表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万屋ですがなにか。  作者: 狼花
VOLUME Ⅰ
3/53

File two お金の価値観、おかしい方が悪いです。

 

 

 

 金にがめつい奴かと思っていたが、そうでもないらしい。





★☆





「おい、テオ。いつまで寝てるんだよ」

「……んー……寒いよぉ」

「冬だからな、当たり前だろ」


 室内のソファで毛布にくるまって横になっていた万屋カーシュナー――本名をテオ――は、エリオットの声に生返事をしただけで寝返りを打った。



 エナジーが実用化した世界、フェレーナ。大国と小国が入り混じり、国が国を、人が人を支配し、支配される弱肉強食の時代。

 ベレスフォード共和国。歴史ある世界の中では新興の国家でありながら、『エナジーの源泉』がこの国で発見されたことにより、この二十年で技術と文明の面で急成長を遂げている国。魔装具の技術はすべてベレスフォードから発信されている。各国で独自の魔装具やエナジー技術は開発されているが、ベレスフォードには及ばないのである。エナジーの研究成果などを、ベレスフォードが秘密保持しているためだ。


 そのため、他国はベレスフォードを敵に回せない。そうなれば魔装具の流通が止まるからだ。ベレスフォードは周辺の諸国と不戦条約を結び、永久中立の立場を手に入れた。各地で行われている領土獲得の争いに巻き込まれず、平和な日々を手に入れたのである。

 一方で、富める者と貧しい者の差は開く一方である。



 ベレスフォード共和国の首都コーウェンの下町にある、テオの住居兼店舗にエリオットが居候するようになって一週間ほどが経過した。この日数でエリオットが何をしていたかといえば、それは『散歩』である。

 いわく、「この街を拠点に働くのだから、せめて下町の地理は覚えろ」ということらしい。よって、この迷路のような下町をエリオットはひとりで延々と歩き通したのである。おかげで、とりあえず店には帰れるようになった。


 だから、その間テオが店で何をしているのかを、エリオットは把握していない。


 絶対に一度声をかけたくらいでは起きないテオに溜息をつき、ぐるっと室内を見回す。ひとりで住んでいたには大きな住宅で、部屋は玄関から入ってすぐのリビングとキッチンと仕事カウンターを兼ねている空間を除けば三部屋。ひとつがテオの部屋、もうひとつがエリオットの部屋になり、残る一つの部屋はテオの『作業場』だ。

 この作業場には、信じられないほど大量の魔装具が保管されていた。何やら機材もあり、テオは一日の殆どをこの部屋で過ごしている。自分の部屋があるのに、作業場のソファで眠るほどである。


 が、ごちゃごちゃしているのはこの作業場だけで、他の部屋はかなりすっきりとしていた。木製の家具がエリオットには心地良いし、無駄な家具がなく広々としている。掃除も行き届いているのは、意外なことにテオがしっかりしている証拠だ。

 もっとも、今の時代の掃除など生活用魔装具のスイッチを入れれば自動でクリーナーが動くのであるが。魔装具が掃除も洗濯もしているのを見てエリオットが驚いたのは言うまでもない。


 仕方なく、眠っているテオは放っておいてエリオットは朝食の用意を始めた。自炊の腕だけは、傭兵の経験からエリオットの方が上だ。調理用の魔装具の使用に最初こそ手こずったが、慣れてしまえば普通に料理ができた。魔装具が一般に普及しだしても、包丁は包丁なのである。いずれ『全自動野菜カット機』とかいう魔装具ができるのかもしれないが。


 簡単にハムを切ってチーズと一緒に皿に盛り、パンにコーヒーでも添えればそれらしい朝食ができる。下町の朝はどこもこんなものである。


 それを食卓に並べてから、本格的にテオを叩き起こしに行く。毛布を引っぺがし、日除けのカーテンを開け放って風を入れる。そうすれば否が応でもテオは起きるのだ。


 ――ということを、エリオットは一週間続けてきた。もはや日課になりそうである。


「ふぁあ、ねむ……柄にもなく徹夜なんてするんじゃなかったなぁ……」

「あんた、毎日あの作業場で何してんの?」


 欠伸をしながら食卓の椅子に座ったテオに、エリオットは尋ねた。テオは眠気が一瞬で醒めたようにまじまじとエリオットの顔を見上げる。


「君……一週間も一緒にいて今更それ?」

「わ、悪かったな」


 顔を逸らしながらテオの反対側の席に着くと、テオは苦笑した。


「まあ、別に怪しいことはしていないよ。俺は魔装具技師なんだ」

「魔装具技師?」

「そう。魔装具ってのは永久機関で壊れるなんてことはないはずなんだけど、庶民はどうも扱いが荒いから壊しちゃうんだ。大体エナジーの変換機関に異常を来すんだけど、それくらいなら俺が直せるよ」


