File twelve リズム感などありゃしません。
そうだ、間違っても俺に音楽の仕事をさせてはいけない。
★☆
ベレスフォード管弦楽団。要するに政府お抱えのオーケストラ。
国家的な式典を執り行う際にファンファーレを奏でたり、国歌を演奏したりする、ベレスフォードで最も名誉ある音楽家たちだ。
その殆どは、国立の音楽学校を卒業した者たちで構成されている。第一に身分があり、そして類稀なる音楽の才能がある者でないと入学は許されない、超難関学校だ。貴族の子弟たちが、いつかベレスフォード管弦楽団に入団するために日々研鑚を積んでいる。
「……それで、なんでそんな超エリートさんのヴァイオリンのレッスンを俺たちが頼まれるの?」
目の前にそびえたつ豪邸を見上げ、エリオットが疲れたように呟く。隣に立つテオは朗らかだ。
「依頼だよ、エリオット。切り替えて切り替えて」
「切り替えられるかっつの」
気が進まないのは、実もテオも同じなのだ。ただ彼は器用だから、営業スマイルもお手の物である。対する不器用なエリオットは、何度目か分からない溜息をつくのだった。
――話は昨日に遡る。
万屋に客として訪れたのは、コールマン男爵夫人であった。貴族が依頼に来る頻度は少ないとはいえままあることだったので、その時点ではテオもエリオットも「上客が来た」と思っていたものである。しかし夫人の口から飛び出した言葉に、ふたりは仰天することになる。
つまり、音楽学校に通っている息子にヴァイオリンのレッスンをつけてほしい、と。
『万屋カーシュナー』が断っているのは荒事だ。レッスンは荒事ではない。とはいえこれは無理難題だ。テオは分からないが、とにかくエリオットには音楽のセンスも才能も全くなかったのである。是非サボり癖を発動させてこればかりは断ってくれ、と心中で叫ぶエリオットの隣で、テオはにっこりと微笑む。
「……わかりました、お引き受けしましょう」
「え」
「彼が」
「ええっ!?」
テオが指差したのは、間違いなくエリオット。思わず立ち上がってしまったエリオットの腕を掴んで着席させたテオに、コールマン男爵夫人は気位の高そうな笑みを浮かべて頷いた。
「交渉成立ですわね。では明日の朝、我がコールマン家へいらしてくださいませ」
一方的に話を切り上げた夫人は、テオが呼び止める間もなくさっさと店を出て行ってしまった。閉じられた扉を見てから、エリオットはテオに詰め寄る。
「なんで承諾するんだよ! 俺は楽器なんて弾けないぞ!?」
「大丈夫、君ならできるよ」
「できないよ!?」
どうしていつの間に『エリオットはなんでもできる』みたいな認識になっているのだろう。不思議で仕方がない。
「引き受けちゃったんだから、やるしかないでしょ?」
「勝手に引き受けたのはあんただろ!」
「それに、貴族のお客はなるべく逃がしたくないんだよね。羽振りがいいから」
「そりゃそうだけど!」
反論しながらも、もう断る術はないのだということをエリオットは悟っていたのだった。
――そうしていま、ふたりは上流階級区にあるコールマン男爵の屋敷の前に立っているのである。
さすがに貴族の家に入るので、今日はチコは留守番だ。平日でリオノーラもいないので心配といえば心配だが、ケージの中で大人しくしているだろう。チコはそういうことはきちんと弁えている。
「エリオット、このベレスフォード共和国が昔は王制の国だったっていうのは知っている?」
唐突に振られた話題に、エリオットは僅かに首を傾ける。
「聞いたことはある。二百年前、だっけ……」
「その通り。よく知ってるね」
「傭兵団の中に、物知りな人がいたから」
団の中で若者たちを集め、定期的に簡単な計算や国の歴史を教えてくれたのはイシュメルだ。おかげで字は読めるし、最低限の常識も心得ている。
