File eleven 出張サービス承ります。
出先でもやること変わらないって、どういうことだよ。
★☆
花壇に生えている雑草を引き抜き、じょうろで花に水をあげる。屋敷の庭には定期的に庭師が出入りしているから、土いじりなんてするのは初めてだ。それでも少し、兄が言っていた「土と草の匂いが好き」という言葉は分かる。
少し離れた場所では、同じようにイアンが雑草を抜いている。芸術に造詣の深いイアンにはガーデニングの知識もあるらしく、いらない葉を取り除いたり肥料を蒔いたりと本格的だ。
庭に置かれている木製のベンチの上に、ひとつの魔装具が置かれている。長方形で無骨な『機械』そのものだけれど、いま何より会いたい相手と繋がれる唯一の道具。
『一日、通信系魔装具を預けます。彼らに連絡することができますよ』
ヨシュアがそう言って預けてくれたものだ。エリオットと直接話をする機会は今日しかないのだ。そう思いつつも、なかなか魔装具を手に取ることができないでいた。下町の万屋に来て、テオに頼まれた通り花の世話をすることで、時間を伸ばしていた。
けれどやっぱり、お兄様の声は聞きたい。
じょうろを片付けて手を洗って、リオノーラは真っ直ぐベンチに歩み寄った。そこに置いてあった通信系魔装具を取り上げる。テオが個人的に作ったものらしいから、対になっている端末にしか連絡はできない。その対の端末は、テオが持っている。
そこにある青いボタンを押せば、お兄様に繋がる。
気付けばイアンも傍に来ていて、にっこり笑ってベンチに座った。リオノーラもその隣に腰を下ろし、思い切ってボタンを押した。
スピーカー部分を耳にあてると、発信音が聞こえてくる。心臓がどきどきして、すごく落ち着かない。横でそんなリオノーラの姿を見ているイアンは、「初恋の人に手紙渡す時みたいだなあ」なんて内心で思っている。
発信音が途切れた。ちょっとした雑音。はっと息を飲んだとき、機械を通してだからか少々くぐもった声が聞こえてきた。
『もしもーし』
テオだ。うん、テオの声だ。でもテオじゃない。
「テオ! じゃなくてお兄様は!?」
『あれっ、リオノーラ? あー……はいはい、エリオットなら傍にいますよ』
第一声が『テオじゃなくてお兄様』とは、テオさんも可哀相に。イアンは苦笑した。
少しの沈黙を挟んで聞こえてきたのは、リオノーラが聞きたくて仕方のない声だった。
『リオ?』
「お兄様! 僕だよ、リオだよ!」
『わ、分かってるって!』
お兄様だ。お兄様だ。機械を通した声っていうのがすごく残念だけど、お兄様の声がする。
なんて言ってやろう。何も言ってくれなかった文句を、どんなふうに伝えよう。そんなことをずっと考えていたけれど、いざエリオットと通じてしまうと嬉しさが勝って文句なんて吹っ飛んでしまった。
『……怒ってる?』
エリオットが気まずそうに尋ねてきて、思わずリオノーラは笑った。
「怒ってるよ。すっごく怒ってる。一言くらい言ってくれたって良かったのに」
『悪かった、けど緊急事態だったからさ。……いつになるかは分からないけど、絶対帰るから待っててな』
「うん……待ってるよ。お土産よろしくね」
『はは、了解』
そのあとリオノーラはイアンに代わり、イアンもエリオットとテオと二言三言言葉を交わした。通信を切ったイアンは魔装具をリオノーラに返しながら微笑む。
「お元気そうでしたね、ふたりとも」
「うん。……大丈夫、お兄様もテオもすっごく強いもん。どこに行ったって元気だよ、きっと」
そう自分に言い聞かせた。エリオットやテオの声に切迫感はなかったし、彼らはいつも通りなのだ。依頼で長期間家を空けるだけだ。心配することはない。ヨシュアに頼めば、また通信系魔装具を貸してくれるかもしれないじゃないか。
信じて待つ。改めてリオノーラはそう決めた。
「いやあ、リオノーラのお兄ちゃん愛はすごいねえ」
魔装具を鞄に戻したテオはそう言って笑う。エリオットも苦笑して頷いた。
テオ、エリオット、イザードの三人とチコの一匹は、首都の隣町であるタルボットに来ていた。この街を囲む樹林のどこかにエナジーの源泉があるというのは、エリオットもテオも把握済みであった。
