File thirteen 潜水は得意です。
潜水と溺水の違いは分かるよな?
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夕方過ぎに到着したヴェノン村は、エリオットが事前に話していた通り魔装具に頼らず自給自足生活を送る小さな村だった。丁度村の外れにある草原に放牧していた牛や羊たちを小屋へ戻す時間帯で、のんびりと牧草を食んでいる動物たちの姿はテオらにある種の感動を与えたらしい。
こののどかな村で半年過ごしたというイシュメルはもうだいぶ馴染んでいるらしく、イシュメルと一緒にいるエリオットらを見ても「お客さんかい?」と歓迎してくれた。しかしエリオットも傭兵時代に何度か足を運んだことがあるので、若い人の中にはエリオットを覚えている人物もいた。
「少し前までは村長の家で世話になっていたのだが、ある程度回復してからは空き家を貸してもらっていたんだ」
イシュメルはそう言いながら、村の中にある家屋の扉を開けた。下町にある万屋より狭く小さな家ではあったが、一介の傭兵に貸し与える家としては豪華だ。
彼は傭兵時代から家事もお手の物で、お金のやりくりも巧みだった。世渡りはおそらく最もうまいだろう。
すっかり暗くなった室内を照らすのは、光源系魔装具ではなく蝋に火を灯すランプだった。本当に魔装具が普及していないのだと、知識で知っていたはずのテオも実際に見ると驚くばかりだ。このヴェノン村は比較的首都に近いというのに。
室内にあった椅子に、四人が腰かける。口火を切ったのはイシュメルだ。
「……なかなか大変なことになっていたのだな。辛いときに手伝ってやれなくてすまない」
イザードが首を振った。
「無茶を言うな。お前は大体、怪我で動けなかったんだろう」
「それもそうだが、エルバートのこともな。……すまなかったな、テオドール。弟が迷惑をかけた」
その言葉にテオはにっこりと微笑んだ。もう憂いのような表情はない。イシュメルにすべて告げることができてすっきりしたのだろうか。
「とんでもないです。俺はカーシュナーに救われたんですから」
「そう言ってくれると、エルバートも喜ぶと思うよ。……彼のような者を他に出さないためにも、お前たちはエナジーの源泉を守ってきたということだな」
左腕だけで器用にイシュメルが茶を淹れはじめたので、エリオットが慌てて手伝いをする。台所に立つイシュメルの後姿に、イザードが声を投げかける。エリオットはいまだに少し混乱していて、テオなど初対面であるから、この場で最も自然にイシュメルと口を利けるのはイザードだった。
「どう思う、イシュメル。大統領は噛んでいると思うか?」
「……分からぬ。私が知る父は、確かにエナジーによる近代化を薦めていた。だが民を犠牲に事を運ぶような人では、断じてない。しかもその犠牲者がエルバートであるなら……父は計画をやめたはずだ」
イシュメルの考えもテオと同じものであった。エリオットがコーヒーを淹れている横で、イシュメルは盆の上にカップを乗せていく。
「だがまあ、父の思惑などどうでもいいだろう。その魔砲とやらを止める手伝い、私にもさせてはもらえないか」
「いいんですか、イシュメル」
エリオットが問うと、イシュメルは微笑んだ。
「腕のことなら気にするな。隻腕の剣士など、世には大勢いるぞ」
「そういうことじゃなくて。いや、それもあるけど、相手は政府ですよ」
「構わん」
イシュメルには迷いらしきものがなかった。エリオットも即断即決の人だが、彼ほどではない。見ていていっそすがすがしいほどだ。
「それとも、私がいるのは嫌か、エリオット?」
「……大歓迎ですよ」
それを聞いたテオが、膝に乗っているチコを掌に乗せて持ち上げる。
「チコ、源泉の場所分かる?」
「キュウッ」
勿論だと言わんばかりにチコが声をあげる。イシュメルは「頼もしいことだ」と頷いた。
「さて、探しに行くのは明日で良いだろう。さしあたって食事の用意でもしよう。お前たちは休んでいてくれ」
エリオットがコーヒーカップを乗せた盆を運ぼうとしたときにイシュメルがそんなことを言うものだから、エリオットは「え!?」と声をあげた。
