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万屋ですがなにか。  作者: 狼花
VOLUME Ⅰ
20/53

File sixteen もう荒事は結構です。

 

 

 

 あんたの敵なら、俺の敵だ。





★☆





 自称怪盗のヨシュアを退けてすぐ、テオとエリオットは伯爵家の一室に向かった。リオノーラには、もう夜も遅いから休めと言って部屋に帰した。多分彼女も休めないだろうが、黙って従ってくれたのは有難い。護衛にとチコもつけたことだし、大丈夫だろう。ヨシュアとの戦いで分かったが、チコは敵と守る存在をきちんと理解している。

 その客室は、ヨシュアの襲撃があるまでエリオットが仮眠をとっていた部屋だ。ベッドがひとつ、テーブルと、一人掛けソファがふたつ。ふたりはソファに座り、向かい合っていた。


「……何から聞きたい?」


 口火を切ったのはテオだ。エリオットは躊躇いがちに尋ねる。


「どこまで聞いていいんだ?」

「はは、もう何もはぐらかさないよ。イザードも言ったでしょ、ここまで来るともう俺だけの問題じゃないんだ」

「じゃあ、最初から聞きたい」


 テオは頷いて静かに説明を始めた。



「……俺がどうして魔装具なしで魔術を使えるのか。理由は本当に分からないけれど、原理はなんとなく分かってる。要するに、エナジーを物質的なものに変換する変換機を、俺はここに持ってるってことだ」


 テオがとんとんと人差し指で示したのは、自分のこめかみだ。


「俺はそれに目をつけられて、子供のころ政府の研究者にさせられた」

「強制的に……?」

「ああ。研究者だった俺の父親は、俺が利用されることを分かっていたんだろう。俺を守ろうとしてくれたんだけど――殺された。両親と、母のお腹の中にいた弟か妹を、政府の奴らに奪われた」


 凄惨な話に、エリオットは息を呑んだ。テオは苦い笑みをたたえる。


「俺のせいで死んだんだ……俺が殺したも同然だな」

「そんなこと!」

「……話を戻そう。俺がさせられたのは、エナジーの変換機のシステムを作ることだった。俺が機械なしでやっていることを機械でできるようにしろってね。感覚でやっていたんだから無理があったんだけど……まあ、出来ちゃったわけだ」

「ちょっ、何をそんな簡単に! その頃のテオって、まだ四歳とか五歳とかだろ……!?」

「変換機の骨組みは、その時点で固まってたんだよ。俺がしたのは、その変換器を通るエナジーの流れを作ることだから技術とか知識とかは関係ない……って、この辺りは専門的な話になるからやめておこうね」


 微笑んだテオに、エリオットは思わず赤面する。今のテオの話を二割も理解できていない自分がなんだか恥ずかしくなったのだ。


「ともかく、出来上がった変換機をコンテナに当てはめて完成したもの――それが、『魔装具』だ」

「……つまり、テオが魔装具を開発したってことか……?」

「俺がいなかったら魔装具が生まれなかったっていうのは、事実だね。生まれていたかもしれないけれど、精度は悪かっただろう」


 誇張ではない。テオは事実を言っているだけで、淡々としている。むしろ、そのことを蔑んでいるかのように。

 テオは足を組んだ。


「しようと思えば逃げることもできた。でもそうしなかったのは、帰る場所がなかったから。それと、『人の生活を守りたい』とする研究者連中の意思に、ちょっと感動したからなんだ。当時は魔物の被害が多かったから、結界系魔装具の開発が急がれていたんだよ」

「でも、それが変わった……?」

「その通り。いつだったかな……魔装具の実用化にも成功して落ち着いた頃だったけど、彼らは武器を作り始めたんだ。魔物討伐の武器ならまだいい。でも、それは戦闘兵器だった」