首都コーウェンから車で二時間もあれば到着するタルボットである。あれから丸一日経ったというのに、源泉を探しに行くことはおろか、宿泊している宿から出ることすらできなかった。
なぜなら。
「おいこらカーシュナー、おめぇ何さぼっとるか! とっととしてくれねぇと、食材が腐っちまうだろう!」
「はーいごめんなさい」
テオがぱっとエリオットとの雑談を切り上げ、作業に戻る。彼は今、俗に『冷蔵庫』と呼ぶ生活系魔装具の修理にあたっていた。昨夜から変換機に異常が生じ、内部の食材を冷やせなくなってしまっていたのだ。そのため、冷蔵庫に入っていた大量の食材は氷と一緒に冷暗所に保管した状態で、夜通しテオは修理に追われていた。大量の工具を広げ、一晩中作業をしても復旧しないのは、この冷蔵庫が業務用の強力な魔装具だからか。
傍にいたエリオットは、テオをぴしゃりと叱りつけた老人に視線を向けた。
「あの、ブルーノさん……俺たち先を急ぐ身でして」
「そいつは分かってるが、壊れた魔装具の修理なんぞできるのはカーシュナーしかいねぇんだ。買い換えるより修理のほうが良いに決まってらぁ」
「そりゃそうなんですけどね」
「それに引き受けたのはカーシュナーだし、この中途半端な状況でどっか行かれても困るわけよ」
「そりゃそうですよね!」
エリオットは途方に暮れて溜息をついた。
ブルーノ。数か月前に首都を去った、下町開拓の巨匠だ。
彼は足を悪くして、このタルボットに住む娘夫婦のもとへ引っ越した。その娘夫婦というのがこの街で宿を営んでおり、昨日の夕暮れに宿へ入るなりブルーノとの再会を果たしたというわけだ。そのままあれよあれよという間に宿泊することになったところまでは良かったのだが、夕食時になって厨房の冷蔵庫が壊れたから診てくれ、という依頼を宿の女将、つまりブルーノの娘から受けたのである。
これは修理ですね、なんて診断を下したテオがそのまま魔装具の修理に入り、現在に至る。
テオが冷蔵庫修理をしている間にエリオットとイザードで樹林の探索に出かけようとしたのだが、彼らは彼らで仕事を頼まれてしまった。絶好の機会だとばかりに、エリオットは宿の中の光源系魔装具をすべて交換してくれと言われ、イザードは雨漏り防止のために屋根の補強に上がっている。宿の主人が船で漁に出ており、ブルーノも足が悪く、日中は常に一人で宿を切り盛りしている女将にしてみれば、若い男手というのはあって困ることはないのである。
テオが厨房の床に座り込んで作業をしているのを横目に見ながら、エリオットは脚立に乗って天井の魔装具をひとつひとつ交換していく。これが地味に大変で、腕にくる。そもそも『光源系魔装具を取り換える』なんて作業をこの日初めて行ったエリオットだ。
足を悪くして杖をついていたブルーノは、タルボットに越してきてから車椅子生活を送っている。人が押さなくても、レバーを傾けるだけで自動で動く移動系魔装具の一種だ。おかげで移動が苦ではないらしいブルーノは、しきりにテオやエリオットの周りにやってくる。
大量のシーツが入った籠を持って宿の廊下を行き来している女将が、脚立をずらしながら魔装具を変えているエリオットを見て笑顔を見せる。
「悪いねぇ、無理言って手伝ってもらっちゃって」
「あ、いえ、気にしないでください。むしろこの程度しかしていないのに、宿代をタダにしてもらっちゃって」
「お前さん、俺との対応の温度差が酷くねぇか」
ブルーノの鋭い一言に弁解しようとすると、女将は元気よく笑う。
「あっはっは、エリオット、父さんのことは勘弁してやっておくれ。知り合いが来てくれると嬉しくて仕方ないんだよ、父さんは」
「エイダ、余計なこと言うんじゃねぇ!」
女将のエイダは豪快に笑いつつ、シーツの洗濯へ向かった。舌打ちしてそれを見送るブルーノとエイダは、さすが父子と言ったところだろうか。性格から何までそっくりだ。
テオは『これがこうで、あれがああで』とぶつぶつ独り言を言いながら修理を進め、屋根を修理するイザードは非常にリズムよくカナヅチを振るっているらしく規則的な音が頭上から響いてくる。
自分たちは政府に追われる身で、ゆっくりしている暇などないというのに――どうしてこう、旅先でも下町にいるのとまったく変わらない生活をしているのか。多分それは、テオが『そういう人間』だからだろう。人に懐かれやすくて、自分もまた困りごとは見逃せない性格のテオは、どこにいたって厄介ごとを持ち込んでくる。
