File fourteen 初恋の人はいずこでしょう。
これは結果的に良かった……のか?
★☆
突進してきた犬型の魔物の攻撃を、身を沈めて回避する。
頭上を飛び越えていく魔物の腹はがら空きで、そこに剣を振り上げれば一撃で済む。降りかかる返り血すらも避けて魔物が倒れるさまを見ていると、背後からまた別の一匹が駆け込んでくる。鋭い牙がぎらりと鈍く光っている。
斬撃。刀と呼ばれる片刃の剣が一閃され、魔物は無残に真っ二つになった。
魔物はそれで最後だったようだ。剣を振って血を落としたエリオットに向けて、テオがにこやかに拍手する。
「お疲れ様、エリオット、イシュメルさん」
「……あんたらも少しは戦えよ」
魔物の死体が散乱する辺りから少し離れた場所に停めた車の傍に、テオとイザードが立っている。進行方向を塞ぐように魔物の群れが出現したので退治したのだが、すべてエリオットとイシュメルが片付けていた。
するとイザードが肩をすくめる。彼は武器である銃型の攻撃系魔装具を手に持っていたはいいが、トリガーを引く気はまったくなかったらしい。
「なにせ魔物対峙の専門家がふたりもいるんだ。私たちはお呼びでないだろう」
「そうそう、下手に邪魔しちゃ悪いと思って」
「そういう時ばっかり気が合うんだなあんたらは!」
刀を鞘に納めて戻ってきたイシュメルが苦笑する。
「テオはともかく、イザードは運動したほうがいいと思うぞ」
「私を運動不足みたいに言うな、イシュメル!」
「違ったのか?」
その言葉にテオとエリオットが笑いだす。イザードはむすっとして銃をホルダーに差し込んだ。
車のボンネットに寄りかかっていたテオが、目の前に立つエリオットの更に後方に視線を送って「おや」と呟いた。エリオットが振り向くと、向こうから駆けてくる人物が目に入った。
「おぉーい、そこの人たち!」
大きく手を振りながら駆け寄ってきたのは中年の男性だった。彼は息を切らして荒く息を吐きながらエリオットの前で立ち止まる。
「ぜえ……ぜえ……お、お前さんたち、この魔物の群れを倒してくれたんだな!?」
「ええ、まあ」
答えると、男性は膝についていた手を戻して姿勢を立て直した。
「俺ぁそこのアスピン村の者だけど、近頃この魔物の群れが村の周りを徘徊してやがってよぉ、下手に出歩くこともできなかったんだ」
聞けば、アスピン村の住民は殆どが林業に従事しているという。仕事場である林に向かうために結界を出なくてはならないのだが、ここ数日魔物が異常に出没するようになっていた。おかげで仕事ができなかったのだが、その魔物をエリオットたちが倒したのだ。
「おかげで助かったよ。ありがとな!」
「いえいえ、たいしたことしてないですから」
テオが微笑んでそう言ったが、彼は確かに『たいしたことは』していない。どころか何もしていない。エリオットは呆れたようにそれを見ている。
「そうだ、村まで来てくれよ! 何もないとこだけど、食事くらい出せるぞ! あ、うちの隣の家が空いてるから泊まっていってくれよ!」
「え、あ、ちょっ」
男性はエリオットの腕を掴むと、ぐいぐいと村へ向かって歩きはじめてしまった。振りほどくこともできずにエリオットがついていく。イシュメルも「お言葉に甘えるか」と苦笑してそれを追いかけ、テオはイザードを振り返った。
「それじゃイザード、車よろしく」
「どうせなら全員乗って行けばいいんじゃないのか……?」
イザードの疑問はもっともだったが、彼はひとりで車に乗って徐行運転を始めたのだった。
アスピン村も、先日訪れたヴェノン村とそう変わらない自然豊かな村だった。
村の裏には深い山林が存在し、そこから流れてくるという川の水は透明度が高く、川から掬って直接飲めるほどに綺麗だ。