 戦闘兵器と聞いても、エリオットにはなんとも想像しがたい。攻撃系魔装具の一種ではあろうが――。


「つまり、他国との戦争を始めるつもりだったんだよ。この国は」

「戦争!?」

「表向きは永遠中立国。実際は、兵器を作っていつか周辺の国を支配下に置こうとしている。その考えは、どうやら今も変わっていないらしい」

「だからテオは、逃げたのか?」


 何か月も一緒に生活してきた。テオが政府のやり方に批判的なのは知っているし、魔装具に情熱をかけている割に使いたくないと思っていることも。

 テオが作りたかったのは『守る』機械だ。それを『殺す』機械に変えられてしまったら、テオの罪悪感が募る一方で――。


「逃がしてもらったんだ。俺のことを不憫に思ってくれた人がいてね」

「……カーシュナー?」

「それと、イザードね。カーシュナーも俺と同じ魔装具開発の研究者で、俺を連れ出してくれた。イザードが作ってくれた逃げ道を使って」


 テオは組んでいた足を解くと、背もたれに身体を預けた。


「あとは君も知っての通り、下町で万屋として生きてきたんだ。カーシュナーとイザードに守られてね」

「けど、折角逃げたのにどうして下町に留まったんだ? それじゃばれるだろ」

「最初からばれてはいたよ。ただ、警備軍は手出しをできなかった。魔装具開発は国家機密、政府の中でも一握りの人間しか知らないことだ。俺たちを生きたまま回収して研究所に戻したい彼らからしてみれば、下手に動いて俺らを傷つけたくない。俺たちには、魔装具開発について世間に公表するっていう切り札があったし」


 戦闘兵器が作られようとしていることをテオに公表されたら、政府は信頼を失う。だから妥協するしかなかったということか。しかし、テオの言い方だと魔装具そのものに何か闇のようなものがあるように聞こえる。


「それにね……カーシュナーとイザードの存在そのものが大きな抑止力だったんだ」

「というと?」

「カーシュナーは今のベレスフォード大統領の一人息子で、本名はエルバート・C(カーシュナー)・ブロウズ。イザードは警備軍最高顧問の息子で、あれでも治安維持隊の隊長だ」

「え、ええッ!?」


 思わずエリオットはのけ反った。下町で万屋をやっていたカーシュナーが大統領の息子? あれだけ暇そうにしているイザードが警備軍の幹部? あり得ない。


「カーシュナーが不祥事を起こしたということが知られれば、大統領の地位に影響を及ぼす。だから、大統領の指示でカーシュナーの捜索は打ち切られた。それにもし政府が動いたとしても、市中における住民の権利を守る部隊として、治安維持隊は大きな権限を持っている。捜索させろと言われても、イザードにはそれを拒否する力があるんだ。警備軍の一番偉い人の息子だから、あんまり強いことも言えないしね」


 政治や権力など知らないエリオットであるが、大統領の息子や治安維持隊の隊長という地位の高さはさすがに分かる。カーシュナーが死んだという現在でも、イザードが盾になって守ってくれていた。

 イザードが言っていた、「目立ちすぎだ」、「もう隠せない」――今までは政府による捜索を突っぱねていたが、テオが自らイザードの庇護下から飛び出したのだ。依頼の規模はどんどん膨れ上がり、貴族との接触さえ頻繁になってきた。


 下町で噂になっている万屋のテオ――それがテオドール・ティリットなのかどうかを確かめるため、政府は偽の犯行予告をオースティン家に送り付けた。そして、テオが魔装具を使わずに魔術を使ったのを見て、相手は確信したのである。