エリオットにすれば出鼻をくじかれた感はあるが――このほうが、変に気負わなくていいかもしれない。
一階の廊下の端っこに到達し、最後の魔装具を取り換える。『一階の魔装具を取り換えるだけに時間をかけすぎだ』と思われるであろうが、この宿の一階の廊下は非常に長く広い。等間隔で取り付けられている魔装具は数えるのも面倒なほどだ。
脚立を畳むと、いつの間にか屋根から聞こえていたカナヅチの音は聞こえなくなっていた。宿の玄関が開く音がして、肩に木の板、左手に工具を持ったイザードが入ってくる。シャツの袖をまくりあげ、大股でずかずか歩いてくる姿は、大工という肩書がしっくりくる。
「補強終わったぞ」
「おう、すまんな」
「あれはだいぶ痛んでいるから業者を呼んだ方がいい」
「そんな暇がねぇからおめぇに頼んだんだろうが」
「他人の家の屋根を直す暇は、私にもなかったんだがな……」
道具を床に下ろしながらブルーノとそんな話をしているイザードの眉間に皺が寄る。ふたりも旧知の間柄らしく、昨日から憎まれ口ばかり叩いている。
「こっちも終わりましたよ、光源の取り換え」
「ありがとよ、エリオット。さて、あとはカーシュナーだけだな」
ブルーノはそう言って車椅子を移動させ、テオのいる厨房へと入って行った。肩をぐるぐると回して凝りをほぐしているイザードに、エリオットは視線を向けた。
「……あのさ、良かったのか?」
「なにがだ?」
「成り行きでこんなところにまで来て……まだ戻ろうと思えば戻れるだろう?」
イザードは警備軍の幹部だ。部隊を率いる身で、部下もいる。今までは裏でテオの手助けをするという程度だったが、ついてくるとなると大きな問題になるだろう。エリオットやテオはどこへでも好きに逃げればいいが、イザードはそうもいかない。
それを心配してエリオットは尋ねたのが、当の本人は笑っていた。
「これでひやひやするくらいなら、あの時エルバートと一緒にテオを逃がそうなんて考えなかったさ」
「いや、何を楽観的に……」
「その程度のことだ。大体、警備軍車両を乗り回している時点で私は戻れん」
「そういえばテオはなんで警備軍車両が欲しいなんて言ったんだ? 位置を特定されるような機能とかついているだろ?」
もっともな問いかけにイザードは頷く。
「もちろん、位置情報の発信器は切ってある。警部軍車両は装甲も厚い戦闘車両だから、魔装具による砲撃の中でも突っ切れる。それにテオの追跡は政府でも機密事項だろうから、末端の人間に情報が行っているとは思えん。つまり、政府車両に乗っていれば各地で融通が利くわけだ」
「はあ、なるほど……」
「だからまあ、お前が気にすることではない。腹を括って最後まで付き合うさ」
治安維持隊隊長の地位を蹴ってからというもの、どこかイザードが生き生きしているのはエリオットの勘違いであってほしいものだ。しかし実際、楽しくて仕方がないという表情だ。イザードが国の重役なんて似合わないと前々から思っていたが、本人も柄ではなかったのだろう。
頼もしいことこの上ない。
「終わったよー」
厨房からテオがひょっこり顔を出した。厨房の奥にある業務用の冷蔵庫からは冷気が出ており、通常通りに稼働していた。ブルーノが手を叩く。
「やっぱりおめぇに頼んで間違いはねぇな」
「はは、それはどうも。でもかなり年期が入ってるから、できれば早いうちに買い替えることをお勧めしますよ」
テオは床に散乱する工具を箱に戻しながら、エリオットとイザードを振り返った。
「冷蔵庫の中に食品詰め戻すから、手伝ってくれる?」
厨房の床下収納のスペースには、大量の食材が氷と一緒に保管されている。昨晩冷蔵庫にぎっしり詰まっていたそれをすべて取り出して移動させたのはエリオットで、正直とんでもない労働だった。さすがに旅館を営む家庭の冷蔵庫は容量が違う。
少々げんなりしつつも、エリオットとイザードはバケツリレー形式で床下の食材をすべて冷蔵庫内に戻したのだった。
「悪かったな、長いこと引き留めちまって。急いでたんだろ?」
