File eight たまには子供の相手も良いですね。
とかいいながら、結局俺に押し付けるじゃないか。
★☆
テオは、魔装具を使わずに魔術を扱える――。
『理由は俺にも分からないけれど、俺は物心ついたころには魔術を扱えた。魔装具っていうのはエナジー変換器によってある程度威力を制御された人工物なんだけど、俺は直接エナジーに干渉できるらしい。だからいつもはあの眼鏡に組み込まれた抑制器で制御していたんだ。そうでないと、さっきみたいにとんでもない威力になっちゃうからね』
あっさりとそう語ったテオは、常に持ち歩いているらしい眼鏡をくるくると掌の中で回していた。テオの赤い瞳を隠すその眼鏡は、やはり魔装具だったのだ。別に魔術を扱えるのは赤い瞳のせいではなく、抑制の魔装具が眼鏡なのは身につけていられるから、ということらしい。
魔装具という道具を使わずに魔術を使う。なんて便利なのだろう。けれどテオは、普段はそれを使わない。いつだって彼が魔術を使うのは、『咄嗟の時』だけだ。
エリオットと出会ったとき、魔装具で倒せなかった魔物。
リオノーラを助ける際に不意を突かれたエリオットを守るため。
そして今回、やはりエリオットを守るために。
『俺は直接エナジーに干渉する分、エナジーの消費が激しいからね。あまり環境によろしくないわけさ』
何か意味ありげにテオはそう言い、肩をすくめた。まるで話はこれで終わりだとでも言うように――。
ただエリオットは、自分が予想していたよりも驚きが少なかったように思う。どこか納得してしまったのだ。このテオという男が、そんな超常的な能力を持っていることに、今更仰天することもなかったのである。
まだ疑問はあるが、そのうちのひとつの答えを得られたことで、エリオットも満足した。満足すると同時に、これ以上なく蛇の毒による症状が悪化したのは言うまでもない。
「……というわけなんだけどね」
「……あ、ああ」
「イザード、あの日はエリオットの看病を頼んだはずだったんだけどね?」
「そ、そうだなぁ」
「どうしてイザードが居眠りしている間にエリオットが家を抜け出して、イザードは俺たちが帰ってくるまで爆睡してたのかなぁ?」
「ぬ、ぬぅ……」
「日々の激務でお疲れということもあるだろう。けどね、一度引き受けてくれたからには最後までやり通してくれないと困るわけですよ」
市場のど真ん中で睨みあう、テオとイザード。しかしながら、いつもならば堂々としているイザードの背は小さく前かがみになっており、テオはそんなイザードを見下ろすように腕を組んでいる。
まさに説教。
「ちょっ……元はといえば、無理した俺が悪いんだ。イザードを怒るなよ、テオ」
エリオットが慌ててテオを制すが、テオは静かに首を振るだけだ。
「どっちが悪いとかは、この場合関係ない。これは信用問題なんだ。一度引き受けた仕事を途中で放棄すれば、今後に関わるからね」
確かに正論である。万屋カーシュナーのような小さな『何でも屋さん』は、特に信用問題というのが重要になってくる。住民に信頼されなければ、仕事を任されることもないからだ。
「今回は俺とエリオットっていう比較的身内の話だから、そこまで問題じゃなかったよ。でも、塵も積もればって言うじゃない。ちょっと怠慢なんじゃないの?」
「返す言葉はない……」
「そんなだから出世もできず下町の見回りなんてして、結婚もできず、体重も増加する一方なんだよ」
「……」
「もうちょっと自覚を持ってだね、まずは食生活を変えて体重を落とすところから始めようじゃないか」
「テオ貴様ぁ! こっちが下手に出ていれば調子に乗りおってぇッ!」
はらはらしながら二人の様子を見ていたエリオットは、『ああやっぱり』と頭を抱える。ついにイザードがキレたのだ。しかしテオはそれを狙っていたかのようににこにこしたままだ。
と、その時。
「ふぇ……ふぇええええん!」
イザードが過剰なまでにその声に反応し、飛び上がった。テオは自らの腕に抱えている赤ん坊をあやした。
「ああ、ごめんよぉ、うるさいオジサンのせいで」
「……おいテオ、ずっと気になっていたがその赤ん坊はなんだ」
「ずっと気になっていた割には聞いてくるのが遅いじゃない。てっきりイザードの目は節穴なのかと思ったよ」
「顔を合わせた瞬間に貴様が説教を始めたんだろうが!」
勢いを取り戻したイザードは、傍に立つエリオットにも指を突きつける。
「お前もだエリオット! いったい誰だその子供たちは!?」