「昔話はこれでいいだろう。問題はこれからだ」


 テオは気持ちを切り替えたように改めて口を開く。


「魔装具開発の責任者はレナードって男だ。彼は強硬な開戦派の人間で、兵器開発も彼の主導によるものだ」

「つまり、敵か」


 呟いたエリオットに、テオが苦笑を見せる。


「ふふ……そうだね、敵だ。彼にはしたいことがふたつある。一つは、俺を研究所に連れ戻すこと。もう一つは、オースティン伯爵の排除だ」

「え、なんでここに伯爵が?」

「各国との不戦条約を取り付けたのは伯爵だって言ったでしょ。伯爵はつまり平和の象徴であり、開戦派の抑止力になっている」

「そうか……伯爵がいなくなれば、一気に開戦派がのし上がれる」

「その通り。おそらく順番としては先に伯爵の排除を決行するだろう。そうすれば、俺が折れると思ってるんだろうね」


 伯爵の排除。失脚させるのか、それとも殺すのか。『捕縛命令が出ていたテオを匿った』という罪状で引っ立てることはできるだろう。

 だがテオは、ここぞとばかりに伯爵の抹殺を狙ってくるだろうと予測した。権力者は、悪事を行う時に自分の手を汚さない。盗賊のような集団を雇って襲撃してくるはずだ。


 そしてテオに通告するのだ。『これ以上犠牲者を出したくなければ従え』と。テオの技術を用い、戦闘兵器を完成させるために。


「じゃあ、阻止しないとな。何としてでも」


 エリオットの意気込みに、テオはすぐ同意の言葉を口にしなかった。代わりにエリオットを真っ直ぐに見つめる。その赤い瞳は、いつになく鋭かった。


「……これ以上俺の手助けをすると、ベレスフォードという国そのものを敵にするよ? 俺は真っ向から政府に敵対するつもりだからね」

「あんたが無策なはずがない。何か考えがあるんだろ」


 エリオットは立ち上がる。


「俺は政府に何の恩もない。遠慮する理由もない。家族を傷つけようとする奴は許さない、ただそれだけだ」

「家族……もしかしてそれ、俺も入ってる?」

「当然」


 恥ずかしげもなく断言したエリオットに、テオは微笑む。


「……そっか。俺さ、ずっと欲しかったんだ。家族」

「テオ――」

「今だから白状するよ。君を助けたことに、確かに何の打算もなかった。ただね――君が魔装具に囚われない価値観を持つ傭兵だったこと、君がジェイク団長を思う気持ちと俺がカーシュナーを思う気持ちが似ていたこと。これがなければ、君をあの店に住ませようとは思わなかっただろう」


 政府の執政に不満を持つ下町の住民でも、『魔装具は政府からの支給品』という考えがあるためかなかなか強気に出ることができない。あくまでも政府が許す範囲内で生きている。

 だがエリオットはそうではない。先程の発言から分かる通り、政府に対し何の思いも抱いていない。必要だったらこの国を敵に回す――そんなことをこの国に生きている人間で言えるのは、傭兵くらいだ。


 いつか、こうしてテオが政府と敵対することになったとき、味方になってくれそうな相手。


「……そういう意味では、君を利用したともいえる。それでも、いいのかい?」

「何が」

「だから……俺に、協力しても」


 口ごもるテオ。そんなものを見られるとは珍しい。生憎、エリオットにはその程度のことでしかない。


「俺はあんたの片腕であろうと決めた。命を救ってもらった恩とかじゃない、俺の意思でだ。だからあんたも俺に遠慮するな。……くそっ、恥ずかしいこと二回も言わせるなよ」


 顔を背けたエリオットに、テオは微笑を向けた。そんな風に断言してくれたのは、カーシュナー以来初めてだった。にこにこしたままでいると、エリオットはわざとらしく空咳をした。


「それで、どうするつもりなんだよ、あんたは」

「レナードのところに乗り込もうと思う。お土産を持ってね」


 テオはゆっくり立ち上がる。


「俺の静かな生活と引き換えに、レナードを表舞台から引き下ろす」





★☆





 夜が明け、太陽が顔を見せ、そしてまた夜になる――。


 庭に面している一階の廊下の窓が、激しく割られた。闇に包まれたオースティン伯爵家であるが、こっそり侵入する気は毛頭ないらしい。

 窓から室内に侵入してきたのは、黒い装束で身を固めた男が十人ほどだった。彼らは真っ直ぐに廊下を進み、ホールに出たところで二手に分かれた。一方は二階へあがっていき、残る一方は使用人たちの控え部屋に向かった。