男性はゼノンと名乗った。彼は村の林業従事者をまとめて管轄するリーダーなのだそうだ。ゼノンの家の隣が空き家になっており、エリオットらはそこに泊めてもらうことになった。もうじき日も暮れてくる。今夜も車中泊かと覚悟を決めていただけに、ゼノンの申し出は正直なところ有難かった。
木造平屋建て。ヴェノン村のイシュメルの家と、そう変わらない設計のようだ。ただし古いキッチンがある以外はテーブルのひとつすらなく、床に座るしかない。
「あとで蒲団や毛布を持ってくるよ。食事も運んでくるから、それまでのんびりくつろいでいてくれ」
「すいません、何から何まで」
「なんのなんの! それじゃ、俺は仕事を片付けてくるよ。今日切り出した木材の運搬が途中なんだ」
それを聞いたイザードが振り返る。
「力仕事なら手伝わせてくれないか」
「え? なんでだい、気にしなくていいんだよ」
「じっとしているよりも、身体を動かしていた方が楽なのだ」
意外すぎるその言葉にエリオットもイシュメルも驚愕した。この旅の中で、イザードが自分から進んで人に関わったことはなかったのだ。
だがテオはくすくすと笑う。彼にはイザードの意図がはっきり分かっていたのである。
「……じゃあ、頼んでもいいかい? 正直、人手はあればあるだけ有難いんだ。お前さんみたいに大柄な人だと助かるよ」
「ああ、分かった」
立ち上がったイザードは、おもむろに腕を伸ばした。その先にあったのはテオの襟首である。
「……ん?」
「お前も行くんだ」
「うわあ、嘘でしょぉ」
襟首を掴まれたテオはずるずると床を引きずられていく。エリオットとイシュメルは無言でそれを見送るしかない。テオは首を捻ってイザードを見上げた。
「自分は何もしてないのに厄介になるのが心苦しいのは分かるけど、俺を巻き込まないでほしいなあ」
「何もしてないのに厄介になるのは、お前も同じだろうが!」
「いたたた、分かったよ、やるから引っ張らないでってば。まったく生真面目なんだから……」
魔物を倒した礼として一晩の宿を提供してもらえたのだが、魔物退治に貢献しなかったことにイザードは後ろめたさを感じていたらしい。エリオットもさすがに驚く実直さだ。イシュメルも苦い笑みを浮かべている。
「まあ、真面目が取り柄なのは昔からだな」
「昔もあんな感じだったんですか」
「近所じゃ有名な『優等生』だった。学業や武芸に取り組む姿勢は模範そのもの。ゆえにまったく可愛げのない子供だったよ」
今のイザードを二回りほど小さく、さらに幼くした感じであろうか。そんな様を想像すると無性に笑いがこみあげてきて、エリオットはつい吹き出してしまう。そんなエリオットの様子に微笑んだイシュメルだったが、不意に腕を抑えた。肩から先が喪われ、袖だけが垂れる右腕だ。エリオットが身を乗り出す。
「イシュメル? ……痛むんですか?」
「……少しな」
無理もない。つい最近まで臥せていたのだ、それでこれだけ動ける方が信じられないのである。
エリオットはぱっと立ち上がった。
「テオを呼んできます!」
「待て待て、たいしたことじゃないから大丈夫だ」
「でも……」
「エリオット、座れ」
イシュメルの言葉に気圧されて座り直すと、肩をさすりながらイシュメルはおもむろに口を開いた。
「……まだ、あれから半年しか経っていないのだがな」
「はい」
「失ってしまったものは大きい。ジェイクを失い、傭兵団を失い、右腕を失った。まだたったの半年だというのに、その当時どのように生活していたのかさえ、思い出すのが難しいほど……」
その気持ちはなんとなく分かるような気がした。傭兵団での生活はどうだったのか――食事を食べ、移動し、魔物を退治し、眠る。時間があればジェイクやイシュメルと剣の稽古をし、家事全般を請け負っていたエリオットは洗濯や買い出しに日々忙しかった。
だが現在はどうだろう。やっていることは変わらないのに、環境が違うだけでまったく別のことをしている気分になる。二人暮らしの定住に慣れてしまったエリオットは、傭兵として旅していた間のことがまるで他人事のように思えてくる。記録はあるが記憶ではない――そのような気持ちだ。
