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万屋ですがなにか。  作者: 狼花
VOLUME Ⅰ
13/53

File ten 動物は保護しましょう、絶対です。

 

 

 

 いや、それ魔物の幼体だぞ?





★☆





「なんか、最近やっと寒さが和らいできたねぇ」

「そうだな」

「もう少ししたら雪解けかなぁ?」

「かもな」

「コートはもういらないよね。洗濯して修繕するから出しといてね」

「ああ」

「ねえ、さっきから反応が冷たくて、俺傷ついちゃうよエリオットくん」

「……そういうことは」


 エリオットは剣を一閃させた。


「この状況をなんとかしてから言え!」

「うん?」


 背中合わせに立つふたり。それを取り囲む、大量の獣型の魔物。



 ベレスフォード共和国内を旅する行商人の首都到着がいつもより遅いということで、探しに行ってくれという依頼を市場の者から受けたのはついさっきである。本来こういうのは警備軍の仕事なのだが、エリオットが断るわけがない。

 嫌がるテオを引っ張って平原に出ると、行商隊は首都からそう遠くないところで身動きが取れなくなっていた。大量の魔物に囲まれていたせいである。


 そこに駆けつけ、なんとか隙を作って行商隊の車を逃げさせたのは良いのだが――。



「俺たちが囲まれちゃってもう、参ったねぇ」

「一匹一匹なんて相手にできない! テオ、なんとかしてくれ」

「人任せかい~? 君は傭兵としてこれ以上の苦難に合ってきたんでしょ? 俺より経験豊富でしょうに」

「人数揃えてかかるのは戦いの基本だろう! こんな大軍をひとりで相手にしたことなんかないっての! 大体、テオの魔術ならまとめて吹き飛ばせるだろう?」

「それだけ大きな魔方陣を展開するとなると、君ごと吹き飛ばすことになりかねないからさぁ。加減が難しいんだって」

「どうしていつもいつも周りを巻き込むほど強力な魔術しか扱わないんだよ」


 エリオットは飛び掛かってきた一匹を剣で払いのけ、テオは小規模な魔術を発動させて打ち倒す。


「あれは! ほら、なんか妙な言語の、魔装具使わない魔術!」

「言ったでしょ、あれは環境によろしくないの。余程のピンチじゃなきゃ使わないよ」

「今は余程のピンチじゃないのか、俺には絶体絶命に見えるぞ」


 呆れたように呟いたエリオットは、もう一匹を斬り捨てた。横合いから飛び込んできた獣の首に剣を突き刺し、一気に引き抜いて地に倒す。地道に討つしかないと腹を括ったのである。テオも左腕に嵌めたバングル型の魔装具を発動させる。テオを中心にして火柱が立ち上り、彼に飛び掛かろうとした魔物たちがまとめて吹き飛ばされた。


「エリオット、君は魔装具を使って戦おうと思わないのかい?」

「は?」


 また一匹の魔物を斬ったエリオットに、テオが急にそんなことを言った。


「誰も剣と魔装具を一緒に使っちゃいけないなんて言っていないでしょ。ひとつくらい攻撃系魔装具を持っていてもいいんじゃない?」

「ああ……でも俺、攻撃系魔装具の使い方とか分からないし」

「初心者用はボタン押すだけだよ? シューッと、撃虫スプレー的なね」


 エリオットは言葉を詰まらせた。使い慣れないものは使いたくないという理由もあるのだが、なんとなく攻撃系魔装具を装備するというのは躊躇われていたのだ。剣一本で生きてきたという、自分でもよく分からないプライドだろうか。


「……今は、剣だけでいいかな」

「強制するつもりじゃないから、それならそれでいいんだけどね。傭兵に魔装具を渡しても、蛇足みたいな気がするし」


 火柱を火球に切り替えたテオは、腕の一振りごとに魔物に火球をぶつけていく。


「ところで蛇足といえば、俺は蛇に足があっても良いような気がするんだけど、どう思う?」

「いや、蛇に足があったら蛇じゃないだろ……って、なに余計な話してるんだよ!?」

「あははは」

「真面目に戦え!」


 いつも、気が付いたらテオのペースだ。どうしたものかな。


 ようやく魔物が片付いた。エリオットとテオを中心に、周りに多数の魔物の死体がある。半数は斬撃、半数は炎をくらっている。エリオットは息をついて剣を納める。どうしたってテオより運動量は多くなるのだ。


