表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万屋ですがなにか。  作者: 狼花
VOLUME Ⅱ
39/53

File fifteen 城攻めは初めてです。

 

 

 

 いや、何度も経験あったらおかしいぞ。





★☆





「……よし、機能停止。ロックもかけて、終了っと」


 あっさりと装置の主動力を落としてしまったテオは、満足げに息を吐く。建前は周囲警戒、実際はすることがなくただ傍で見ていただけのエリオットが、手に持っている地図に視線を落とす。ベレスフォード共和国の地図に、幾つかの印。それはすべてエナジーの源泉の位置を示しており、地図の下半分はバツ印で埋まっていた。新しくバツ印を書きこみながら、エリオットが呟く。


「これで国の南部は制覇したわけだ」

「うん。いやあ、そう言われると達成感あるなあ」


 首都コーウェンの下町を出て、短くはない日数が経過していた。この間に機能停止させた源泉のエナジーを吸い上げる装置の数は、二桁にのぼっている。迅速に、そして効率的に彼らは南部にある首都から各地を回っていたのである。


「それにしても、ここまでなんの妨害もなかったことが恐ろしいな。そろそろ警備軍なり何なりが襲って来てもおかしくはないと思ってたんだけど」


 エリオットの疑問はもっともだ。これまではテオらの行動が迅速だったこと、さらに政府の方もテオの狙いを掴みかねていたことが重なって妨害がなかったのだろう。だがここまで時間が経てば、政府もいい加減こちらの狙いに気付くはずなのだが。


「泳がせているのかもねぇ」


 にやっと笑って見せたテオの言葉に、エリオットは柄でもなくぞくりと背筋に悪寒が奔る。


「縁起でもないこと言うなよ……」

「はは、まあさすがにこのまま済むとは思ってないよ。そのうちきっと政府も動くだろうね。だからその前に」

「『できるだけたくさんの装置を停止させよう』……だろ?」

「さすがエリオットくん、よく分かってる」


 ここまで案内してくれたはいいが行方をくらませていたチコがとことこと戻ってくる。テオの肩までよじ登ってきたリス型魔物の幼体の頬はぱんぱんに膨れている。どうやら周辺に落ちていた木の実を溜めこんできたようだ。


 木々がざわめき、葉がこすれる音が響く。どこか遠くの方から、お世辞にも綺麗とは言えない鳥の喚き声が聞こえてきた。十メートルは有に超えている巨木がてんでばらばらに天へ伸び、深い樹林を形成している。


「にしてもすっごい密度の森だな……チコがいなかったら確実に迷ってた」


 背の高い草を踏み分けながら、エリオットは来た道を戻り始める。テオも目前に迫る細い枝をひょいと躱した。


「生命を育むエナジーの性質上、これは仕方のないことだけどね」


 この密林の入り口から先はどうやっても車で入れなかったので、留守をイザードとイシュメルに任せてテオとエリオットとチコだけで探索に入ったのだ。チコの案内のもと道なき道を延々と歩き、やっとエナジーの源泉を見つけたのである。

 帰りも同じ道を通るわけだが、行きにエリオットは歩きやすいように枝を払ったり草を踏み均したりしてきたので、幾分か歩きやすくなっている。そんな道を二十分ほど歩いて、ようやくふたりは密林から脱出した。


 少し離れた場所に停めてある警備軍車両。機能充実、何かあっても『任務だ』ですべてまかり通ってしまう便利な車だ。

 その傍にイザードとイシュメルが立って、こちらに背を向けていた。車内で座っていれば良いものを、ふたりして外で何をしているのだろう。エリオットがそう疑問に思いつつ傍に歩み寄り――二人の姿で見えなかった第三者がいることに気付いた。