人間の慣れというのは、恐ろしいものだ。
「私はあまりにも多くのことができなくなってしまった。もう半年前のようにはいかないだろう」
「はい……」
「だがすべてのことができなくなったわけではない。こうして私は生きていて、片腕とはいえ日常生活は普通に送ることができる。……だからな、エリオット。私を手伝ってくれないか」
「え?」
予想外の言葉にエリオットが目を見張る。イシュメルは微笑んだ。
「私がしようと思っても難しいことがあるとき、その手伝いをしてほしい。私もお前のフォローに回って、お前に出来ぬことを補佐しよう。……お前はそうやって、この半年テオと暮らしてきたのだろう?」
イシュメルは右腕を抑えていた手をおろし、身体ごとエリオットに向きなおる。
「私たちは傭兵だ。自分の身は自分で守れと教えてきた。覚えているな?」
「勿論……」
「身代わりにならなくていい。少しだけ、お互いの補佐ができればそれでいいのだ。お前も私も、子供ではないのだから……な?」
それを聞いて、エリオットは自覚する。『ああ、自分はイシュメルを守ろうとしていたのだ』ということを。もう一度失ってしまうのが怖くて、できれば戦ってほしくなくて。
我ながら大それたことを考えたものである。エリオットよりよほど強いイシュメルを、自分が守ろうとするなど。自分たちの力の差は歴然で、弟子はまだ師を超えるには遠く及ばない。
「さて、そういうわけでだ。剣を砥ぎたいのだがさすがに片腕では無理だ。手伝ってくれないか」
同時に、弱みなど全く見せなかったイシュメルが『誰かを頼る』ということをしてくれるようになった。
それが無性に嬉しく、エリオットは笑顔で頷いた。
木材運搬という言葉から予想はしていたのだが、それを裏切ることなくテオとイザードは汗びっしょりで帰ってきた。イザードなどいっそすがすがしそうだったが、テオの方は暑さと重労働とそれによる空腹で瀕死である。間髪を入れずに食事が運ばれてこなかったらテオは再起不能だったかもしれない。
「ほんと何から何まで助かったぜ! ささ、たくさん食ってくれ! うちの女房と娘が作った料理は絶品だぞ」
ゼノンが料理の大皿を持って室内に入ってくる。そのあとについてきたのは、酒瓶を持った若い女性だった。ゼノンの言葉で赤面しているから、彼女はゼノンの娘なのだろう。
「娘のフィーネです。たくさん用意したので、遠慮なく食べてくださいね」
せっかくフィーネが注いでくれたので、一杯だけ葡萄酒を飲んだ。誕生日以来初めての酒だったが、あの時飲んだ儀式用のネクタールとは比較の対象にもならないほど強い度数の葡萄酒で、これはまずいとエリオットは自制した。その横でイザードが豪快に、イシュメルが静かに酒を飲んでいる。傭兵団でも頻繁に酒宴を開き、続々と酔いつぶれていく団員をよそに延々とイシュメルとジェイクが飲み続けていたという光景をエリオットは思い出した。テオはさすがに彼ら二人ほどではないのか、少し控えめだ。
ゼノンが絶賛する通り、料理は格別だった。久々の手料理というだけで感動できるが、素朴な味わいがエリオットらの好みに合っていた。
エリオットたち四人にゼノンで宴は続き、時折フィーネが酒や料理の追加を持って来て、空いた皿を下げるということが繰り返された。座りっぱなしというのがいたたまれなくなって空いた皿の片づけを手伝ったエリオットは、ふとフィーネが自分を見ていることに気付いた。
否、正確には、エリオットの背後の壁に立てかけてある剣だ。
「剣が気になる?」
声をかけると、フィーネははっと我に返った。そして首を振る。
「す、すいません、じろじろ見ちゃって……! あの、皆さんは傭兵なんですか?」
「俺とイシュメルはそうだけど」