 何の躊躇もなく扉を蹴り開ける。そして銃型の攻撃系魔装具を室内にいるであろう大勢の使用人に向けた。そしてお決まりの『動くな!』もなく、そのまま引き金を絞る。

 銃声が響いた。一発ではなく、二発三発と連射だ。何も知らずに寝ていた使用人たちが悲鳴を上げ、血飛沫をあげて床に折り重なって倒れる光景を、誰もが想像したであろう。


「残念でーした」


 余裕な台詞と共に、銃弾をものともせずに室内に佇む人影。彼の前には結界が張られており、銃弾はすべてその結界に阻まれ床に落ちていた。

 頼もしく立つテオの赤い瞳は、銀縁の眼鏡のレンズの奥に隠されている。そんな彼の背後に、身を寄せ合うように使用人たちが匿われている。


 テオが微笑む。しかしその瞳はまったく笑っていない。


「さあ、誰からやられたい?」




 二階へ上がった侵入者たちは、一番手前の部屋をまず開けた。そこはこの伯爵家の令嬢リオノーラの私室だ。

 開けてまず目に入ったのは大きなベッドだ。その毛布は若干膨らんでいる。侵入者がそのベッドに向けて発砲する。しかし、撃つなりベッドから小さな物体が飛び出してきた。ぎょっとした侵入者の目の前まで出てきたそれは、いきなり火の玉を吐き出してきた。


「キュゥッ」


 可愛らしい声だが、やったことは侵入者の顔に炎を吐き出すという恐ろしいものであった。侵入者は慌てて部屋を飛び出した。

 敵を単独で退けたチコは、得意げに床の上で一声鳴いたのだった。


 そのさらに奥が、伯爵と夫人の寝室。苛立たしげに扉を開けると同時に銃を構えた。

 しかし、発砲することは叶わなかった。銀色の閃光が奔ったと思えば、持っていた銃が真っ二つに切断されていたのである。愕然として後ずさりした侵入者の前に立つのは、剣を手に提げたエリオット。


 エリオットは侵入者の腹を思い切り蹴った。吹き飛んだ侵入者は壁に頭を打って昏倒する。そのまま部屋を出て廊下に立ち、後続の侵入者たちと対峙する。その姿に、室内にいたリオノーラと母親が揃って黄色い悲鳴を上げる。


「きゃーっ、お兄様カッコいい!」

「エリオット、素敵よー!」

「お前たち、状況を弁えないか……」


 呆れているのは無論、オースティン伯爵である。いつもなら一緒になって突っ込むはずのエリオットだが、ひとたび戦いに集中した彼は一切の雑念を断ち切っていた。そうでないと、被弾してしまう。

 剣の刃と峰をくるりと返したエリオットは、大きく一歩踏み込んだ。銃を相手に妙な間合いを取っていたらこちらに不利だ。勢いよく踏みこみ、剣を薙ぐ。峰の一撃が鳩尾に入り、侵入者の一人目が吹き飛ばされる。ここは伯爵家だ、なるべく流血沙汰は避けたかった。

 続いて現れた侵入者を蹴り飛ばす。横手で銃を構えた気配がして、ほぼ勘で剣を振り上げる。銃がその手から弾かれ、衝撃でその男も倒れこむ。


 淡々と、もしくは黙々と。大勢の敵をひとりで圧倒するエリオットの姿は、大層恐ろしく見えたのであろう。他の仲間が軒並み倒され、最後に残った侵入者が慌てて逃げ出そうとした瞬間、エリオットがその肩を掴んで床に引きずり倒した。後ろ手に取り押さえ、喚く男に声をかける。