 それは少年だった。十代半ばくらいで、健康的に肌が焼けている快活そうな男子だ。少年は何か必死で、イザードとイシュメルに訴えかけている。


「……だから、お願いだよ! 力を貸してくれ!」

「そうは言ってもな、少し待てとさっきから……」


 少年の熱意は尋常なものではなく、イザードもイシュメルも困り切っているようだった。テオがすたすたと彼らに近づいていったので、エリオットも焦って追いかける。


「どうしたの?」

「ああ、テオ。いや、実はこいつがな」


 イザードが説明するより早く、少年は訴える相手をイザードからテオへ変更した。がっしりテオの両手を掴み、真剣な眼差しで見上げてくる。


「みんなを助けてくれ! 早くしないと、殺されちまうよ!」

「……穏やかじゃないね。どういうこと?」


 殺される、というその言葉にテオも表情を改めたのだった。





「俺、リック。近くのノーマンって街に住んでるんだけど、ノーマンは一か月くらい前から盗賊どもに支配されてるんだ」

「盗賊?」

「うん。兄さんたち、密林から出てきたみたいだけど、奥の方に古い城があるのを見なかった?」


 リックの問いに、テオは首を振った。

 一行はとりあえず車の中に入り、リックの話を聞いていた。


「いや、見てないなあ」

「そっか。まあ、密林の中にあるんだよ。随分古い城で、もうぼろぼろなんだけど……そこを盗賊はアジトにして、ノーマンに圧力をかけてきてる。街の人間を何人か人質として拉致して、食料に酒、金を定期的に納めろって」


 酷い話だ。イザードが運転席で腕を組み、鏡越しに後部座席のリックを見る。


「警備軍はどうした? ノーマンにも治安維持隊が常駐していただろう」

「盗賊どもが街に来たとき、街を守るために戦ってくれたよ。でも……一人残らず、殺されちゃった。警備軍の詰所にあった通信機器も壊されたから、首都に連絡もできないんだ」


 治安維持隊は戦闘部隊ではない。それでも彼らは果敢に街を守ろうとしてくれたのだ。部下の思わぬ悲報に、イザードが眉をしかめた。

 代わりにイシュメルが口を開く。


「この周辺は確か、ハンネス子爵の領地だろう? 子爵に告げることはできないのか?」


 ベレスフォードの地方貴族は土地を所有しており、その領地にいくつかの街をもっている。ノーマンの街を含め、ベレスフォード中央部のこの一帯はハンネス子爵という貴族の領地だった。

 しかしながら、リックはまた首を振る。


「子爵はハンネスの街にいるでしょ。ノーマンの住民は監視されてて、街から出ることができないんだ……」

「それじゃ、リックはどうやってここに?」

「抜け穴があるんだ。俺くらいしか知らないと思うけどね」


 リックはぎりっと奥歯を噛んだようだ。よく見れば、彼の腕に青い痣がある。鞭で打たれたかのような痕――盗賊たちにやられたというのは疑いようもないだろう。


「最初はさ、街の大人たちも抵抗してたんだよ。けど見せしめに町長が殺されて、街の人が人質にされて……すぐにみんな諦めたんだ。盗賊に金も食料もくれてやっているせいで、その日の食事だって満足に食べられないっていうのに……みんな、もう受け入れようとして!」

「……」

「人質になってる一人が、俺の姉さんなんだよ! 助けてあげたいんだよ……っ」


 テオは『ふむ』と呟き、隣に座るリックを見やった。


「俺たちに何してほしい?」

「え……?」


 それを聞いて、テオとリックを除く三人は「またか」と呆れていた。


「君のお姉さんや街の人を助けるのに、何ができるかな」

「て、手伝ってくれるの……?」

「大切な人のためなら、何でも利用しなよ」


 台詞とは裏腹に優しいテオの言葉に、リックもぱっと表情を明るくした。けれどもそこで飛びつきはしない。彼はそれをするには善良で、遠慮深い誠実な少年だったのだ。


「でも、さ……危険だよ? 盗賊のアジトに忍び込んでくれって、そういうことなのに……」

「心配ご無用。こっちは戦いのプロだからね、特にこの二人」


 そう言ってテオが示したのはエリオットとイシュメル。エリオットは苦笑して肩をすくめた。その表情を見て、リックもやっと泣きそうなほど嬉しそうな笑みを見せたのだった。





 見張りの盗賊に見つかるからと、リックは一度街へ戻った。遠巻きにノーマンの様子を眺めたエリオットだったが、あれほどの規模の街であれば本来人の出入りが多いだろうに、人ひとりとして街の周囲に姿はない。昼間だというのに死んだように静かだ。