 とんでもないことをいとも簡単に言いつつ、コーヒーのカップに手を当てて「あったかいねぇ」なんて呟いているテオが信じられない。


「ちょっ……魔装具って民間人がいじれるもんじゃないだろ!?」

「魔装具技師って言ったでしょ? 別に自称じゃないよ、ほんとのこと」


 ますます分からない。


「下町の人が持ってくる魔装具を修理したり、自分で改造したり、色々やってるよ。ほら、君と出会ったときにつけてた魔装具あるだろ? あれも俺の試作品。試したかったってのは、その性能だよ」

「あの眼鏡は?」

「あれはただ単に視力が悪いからつけただけだよ。いやぁ、にしても昨日は『至急仕上げてくれ』って修理の依頼が来たから寝れなかったんだよね」


 ……そうか。地味にこの男はエリオットが外出している間にも仕事をしていたのか。疑惑の目で見てそれは申し訳なかったと思う。


 片付けはテオが済ませ、エリオットはその間にちらっと作業場を覗いてみた。成程、確かに魔装具以外にも工具や部品らしきものがあるから、修理をしたり改造をしたりというのは真実らしい。

 表の世界を自由に歩き回れない魔装具技師の万屋――どういう店だ。


 その時、店の玄関が開いた。エリオットが振り返ると、そこには七歳か八歳くらいの女の子が立っていた。手には白い猫のぬいぐるみを抱いている。


「カーシュナーのおにいちゃん!」

「ん、やあハンナ。どうしたの?」


 テオは洗い物で濡れた手をタオルで拭きながら、戸口に立っているハンナという少女のところに歩み寄った。ハンナはぬいぐるみをテオに差し出す。


「あのね、この子、動かなくなっちゃったの」


 ぬいぐるみを受け取ったテオは、その背中の部分をじっと見やる。そんなカーシュナーの様子にハンナは不安そうだ。


「直る……?」

「うん、大丈夫。ちゃんと元通りになるよ。俺が直しておくから、また一時間くらいしたら来てくれる?」


 テオの笑顔はエリオットにもよく向けられるものであるが、対象が小さな女の子というだけでどうしてか悪意や邪気といったものが完全に抜けているような気がする。


「ありがとう、おにいちゃん!」


 ハンナは満面の笑みを浮かべ、手を振って店から走って出て行った。それを見送ったカーシュナーは、しげしげとぬいぐるみを観察しながら扉を閉めて室内に戻ってくる。エリオットは呆れたようにそれを見やる。


「最近は子供のおもちゃも魔装具なのか……」

「うん、内蔵されててね。多分こう、スイッチ入れると手足が動くんだと思うけど」

「そんなのも直せるのか?」

「一応ね。でも結構ショッキングな荒療治するから、ハンナには帰ってもらったけど」

「荒療治……?」

「腹掻っ捌いて魔装具直す」

「帰ってもらって正解だな」


 そんな光景を目の前で見せたら大変なことになりそうである。が、それを見せないためにわざわざ帰らせるという気を遣ったテオも、意外と言えば意外である。


「それでね、エリオット。君に頼みたいことがあるんだけど」


 テオはリビングのテーブルの上に置いてあった小さな紙袋を取り上げ、エリオットに差し出す。訳が分からず受け取ってしまったエリオットが首を傾げると、ハンナの猫のぬいぐるみの頭を撫でつつテオが説明する。