「え」
エリオットは若干視線を下に向ける。彼の両手はそれぞれ小さな手を握っており、五歳ほどの男の子ふたりと手を繋いでいたのである。
テオが抱く赤ん坊。エリオットが連れている坊やふたり。
「依頼先の子供たちだよ」
「毎度思うがどうしてお前らは訳の分からん仕事ばかりしておるのだ!」
「いや、万屋だし……」
「それよりエリオット、お前体調はもういいのか!?」
「あ? あ、ああ、おかげさまで」
「ならばよし!」
あちこちに飛ぶイザードの質問になんとか答えると、エリオットの右手を握っている男の子がくいっと袖を引っ張ってきた。
「ねー、お腹空いたよぉ」
「ああ、そうだったな。帰ったらすぐ飯だから、もうちょっと我慢な」
「ねー、抱っこしてぇ」
今度は左手側の男の子である。エリオットは『はいはい』と言いながら、左腕に男の子を抱え上げる。すると『僕も!』と右手側の男の子もよじ登ってくる。結果、エリオットは両腕に五歳児の少年をふたり抱える状況となった。
赤ん坊をあやしていたテオも、くるりとイザードに背を向ける。
「さぁて、じゃあ帰ろうか」
「なっ、こら待てテオ! まだ話は……」
「イザード、子供追いかけるような真似したら通報しちゃうよ?」
「つ、通報!?」
「立派な不審者だからねぇ」
通報という言葉に愕然としているイザードを放って、テオは悠々と歩き出す。エリオットも苦く笑い、テオの後を追いかけた。
本日の依頼は、『子守り』と『留守番』である。
両親に、十五歳の長男、十一歳の長女、五歳の双子である次男と三男、四歳の四男、二歳の五男、〇歳の次女という八人家族。下町でも兄弟が多い方であるが、いたって普通の家族。
――両親さえいれば、の話である。
なんでも地方出身の母親の母、兄弟にとっては祖母が病に倒れたとかで、両親は車で見舞いに行ってしまった。早くて一日、長引く可能性大という時間を、兄弟だけで過ごすことになってしまったのだ。
さすがに荷が重いだろうということで、両親は出かける前に万屋カーシュナーに依頼をしたわけである。
両親が留守の間、家のことに関しては長男が指揮を執ることになっている。最初にテオとエリオットが頼まれたのは日課の散歩――これを聞いたとき思わず『犬かよ』と思ってしまったのは秘密――であり、ふたりは双子と赤ん坊を連れて街をぐるっと散策していたのだった。そこでイザードと鉢合わせた訳である。
ちなみにこの『散歩』は、家の中の人口が少しでも減っている間に掃除や洗濯といった家事を済ませてしまおうという魂胆のもので――。
「こら髪引っ張るなって、いたたた!? あ、カーシュナーさん、エリオットさん、お帰りなさい! って、わーっ、机の上によじ登るなって言っただろ!? おいカーリー、ちょっとコーディの面倒見てくれよ!」
……そういう魂胆のものであったが、家事はまったくはかどっていなかった。
四歳の弟に髪を引っ張られながら、テーブルの上によじ登っている二歳の弟をおろした長男のユーインは、どうやら洗濯を干していた途中らしい。
兄に呼ばれた長女のカーリーは、その言葉を無視して部屋の隅で読書中だ。
これはもう一周散歩に行ってきたほうがいいかもしれないな、と思いはしたものの、それよりも家事を手伝ってやったほうが賢明そうだ。エリオットは双子を部屋の中に入れてやり、ユーインの髪の毛を引っ張る四歳のコーディを引き剥がした。テオは末っ子をベビーベッドに戻してやる。
末っ子の赤ん坊エイミー。
高いところによじ登る癖のあるコーディ。
兄の気を引きたくていたずらばかりするアーロン。
いつも一緒の双子の少年ビリーとバリー。
協調性皆無で本が友達の寡黙少女カーリー。
そして、そんな弟妹をまとめ上げる長男ユーイン。
「……大変だなこれは」
エリオットは苦く笑い、『下ろせぇ!』とぽかぽか殴ってくるアーロンを下ろして――やらなかった。ひょいと肩車して、ぐるぐると部屋を歩き回ることにしたのだ。下ろしたらまたユーインの邪魔をしに行くに決まっている。当のアーロンも単純なもので、肩車はまんざらでもないらしい。
コーディを妹のカーリーに託すと、カーリーは嫌そうな顔をしながらも、隣に弟を座らせて読んでいる本の読み聞かせを始めた。勿論絵本ではなく一般の小説らしいので二歳児に読み聞かせるものではないのだが、それはそれでよい枕本かもしれない。カーリーには協調性や積極性といったものが欠落しているが、別に弟妹の面倒を見ることに抵抗があるわけではないらしい。