 車の傍へ戻ると、イザードがボンネットに寄りかかっているテオに声をかけていた。


「……お節介はエリオットの専門だと思ってたんだがな。お前まで感化されたのか? それとも何か考えでもあるのか?」


 なんだか酷い言い草をされている気がするが、エリオットはあえて何も言わずに車内に入る。硝子越しにも、くぐもったテオの声が聞こえてきた。


「考えなんてないよ。ただ、助けたいと思っただけ」

「なんでまた急に」

「逆に聞くけど、イザードは見捨てられるの? 誰の助けも来ない状況で苦しんでいるあの子たちを」


 イザードは沈黙した。勿論イザードは見捨てなどしない。ただ、意外なだけだ。テオはいつだって打算を巡らせて事を運ぶ主義であったし、自分のためにならなければあえて首を突っ込むこともない――イザードの言葉ではないが、後先考えず感情だけで突っ走るのはエリオットで、テオはそれを諌める役だったはずだ。

 けれども同時にエリオットは知っている。テオは、こと人の命がかかわると、無条件で首を突っ込むのだと。


「こんなことをすれば目立つぞ」

「大丈夫だよ。リックの話を請けたことに打算はないけど、勝率はきちんと見込んでいる。問題はない」


 できる仕事しか請けない。当たり前のことである。

 しかし、事の詳細を聞いたわけでもないのに勝利を確信するのは――エリオットらの力を、信じているというわけか。





★☆





 夕方ごろになってまた街を抜け出してきたというリックと合流する。彼は古城の見取り図らしきものを書いた紙を持っていた。


「明日の夜、また城へ物資の搬入に行くことになったよ」

「盗賊団の規模というのはどのくらいだ?」

「三十人くらいかな」


 リックの言葉に、イシュメルが頷いた。彼もなんだかんだで乗り気らしい。


「たいした規模ではないが、少人数で城を落とすとなれば、なるべく隠密行動で城の中枢に迫るしかないな。その搬入は街の者が行うのか?」

「うん、男たちが十五人くらいで。ちなみに俺も行くよ」

「ならばそれに紛れるのが得策か」

「潜入ふたり、外からの陽動にふたりでどうです?」


 エリオットの提案にイシュメルも賛成した。着々と攻城作戦が立案されていくのを見ながら、テオが苦笑する。


「おっかないふたりだなあ」

「お前も何か案を出したらどうなんだ、テオ」


 イザードに白い目を向けられ、テオは首を傾けた。


「俺、城攻めは初めてだから」

「俺たちだって初めてだっつの」


 エリオットが呆れたように突っ込む。エリオットとイシュメルは数人で斬りかかって来られようと対処する方法を知っている。イザードは軍の訓練を受けているとはいえ得物が銃であるし、テオに至っては身軽さと威力重視の魔術での戦いだ。戦術の立てようもない。

 溜息をついたイザードが、見取り図を覗き込んだ。


「……この構造の城には見覚えがある。魔装具が普及する前の時代、ここに警備軍は常駐して魔物討伐にあたっていたのだ。城壁には砲台があるが、もう何十年も前のものだ。稼働はしないだろう。接近する分には危険がない」