この国は二百年ほど前までベレスフォード王国と言った。国王は典型的な独裁者で、民に圧制を敷いていたという。それに対し民衆が革命を起こし、この国は共和制国家となったのだ。当時は貴族たちの意見も真っ二つに割れ、民衆とともに革命側についた貴族たちが、今現存している者たちだ。
――という、さらっとした歴史だけならエリオットも把握している。
「いまでも議会の議員さんたちが『公爵』だの『伯爵』だのって爵位を持っているのは、当時の名残なんだよ。……まあそれはともかく、当時宮廷には『宮廷楽隊』があってね。そこで代々楽士として活躍してきたのが、コールマン男爵家なんだ」
「ってことは、由緒ある音楽家の家系……」
「正解」
……ならなおさら、どうして下町の万屋などにレッスンを依頼するのだ。
テオはこうして予備知識をくれるのだが、大体それはエリオットへのプレッシャーにしかならない。
男爵家の門番に取次ぎを頼むと、執事だという上品な男性が出迎えてくれた。彼に案内されて屋敷の中に入ると、あちこちに飾られたいかにも高そうな調度品に目がいってしまう。エリオットなどはむしろそれらを「悪趣味だ」と見ていたが、貴族の家にしてみれば質素なほうなのかもしれない。
執事の男性が向かったのは地下だった。地下の大きな扉を開けると、一瞬眩しい光が目に突き刺さる。何かと思えば、部屋いっぱいに鎮座している金管楽器の数々だった。それだけではない、弦楽器や打楽器、鍵盤楽器まである。楽器部屋のようなものか。音が外に漏れないように、地下に造ったのだとか。
室内には依頼に来たコールマン男爵夫人と、ひとりの青年がいた。青年はヴァイオリンを持っており、テオとエリオットを見て笑顔を浮かべてくれる。第一印象は、優しそうな人だ。
「遅かったですわね」
対照的にそう言ったのは男爵夫人だ。テオはやんわりと笑みを浮かべる。
「すみません、あまりに立派なお屋敷なのでつい見惚れてしまいました」
「下手な言い訳はおよしなさい。それよりこの子が男爵家の跡取り、イアンですわ」
ばっさりと切り捨てた夫人は、青年の肩に手を置く。イアンという青年は軽く会釈をした。
「今日はこの子にヴァイオリンの指導をお願いしますわね」
「あの……その前にひとつ聞きたいことが」
エリオットが口を開く。
「なんです?」
「なぜ、音楽学校の方に指導を頼まないのですか……?」
もっともな質問だったのだが、夫人はふんと腕を組んでそっぽを向いた。
「そんなことをすれば、イアンが他の子に劣っていると公言するようなものではありませんか。敵に教えを乞うなど恥以外の何物でもありませんわ。次の試験では、必ずイアンがトップ通過をしてコンサートマスターになってくれなければ困るのですから」
では、と夫人は挨拶してすぐ部屋から出て行ってしまった。執事の男性も、「何かあればお呼びください」と言い残して夫人と共に去っていく。すっかり静かになった室内で最初に口を開いたのは、意外なことにイアンであった。
彼は苦笑を浮かべ、座っていた椅子から立ち上がる。そして深々とテオとエリオットに頭を下げたではないか。
「わざわざ来ていただいて、本当に有難う御座います」
この腰の低さ。丁寧な言葉遣いに、頭まで下げてくれた。エリオットの方がむしろ恐縮してしまうほどだ。そんな中で平然としているのは、やはりテオである。
「なかなかパワフルな継母さんだねぇ」
その一言に、イアンは目を見張った。
「ご存じだったのですか?」
「いや、君を紹介するとき『息子』じゃなくて『跡取り』って言ったでしょ。普通、母親はそんな風に紹介しないからね」
「……なるほど。仰る通りあの方は男爵家の正妻で、僕は平民生まれの妾の子です。しかし母は僕を産んですぐに亡くなり、継母は病で子を産めない身体になってしまったので、跡取りは僕だけなんです」
複雑なんだなあ、とエリオットは思ったものだが、赤の他人であるイアンを仕方ないとはいえ息子扱いする男爵夫人は、ある意味人格者なのかもしれないとも思う。しかしもっとも立派なのは、そんな状況の中にあって真っ直ぐ育ってきたイアンだろう。平民の子だからなのか、貴族にしては常識的な子だ。
