守るって決めたよ』って私に言ったのは嘘だったのか! こらあぁぁぁーーー!!」

 自称妹から出てきたその言葉は、私が太守着任の祝いの席に家族の前で告げたものだった。

「え?! 本当に赤根なの!?」

「どっからどう見てもそうだろうが!」

 どっからどう見ても・・・・

 そう言われ、私は改めて赤根(仮)を上から下まで見直す。

 短く刈り上げられた私と同じ色の髪、荒っぽい口調、とがった眼、目の下にあるのは太い隈、肩にかけられているのは家に飾られていた筈の大槍。

「いいえ、違います」

「ふざけんなあぁぁぁーーー!」

「あの公孫越様、公孫賛様、その辺りにした方がよろしいかと・・・・」

 そう言って怒りだす赤根(仮)を宥めたのは近くにいた門番さんであり、私は見覚えがあったのでおもわず頭を下げた。

「うるせぇ! 門番!

 私はこのぼけた姉を、一発ぶん殴らなきゃ気がすまねぇんだよ!」

「押さえてください、公孫越様」

「えっ・・・・ 本当にこの人って、赤根なの?」

「そうだっつってんだろうが!」

 私はいまだに信じることが出来ずに問うと、逆上した赤根(仮)の怒鳴り声が響き、門番さんは苦笑しながら頷いた。

「はい、公孫賛様。

 信じられないかもしれませんが、この方は間違いなく公孫越様です。

 公孫賛様が不在の中で民を統率しているときはまだこうではなかったのですが、魏によりこの地が守られ、太守の仕事を肩代わりするようになった頃から白馬義従をまとめ異民族との話し合いなどを繰り返していたら、いつの間にかこのように逞しく・・・・」

 逞しく、逞しく? 面影が残ってないよー?

 どうしたらこうなっちゃうのかなー?

「まだ、納得してないような顔してこっち見てる家出姉を私はぶん殴っていいと思う」

「納得した! 納得したから、赤根!

 私の話を聞いてくれ!!」

 拳を振り上げようとしてる赤根に私は必死になり、どうにか降ろしてもらった。

 はぁ・・・ しかししばらく会ってないからって、こんなに変わるもんなのか。

 可愛い妹が、こんなになるのか・・・・

「その視線は気になるが、状況を教えてもらっていいか? あ・ね・き」

 昔は姉様だったのになぁ。

 私の後ろをちょこちょこついてくる姿は、そりゃぁもう可愛らしいかったのに、なぁ・・・

「えーっと、私はあの後からずっと桃香のところにお世話になっていて・・・」

「はぁ?!」

 私の言葉に赤根がまた大きな声をあげ、怒りを向けるように近くの木へと拳を打ち付けた。

「あの自称親友・詐欺女のところにいたのかよ?!

 っていうか、私は何度も文送ったんだぞ!

 『ウチの迷子だか、家出だかよくわからない姉は知りませんか?』ってな!!」

 迷子、家出・・・・ でも探してくれたんだ、優しい赤根は変わらないことが姉様凄く嬉しいなぁ。

「文? 朱里たちからそんなこと聞いてないが、届いてなかったんじゃないか?」

「握りつぶしてやがったな、臥龍と鳳雛・・・」

 私が首を傾げると赤根は低く小さな声で何かを呟いたけど、私には聞こえなくて再度聞き直そうとしたら『なんでもねぇよ』と言って手をかざした。

「それで? 人に幽州任せておいて、蜀の地で何やってたんだ?

 そっちから一通の手紙も寄越さずに、魏がこっちに警邏隊寄越してくれるようになってからは『姉貴を見た』っていう兵が居たけど、曖昧だしよぉ」

 ふむ、蜀で私は・・・・

 あれ? 部屋と書簡しか浮かんでこない。

 太守の時とほとんど勝手が同じだったから、ひたすらに手を動かした思い出しか、ない。

「・・・・書簡仕事?」

「何、小首傾げて言ってんの?!

 姉貴、太守だよな?! 官位的に言ったら、立場上は上の筈だよな!」

 カンイ、官位・・・・ 官位?

 久しぶりに聞くその言葉に首を傾げて、あれ? だって・・・

「桃香って、蜀の王だろ?

 立場なんて、私よりずっと上に決まってるじゃないか」

「はい、姉貴アホー」

 その言葉と同時に額を指で弾かれ、赤根は頭痛を堪えるように頭を抱えていた。

 なんでだ?

「『蜀の王』っつったって、あれ自称だし。

 皇帝陛下は『魏の王』たる曹操殿は認めてても、『蜀の王』なんて認めてねーし。

 大体、どいつもこいつもわかってねぇみてぇだけど、劉協様はご存命だっつーの!」

「何?!

 劉協様はご存命だったのか!? 今すぐに挨拶に伺わねば・・・・!!」

「してねーのかよ!?