「ちょっ、俺も手伝います!」
「座っていてくれていいんだぞ」
「嫌ですよ、利き腕じゃないのに無茶ですって」
「これが意外となんとかなっているんだが」
「手伝いますから!」
エリオットはテオとイザードの前にコーヒーを置き、自分の分をぐいっと飲み干すと、急いで台所へと駆け戻って行った。仲良さそうに話をしている二人の姿は、まさに『師弟』といった様子だ。テオがコーヒーのグラスを取り上げた。
「嬉しそうだなぁ、エリオット」
「そうだな」
「そういうイザードも、嬉しそうじゃない? 三十年ぶりの再会だっていうのに、やけに自然じゃない」
イザードは腕を組んだ。
「……あいつの雰囲気に呑まれただけだ」
「というと?」
「昔のイシュメルは気難しくて、とっつきにくい奴だった。だというのに今のあいつは、いやに砕けている」
「エリオットの良い兄貴分にしか見えないしね」
「……テオ、一応言っておくがあいつの年齢」
「年齢の話じゃなくて、雰囲気の話でしょ」
テオは苦笑してそう答えた。今のイシュメルから気難しいとか、とっつきにくいなどという雰囲気は一切感じられない。面倒見が良く頼れる人間だ。実際、話の主導はいつの間にかイシュメルが握っていたほどに。
「これが、イシュメルがジェイク傭兵団で積んできた経験だろうな。奴が団のブレーンだったと聞いて納得はしていたが、なるほど……適任だったはずだな」
「それに比べてイザードは、肥えに肥えただけである、と」
「おい」
「大体さぁ、太りすぎだよね。別に料理上手の奥さんがいるわけでもないのに。なんで?」
「知るかっ! そういう体質だっただけだ!」
「別にイザードのお父さん、太ってないよね」
「貴様、なんで私の父親を知っている!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたテオとイザードを見つつ、イシュメルが貯蔵庫から野菜を取り出して苦笑する。
「仲良いな、あのふたり」
「それはもう、腐れ縁らしいですから」
鍋に水を汲みながら、エリオットは呆れたように肩をすくめたのだった。
「あー、お腹いっぱい。下町を出てから初めて満腹になった気がする」
「嘘つけ、いつもよく食ってたじゃないか」
ベッドにダイヴしたテオへ向け、エリオットは冷ややかに言葉を投げつける。テオはごろんと寝返りを打って仰向けになった。
「でも、エリオットもイシュメルさんも料理上手だね。さすが野営経験が長いだけはある」
「……ま、一通りはな」
「これからそんなふたりの料理が食べられるなんて幸せだなあ」
「あんたも料理しろっての」
この家屋に個室はひとつしかなく、勿論そこはイシュメルが使う寝室だった。だが「年寄りはリビングのソファで十分だ」とイシュメルとイザードが口をそろえ、テオとエリオットが部屋に押し込まれたのである。ベッドは一つしかないが、エリオットは床に雑魚寝する気満々だった。
すとんと椅子に腰を下ろしたエリオットに、テオが微笑んだ。
「……良かったね。また会えて」
「ああ。……ほんとに。でもやっぱり、なんか不思議な気分だな」
「亡くなったと思い込んでいたから?」
「それもあるけど……ほら、イシュメルが大統領の息子ってこととか、イザードの幼馴染だったこととか。普通にそのこと認めて、実際にイザードと親しくしていたから、驚いた」
傭兵の間で生まれなど誰も気にしなかった。だが、大統領はすなわち、傭兵たちから仕事を奪った憎い相手だ。さすがにイシュメルも、それを明かすわけにはいかなかったのだろう。
けれども――いつかの式典で襲われた大統領を助けたとき。あの時大統領は、エリオットに向かって笑顔で感謝を述べた。傭兵に対して好意的だったのだ。
イシュメルは父親に勘当されたと聞いていたが、実際は勘当という形で傭兵の道へ進むイシュメルを、大統領は送り出したのではないか――そんなことも考える。
「俺も驚いたなあ」
「ん?」
「カーシュナーに瓜二つなんだもの。カーシュナーが年を取ったら、ああなるんだろうなあって感じ」