「騒ぐな。近所迷惑だ」

「エリオットくん、真顔でボケてる?」


 苦笑しつつ二階に上がってきたのはテオだ。既に一階ホールでは、使用人たちが侵入者たちを縄で縛りあげている。すべてテオが打ち倒した者たちである。

 テオは俯せに抑えつけられている襲撃者の目の前にしゃがみこんだ。にっこりと微笑む。


「さて、これ以上手荒な真似はしたくないな。教えてくれる? 君たちは、誰に依頼されてここを襲ったの?」


 ――彼には、テオの笑みが死神の微笑に見えたことであろう。





★☆





 ベレスフォード共和国の中枢は、首都コーウェンの大統領府に置かれている。その大統領府に隣接するように建つ巨大な塔。そこが研究者の働く場所であった。

 塔には地下層がある。魔装具開発が極秘に行われていた場所だ。今は魔装具開発を行う技師たちが大勢詰めている。

 しかし今も昔も、そこで戦闘兵器が作られていることなど誰も知らない。魔装具開発の研究者でも、一部しか知らないことである。何せそれが明るみに出れば、ベレスフォードは二分されることになる。


 早朝、薄暗い地下の研究室には、この部屋の責任者であるレナードしかいなかった。部下には寛容でそこそこ人望のある人間ではあったが、その実野心家であった。長年に渡って開発してきた戦闘兵器だが、どうしても精度が悪い。エナジーを変換する作業がスムーズにいかないのだ。


 自分が二十年以上研究を重ねてきてもできないことを、あの男(・・・)はいとも簡単にやってのける。憎々しいことこの上ないが、今は彼の力がなければどうしようもない。


 なんとしても、研究所へ引き戻さなければ。最近は、そればかり考えて悶々としている。

 大きな権力に守られて手出しができなかったテオドール・ティリットは、自ら政府の前に姿を晒した。それをいま手に入れないで、いつ達成できるというのだ。


 以前から秘密裏に雇っていた腕利きの盗賊たちを伯爵家に送り込んだ。きっと、伯爵は死んでテオドールは自分のもとへ来る。そう確信を――。



『……おい、これどうすればいいんだ』

『いいよ、遠慮なくぶち破っちゃって』



 場にそぐわない、若い声。驚いて入り口の鉄の扉を振り返ると、轟音が響いた。鉄の扉が歪み、ひしゃげたのだ。外側から何者かが強い力で扉をこじ開けようとしている。


 蝶番が弾けた。重い鉄の扉は、木の板であるかのような軽さで室内に倒れこんでくる。扉を破ったのは、黒髪の青年だ。――蹴り開けたようだが、蹴って開く代物ではない。

 そんな青年の後ろから現れた、赤い瞳の男――その姿に、レナードは見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてものではない。喉から手が出るほど欲しかった人材。


「おっ、お前――!」

「久しぶりですね、レナード主任」


 悠々としているのは、テオドール・ティリットだ。あの頃はしていなかった眼鏡をして、彼はもう少年ではなく大人になっていた。


「なぜ、ここに!?」

「いやなに、ちょっとしたお荷物を届けに来ただけですよ」


 テオがちらりと目くばせすると、エリオットが縄で縛りあげた盗賊の頭領を前に引きずり出した。レナードが大きく目を見張る。


「オースティン伯爵の屋敷に押し入ったこの不埒者が、なんとレナード主任に依頼されてやったと白状しましてね。引き渡しに来たんです」


 説明の途中で、後ろから登場したのはオースティン伯爵その人である。道理で、この研究塔に何の騒ぎもなく入れたはずである。伯爵の権威があれば、警備も道を開けてしまうだろう。