「内部には詳しいのか、イザード?」

「それなりにはな」

「ふむ……隠密には向かない身体つきだが、致し方ないか。イザードは潜入、前衛はエリオット」


 イシュメルがぱっと割り振っていく。このあたりは、さすが傭兵団の副長という貫禄だ。


「陽動は私とテオ。ふたりは物資納入の住人に紛れて城内に入れ。その間に私とテオは外回りを制圧、敵を攪乱する」

「危険じゃないですか?」

「危険はどちらも同じだぞ」


 エリオットの危惧にイシュメルは微笑んだ。テオも頷く。


「エリオットとイザードは人質の解放を最優先にね。それが終われば、できれば合流して城内制圧が望ましいかな」


 着々と作戦が立てられていくのを、リックはぽかんとして見守っていた。テオはそんな少年に向きなおった。


「さて、リック。これをやるには、街の人の理解が必要なんだけど……大丈夫かな?」


 物資搬入の住民に紛れ込むところからして、きちんと説明しなければ納得してはもらえないだろう。単独で事を起こせば、住民たちも巻き込むことになってしまう。

 リックもそれは分かっていた。だからこそ彼は強く頷く。


「……うん。明日の夜までに、みんなを説得してみせる」

「頼りにしてるよ」


 テオは微笑み、見取り図に再び視線を落とす。その眼は、真剣そのものであった。





 翌日の夜――。


 ノーマンの街の外に十五人ほどの男性が集まっていた。それぞれ恵まれた体格を持つ人々だったが、表情は一様に暗い。それもそのはずで、彼らが汗水たらして稼いだ金や食料は、大半が盗賊たちのものになるのだ。日々を生きる糧を奪われれば、憔悴もする。

 現れたテオらを見て驚きこそしなかったのは、リックが事前に伝えていたからだろう。だが希望らしき光は見て取れない。


「あんたたちか、人質の解放に手を貸してくれるっていうのは……」


 ひとりの男性が声をかける。ぼそぼそと男性の背後からは『若造じゃないか』『胡散臭い』などという声がささやかれているが、テオは気にせずに何かをポケットから取り出す。


「警備軍です。別任務の遂行中ではありますが、この少年より助力を頼まれました」


 テオが持っているのは警備軍手帳。無論のことイザードのものだ。警備軍の名を聞いて住民たちはどよめいた。リックも初耳なので目を丸くしている。


「け、警備軍……!? だが、街にいた警備軍はみんなやられてしまった! あんたたちだって、同じ目に遭うかもしれないんだぞ」

「しかもたった四人」

「そうだ、これで失敗したら我々は殺される! 人質だって……!」

「人質に取られているだけでみんなは無事なんだ、波風立たせないほうがきっといい」


 つまり彼らの意見は『妥協』であり、『現状維持』だった。リックの説得も実らなかったようだ。

 テオは手帳をしまい、彼らを見渡す。


「このまま盗賊に支配されているのと、解放されているの。どちらが良いですか?」

「そ、そりゃ解放されているほうが良いに決まってる……」

「答えは出ているじゃないですか。だから俺たちはあの城を攻め落とすんです」


 テオの答えは単純明快だった。


「仲間二人を荷の中に隠させてもらいます。荷を盗賊に受け渡したら、皆さんは速やかに離脱してください」


 食料や酒を積んだ荷台には(ほろ)がついており、体格の大きいイザードでも隠れることができた。着々と計画を進めるテオらに、まだ不信感はあるらしいが住民も協力してくれた。

 エリオットとイザードが隠れたのを見て、テオが頷く。


「さて、じゃあ行きましょうか」

「なあ……なんでここまでしてくれるんだ?」


 そう問いかけたのは最初に問いかけた男性だった。テオは微笑む。


「警備軍ですから。困っている人を見捨てはしません」

「けど……」

「……貴方がたが本当に人質を助けたかったなら。酒に毒のひとつでも盛っておけば、盗賊団は壊滅したかもしれませんね」


 物騒なその言葉に、男性ははっと我に返った。


「人質を助ける手立てはいくらでもあった。非人道的なことをやれという意味ではありません。ただ、助けるという選択肢が最初からなかったことが、俺には少しショックですよ」



 作戦開始。



 荷台はかなり大きいもので、男たちが全力で押してようやく進むものだった。幌の隙間から見てみれば、すぐ傍に密林の巨木がそびえている。それでも道は整えられているらしく、揺れはするがきちんと荷台は進んでいく。