「昨日俺が修理を頼まれた魔装具なんだ。見ての通り俺はこれ直さなきゃならないから、依頼主のところに届けて来てくれない?」

「お、俺が?」

「当たり前でしょう、何のためにこの一週間散歩させてたと思ってたの」

「配達のためかよっ!?」





★☆





 届け先については『市場の骨董屋』としか教えてくれなかった。下町の市場には確かに何度も行ったが、骨董屋などあっただろうかと少し記憶が怪しい。

 まあそれは市場で住民に聞けばなんとかなることであるが、エリオットが気になっているのは出かけにカーシュナーが言った言葉である。


『そういえば、修理代はいくらもらってくればいいんだ?』


 そう尋ねると、カーシュナーは苦笑して首を振った。


『お金はいいよ』

『え?』

『こっちからは何も言わなくていい。あっちが修理代として差し出してきたら、何も言わずに受け取るだけでいいよ』


 依頼達成直後に全額現金即決払いをしろとか言っていたテオが、『金はいらない』と言うのだ。驚くなというほうが無理である。

 何か理由があるのか――。


 下町の市場と言えども、やはりかなりの賑わいぶりであった。生活に余裕がある人などそうそういないけれども、こうして見ると文明の発達した国であるというのがよく分かる。今日は珍しく雪も降っていないから、人も多い。

 エリオットは傭兵として各国を旅したことがある。ベレスフォードの生活水準は他国と比べると遥かに高く、貧しいと言われる下町の生活でさえ、他国の下町よりはずっと裕福だ。

 それでも、結局は貧富の差が生まれていく――真に文明国であれば、毎年下町の住民が何人か飢え死にすることなどないはずなのに。


 ぐるっと市場の商店を見て回ったが、骨董屋らしき店は見当たらなかった。仕方なく道行く人に骨董屋の場所を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。


「骨董屋さんなら、何か月か前に店を閉めちゃったわよ」

「え、そうなんですか」

「もう店主が高齢でね、今はお孫さんが介護にあたってるみたいだけど」


 そんな情報付きで骨董屋の場所を教えてくれた女性の言葉に従い、市場の裏路地を入っていく。少し奥まったところに、いかにもといった様相の古い店舗があった。看板には掠れた文字で「骨董店」と書いてある。


 人の気配がないが大丈夫なのだろうか、と不安に思いながらも扉を叩く。しばらくして、扉の鍵が外される音がした。人はいたらしい。


「はい……」


 扉を開けたのは二十代後半と思われる女性だった。美人なのだが、どこか疲れて生気のない顔色である。そんな彼女に怪訝そうな顔を向けられているのに気づいてエリオットは我に返り、慌てて言う。


「えっとその、万屋カーシュナーなんですが」

「貴方、カーシュナーさんじゃないですよね?」

「助手です、最近世話になってる。代理で依頼品を届けに来たんです」

「あら、そうだったの……」


 女性は少し微笑み、エリオットを室内に入れてくれた。元々は店舗だったと思われる一階部分には大量の壺や像が置かれており、独特の匂いが立ち込めている。店舗を通って二階への階段を上がると、そこが居住スペースのようだ。

 寝室のベッドに、ひとりの老人が横になっている。眠っているのか、目を閉じている。この老人が先程話にあった「高齢の店主」なのだろう。女性はエリオットを振り返り、老人を示す。