溜息をついて本日四度目の洗濯のために洗面所に向かったユーインを、双子がとことこと追いかける。そしてユーインの服の裾を引っ張った。
「ねー、兄ちゃん」
「ん、なんだビリー?」
洗濯ものを洗濯機に放り込みながらユーインが言う。この双子の容姿だけでなく声さえ聞き分けているというのだから、すごいものである。
「お腹空いたー」
「え、あ、もう昼なのか!?」
ユーインは慌ててリビングに戻って時計を確認した。時刻は十二時を五分ほど過ぎていた。
「うわ、朝の片付けと洗濯に時間かけすぎた……お昼の用意しないと。あ、でも洗濯干し終わってない……」
「ユーインくん、台所使っていい? そうしたら俺、お昼ご飯作るよ」
テオの言葉にユーインはぱっと表情を輝かせたが、すぐ申し訳なさそうな顔になる。
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「何言ってるの、今日は俺たちお手伝いに来たんだからさ。遠慮しないで」
「……はい、じゃお願いします」
任された、となんとも頼もしい返事を残して、テオは台所に入っていく。そのあとを双子が追いかけ、背の高いテオの足元で交互に言う。
「僕、たまごサンドがいい」
「僕、ピーナツサンドがいい」
「結局サンドウィッチが良いわけだね。よし、間を取ってハムとレタスにしよう」
何と何の間だよ。
アーロンを肩から下ろすと、今度は双子が足にしがみついてきたので、同じように交互に肩車してやる。その間にユーインは素晴らしい手際で洗濯物を庭に干している。
エリオットははしゃぐ双子の弟バリーを支えながら、台所を覗き込む。間を取るとか言っていた割には、テオはきちんと卵フィリングとピーナツバターをこしらえていた。
「何か手伝うか?」
そう尋ねると、テオは首を振った。
「だめだめ、お昼の用意に戦力をふたりも割けないでしょ」
「戦力って……」
「ユーインくんが家事、俺が食事の支度、そして君が子供たちの面倒を見る。ほら、効率が良い」
……なるほど、テオは子供たちの相手をすることに疲れたのか。だから体よくエリオットに押し付け、食事の準備を申し出たのだ。
「……戦力の分散は各個撃破の危険性があると思うけど?」
「大丈夫だよ、たとえ何人の子供たちが束になってかかろうと、君は倒されるような男じゃない」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「うちの優秀なバイトくん」
「だからバイトって言うな!」
「衣食住を負担してあげているのに、給金もらってないからバイトじゃない? 酷い言い草だなあ」
「あんたって奴は……!」
「あっ、アーロンくんがまたユーインくんにちょっかい出そうとしてる。エリオット、阻止するんだ!」
いつものようにテオにやり込められたエリオットは、庭に置いてある洗濯籠をひっくり返そうと企んでいるらしいアーロンの頭を軽く小突いた。
「こら、兄ちゃんの邪魔するなよ」
「ぶー」
「ぶー、じゃないの。ほら、中で遊ぼう」
アーロンを室内に連れ戻すと、洗濯を干し終えたユーインも戻ってくる。と、洗濯のための生活系魔装具が洗面所で『洗濯終了』を告げるアラームを鳴らした。息つく暇もなくユーインがそちらへ行こうとしたとき、急に末っ子のエイミーがぐずり出した。お腹が空いたのかもしれない。
慌ててエイミーを抱き上げたユーインの手から洗濯籠を取ったエリオットは、驚いた様子のユーインに言う。
「洗濯物は俺がやっておくから、ユーインはエイミーを」
「は、はい! 有難う御座います」
ユーインがエイミーを抱っこして台所に行く。粉ミルクの調合を聞いたテオが作り、ユーインがそれをエイミーに飲ませる。それを横目に見ながらエリオットもなんとか洗濯物を干し終え、朝来たときには山積みだった衣類が見事に庭に干された。青空の下、庭の物干し竿に整然と干された衣類を見るのは、結構いい気分である。その頃にはテオも昼食を作り終え、弟妹たちは食卓についていたのだった。
★☆
午前中の喧騒が嘘のように、室内が静まり返る時間がある。
お昼寝の時間である。
昼食の席もやはりてんやわんや、アクシデントにハプニングの連続。それでもなんとかそこを乗り切ってしまうと、満腹になった幼い弟妹たちはそれぞれブランケットにくるまって夢の世界へ旅立った。散々暴れてくれたアーロンも、寝顔だけは天使のようである。カーリーは昼寝をせず、相変わらず読書をしている。