 住人の間に無駄口はなかった。緊張か、恐れか。


 テオとイシュメルは早々に離脱して、別ルートで古城を目指している。エリオットらが城内に入ったのを見計らって、外を制圧する予定だ。

 エリオットとイザードが中から。テオとイシュメルが外から。それぞれ攻めていく。


 足を延ばせるくらいのスペースはあったので、エリオットは柔軟運動を繰り返す。スポーツでもするかのようなエリオットの様子に、銃型の攻撃系魔装具の点検をしていたイザードは声なく苦笑したものである。


 やがて荷台が止まった。幌の外に明かりが見えるので、古城についたのだろう。ちらりと外を確認すると、密林の中にぼうっと建つ巨大な砦が見えた。やはりかなり古いものらしく、不気味だ。

 傍には盗賊がいるのか、住民たちに『帰れ、帰れ』と怒鳴っている。そして再び荷台が動き始める――盗賊たちの手に渡ったのだ。


 明るい城内を荷台が進む。光源系魔装具を持ち込んで取り付けたのか。すっかり居住空間として立派に機能しているらしい。

 やがて到着したのは、薄暗い部屋――つんと鼻に強い酒の匂いがして、これだけで酔ってしまいそうだ。酒蔵だろうか、何かの貯蔵庫らしい。


 エリオットが片膝を立てていつでも飛び掛かれるように構える。イザードも銃を構えた。


 幌が、開けられる――。


「ぎゃあっ」


 イザードの銃から出た攻撃が相手の顔面を直撃する。魔装具であるその銃は発砲音などしないし、弾ではなくエナジーによるレーザー弾だ。眉間を撃ち抜かれた男は呆気なく絶命して後ろに倒れる。見事な射撃の腕前だ。


「な、なんだ!?」


 ともに荷台を押していたらしい三人の盗賊が駆け寄ってくる。荷台から飛び出したエリオットが剣を抜き放ち、一撃のもとに三人を斬り捨てた。悲鳴すら出ない鮮やかな手並みである。

 室内にもうひとりいた。貯蔵庫の隅で、仲間たちが倒された様子に震えているらしい。鮮血に染まる剣を提げたエリオットがその男に向きなおると、男はひいっと悲鳴を上げた。


 一瞬で男の腕を拘束して床に抑えつけたエリオットは、男の顔の横に剣を突き立てた。


「人質のいる場所を知りたい。どこだ?」

「ち、ち、地下室……!」

「どうやっていけばいい?」

「だ、大ホールになんか変な石像があって! それを動かすと、地下への梯子がおりてるから……!」

「それで十分だ」


 エリオットはそう言って、剣の柄を相手の首筋に叩きこんだ。昏倒した相手を解放して振り返ると、イザードが銃を手に入り口を警戒していた。


「大ホールの場所、分かる?」

「さっき荷台で一度通った。来た道を戻ればいい。……どうする、衣服を剥ぎ取って変装でもするか?」

「いや……これだけ小規模の盗賊団だと、なりすますのは無理そうだ」


 血に濡れた剣を提げながら、滑るようにエリオットは前に進む。と、背後で荷台の幌がばっと跳ね上がった。エリオットが剣を構えて振り返った時、飛び出してきたのはリックだった。


「ま、待って! 俺だよ、俺」

「リック……! お前、いつの間に」

「ごめん、でも俺、みんなに任せて逃げるなんてできなくって」


 イザードは肩をすくめた。


「ここまで来てしまったなら仕方ないだろう。守りながら進むぞ」

「ああ。……リック、絶対離れるなよ。けど戦いになればすぐに逃げろ、いいな」

「うん!」


 エリオットが貯蔵室から廊下へ出る。リックが続き、イザードが後方を固め、三人は走り出した。





 その頃古城の外では見張りの盗賊がふたり斬り倒されていた。隻腕の剣士はふうと息を吐き、テオを振り返った。


「外は制圧したわけだが、これからどうする?」

「そこから中へ」


 テオが指差した先にあったのは一枚のガラス窓だった。勿論割って入るのだ。こちらは陽動が目的であるし、物音を立てれば気付かれるだろう。

 イシュメルは苦笑し、剣を片手に駆けだした。跳躍し、身を丸めてガラス窓に体当たりをする。凄まじい音と共にガラスが砕け、イシュメルは城内に飛び込んだ。テオもそのあとを追って中に入る。