「私の祖父です」

「ご病気……ですか」


 尋ねると、女性は頷く。


「もう、長くないんです」


 エリオットには匂いで分かる――何度も嗅いだ、死の匂いだ。

 魔装具で怪我は治せる。病もある程度は改善できよう。しかし、それでもどうしようもない死病は存在するのだ。


 女性はエリオットから受け取った袋を開け、中から四角い箱を取り出した。それを更に開けると、中には掌に乗るような立方体の魔装具が入っていた。


「それは……」

「オルゴールです。ただ普通のと違ってエナジーで動く特殊なもので、すごく綺麗な音がするそうですよ」


 ネジを回すと音楽が流れるという基盤はそのまま、魔装具を内蔵した特殊なオルゴールだ。


「これは、数年前に亡くなった祖母との思い出の品で――」


 女性はゆっくりとネジを巻きながら、独り言のように呟く。


「今夜が峠と医者に診断された祖父の枕元で、鳴らしてあげたかったんです。でも、古いものだから壊れてしまっていて……」


 だから、カーシュナーに頼んだのか。至急と急かして。

 ネジをから手を離すと、オルゴールから音が聞こえてきた。音はひとつではない。数種類の音が混ざり合い、ひとつの音楽として響いているのだ。これは、確かに特殊なものだ。

 芸術など理解できないエリオットには、「綺麗だ」としか形容できない美しさだった。こういう時、もっと語彙があればと悔やむ。


 女性はオルゴールを祖父の枕元に置いた。その眼から涙が零れ落ちる。「おじいちゃん」と呟きながら、女性は祖父にすがりついていた――。





★☆





「おかえり」


 店に戻ると、テオはリビングのソファに座って作業していた。もう魔装具の修復は終わったらしく、切り裂いた腹を古典的に針と糸で縫合していたのだ。

 エリオットが憮然としているのを感じ取り、テオはほんの少し手を止めて彼を見上げる。


「なんか雰囲気暗いね」

「そりゃ、楽しくはない」

「悪かったよ、ご苦労様」


 エリオットはコートを脱ぎながら呟く。


「……知ってたのか。あの依頼人の事情とか」

「うん。あの店主さん、結構前から病気でね。奥さんを亡くして、子供夫婦にも先立たれて、残っているのはあのお孫さんだけ。彼女にも、金銭的な余裕はなかった。自分が食べていくのが精いっぱいだっただろう」


 コートのポケットから、一枚の銅貨を取り出す。あの女性が帰り際、エリオットに握らせたものだ。これでは、パンを買うのがせいぜいという金額である。それしか払えないくらい辛いのに、女性はエリオットに報酬を払ったのだ。――エリオットも、テオの言った通り断らなかった。


「死にゆく人を助けるには、俺は力不足だ。けれど、その願いだけは聞き届けてやりたいと思ってるんだよ。どんなに小さなことでも、それには価値がある。お金では払えないくらいのね」


 あの時、エリオットに手を差し伸べてくれたのは、その信条に則ってのことだったか。


 テオは糸を切り、微笑む。


「やっぱ、エゴかな?」

「……そうじゃないと、思う」


 エリオットは首を振り、テオに銅貨を差し出した。しかしテオは受け取らず、エリオットに握らせた。


「それは君が受け取っておいて」

「けど」

「……言ったでしょ、俺は金をとるつもりはなかった。それでもあのお孫さんは、オルゴールを持って来てくれた君に、それを渡したんだよ。君の仕事に対する正当な報酬だ」


 言いながら、テオは白猫のぬいぐるみをくまなくチェックしている。完璧に元通り、腹を裂いたとは思えない。というより、ハンナが持ってきたときより綺麗に見える。

 扉がノックされた。傍に立っていたエリオットが扉を開けると、ハンナであった。ハンナはテオがぬいぐるみを持っているのを見て目を輝かせた。


「おにいちゃん! 直ったの?」

「うん、できたよ。ほら」


 テオはハンナの前にしゃがみ、ぬいぐるみを手渡す。ハンナが受け取ると、猫のぬいぐるみは手足や尻尾をぱたぱたと動かしはじめた。機械らしく角ばってないし、機械音もない。魔装具が内蔵されているのにかなり高技術なものである。今では一般にこういうものが出回り、下町の人間でも玩具として手に入るくらいになっているのだ。


「ありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして」


 ハンナはポケットから何か取り出し、テオに差し出す。


「これ、お礼!」


 テオの掌に小さな『お礼』を落としたハンナは、そのままエリオットのところに駆けていく。軽く目を見張ったエリオットの様子も気にせず、彼女は拳を突きだす。


「おにいちゃんにも、あげる!」

「あ、有難う」


 慌てて掌を出すと、ころんと落とされたそれは小さなキャラメルだった。ハンナはぬいぐるみを抱きしめて、大きく手を振りながら駆けて行った。


「細かい作業した後には最高のお礼だね」


 テオはそう笑って、キャラメルの包みを剥いで口の中に放り込んだ。


 ――テオは、金で仕事をしない。自分の中の「義」に従っているんだ。それがテオにとって損なことでも、相手にとって幸せなことであれば必ずやり遂げる。そして、貧しい者から決して金をとらない。

 心がけは見事だと思う。が、それで生活できているのだろうか――?