テオは反動をつけてベッドの上に起き上がり、足をあげて胡坐をかいた。
「君が大統領を見て腰を抜かしかけたのも納得。似すぎだよ、あの親子兄弟は」
「別に腰を抜かしかけたわけではないんだが」
訂正しておいて、エリオットはテオを見やる。戸惑うエリオット以上に戸惑いの表情を、テオは浮かべている。自分だけがイシュメルと初対面、などということを気にする性格の男ではない。
テオが気にしているのは――エルバート・カーシュナーを助けられなかったという、負い目。
社交的なはずのテオが殆どイシュメルと口を利かなかったのも、それが原因だろう。記憶の中のカーシュナーの面影がイシュメルにありすぎて、彼と向き合うのは辛いのかもしれない。
「……あのさ、テオ」
「なんだい?」
「イシュメルは……カーシュナーのことについて、あんたを責めたりしないよ」
テオはぴくりと肩を揺らす。図星か。
「イシュメルは大人だから。俺が言っても説得力ないけど」
「説得力はあるさ。君は二十年、イシュメルさんと一緒にいたんでしょ。それに、彼が大人だということは俺にも分かる。現にあの人は俺に、気にするなと言ってくれた」
いつの間にかテオの笑みは消えている。
「イシュメルさんにカーシュナーの死を伝えることができて、ほっとしている気持ちもある。けどその一方で、罪悪感はむくむく膨らんで行ってしまってね。俺らしくないとは思うんだけど」
テオらしくないどころか、思い切りテオだと思う。そもそもエリオットは、テオが自分の気持ちを言葉にしたところをあまり見聞きしたことがない。彼の口から出るのは魔装具技師としての見解、カーシュナーの受け売りが大半。『辛い』とか『悲しい』とかは滅多に聞かず、聞いたとしても今の言葉のように客観的だ。
変なところで、不器用な男だ――。
「……テオは」
カーシュナーはテオを赦した。
その兄のイシュメルも、テオを赦した。
それでもテオ自身が、テオを赦せていない。
「テオはカーシュナーのことが大切だったから、ずっと辛い思いを抱えてきたんだろ。でもそれでも、同じことを繰り返さないようにって、あんたは旅に出たんだ。過去に囚われた下町の生活から、前に進むための戦いに」
「……」
「きっとカーシュナーもそれを喜んでいる。イシュメルも、テオが大切にしてくれたカーシュナーのことを、誇りに思っているだろうから」
自分の道を貫き通す人間に、イシュメルは必ず味方してくれた。それは自分自身が父の反対を押し切って傭兵の道に進んだからでもあるだろう。弟エルバートもまた、自分の道を貫いて研究者となった。その道の先でテオと出会い、その結果殉じたのであれば――それはきっと誇りに思うこと。ストイックな彼は、そうやって生きてきたのだから。
死してなお、強くカーシュナーを胸に残してくれているテオに、イシュメルは感謝しているはずだ。
「もう、肩の荷を下ろしてもいいと思うよ」
その呟きの後、室内は静寂に満ちた。いたたまれなくなったエリオットは、軽く髪の毛を掻き回す。
「……当事者でもないのに、知ったようなこと言ったけどさ」
「――ふふ、ありがとうエリオット。君はほんと、いいやつだね」
テオは優しく笑みを浮かべた。『いいやつ』と言われて顔を赤くしたエリオットをよそに、もう一度テオはベッドに横になる。
「今は――目の前のことに、集中だ」
罪悪感や負い目は消えないかもしれない。だがそれでも、どうその死を乗り越えていくかはテオ次第。今はまず、カーシュナーのためにもできることをする。テオはそう、心の内で誓ったようだ。
エリオットはそんなテオを見て、ほっと安堵した。彼の本音としては、イシュメルとテオがぎくしゃくしているのを見ているのが辛かったのだ。
折角再会できたのだ。できることなら、辛くても楽しく旅をしたい。
★☆
翌朝になって、早速四人と一匹はエナジーの源泉探しに出かけた。地図上ではこのあたりだということが分かっているが、正確な場所は分からない。地道に捜索するしかないが、幸いなことにチコはエナジーの流れを追って源泉を探すことができる。イシュメルも場所までは知らないらしいので、チコ頼みだ。