「君は音楽学校に通っている学生なんだよね? それがどうして俺らのレッスンを必要とするの?」
「三か月後、各国の首脳が集まる会合がベレスフォードで開かれます。その時学生たちが歓迎の式典で演奏することになっているのですが、そのメンバーに選出されるための試験があるんです。それに合格しなければ、メンバーにはなれません」
「へえ、学生内でもそんな争いがあるんだねぇ」
そこにきてようやく、忘れていた自己紹介を両者とも行った。イアン・コールマンは現在十七歳、十年制の音楽学校の八年生に先日なったばかりだそうだ。
音楽学校に通っていながら外部のレッスンが必要になる――それは一体どれほどの実力なのか。
テオに促され、ためしに弾いてみてもらうことになった。イアンはヴァイオリンを構え、弓を弦の上に滑らせた。
そうして始まったメロディに、エリオットは軽く目を見張った。
「これ、聞いたことある」
「そりゃそうだと思うよ、有名なヴァイオリン曲だからね」
小声の返答に、エリオットは感嘆の息をついた。
ヴァイオリンの音色というのは力強く、それでいて繊細だ。空気の振動で伝わるその音は華やかで、音楽に関心のないエリオットでも聞いていて飽きない。イアンが一曲弾き終わったとき、本気で拍手するくらいに感動した。
「……っていうか、普通に弾けてるじゃないか」
「うん、普通どころかめちゃくちゃ上手いよ」
さすが音楽学校生だねぇ、なんて微笑むテオだが、それならばエリオットらが教える余地などあるのか? いや、そもそもヴァイオリンなど弾けないのだが。
「俺はベレスフォード管弦楽団の演奏を聞いたことあるけど、その中に混じっていても遜色ないよ。試験は絶対突破できるでしょ」
イアンは苦々しく笑みを浮かべる。テオにはどうやら多少なり音楽の知識があるらしい。なのでエリオットは話を任せきりで殆ど無言である。
「試験は……はい、突破できると思います。ただ……父も義母も、僕がコンサートマスターに選ばれることを望んでいるので」
エリオットは軽くテオの服の袖を引っ張る。テオは振り返って簡単に説明してくれた。
「演奏をとりまとめる人のことだよ。大体はヴァイオリン奏者のトップがなる」
イアンも頷く。
「父はベレスフォード管弦楽団のコンサートマスターです。その息子である僕が、学生で組まれる楽団のコンサートマスターになれば、コールマン男爵家の音楽家としての地位はより確立される……らしいです。そのために試験を首席通過しなければならないんですが、残念ながら僕はそれには及ばない」
「そうなのかい?」
「音楽は好きです。ヴァイオリンも。けど、本音を言えば好きなだけなので……コンサートマスターなんて望んでません。僕に足りないのは、多分やる気なんですね」
テオは難しそうに腕を組んだ。
「ふぅむ……一昔前に流行した『二番じゃダメなんですか』って感じだねぇ」
「……なんだそれ?」
「いやごめん、気にしないで」
――まあともかく、コンサートマスターになるために男爵夫人が相当ぴりぴりしていることは分かった。理想を押し付けられているイアンだが、なんとかそれに応えようと必死に努力してきたのだろう。
なんとか協力してやりたい、とは思うのだが……。
「……さあ、エリオット。出番だよ」
「は?」
「レッスン、つけてあげて」
「ちょ、ちょっと待て! だから俺は、楽器なんて触ったことない……」
「まあまあ、やってみたら案外なんとかなるかもしれないでしょ?」
「絶対ならないから!」
テオにぐいぐいと背中を押され、イアンが差し出したヴァイオリンを受け取ってしまう。うわ、ヴァイオリンって案外軽いんだな。
というか、構え方からして分からないぞ。イアンがやっていたように顎当てに顎を置き、それらしく構えてみる。テオが「おお、構えだけは様になっているよ」なんて笑っている。そう、構えだけだ。