「あいたたた、明日筋肉痛かも……」

「どれだけ運動不足だよ」


 テオが手を当てて腰を捻っている。筋肉痛で不調なテオなど、エリオットは見たことがないのだが。


 その時、傍の茂みが音を立てて揺れた。はっとしてエリオットが身構える。テオも俊敏にその場から後退した。


「討ちもらしていたかな……」

「いや、そうじゃなさそうだぞ」


 今の今まで戦っていたのは、狼らしき魔物の群れだった。それなりに大きな体格の魔物だったのだが、今茂みを掻き分けこちらに近寄ってくるものは――どう見ても、小さすぎる。

 茂みから何か出てくる。それは想像していた以上に目線を下に下げなければ視界に入らないほど小型。


 大きな目。

 大きな尻尾。

 大きな木の実を抱える小さな手。



「……え?」



 リスだった。


 いや、訂正しよう。リスというには巨大すぎる。それでもまだ両手に乗るくらいの大きさだが、エリオットが知る一般的なリスとは何か違う。やたら毛がふわふわしていて、その瞳は金色の光を放っていた。これは間違いなく、魔物だ。幼体だろうか?


 すると、テオが構えを解いてリスの魔物のもとへ歩み寄った。目の前にしゃがみこみ、じっとリスを観察する。エリオットが慌てて声をかけた。


「お、おいテオ、迂闊に近づいたら何をされるか……」

「……うわ、可愛い」



 ――いまこいつなんて?



「……あのー、もしもし?」

「ねえ見てよエリオット、この子首の回りとかめっちゃふかふかだよ。尻尾と眼もでっかいねぇ、金色の目のリスなんているんだね」

「ああ……うん、可愛いのは可愛いんだけど、そいつ魔物……」

「まさか斬るっていうの!? 攻撃してくる気配さえないのに、ここにいるだけで君はこの子を殺すのかい!?」

「ちょっ」


 そう言われてしまうと言い返せないのだが、一体これはどうした。


 ……そういえばこの男、ミミズが可愛いと言ったり、猫のぬいぐるみをやたら撫でていたりしなかっただろうか。


「テオってもしかして……動物が好きなのか?」

「好きだよ」


 あっさり即答だった。しかも、きっと好きってレベルじゃないと思う。


「あ、この子怪我してるね」


 テオがそう言ったので、エリオットもその傍に近づいてみる。豊かな襟毛の下に、赤い筋がひとつ。木の枝か何かで切ってしまったのかもしれない。


 おもむろにその傷に指を滑らせたテオ。


『heal』


 ぽつりと零れる声。淡い光がテオの指先から発せられ、一瞬のうちにリスの傷は消え失せてしまった。治癒の術だ。


「……っておい! なんでさっき使わなかったのに、こいつにはあっさり魔術使うんだよ!?」

「え、だってさっきは自分たちだけでなんとか切り抜けられたでしょ? この子は命の危機なんだよ。使うのを惜しんでいられないって」


 何を言っても無駄なようである。


 傷を治してもらったリスは、「キュィッ」と鳴き声をあげた。へえ、リスってそんな鳴き声なのか――なんてエリオットが思っているうちに、テオの手を伝って肩までリスは駆け上がっていた。ふわふわの尻尾がエリオットの目の前でゆらゆらと揺れ、驚いて少し離れる。