「っ……!」


 レナードは何も言えない。ただ、自分はテオドール・ティリットを甘く見ていたのだと悟った。大きなしっぺ返しを食らったのである。


「警備軍治安維持隊である!」


 堂々とそう登場したのはイザードだ。レナードの仰天はピークだ。


「警備軍!? なんの権限があってここに立ち入ったのだ!」

「魔装具開発責任者のレナード主任に犯罪教唆の疑いがあるとの伯爵の通報だ! 市民の権利を害する事案に関して、治安維持隊の権限が優先されることを知らんのか!」


 イザードの大喝にテオは耳を塞いでいたが、すぐに手を下ろしてレナードを見つめる。


「いつか貴方を表舞台から引きずりおろしてやりたいと思っていた。今回、貴方自身が墓穴を掘ったのです。自分の迂闊さを呪うことです」

「ティリット、お前……!」

「俺は、貴方に奪われた家族の恨みを忘れない――」


 レナードに奪われたのは、テオ自身の時間もだ。エリオットは改めて、レナードという中年の男を見つめる。戦争――それをすることに、何の意味があるというのだろう。


「わ、忘れたのか! お前の能力を見出したのは私だ、お前の衣食住を負担していたのは私だ! 他国の領土を手に入れれば、我らの立場はさらに確立される! 研究資源も手に入る! なぜ兵器開発に賛同しなかったのだ!」


 最後のあがきをするかのように喚いたレナードの言葉に、テオの雰囲気が変わったのをエリオットは感じた。ぐっと拳を握りしめ、一歩前へ踏み出す。だがそれを制したのはイザードであった。

 テオを押しとどめたイザードは前に進み出て、レナードの前に立つ。そして拳を固め、一撃ぶん殴ったのである。


 さすがのテオとエリオット、伯爵が目を見張る中、イザードは倒れたレナードを後ろ手に拘束する。


「……お前が殴ったら、傷害罪だ。俺が代わりにやってやる」

「ちょっ……イザードが殴っても同じじゃないの?」


 テオは呆れたように微笑む。そして、殴られて頬が赤くなっているレナードに向きなおる。


「人々を守るために作った魔装具を、人殺しの道具にされるのは納得いかない。できることなら阻止したい。それだけです」


 それだけ言い残し、テオはくるりと背を向けて歩き出した。


「エリオット、帰るよ」

「え、帰るって……」

「あとはイザードと伯爵がなんとかしてくれる。騒ぎになる前に、ずらかろうじゃないか」

「悪人みたいだな、おい」


 エリオットは溜息をつき、イザードと伯爵に目を向けた。両者が頷いたので、一足先に地上への階段を上り始めたテオを追いかける。


「これで……終わったのかな?」

「開戦派の筆頭はこれで失脚だ。兵器開発のこともいずれ明るみに出る。多分、これ以降政府が俺に接触してくるなら……平和的に交渉という手段を取ると思うよ」


 ま、それでも政府には戻らないけど、とテオは呟く。厄介ごとが片付いて大層さっぱりした顔である。


「良かったな」


 そう声をかけると、テオはそれまで飄々とした態度を崩し、静かに頷いた。


「……うん。ありがとね、エリオット。君じゃなかったら無理だった」


 地上階に戻り、扉を押し開けて外へ出る。最近ふたりの行動は深夜が大半だったため、月が中天に達した今でもそこまで疲労はない。月明かりだけでも十分歩けるくらい、空は澄みきっていた。


「はぁ、にしても最近さ、肉体労働多すぎない? こんなに大立ち回りしたの久々なんだけど」

「そうか? いつもの運動量が少ないからだよ」

「なんでもいいけどさ、運動不足の身体にはちょっときついって。これはもう、当分荒事の仕事は却下だな!」

「ちょっ、どうしてそういう結論に!?」

「大体、荒事は却下って看板に書いてあるのに無視するお客が多すぎるんだよね。しばらくそういう依頼は君に全部回すよ」


 良い笑顔で言われたが、エリオットにはなんら嬉しくない。


「もう、荒事は勘弁してください」


 誰ともなく呟いたテオに、エリオットは何も言えない。平和な生活を誰よりも欲しているテオだから、荒事却下と言いたい気持ちは分かるのだが。


「……でも駄目」

「わー、エリオットくんが鬼だぁ」

「うるさいうるさい、家計のためだっ」


 とりあえず、束の間の平和くらいは許してください。

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