泣いた赤鬼
ついさっきまでニコニコしていた女性銀行員は、涙でくしゃくしゃで鼻水ズルズルの泣きっ面になっていた。
彼女の眉間には重厚な黒い拳銃。銃口はピタリと眉間につけられたまま持ち主の男は金の要求を連呼する
「ここは銀行なんだろ!?早く金を持ってこい金を!この女の命が惜しかったらさっさと金を持ってこい!」
しがない小さな銀行に強盗が押し入ったのは十分前の出来事。客は三人。従業員も五名足らず、誰もが拳銃に酷く怯えているのは見てとれた。
強盗は一人だけのようだ。ヘルメットで顔は全く見えないが、中肉中背で特徴もとくにないようだが、それでも特徴をあげるとなればとにかく金を連呼する。
どこか気分でも高揚しているのか声色が高い。
ゆっくりと用意されたハンドバッグにお金が束で入って様子を眺めていると、更に気分をよくしたのだろう、強盗は拳銃の側面で女性銀行員の顔を軽く叩きながら反対の手で口をアヒルに鷲掴みにすると、質問を始めた。
「さて問題だ?この金なんに使うと思う?」
強盗の声色から気分はかなりいいらしい。
だが、アヒル口にされた女性銀行員は緊張感のないふぁ、ひゃ、ほぉと聞き取れない言葉を言うものだから、強盗は怒ったのかとたんに彼女を地面に這いつくばらせると、更に強く拳銃を彼女の眉間に擦り付けるように当てた。
「んんんんんんん!」
「てめえ!俺の野心をバカにしてんのか!?この金はな!アフリカやアフガニスタンの恵まれない子供達に生きる希望になるんだよ!わかったか!ぁあ!」
銀行員の彼女はもちろん、他の銀行員、来ていた客全員が疑問符が頭にでた。
ここに集まった数百万円のお金は全て寄付されるそうだ。
暫く沈黙が流れると、強盗の怒鳴り声で 全員が我に還った。
「なにぼさっとしてんだ偽善者ども!さっきとバッグに金を入れろ!てめえらに金があってもろくなことに使わねえだろうが!ぁあ!自慢じゃねえがな、俺は給料の半分を寄付してんだ!この素晴らしさがわかるか!?ぁあ!」
強盗の怒鳴り声で止まっていた沈黙が流れ出す。
ゆっくり慎重に金を運ぶ銀行員はこれが最後ですとバッグに札束を捩じ込み震えながら言うと、バッグを左に人質を右手に歩みだした。
そこに客の一人が銀行の入り口に塞ぐような形でムクリと立ち上がった。
もちろん銃口をそちらに向ける強盗。
客は開口一番、
「ボクをひとじちにしてクダサイ」
と言った。肌は隅々まで黒く、体格は細身ながらも明らかに外国の人だとわかる。片言だが会話には問題がないようだ。
「ボクはたくさんのキフのおカネでべんきょうして生きてこれた。コノクニにオンガエシしたかったからここにきた。アナタは私の命のオンジンだから、アナタのねがいをてつだいたい」
彼は熱い涙を流しながら必死に未熟な日本語と身振り手振りを付けながら今までの苦労を話した。
親兄弟や周りの人々がどんどん弱り、なのに自分にはどうしようもなくて、栄養失調は日に日に身体を蝕み、運命を呪うことも考えがつかないほどに衰弱していき、絶望の毎日、今ここにいることすら奇跡なのだと溢れる涙をそのままに彼は熱く熱く語った。
強盗のヘルメットの首筋から水が溢れていた。
これはまさしく涙だ。
男は拳銃と金が入ったハンドバッグを投げ捨てると、女性銀行員をそっと放した。
「俺、自首するわ」
「そうですか、アリガトウゴザイマス」
「近くの警察の場所知らねえんだ、教えてくれるか?」
「わかりまシタ」
開かれた銀行の入り口は、差し込む太陽の光に吸い込まれるかのように二人は去っていった。
居合わせた全員が面食らったように謎な感動がそこには満ち満ちていた。
暫くして警察を呼びが直ぐにやってきた。
まだ強盗は出頭していないようだが、一応強盗に入られたのだから現場検証をしてもらう。
そしてその間にハンドバッグのお金を取り出す。
数える、どがどっか落としたのだろうか金額が合わない。
「しかし、うまくいったな相棒」
「銀行員はバッグしか見ねぇからな懐に隠してもわからないのはわかってたことだ」
「沈黙したときはどうなるかヒヤヒヤしたぜ」
「あぁ、俺もだ兄弟。空港まで急ぐか、次どこいくよ?」
「ほとぼりが覚めるまでハワイなんてどうよ?」
「いやだよ、黒い肌だけど日差しがきついと直ぐに赤くなるんだ」