諸々の後片付けが済んでやっとのことで出発したのは、正午を回ってからのことだった。時間も時間だし、昼食を食べて行けと勧められたのである。今回の手伝いの報酬として、三人は有難く食事をさせてもらった。
さすがに申し訳なさそうなブルーノにテオは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ブルーノさんの元気なお姿が見られて嬉しかったですから」
「へっ、年寄り扱いするんじゃねぇよ」
「実際年寄りじゃないか、この人は」
車椅子に乗るブルーノの隣に立っている娘のエイダの言葉に、ブルーノが舌打ちする。また『余計なことを』と思っているに違いない。
空咳をして気を取り直したブルーノは、車椅子を前へ進めてテオを見上げた。
「……まあ、おめぇらがどこへ何をしに行くのかは聞かないがよ。怪我とか病気にゃ気をつけろ」
「ブルーノさんも」
「ったりめぇよ」
ブルーノは右手を挙げた。節くれだった、かつてカナヅチやノコギリを握っていた逞しい手だ。その手に何か長方形型のものを持っている。
赤いハーモニカ。ブルーノが下町を去る際にみんなで演奏会をした、きっかけのハーモニカ。
それに気づいたテオとエリオットが目を丸くしていると、ピーッと一音だけブルーノはハーモニカに息を吹き込んだ。そしてにかっと笑う。
「下町の野郎どもに、よろしくな」
魔物がうろつくこの世界では、街と街を行き来する人間は少ない。殆どの住民は生まれた街で一生を終え、どうしても引っ越したり街から出なければいけない時は大勢の護衛を雇うか、行商隊に同行する。だからこそ旅行者も少ないし、そんな危険を冒してまで外を歩こうと思う人間は少ない。
首都コーウェンとこのタルボットの距離は、片道二時間。近い距離ではあるが、危険を考えるとお互いは遠い街だ。
ブルーノが下町にふらっと遊びに行くことも、下町の人間がブルーノに会いに行くことも、この先限りなくないに等しい。だから彼は、テオとエリオットに思いを託すしかないのだ。
いつ首都へ帰れるか分からないが、必ず伝えよう。下町の人々に、「ブルーノさんは元気だった」と。それが何よりの土産になるのではないだろうか。
そんなことを考えていると鼻の奥がつんとしたので、エリオットは軽く視線を逸らした。テオは対照的ににっこりと微笑み、頷いていた。
★☆
宿を出たテオ、エリオット、イザード、チコの三人と一匹は、街を抜けた先にある林に足を踏み入れた。数日前ユリの花を探してやってきたばかりで、鬱蒼としたこの景色も記憶に新しい。道を歩きながらイザードは顔をしかめた。
「相変わらず薄暗い林だな……で? どこにエナジーの源泉があるんだ?」
テオが歩きながら見ている資料には、世界地図とともにエナジーの源泉の場所が書き込まれている。以前キースリーの屋敷から持ち出されたそれを書き写したものである。
テオは顔をあげてイザードを見て、にっこり微笑んだ。
「この林のどこか」
「それは分かってる! 林のどこだって聞いてるんだ」
「分かんないよ、大雑把に『この辺』って印ついてるだけだから。まあ根気よく歩いていけばそのうち見つかるんじゃない?」
「何日この林の中を歩き回るつもりだ!?」
頭の痛くなるやり取りに溜息をついたエリオットだったが、その肩に乗っているチコが『キュゥ』と鳴き声を上げた。
「どうした、チコ……あっ、おい!」
チコはエリオットの肩から飛び降りると、林の奥へ駆けだしていったのだ。エリオットがそのあとを追いかけ、遅れてテオとイザードもそれに気づく。
チコの身体の大きさから考えれば歩幅などたいしたことはなかったが、とにかく素早いこと素早いこと。しかも足場の悪い林を飛ぶように駆けていくものだから、エリオットもほぼ全力疾走で障害物競走をしている気分だ。大きな石を飛び越え、妙に曲がって伸びている枝を交わし、地面を走るチコを見失わないように追いかける。
「キュゥッ」
「ちょっ、待てって……」
チコがやっと立ち止まった時には、エリオットも息を切らしていた。茂みをむりやり通り抜けたために葉が服に引っ付いてしまい、それを引き剥がす。視線を正面に向けて――エリオットは目を見開いた。