その答えを聞いてフィーネはなぜか目を輝かせた。しかし、何か言おうとして開いたはずの口を、彼女はすぐに閉ざしてしまった。何か言いたいが言い出せない、そうやって葛藤しているような表情だ。助け舟を出したほうが良いだろうか。
「何かあったの?」
「……あの。シーザっていう傭兵を知りませんか?」
「シーザ?」
「この村出身なんですけど、隣町のアボットに行って傭兵になった人なんです……」
エリオットはイシュメルを振り返る。話は聞こえていたらしいイシュメルは、少し首を傾げた後にそれを横に振った。エリオットの脳裏にも、それらしい名前は思い当たらない。
「ごめん。俺もイシュメルも首都周辺で活動していたから、この辺りの傭兵とは関わりがなかったんだ」
「そう、ですか……」
肩を落としたフィーネに、すっかり酔いも回っているゼノンが大きく溜息をついた。
「フィーネ、まだシーザを追いかけてるのか」
「どういうことです?」
「シーザはこいつの初恋の相手さ。けどフィーネは相手に自分の気持ちを伝えようとはしなかったし、シーザはシーザで昔から『傭兵になりたい』ってのが口癖でなあ。数年前に出て行って、それっきりなんだ」
父親の言葉に、フィーネはぱっと顔を上げた。
「違うの! ……だって、シーザには好きな子がいたみたいだし、その子のために強くなろうとして傭兵になったんだもの。私はただ、行方の知れないあの人が元気でやっているかが知りたいだけ……」
気付けばテオとイザードも食事の手を止めている。そしてテオが微笑んだ。
「調べてみましょうか?」
「……え?」
「幸いこちらには傭兵がふたりもいます。傭兵のネットワークは凄まじいですからね……アボットの街なら通り道ですから、よろしければ」
時々出現するテオのお人好しが発動だ。フィーネが初めて満面の笑みを見せ、嬉しそうに礼を言ってきた。にこにこと微笑むテオは、エリオットの肩を叩いた。
「ということで、よろしくね」
「どうせ丸投げだろうと思ったよ!」
★☆
翌日になって、エリオットらは二班に分かれて行動することになった。
エナジーの源泉の場所は、アスピン村の裏にある山林だろうと目星をつけている。そちらはテオとイザード、チコに任せることになった。その間にエリオットとイシュメルは、アボットの街へ行ってシーザという傭兵を探す。どちらも徒歩で行ける距離なので、車はアスピン村に停めたままだ。
「こういうことは、スペンサーに聞くのが確実なのだがな……」
街道を歩きながらイシュメルは呟く。
「しかし、明確なあてもないというのにテオはよく引き受けたな」
「……なんだかんだで、あいつは困っている人を放っておけないんですよ」
「はは、その口ぶりだと、テオの無茶には慣れているようだな」
「そりゃ半年も一緒にいれば」
徒歩の旅に慣れているふたりは、すぐにアボットへ到着した。この近隣では最大級の規模と人口を誇る街で、アスピン村からも出稼ぎで訪れる者が多いのだという。だが周辺に出る魔物は強力なことで知られ、結界の外に出るのは自殺行為だ。一度出稼ぎに来れば、おいそれと戻ることはできない。このあたりになるとエリオットも詳しくないので、見るものがすべて新鮮だ。
しかしどう探せばいいのか。傭兵は本来街に寄りつかないものだ。アボットを拠点に活動しているのは確実だとしても、今の時期にどこにいるかは分からない。街の住人に話を聞くくらいしかできないだろう。
そう思っていたのだが、ふたりの予想は良い意味で外れた。『アボットを拠点にする傭兵団を知らないか』という質問に対して、なんと二人目で答えが返ってきたのである。
「その傭兵団なら、いま街にいるよ」
「街のどこに?」
「病院じゃないかなあ。ひっどい大怪我している奴がいてな、何日か前に担ぎ込まれてきたんだ」
穏やかでない話題に、エリオットとイシュメルは顔を見合わせた。
教えてもらった病院は、街の中心部からだいぶ外れた場所にある小さな建物だった。他にも大きな医療施設が整っているのだが、どうもこの個人経営の小さな治療院にいるらしい。