「なんか懐いちゃったねぇ、はは」

「……家で飼うとか言う気じゃないだろうな?」

「だって、降りてくれない」

「降ろす気ゼロなのはあんただろ」


 エリオットは溜息をつく。


「大体、可愛いって言ったってそれは魔物だろ。人に懐く魔物なんて見たことないぞ」

「エリオットくん、魔物とはなんぞや?」

「……エナジーを浴びすぎて突然変異を起こした動物、だろ」


 嫌というほど聞かされた説明文だ。


「そう。どこにも『人を襲うようになる』なんて定義されてないでしょ?」

「けど、そうなるって言ったのはテオで……」

「『傾向がある』って言ったの。例外だっているよ。多分このリスは、元々気性が穏やかなんだろう。だから特に影響がなかった」


 テオは右手でリスを撫でてやっている。


「魔物になるっていうのは、言い方を変えれば『進化』なのかもしれないね。この子はリスよりずっと丈夫で逞しい」

「……」

「魔物の生態系を研究するいい機会じゃないか」

「森に帰してやりなさい」


 無情に告げたエリオットに、テオは食い下がる。


「こんなに懐いてくれたのに?」

「人に飼われた動物はもう野生に戻れないんだぞ。それに、うちに動物飼う余裕なんてない」

「お金の問題? 大丈夫だよ、リスって実は雑食だから、なんでも食べられるし」

「飯の用意するのは俺になるんだろ?」

「そんなことないよ、俺が用意する」

「寝床の用意とかも俺になるんだろ?」

「俺が言いだしたんだから、俺が責任もってお世話するって」

「責任? 生き物を飼う責任と覚悟がちゃんとあるっていうのか?」


 これは――ペットを飼いたいという子供と反対する父親の会話そのものだ。


「やっぱりこいつは魔物なんだ。無害だっていう確実な証拠を……」


 その言葉の途中で、エリオットは口をつぐんだ。何事かと問おうとしたテオも、数秒遅れてエリオットと同じことに気付く。


 今度こそ接近してくる――軽やかな足音。


 茂みが割れた。そこから飛び出してくる獣。エリオットが剣を抜き放ちそれを払いのける。地に着地したそれは、先程大量にいたあの魔物の生き残りのようだった。


「くっ、何匹いるんだこの魔物は!」


 エリオットが剣を手に駆け出そうとした途端――。



「キュゥッ」



 リスが鳴いた。

 思わずエリオットが足を止めて振り返ると、リスはテオの肩の上で大きく息を吸い込んだ――ように見えた。小さな体が、それとなく膨らむ。


 そして吐き出されたのは、強烈な炎。


 炎のブレスとでも言うのか、ともかくその攻撃が魔物を直撃した。一瞬で丸焦げになった魔物を見やり、さすがのテオも呆然とする。エリオットもゆっくり剣を鞘に納めた。


「……エリオット」

「なんだ」

「この子は愛玩動物じゃなくて、万屋の立派な戦力だと思うんだけど」

「……」


 ――いま、テオとエリオットをこのリスが守ってくれたのは、間違いない。

 リスはというと、相変わらずテオの肩の上で威張るように一声鳴き声をあげた。……おい、こいつまたテオとリオノーラの同類じゃないか?


 エリオットは溜息をつき、リスの頭を指で押した。


「お前、街中に入ったら大人しくしていろよ」


 リスは返事代わりに、腕を伝ってエリオットの方へ飛び移ってきた。テオがにこにこと微笑む。


「やった。いつかペット飼ってみたかったんだよね」

「まずは犬とか猫とか兎とかからはじめてほしかったよ」


 憮然として呟いたエリオットだったが、服の中にリスが入り込んできて飛び上がった。なんとか引っ張り出し、テオの方へと返す。テオはエリオットを不思議そうに見やった。


「エリオットって、動物苦手なの?」

「い、いや、まあ、その……」


 言葉を濁したと思ったら、急にエリオットはテオたちから顔を背けた。


「へ……っくし!」


 小さくクシャミをする。エリオットは「ああ」と納得したようにうなずいた。


「動物アレルギーなんだね。そっかぁ、この子毛がふわふわだしねぇ」


 実のところ自分がアレルギーだったことなど知らなかったのだが、クシャミが出そうで出ないという状況はだいぶ前からそうだったので、おそらくそうなのだろう。テオはエリオットに尋ねる。


「症状はクシャミだけ? 蕁麻疹(じんましん)とか呼吸困難とかない?」

「ああ、それは大丈夫みたいだけど……」

「なら軽度なのかな。まあ――一緒に生活していたほうが耐性がついてアレルギー症状が出なくなるかもしれないしね!」


 なんだその荒療治は。

 テオはリスを飼うことを諦めないと思うので、もうエリオットが妥協するしかない。


 魔物討伐の依頼に来て、とんだ拾いものをしたなぁ、とエリオットは溜息をついたのだった。





★☆





 リスを肩に乗せたまま首都へ戻ると、先程助けた行商人と、その捜索を依頼した市場の住民たちが出迎えてくれた。お礼に何かくれるというので、エリオットは数種類の野菜と果実を受け取った。言うまでもなく、リスの餌になりそうなものである。