がさがさと音がして、後方からテオとイザードが追いついてくる。テオはともかく、大柄なイザードが走るには狭い道のりだっただろう。葉っぱや枝の付着状況はエリオットよりひどい。
ふたりもまたエリオットと同じものを見て沈黙し、やがてテオがふっと笑った。
「へぇ、これはこれは……」
空気は、どこか淡く緑色の光って見える。
彼らの視線の先にあったのは、巨大な地面の『割れ目』だった。その割れ目から緑色をした蒸気のようなものが、絶えず吹き出している。割れ目の中は眩しいほどにエメラルド色の光が充満していた。
これが、世界各地に存在するエナジーの源泉だ。
源泉の周辺には、なにか機械のようなものが組み立っていた。明らかに自然の産物ではないそれに、テオが近付く。エリオットはチコを拾い上げ、イザードと共に少し離れた場所で待機している。
操作盤をいとも簡単に起動したテオは、キーを叩きながら解析を進めた。そして手を止め、彼は腕を組んだ。
「やっぱり、ここから出るエナジーを全部首都へ送り込むようなネットワークができてるね。パイプみたいなものかな」
そう言われて、エリオットは辺りを見回した。エナジーが活性化しているからか、周辺は植物がより一層茂っていた。エナジー濃度が濃いのだろう。チコはそれを嫌ってか、エリオットの上着のポケットに隠れている。
「どうするんだ、それ。壊すのか?」
エリオットの問いに、テオは首を振った。
「壊したら後々制御不能になるかもしれない。暗号作ってロックするよ。これなら、俺がいじったことにもしばらく気づかれないだろうしね」
「……そんなことを軽々やってのけるっていうんだから、恐ろしい奴だよ」
イザードが肩をすくめ、エリオットを見る。
「エリオット、周囲の警戒を頼む」
「分かった」
テオはすぐさま作業を始めた。エリオットは林の中を少し戻り、辺りにいた魔物を数体片付けた。イザードはテオの傍にいたが、どうやら手伝えることはなかったらしい。ものの五分ほどでテオは装置の機能を切ってしまい、かつロックまでかけた。これでこの場所からエナジーが必要以上に吸い出されることはなくなり、エナジー量は自然な状態へ戻るだろう。
「まあ、これからもこの装置を見つけ次第同じようにしていくしかないね。そのうち政府の方にも気づかれてしまうだろうけど、そのときはそのときかな」
要するに行き当たりばったりか。タルボットへ戻りながら、テオはそう説明した。エリオットはポケットから顔を出すチコに視線を落とした。
「にしてもチコ、お前は源泉の位置が分かってたのか?」
「キュゥ!」
「どっちか分かんないよ」
「キュキュっ」
「あー、はいはい、分かってたんだな。じゃあこれからも案内頼んでいいか?」
チコは『任せろ』とでも言うように身体を震わせた。テオも微笑む。
「頼もしいことだね。はい、ご褒美」
どこで拾ったのか、小さな木の実をチコに差し出す。チコは勢いよくそれをかじり、口いっぱいに溜めこんだ。こうしているとただのリスである。
「次はどこだ、テオ」
「ヴェノンの村の近くだね。とりあえずそこまで行こう」
「また車かよ……もう嫌だなぁ」
珍しく弱音を吐いたエリオットにテオは苦笑して、その肩を叩いた。
「そのうち慣れるよ、嫌でもね」
「ヴェノンは徒歩三日で着くぞ」
「ちょっと、歩くつもり? 俺は嫌だよ」
ちょっとした抵抗をするのも、エリオットらしくないことである。それだけ車が嫌ということか。
「お前、ヴェノンは詳しいのか?」
イザードに問われ、エリオットは首を傾げる。
「詳しいほどじゃないけど、立ち寄ったことは何回かある。静かでいい村だよ」
農業と牧畜で生計をたてる、どこか古く懐かしい村だった覚えがある。今時は野菜も魔装具が管理し、肉や卵といった畜産物も然りだ。人の手ですべて管理しているのは、辺境ならともかく首都近郊では珍しいことだ。
「へえ、いいね。古き良き暮らしって感じで」
「首都の近代化が速すぎたんだよ。地方はまだまだ、魔装具は遠い存在だよ」
「なんかエリオットくん、頭良さそうなこと言ったね」
「うるさい」
「お前らは気楽だな、まったく……」
イザードが呆れて溜息をつくと同時に、チコも「キュッ」と鳴く。まるで同意するかのように。
次の目的地はヴェノン村。ここから車で、一日半というところである。