「どうだ、チコ? 分かりそうか?」
外に出たエリオットは、肩の上に乗るチコに問いかける。あたりでは家畜の放牧が始まっており、あちこちから牛や羊の鳴き声が聞こえてくる。
「無害な魔物というのも、いるものなんだな」
イシュメルもまた、当初のエリオットと同じような反応を示した。傭兵の彼らにとって、魔物が良いことをしてくれた思い出などないのである。あろうことか飼うなど、考えたこともなかったはずだ。
「キュッ」
チコがエリオットの背から飛び降りて駆け出していく。エリオットがそれを追いかけ、あとからテオらも続く。
村を出たチコは道を凄まじい勢いで駆け抜け、茂みの中に飛び込んだ。エリオットがひょいっとその茂みを飛び越え、速度を落とさずに小さなチコの姿を追う。テオやイシュメルも軽々とそれに続いたが、残念なのはイザードである。四苦八苦して茂みを乗り越え、息を切らせながら走って行く。
「この方向は……湖か」
イシュメルがポツリとつぶやいたとき、先行するエリオットが立ち止まった。
鬱蒼と茂みが広がる地帯に、ぽっかりと開いた穴。危うく足を踏み外すところだったエリオットの目の前に、大きな湖が広がっていた。
チコはするするとエリオットの肩によじ登ってきた。エリオットは戸惑ったようにチコの頭を撫でる。
「……ええと、源泉はどこ?」
「キュゥ」
辺りを見回しても、あるのは背の高い草と湖だけだ。追いついて来たテオが苦笑する。
「まさかだけど、この湖の中とか?」
「キュキュっ」
「潜れってか!?」
エリオットは渋い顔で肩を落とした。
お世辞にも綺麗とは言い難い湖だ。表面には藻が浮いていて、水中に何があるかはまったく分からない。これに顔をつけるというだけでエリオットは寒気がする。
縁にしゃがんで湖を覗き込んでいたイシュメルが立ち上がる。
「誰かが確かめるしかあるまいな」
沈黙した一行の中で口火を切ったのはエリオット。
彼はちらっとテオを見た。
「……テオ、あんた潜れるんじゃないか?」
「な、なんで?」
その声を聞いたとき、エリオットは『おや?』と違和感を覚えた。テオが口ごもることなど、滅多になかったからだ。
「魔術使えば潜れるんじゃないの?」
「君ねぇ……なるべく俺が魔術使わないようにって努力してるのは知ってるでしょ」
「そうは言っても、ここに源泉があるなら、装置を止められるのはあんただけだし」
「やり方教えるよ。きっと君でもできるから」
「おい、無理に決まってるだろ」
イザードが急に笑い出した。エリオットとイシュメルが目を丸くしている横で、テオは不機嫌そうに白い目をイザードに向けている。
「ふ、はは、エリオット、そいつは勘弁してやってくれ。テオはカナヅチなんだ」
「え!?」
エリオットはぎょっとしてテオを見た。運動神経抜群、知識豊富でできないことなどないはずのテオが、まさか泳げない?
イザードはいまだに笑いを抑えられないようだ。
「昔エルバートと三人で泳ぎに行ったことがあったんだがな、溺れそうになったテオをエルバートが助けたほどだ」
「ちょっとやめてよイザード、あれは一生の不覚なんだから。それにあれは溺れたんじゃなくて、潜水したんだよ」
「潜水と溺水の違いも分からんのかお前は」
意外な弱点を発見してエリオットはにやにやと笑ったが、それでも誰かが潜らなければならないのは変わらない。イシュメルが腕を組んだ。
「ではイザード……は、無理か。その身体では水に浮いてしまいそうだな」
「イシュメル貴様なんだその言い様は!?」
確かに浮き袋のような体型のイザードであるが、それを真顔でこきおろすイシュメルもイシュメルだ。こんなキャラだっただろうかとエリオットは戸惑うばかりである。
「仕方ないな……ならば私が」
「俺が行きますからッ!」
イシュメルを潜らせるくらいなら自分がと、エリオットも少々自棄であった。
上着だけ脱いでエリオットは綺麗に湖へと飛び込んだ。試しに顔を水面につけてみるが、水は濁っていて視界が悪い。
「思い切って潜っちゃいなよ、エリオットー」