「だ、誰だ!?」


 丁度そこに居合わせたらしい盗賊が悲鳴をあげる。テオが魔術で昏倒させた。

 そうしている間にも、ばたばたと慌ただしい足音がこちらへ近づいてくる。イシュメルとテオは廊下を駆け出し、盗賊との追いかけっこを開始した。



 そんなことがあったために、エリオットたちは盗賊たちに見つかることもなく城内を移動することができた。大ホールに差し掛かった時に警戒をしたが、広いその空間に人の気配はなかった。

 先程入ってきた大きな扉は、すでに閉じられている。石造りの床は綺麗に磨かれており、かなり掃除が行き届いているのは意外なことである。柱が何本か立っている以外は何もないがらんとした空間だ。


「石像って、あれじゃない?」


 リックがそれを見つけた。壁際に置かれている、鳥の姿を模った巨大な石像。その目前にまで歩み寄ったエリオットは、石像を見上げて唸る。


「怪しさ満載だな……」


 エリオットが石像を掴んで動かそうとした瞬間、イザードが銃を構えた。ホールに向けて構えながら、低い声で警告を発する。


「……エリオット!」


 はっとして振り返り、リックを背後に庇う。

 イザードが銃の照準を合わせる先――ホールの向かい側の廊下からこちらに歩いてきた、壮年の男。男は肩に大剣を担いでいた。


「よぅ、やっぱりこっちが狙いだったか」


 いっそにこやかなその男は、友人にでも話しかけるように声をかけてきた。エリオットが前に進み出る。


「うちの馬鹿どもはすっかり騙されて、あの隻腕と若い兄ちゃんを追いかけてやがるよ。ま、概ね成功だったわけだな」

「……あんたがボスか」

「おうさ、ダンカンだ。久しぶりに同僚に会えてうれしい……なッ!」


 語尾と共にイザードが発砲した。ダンカンはそれをいとも簡単に避け、大剣を振りかぶってエリオットに肉薄した。超重量の大剣を軽々と扱うだけあって、膂力はエリオットの比ではない。まともに受けたら剣が折れる――エリオットは瞬時にそれを悟り、紙一重で斬撃を避けた。


「俺は盗賊になった覚えはないッ」


 態勢を立て直してエリオットが吐き捨てる。剣をこれだけ扱うのだ、ダンカンが傭兵上がりであることは間違いないだろう。だがダンカンは笑った。


「盗賊なんてひどいねぇ。俺たちは、俺たちが生きるために必要なことをしているだけだ。綺麗な兄ちゃん、あんたみたいに正義感に燃えて清く正しく生きようとする傭兵なんざ、もうこの世には一割といねぇだろうよ!」


 それは残念ながら真実なのだろう。魔装具によって生き場所を奪われた傭兵たちは、早々と魔装具の恩恵を受けるか、戦いをつづけるかの二択を迫られた。だが戦いを選んでも、待っているのは極貧の日々。物盗りに身を落とした者は多く、なまじ戦いのプロだけに対処が難しかったのだ。


 エリオットの斬撃は幅広の大剣に受け止められてしまうが、それでもエリオットは焦ってはいなかった。技術と経験と鍛えられた心が、エリオットを冷静にしていたのだ。

 イザードも銃を撃つが、ことごとくダンカンはエナジー弾を弾き飛ばしていた。戦い慣れているらしい。


 エリオットの頬を刃がかすめた。あと数ミリでもずれていれば、エリオットの首は刎ねられていただろう。これにはひやりとする。つうっと頬を血が伝ったのを感じたが、構うことはできない。リックが離れた場所で真っ青になっていた。