 まじで姉貴、蜀の地で何やってたんだよ!!」

 赤根からもたらされた新事実に私はただ驚き、急いで立ち上がろうとしたところを怒鳴り声と共に逞しい腕に遮られた。

 というか、この剣幕の赤根を見てどこかに行ける度胸なんて私にはなかった。

「姉様、知らなかった。てへ」

 とりあえず笑って誤魔化してみた。

「はぁ・・・・ 結局曹操殿だけが劉協様を気にかけて、守ってたんじゃねぇかよ。

 今もそうだけどよ、全体見てる曹操殿のどこが悪逆非道だっつうの。

 つーか姉貴、まじでどんな生活してたんだよ、情報知らなすぎだろ」

 しかし、劉協様を曹操殿が保護しているなんてなぁ。まったく知らなかったけど、朱里たちはこれをどう思ってたんだ?

 大体、桃香がそういうことを話していなかったのはどういうことなんだろうなぁ。

「おい、待て。姉貴。その表情は何だ?

 ていうか、そっちが掲げてたって『漢王朝の復興』だよな?」

「あぁ、そうだが?」

 朱里たちに聞いた話じゃそうだったし、私のところに来たころは明確な指針が決まってなかったからいろいろ困ってたけど、私が拾って貰った時は目標に向かって進んでたからなぁ。

「どこが復興だ!

 劉協様失くして、どう復興するんだっつーの!!」

「そりゃ、桃香だろ?

 本人もそう言ってたし、あいつにはいろいろな夢があったからな」

「・・・・あいつらが漢王朝の最大の敵じゃね?

 成り変わる気満々じゃねぇか」

 小さく何かを言った後、赤根は立ち上がって溜息を零した。

「まぁ、姉貴の事情は分かったから、あとは城で茶でも飲みながら話そうぜ」

 なんだか対応が、さっきより優しくなった気がするのは何故だろう?

 それにこっちに向けてくる目も凄く優しいっていうか、憐れんだ目のような気がするのは気のせいかな?

「じゃ、入るかー」

「そうだなー」

 そう言って私が扉に手をかけて入った瞬間

「公孫賛様、おかえりなさいませ!」

「よくご無事で! 本当によかった・・・・!」

「公孫賛様のご帰還だーーー!!」

 そこにあったのは多くの民からの出迎えの声だった。

「人違いです」

 おもわずそう口走り、私は一度門を閉じた。

「な・に・が! 人違い、だ!!」

 顔に青筋を立てて、私の顔をしっかりと手で掴む赤根が怖いし、凄く痛いぃーー?!

「だってだって私だぞ?!

 地味で、太守だけど守りきれなれなくて、蜀に長期滞在してた私だぞ?!

 地味人間、太守失格を絵に描いたような私だぞ?!

 そんな私が民に歓迎されるなんて、ありえない!

 きっと別の公孫賛様に決まってる、そうに違いない!

 はっ?! そうだ。実はお前が公孫賛様?!」

「んなわきゃねーだろ!

 さっきの発言の方がよっぽど太守失格だ!

 つーか、さっきの珍行動をとった理由を十文字以内で説明しやがれ!!」

「歓迎される、ありえない」

「片言かよ!」

 だって、私は・・・ 石を投げられる覚悟だってしてきたっていうのに、こんな風に歓迎されるなんて思ってなかったんだ。

 曹操殿に言われるまで蜀に居ることを当然だと思っていたし、幽州の地を再び治めるように頼まれるなんて想像すらしていなかった。そんな私が・・・・

「歓迎される権利なんてないだろう・・・・ まして、再びこの地の太守になるなんて許される筈が・・・」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!

 『歓迎される権利』だぁ?

 自分たちが避難する時間作るために先陣切ってくれた太守が生死不明で、そいつが今ようやく帰ってきたんだぞ?! 嬉しくねぇわけがねぇだろうが!」

 その言葉に私は、さっきの蹴りよりもずっと重い衝撃を受けた気がした。

「『太守になるなんて許される筈がない』?

 幽州の民はな、世話になった魏よりも、恨みを抱いた蜀よりも、まったく知らねぇ呉なんかでもなく、姉貴が戻ることを望んだんだよ!」

 重い言葉、それは民からの信頼の重みで、かつてあれほど恥ずかしがり屋だった妹から貰う、初めてのまっすぐな言葉だった。

「胸張っていけ!

 あんたは今でもここの太守で、白馬義従を作り上げた公孫賛だ。

 そして私の、自慢の姉様さ」

 赤根に背を押され、私はもう一度門へと手をかける。

 私を待っていてくれた、大切な守るべきものたちと再び向き合うために。


劇的ビフォーアフター、この世界の妹は苦労する定めだと思います。

そして、説明役として生まれた赤根ちゃん。今後、本編にて登場します。

変わる前の彼女がどんな子だったかは、そちらで明らかになるかと思います。

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