岸からのんびりとテオが声をかけてくる。潜れない奴が何を言うかと毒づきたい気分だったが、覚悟を決めてエリオットは潜水を開始した。
潜って、しばらくして浮上して、ということを繰り返しているエリオットを眺めていたテオに、イシュメルが話しかけた。
「……ありがとう、テオドール」
「何がです?」
「エリオットを見ていてくれて。弟のことも含め、君には感謝しかないよ」
「はは、お礼を言いたいのはこちらですよ。エリオットがいてくれたおかげで、この半年俺は文明人らしい生活を送れていたんですからね。可愛い弟子をこき使ってすいません」
テオは微笑むと、傍にあった木の枝を掴んで地面に図を描きはじめた。源泉に取り付けられた装置の図だろう。
「それと、俺のことはテオでいいですよ」
「ああ、分かった……そう呼ばせてもらう」
勢いよくエリオットが水面に顔を出した。頬についた葉を引き剥がして、水面を顎で示す。
「あったぞ、この下」
「それじゃ装置の停止方法教えるから、上がってきてくれる?」
「……ほんとに俺がやるのかよ」
げんなりしながら岸へ向かって泳ぐ。
その瞬間、水中でエリオットの足を何者かが掴んだ。「あっ」と思う間もなく、それは強く引っ張られる。エリオットが水中に沈んだ。
「エリオット!?」
テオが叫んだ瞬間、イシュメルが剣を引き抜いて湖へ飛び込んでいた。イザードが止めようとしても間に合わない。
水中に引きずり込まれたエリオットは身体をよじり、自分の足を掴むものを見下ろした。それは魚の魔物だ。エリオットの足にかじりついている。同じ魔物がそこら中に漂い、エリオットを狙っていた。
さっき潜ったときはこんな魔物はいなかったのだが。どこから湧いて出たのだろう。
当然のこと剣を持って潜ってはいなかったが、短剣だけは忍ばせていた。エリオットは懐の短剣を鞘から抜き、大きく足を振り上げると同時に噛みつく魔物を切った。魔物が離れた瞬間にエリオットの身体は浮上を始める。しかし、周りには同じ魔物がうようよいるのだ。また引きずり込まれてしまう。
その時、水中に閃光が奔った。――ようにエリオットには見えた。水中だというのに異常に身軽なイシュメルが、刀の一撃で魔物を数匹葬り去ったのだ。
エリオットは一度空気を吸うために浮上し、再び潜った。入れ替わるようにしてイシュメルが離脱し、その間に魔物を倒す。テオとはまた違った、気持ちのいい連携だ。
水中での戦いの経験など、もちろんない。だが水中にも魔物はいるから、訓練だけは積んでいた。それを考案したのはイシュメルであるし、彼が水中で自在に動けるのは当然のことだ。
途中、水面から水中に向けて光の柱が撃ち込まれてきた。テオの魔装具による魔術。一歩間違えばエリオットとイシュメルを串刺しにするが、テオは恐るべき制御能力の持ち主だった。
これだけ大量に魔物が繁殖したのも、やはりエナジーの乱れのせいだろうか。
数は多かったが個体そのものは微弱な魔物であり、片付けるのに苦はなかった。それでもエリオットには災難である。噛みつかれた足にはくっきりと傷がつき、エリオットとイシュメルはずぶぬれで陸に上がった。
「大丈夫だった?」
テオに問われたエリオットは、髪の毛をしぼって水気を切りながら頷く。
「なんとか。イシュメル、ありがとう」
同じように服をしぼっているイシュメルが微笑んだ。本当に、右腕を失ったとは思えない戦いぶりだ。
エリオットは濡れた短剣を丹念に布で拭き、鞘に納めた。そして顔をあげる。
「で、どうやって装置止めればいいんだ?」
「いやにやる気だね」
「どうせ潜らなきゃならないんだったら、さっさとやりたい。さすがに風邪引きたくない」
「ごもっともです」
テオから方法を聞いたエリオットは急いで湖に戻った。それを見送るテオの複雑な表情に、イザードがにやりと笑う。
「そろそろ水嫌いを克服したらどうだ?」
「……努力は始めるよ」
以前だったら断固拒否したはずのその言葉を前向きに受け取ったあたり、テオも申し訳ないと思っているらしい。
こうしてエリオットが身体を張り、ふたつめのエナジーの源泉が正常化されたのであった。