しかし弦は四本しかないのに、イアンはどうやってあんなに音を出していたんだ。こう、上のほうで弦を抑えたり震わせたりしていたようだが――。
ぶちっ、と切れた。
何が? 弦が。
「あ、A線が切れましたね」
「なっ……ご、ごめん!」
四本ある弦のうちの一本を切ってしまったエリオットは、一瞬で顔面蒼白となった。貴族で、しかも音楽学校生の持つヴァイオリンである。相当値が張るに違いない。そんなものを壊してしまうとは――。
「大丈夫ですよ、エリオットさん。弦は消耗品なんです。すぐ張り直して音を合わせますから」
イアンは安心させるように微笑みながら、替えの弦を棚から取り出して直してくれた。鮮やかな手並みだったが、なんだか申し訳ない。
もう一度構え直したエリオットに、テオが声をかける。
「それじゃ気を取り直して、どうぞ!」
気楽なものである。エリオットは弦に弓をあて、ゆっくりと引いてみる。音が出るか否かと言ったまさにその瞬間――。
「ストップ!」
「な、なんだよテオ」
「うん、ごめん、エリオット。なんか身体に害のありそうな音が出そうだったから、止めさせてもらった」
「ど、どういう意味!?」
「ごめんよエリオット、君に無茶ぶりをした俺が悪かった。君に恥をかかせるところだったね」
「一番恥かかせてんのはあんたのその台詞だぞ!?」
「いやほんとごめん」
やけに謝るテオの言葉から、自分が相当下手なのだということは容易に想像がついた。いや、始める前から分かっていたことだが。
テオは椅子からやれやれと立ち上がった。
「さて、まあ余興はともかく」
「余興だったのかよ!」
「ちゃんと契約した分の仕事はしないとね。エリオット、ちょっと貸して」
エリオットからヴァイオリンを受け取ったテオは、それをしげしげと眺める。
「へぇ、最近は魔装具仕掛けの楽器もあるけど、さすがにこれはそんな玩具じゃないね」
おもむろにテオはヴァイオリンを構え、音を鳴らしはじめた。と思えば、急に曲を奏でる。それはついさっきイアンが弾いたものと全く同じものだ。
イアンが驚いたように目を見張るが、一番驚いているのはエリオットだ。
肩慣らしのように一曲弾き終えたテオはヴァイオリンをイアンに返す。
「試験って、課題曲か何かを弾くんだよね? 楽譜ある?」
「あ、はい、ここに」
「どれどれ……ん、じゃあ俺ピアノ弾くから、合わせてごらん」
室内にあったピアノの前に座り、さらっと見ただけの楽譜を完璧に弾きこなすテオ。それに合わせてヴァイオリンを弾くイアン。
見事な光景だと思う。エリオットなど、黙って椅子に座って見学しているだけだ。
そんなことより、テオにまさか音楽的な才能があったなど思いもしなかったのである。
「……いや、あんた何者?」
何度目か分からない質問を投げかけると、テオは微笑んで言うのだ。
「万屋さんだよ」
なんでもできる、にもほどがある。
音がずれているとか、テンポが速いとか、微妙なテオの指示が飛ぶ。それを正確に修正するイアンも大したものである。イアンも楽しそうにしている。基本的に音楽は好きなのだろう。テオはといえば淡々としたものだが、一度もミスをしないところに超人的なものがありそうだ。
「音楽に教養のない俺が言うのもなんだけど、第一に音楽は楽しむものだからね」
テオはそんなことを言いながらピアノを弾く。
「親の言うことを叶えたいのは分かるけど、君は君が思うままにやってみればいい。そうすれば、結果は後からついてくる。君に足りないのは技術とかやる気とかじゃなくて、自信だ」
何か、実感がこもっているように聞こえた言葉だった。
★☆
テオとイアンのレッスンは三時間ほどに及んだ。不思議とエリオットも飽きることなく最後まで見学しており、テオの口から「完璧」という言葉が出たときには思わず拍手した。
「有難う御座います、カーシュナーさん。試験……頑張れそうです」