扉の前にふたりの男が立っている。剣を持っていたため、一目で傭兵だと分かる。
イシュメルは臆することなくその場へ歩みを進めた。傭兵ふたりが厳しい視線をこちらに向けてくる。イシュメルは告げる。
「ジェイク傭兵団副長、イシュメルだ。少し話を良いだろうか」
傭兵の世界では、所属する傭兵団の名を告げることが正式な挨拶だ。有名な傭兵団であればそれだけで通じる。ジェイク傭兵団は首都近郊を中心に活動する傭兵の中では最も勢力のある集団だったため、知名度は高かった。その証拠に、名乗るだけで傭兵の男二人は飛び上がってしまったのだ。
「ジェ、ジェイク傭兵団……!? ちょっと待ってくれ、団長を呼んでくる……!」
そうして治療院から出てきたのは、三十代半ばの男性だった。彼はイシュメルの前に立つ。長身のイシュメルの前に立っても委縮しない貫禄は、さすがといったところか。
「団長のバーロウです。まさかこんな場所でジェイク傭兵団の方とお会いするとは思いませんでした」
「急にすまないな。少し人探しをしていて、話が聞きたかったのだ」
「人探し?」
「シーザという男だ。そちらの傭兵団に所属してはいないか?」
バーロウはイシュメルの質問に呆気ないほど簡単に頷いた。いま治療院の中にいるという。
会わせてほしいと頼むと、バーロウは快く頷いてくれた。建物の中に入り、待合室を抜けて病室へ向かう。室内に四台ほど設置されてあるベッドの三つには、包帯でぐるぐる巻きになった男たちが寝ていた。まさかこの重傷者のひとりがシーザなのかと思ったのだが、予想は外れた。
残るひとつのベッドに座っていた十代らしき男。腕に包帯、顔にテープを貼ってありはしたものの、軽傷のようだ。
ここからの話はエリオットが任されていたので、何が何だかわからないらしいシーザの傍にエリオットは立った。
「シーザ、だな?」
「そ、そうだけど……」
「俺はエリオット、ジェイク傭兵団の者だ。今日は少しだけ君に用があるんだけど……フィーネって女の子知ってる?」
フィーネの名を出した瞬間、シーザの顔色が変わった。不安そうだった表情が消え、身を乗り出してきたのだ。
「ふぃ、フィーネがどうした!? 何かあったの!?」
「いや……実は彼女から頼まれていてね。シーザっていう村の人が傭兵になったきり消息が分からないから、探してきてくれって」
「あ、そういうこと……フィーネ、俺のこと探して……」
ぽつりと呟いたシーザに、エリオットはなお問いかける。
「怪我は平気?」
「うん。俺は掠り傷だから……でっかい魔物にあたっちゃってさ」
「そうか。なら元気そうだったって彼女に伝えてもいいな?」
「ちょ、ちょっと待った!」
「は?」
想定外のストップをかけられて、エリオットはぽかんとする。シーザは落ち着きなく頭を掻いたり手をこすりあわせたり、さらに目線を彷徨わせたりしながらぼそぼそと告げる。
「そ、その、あれだよ……俺がなんで傭兵になったかって言うとさ。このあたりの魔物を倒して、村からアボットまで安全に行き来できるようにしたかったんだよ。フィーネがさ、よくアボットに行きたいって言ってたから。でも魔物ばっかりじゃん? だから俺が強くなって、ひとりでもフィーネを守れるようになりたくってさ」
「……ああ」
「けど俺は今でもやっぱり弱いし、怪我もしちゃった。もう三年以上経つのに情けないよ。これじゃフィーネに合わす顔がない。だから、もうちょっと消息不明のまま修行積みたいんだ。いつか堂々とフィーネを迎えに行くために」
照れているのか、やけに饒舌で早口のシーザに、エリオットは呆れていた。イシュメルは呆れを通り越して微笑ましそうだ。
これはあれだろうか――お互い好き合っているのに、両者とも素直じゃないという苛つく展開。
「フィーネには黙っててくれないか? このとおりだから!」