 さらに、右腕にも裂傷が奔る。斬りどころが悪かったのか、激痛と共に剣が手から滑り落ちた。イザードがその剣を取りに行こうとしても、ダンカンが間に割って入った。

 イザードが歯噛みする隣で、エリオットは懐からナイフを抜き放つ。ダンカンが軽く口笛を吹いた。


「へえ、まだやるか」

「生憎、諦めが悪くてね」


 エリオットは汗の浮かぶ表情で少し笑った。

 大剣とナイフ。エリオットの劣勢は明らかであったが、得物が短く小細工が利くようになった分、体術を織り交ぜて予測不能の動きで攪乱することはできた。エリオットの蹴りは鉄の扉をぶち抜くほどであるし、まともに浴びればひとたまりもないであろう。だが相手も傭兵、防御の仕方は知っている。正直、厄介な相手だ。


 なんとかダンカンと位置を入れ替えて、剣を拾えれば。エリオットはその隙を狙っているが、ダンカンもそれをさせまいと巧妙に動く。間違いなく、この男は強かった。


 だが、そのとき――。


 古城の扉が勢いよく開け放たれた。エリオットとダンカンがはっとして動きを止める。

 雄叫びというより獣の唸り声と表現すべき奇声。それと共に城内へ突っ込んできたのは、ノーマンの住民たちだった。


 武器など何一つない。身一つで、拳を振り上げているだけだ。だがそれはエリオットには何より嬉しい加勢であった。ダンカンが虚を突かれたその一瞬で、エリオットはダンカンに渾身の体当たりを食らわせた。ダンカンが倒れ込んだところで、その鳩尾に拳を叩きこむ。

 そうして悶絶したダンカンに向けて怒りの突撃をしようとする住民を、イザードが慌てて押さえつけたのだった。





 頃合いを見て盗賊たちを縛り上げてしまったテオとイシュメルが合流したのは、事がすべて終わってからだった。突入してきた住民たちの手で地下に囚われていた人質たちは無事に解放された。リックの姉も無事で、ふたりは泣きながら喜んでいた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 リックをはじめとする住民たちに礼を言われ、エリオットは少々むず痒い。テオがにっこりと微笑んだ。


「突入してきてくれたの、嬉しかったですよ」

「ほら……やっぱりな、あんたたちみたいな通りがかりの人に全部任せちゃいけないって思ったんだよ。家族は自分らで取り戻さないとって」


 男性が照れたように言う。それから彼はしっかりとテオを見据える。彼の右手は、捕らわれていたという幼い息子の手をしっかりと握りしめていた。


「捕まえたダンカンとかいう盗賊たちは任せてくれ。正直殺してやりたいくらい憎いが、ちゃんと警備軍に突き出すよ」

「そうしてください。罪は法によって裁かれるべきですから」


 殺したのはイザードが撃ったひとりだけで、エリオットもイシュメルも手加減していたのだ。だが正直なところ、ダンカンを生かしておく余裕はなかったかもしれない。殺さずに済んで何よりだと安堵している。


「兄さん!」


 リックがエリオットらを呼び止める。振り返ると、リックは姉の女性と共に駆けよってきた。


「ありがとう! 姉さんも街のみんなも無事で、ほんとに俺ッ……!」


 感極まった様子のリックに、エリオットは苦笑した。その頭をぽんぽんと叩く。


「……姉弟仲良くな」

「うん……うん! 俺、兄さんたちのこと忘れないよ!」


 エリオットは頷く。と、リックの姉が進み出た。


「あの……血を止めるのに、どうぞ」


 そうして差し出してきたのは薄青のハンカチだった。頬も腕もまだ血が止まりきっておらず、ぽたぽたと血が滴っている。エリオットは少々躊躇った。


「ああ……その、多分返せないから、もらってもいい?」

「は、はいっ」


 姉の少女はエリオットの言葉に頬を赤らめた。エリオットは苦笑しながら、有難くハンカチを受け取った。

 リックと姉の少女の見送りを受けて、エリオットは古城を出る。先に外に出ていたテオたちと合流すると、テオがにやっと笑った。


「モテますねぇ、さすがエリオットくん」

「訳分からんこと言ってないで、行くぞ」


 ハンカチを腕の傷に縛りながら、エリオットがさっさと歩き出す。はいはいと笑って、テオらも歩き出した。

 攻城戦は四人の尽力と住民決死の突撃によって無事成功したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