 さらに途中で鳥用の巣箱と、ちょっとしたケージを買った。いくら人に懐いているとはいっても、多少はスペースが必要だろう。

 ――と、魔物化したリスにどこまで飼育方法が適応されるのか分からないものの、とりあえず考えられるものはすべて用意することにした。大荷物を抱えて下町へ降りると、丁度そこでばったり――いやばったりではないが――リオノーラと出くわした。


「あ、こんなところにいた! お店に鍵かかってたから、どこ行っちゃったのかと思ったよ」

「これでも一応仕事してるんだって。ところで、なんでここに? 今日は学校だろ」

「今日は午後授業なかったんだよ。っていうか、テオの肩に乗ってるそれなに!?」


 リオノーラの言葉に、テオがリスを掌に乗せて見せる。


「リスだよ」

「うわぁ、うわぁ、可愛いッ」


 女の子らしい歓声をあげてリスに触れるリオノーラに、それが実は魔物だなんて言えない。


「飼うの!? この子、お店で飼うの!? 名前はなに!?」

「名前はまだ何も考えてなかったな……」

「じゃあ僕が考えていい? 『チコ』って名前はどう?」


 リオノーラが何の躊躇いもなく口にしたその名に、エリオットは首を傾げる。


「チコって、どういう意味?」

「ん? 意味なんてないよ、この子見たら思いついたの!」


 どういう発想力なんだ。


 テオは呑気なもので、にこにこと笑っている。


「いいんじゃないかな、チコって可愛いじゃない」

「……まあ、あんたたちが良いならいいけどさ」


 ということで、万屋カーシュナーに新たな住人が増えたのだった。



 リスの魔物チコは大層愛嬌のある性格で、誰彼かまわずすり寄っていくタイプだった。テオは甲斐甲斐しくチコの世話をするし、リオノーラも猫可愛がりするしで、てんやわんやである。エリオットとしてもチコが可愛いとは思うのだが、如何せん近づかれるとクシャミが止まらないので辛いところだ。


「チコ、ケージを掃除するからテオの方に行って……」


 ケージの巣箱の中で潜っていたチコが顔を出したかと思えば、ぴょんと大きく跳躍してエリオットの顔面に張り付くではないか。


「ぶっ……!? ちょっ、やめっ……」


 見かねたテオがチコを引き剥がす。途端にエリオットはクシャミを五連発ほどして、あまりのことで床にうずくまった。テオが大笑いする。


「いやぁ、フレンドリーなのも困りものだね」

「っくしょん……くそっ、ちょっと離れててくれ……」


 テオは「はいはい」と笑いながら、チコを連れて部屋の奥へ向かう。エリオットは一度鼻をかんでから、チコのケージの掃除に取り掛かる。


「さて……うわっ、最近やけに食べると思ったら巣箱の中に溜めこんでやがる。もう、果物とか腐るからやめてくれって……」


 リスは餌を溜めこんだり探したりというのを好む動物だ。そういう習性は残っているらしく、やたらとチコは食べ物を貯蔵するのである。どうやら冬眠するタイプではなさそうなので、単なる趣味か。


 ケージの中にも体毛などが溜まっているのでそれに四苦八苦しながら、エリオットはなんとか掃除を終わらせた。それからチコの餌として葉物の野菜と木の実を小皿に入れる。テオの肩から飛び降りて一目散に駆けてきたチコに、小さな野菜の欠片を差し出す。

 チコはエリオットの手からそれをもらい、一心に両手で持って頬張っていく。


(……やば、可愛い)


 ちょっときゅんとしている自分が信じられなくて、エリオットは脱力するのだった。



「……ていうか、やっぱりいつの間にか俺が殆どの世話しているってどういう状況……」

「だって、俺がやる前に君が掃除とか終わらせちゃうから。アレルギーなのに大変だろうにねぇ」

「……意志薄弱なのは俺のほうなんだな、学習したよ」


 溜息をついたエリオットは、もうひとつクシャミをしたのだった。

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