「……それで心配かけてちゃ世話ないぜ」
やっとのことでエリオットはそう吐き出したのだった。
「ってことがあったんだけど、どうする?」
夜になってアスピン村に戻ったエリオットとイシュメルは、先に戻っていたテオとイザードに事の顛末を語って聞かせた。エナジーの源泉の機能停止は滞りなく済んだそうだ。
話を聞き終えたテオは「うーむ」と顎をつまんで唸っている。難しい表情だが、実はたいしたことは考えていないだろうということを経験上エリオットは知っている。
「俺たちの依頼主はフィーネさんだ。彼女からの依頼なのに、シーザさんの言う通り『見つけたけどいなかった』ことにすることはできないね」
テオの言うことは至極もっともである。イザードとイシュメルは万屋の仕事に必要以上に首を突っ込まず、部屋の端で茶を飲んでいる。
「じゃあ、伝えるんだな?」
「そうだね。シーザさんには申し訳ないけど、フィーネさんの心労を考えれば……ねえ」
そうこう言っている間に、フィーネが夕食を運んできてくれた。自分たちにも食糧の蓄えがあるからいいと言ったのだが、この村にいる間はお世話させてもらうと言いきられてしまったのだ。
落ち着かない様子で大皿を置いていくフィーネに、テオがあっさりと声をかける。
「シーザさん、見つかりましたよ」
「ほ、ほんとですか!?」
驚くくらいフィーネは詰め寄ってきた。テオが訳もなく両手をあげて降参ポーズをとる。
「アボットの街に滞在しているようです。傭兵団の一員として」
「元気なんですね、良かったです……」
「ただ、彼はいま重症でして」
「は?」
この声はエリオットだ。おい待て、何を言おうとしている。
「魔物に襲われて大怪我を負って、病院に入院していました。会いに行ったのですが会話もままならない状況、もしかしたらこのまま……」
「ちょっ、おい、テオ」
エリオットが小声で諌めるも、テオは平然としている。平然と深刻ぶっている。演技派のテオのその表情から、嘘だとか不誠実なんて言葉は見当たらない。そんな彼らの対面で、フィーネはみるみる真っ青になっていくではないか。今にも気絶しそうなんだが。
震える手を握りしめたフィーネは、涙だけはこらえて顔を上げた。そしてテオの手を掴む。
「お、お願いです! 私を、シーザのところに連れて行ってください! お願いですからッ……!」
「会っても貴方のことは分からないかもしれませんよ?」
「それでもッ! ……それでも私は、シーザの傍にいたい!」
気丈なその言葉に、テオは優しく微笑んだ。
「車を出します。支度をしてきてください」
「! は、はい!」
フィーネはそう言って家から駆け出して行った。テオは茫然としているイザードとイシュメルを振り返る。
「じゃあ俺とエリオットで行ってくるから、ふたりはご飯食べてていいよ。俺たちの分は残しておいてね」
「頼まれても行かんわ、厄介なことに巻き込まれたくないからな」
イザードは憮然としている。エリオットは深く息を吐いた。
「なんであんな嗾けるような嘘を……」
「じれったいじゃない」
「あんたは良いことでも嘘はつかない人間だと思ってたよ」
「たまにはいいんじゃない? 恋のキューピッドになるっていうのもさ。あ、それよりエリオットは剣を持って行ってね。その傭兵団への取次ぎはよろしく」
テオは皿に盛られた揚げ鶏をひとつだけ口に放り込み、車のキーを取って外へ出ていく。エリオットは髪の毛を掻き回した。
「……どうなっても、俺知らないからな!?」
おそらく約束を守ってもらえなかったシーザと、嘘を吐かれたフィーネ両者から不満の声が漏れるだろう。たとえそれでふたりが互いの思いに気付き合えたとしてもだ。
嘆きながらテオの後を追いかけて夜の村へ飛び出していくエリオットを、イザードとイシュメルが可哀想な目で見送ったのであった。
依頼提供:足軽三郎様
ありがとうございました。