「エリオット、いま『こんなんで生活できてるのか?』って思ったでしょ」

「えっ」


 図星を刺され、エリオットが硬直する。にやにやと笑うテオは、口の中でキャラメルを転がしながら言う。


「確かに俺のやり方だと金にならないことのほうが多いけどさ、入るときは大量に入ってくるんだよ。俺はそれで生活しているんだ」

「入るとき……?」

「考えてごらんよ。確かにただの市民である俺が、魔装具を勝手に修理したり改造したりしているのは違法だ。けど、高い金を払って新しく魔装具買うより、修理したほうが安くあがるに決まっているでしょ。なら、たとえ違法であろうと目を瞑って依頼をしてくる人がいる」


 閉めたばかりの扉の外に、何か大型の影が現れた。一気に室内が暗くなる。爆音が響き、そして消えた。


「そう、例えば貴族」


 ばん、と扉が開け放たれた。エリオットが俊敏に扉から飛び退る。

 玄関に立っていたのは、正装をきっちりと固めた中年の男。彼のすぐ後ろには、黒の車が店に横づけされていた。影と爆音の正体はこの車である。


「万屋のカーシュナーとは貴様か?」


 最初から高圧的な物言いだ。エリオットはカチンと来たのだが、テオはあくまでも笑みを絶やさない。


「はい、私です」


 ……おそらく正面から見えないようにしているのだろうが、テオの横顔を見る位置に立つエリオットには、テオが左頬にキャラメルを含んだままであるというのが丸分かりである。


「ベレスフォード議会で名のあるハーヴェイ議員のお付きの方が、一体どうされましたか?」


 共和制のこの国では、大統領を中心に議会が組まれて政治をしている。民間の選挙で議員は決まるが、もっぱらは貴族たちで固められている。テオが言う『ハーヴェイ議員』も、かなりこの国では上位の貴族である。

 しかし、どこでテオは相手が議員の付き人であるということに気付いたのだろう。


「ふん……知っているなら話は早い。貴様は魔装具の修理を請け負っていると聞くが、本当か?」

「はい」

「ではこれを修理できるか」


 男が取り出したのは、いかにも高級そうな懐中時計型の魔装具だ。エナジーで動くのだから時間が狂うとか針が動かなくなるということなどないはずなのだが、やはりエナジーの変換機がおかしくなっているのだろう。


「まったく、魔装具は理想の永久機関であったはずなのに、いとも簡単に動きを止めおって……」

「永久機関とは『エナジーが大気中に存在する限り稼働する』ものであって、『絶対に壊れない』ものではありません。扱いが悪ければ変換機が傷つき、エナジーを取りこめなくなります」


 驚くほど饒舌なテオに、エリオットは驚いた。『情熱』とまで呼べるくらいの熱意を、今の言葉の中に感じたのである。

 しかしテオは至って爽やかな表情で微笑む。


「修理、引き受けさせていただきましょう」

「ふむ、日数は。可能な限り早くしてもらいたいのだが」

「一日あれば」

「では明日のこの時間に受け取りに来よう。修理費は幾らかかる?」

「銀貨九枚ほどになります」


 ぶっ、とエリオットが吹き出しかけて慌てて顔を背けた。しれっとテオは口に出したが、銀貨九枚は、たかが時計を直したくらいでもらえる金額ではない。銀貨はぎりぎり下町の人間でも使うことがあるが、それでも精々半年に一度の買い物くらいである。普段は銅貨で生活しているのだから、銀貨などそうそう手に入らないのだ。

 しかしなぜ銀貨九枚なのか。十枚で金貨一枚になるのだから、いっそのこと金貨一枚と言ってしまえば良かったものを。そこにはテオの考えがある。

 金貨は下町の人間が一生のうちに手にすることなどまずない。持っていれば、盗んだと思われるのがオチである。それを避けるために、テオは銀貨九枚と言ったのである。


「分かった、用意してこよう」


 信じられない詐欺に、この貴族の付き人はまんまと引っかかった。というより、詐欺自体に気付いていない。


 車に乗って男が帰ったのを見送って、テオはずっと口に含んでいたキャラメルを舐めはじめた。彼にとっては貴族との商談より、キャラメルのほうが大事だったのである。


「お、おい、テオ……今の報酬額は……」

「貴族ってのは、金銭感覚が狂ってるからね。気付かないんだよ、法外な額だってことに」

「にしてもなぁ……」

「君に俺の信条をひとつ教えてあげよう」


 テオは依頼品の懐中時計をくるくると手の中でもてあそびながら、微笑む。


「金がない奴からは取るな、金がある奴から大量に取れ」


 それで大儲けしているのだから、この男はたまらない。


「さぁて、仕方ないから取りかかりますかねぇ。エリオット、悪いけどコーヒー入れてくれる?」

「……はいはい」


 エリオットは肩をすくめ、頷いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