屋敷の門まで見送りに来てくれたイアンが、そう言ってテオと握手をする。すでにコールマン男爵夫人から報酬と素っ気ない挨拶は受け取っていた。
「大したこともできなかったけど、役に立てたなら良かったよ」
「必ず、コンサートマスターに選出されてみせます。僕は僕にできることをやって。そうなったときは、式典、見に来てくださいね」
「うん、楽しみにしているよ」
イアンと別れてすぐ、エリオットはぽつりと呟いた。
「イアンって……良い奴だったな」
「そうだねぇ。正直あの継母にはかちんとくるところもあったんだけど、あの子に免じて何も言わずにおいたんだよね」
そんな素振りも見せなかったテオは、きっと役者にもなれる。
時刻は正午少し前。報酬もたくさんもらったことだし、今日は外食になりそうだ。丁度繁華街を通るので、店はより取り見取りだろう。普段はかなりの倹約家であるテオとエリオットだが、たまの外食くらいはするのである。
「にしても、本当になんであんたは守備範囲が広いんだよ」
「音楽に関しては、先代カーシュナーに教わったところが多くてね。彼、芸術家気質だったから絵も楽器も字も上手かったんだ」
「……だからテオも字が上手いのか」
本当に『なんでもできる』のはエリオットではなくテオだ。エリオットは器用さでカバーしている部分があるが、テオはそうじゃない。
「まあ、君がなんとなくでヴァイオリン弾けたらいいなって思ってたけどさ。達成できない依頼を、俺が受けるわけないじゃない?」
――そうか、むやみやたらに安請け合いしているわけではないのか。
エリオットができないとしてもテオができる、エリオットしかできない、もしくは二人でならできる。そんな依頼しか、受けていない。それは確かに当たり前のことだったのだが、テオの性格上エリオットはそれをすっかり失念していた。
「さぁて、今日のお昼はどうしようか。ねえエリオット、繁華街に美味しいピザ屋さんができたらしいんだけど」
「どうしようかとか言いながら決めてるじゃないかよ」
「あはは、まあいいじゃない。広告で割引券もらったから、そこに――」
テオがそう言ってポケットから券を二枚取り出したとき、エリオットは正面からこちらへ歩いてくる人物を見て歩みを止めた。テオもつられて足を止める。
エリオットが驚いて見つめるその相手も彼に気付き、同じく足を止めた。そして恥ずかしそうに笑って、こう言うのだ。
「あ……お祭りの日以来、ですね」
「セイラ……」
旅芸人一座、劇団エースの踊り子のセイラだった。あの時と違い、化粧もしていなければ服装もカジュアルだ。高く綺麗に結い上げていた金色の髪も、今日は下ろしている。少々癖のある豊かな金髪が、実に美しい。
テオは手に持っていた割引券を、エリオットの手に握らせた。
「……そこには、君たちで行ってきな」
「え!?」
「俺は家で大人しくパスタでも茹でてるからさ。ごゆっくり」
テオはひらひらと手を振り、セイラの横を通り抜けて行ってしまった。変な気を回されたなと苦い顔をしつつ、エリオットはセイラのもとへ歩み寄る。
「……えっと。まだ首都にいたんだな」
国内を旅しているというから、てっきりもうショーが終わって旅だったのかと思っていた。セイラは首を振る。
「この時期に、一か月だけ首都に滞在するんです。ここは、劇団にとって故郷だから」
「そう、か」
気の利いた話題が出てこない。エリオットは頭を搔き、切り出した。
「……昼食、食べた?」
「い、いえ、これから……」
「じゃあ、一緒に行く?」
そう言って割引券を見せると、セイラは目を見張った。そのままエリオットを見上げてくる。ひとつ頷いて見せると、セイラは陽だまりのような笑顔を見せたのだ。
「……嬉しいです! ありがとう」
鈴の音のような透き通る声と、眩しくて優しい笑顔。
エリオットの心の奥で、何かが変わったような気がした。
依頼提供:裏山おもて様
ありがとうございました。