エリオットが昼食の片づけを済ませてリビングに入ると、コーディを寝かしつけていたらしいテオが一緒になって床に寝そべって昼寝をしていた。そのあまりのくつろぎっぷりに溜息をついたエリオットが視線を転じると、壁に背を預けてぐったりした様子で座っているユーインが目に入った。その隣まで歩み寄って腰を下ろすと、ユーインが苦く笑った。
「すいません、朝からドタバタしちゃって……それに、手伝いに来てもらったのに殆ど押し付けちゃって」
「気にするなって。確かにみんなの面倒見ながら家事をひとりでやるのは、大変そうだしな」
大変どころか不可能に近いと思う。それを、エリオットやテオの補助こそあったが、十五歳の少年がこなしてしまったことに純粋な尊敬を抱く。
「……大家族、か。こういう賑やかさも久々だ」
ぽつりと呟くと、ユーインが身体を起こした。
「エリオットさんも大家族だったんですか?」
「ああ、何か月か前まではな……血の繋がりはなかったけど、みんな俺の良い兄貴たちだった」
今思えば、家族といっても良かったのかもしれない。ジェイクという男のもとに集った傭兵たち。気付けば二十人ほどの、傭兵団としてはそれなりの規模の集団になっていた。個性が強くてなかなか濃い面々だったが、みな気の良い人たちだ。
そう、年若いエリオットを最優先に逃がそうとしてくれるくらい、大切に思ってくれていた。
その人たちを全員失って、いまエリオットが守るべきは、実の家族。今はもう、守られる立場ではない。
「……いつか弟たちも、俺のことをいい兄貴だって言ってくれるといいなぁ」
ユーインの言葉に、エリオットは微笑んだ。
「もう思ってくれていると思うよ」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ」
頷くと、ユーインは照れくさそうに頭を掻くのだ。
「……どんなにうるさくて手がかかる弟たちでも、やっぱ、可愛い奴らですよね」
「そうだな」
「だから、守ってあげなくちゃ。俺は……兄貴なんだから」
意志の固いその横顔は、幼いながらも頼もしいものだった。エリオットは軽くユーインの頭を撫でてやった。そして、『頑張れよ』と一言。ユーインはしっかりと頷いた。
気付けば眠ってしまっていたユーインに毛布をかけてやり、エリオットはひとり静かな部屋の空気に浸っていた。いつの間にかカーリーも本を読みながら寝ていたらしい。
と、テオがむっくりと身体を起こした。大きく伸びをするテオの背中をじっと見ていると、彼は大きな欠伸を漏らした。
「ふわぁ……寝ちゃったか」
「寝すぎだアホ」
はは、と笑みが渇いているのは寝起きだからか。髪の毛をくしゃくしゃ掻き回したテオは部屋の中を見回し、状況を把握したらしい。時刻は午後の二時である。
「嵐の前の静けさか……」
「そうだな……そろそろみんな起きるだろうな」
膝を抱えて眠っているユーインを見やったテオは、少しばかり笑みを浮かべた。
「にしても良い子だねぇ、ユーインくんは。その年でたくさんの弟妹の面倒をしっかり見てるんだから」
「そうだな」
「……家族、かぁ」
何か意味ありげに呟くテオを見やったエリオットは、ぽつっと尋ねる。
「……兄弟は? いるのか?」
「――『いた』よ」
テオはエリオットに背を向ける。
「俺が……」
「……テオが?」
「……いや、なんでもないよ」
テオが微笑む気配。エリオットは眉をしかめたが、それ以上は追及しなかった。
と、玄関の扉が勢いよく開け放たれた。エリオットとテオははっとして腰を浮かせた。エリオットなどは身構えたほどである。それほどまでに唐突に静寂を破る音だったのだ。
その音には驚いて、ユーインとカーリーも飛び起きた。それに少し遅れて弟たちも目を覚ます。
「ただいま!」
聞こえたのは元気の良い女性の声。ユーインが立ち上がり、目を丸くした。
「か、母さん!?」
玄関に立っていたのはこの兄弟の母だった。あとからは父親も入ってくる。エリオットとテオは顔を見合わせた。
「な、なんで!? 帰ってくるのは早くても今夜だって……」
「それがね、おばあちゃんが思いの外元気で、『家族放ってくるな、早く帰れ』って怒ったのよ。もう、倒れたって言うから駆けつけたのにねぇ」
そう言いながら嬉しそうな母親は、上機嫌で上着を脱いでいる。そしてテオとエリオットに向きなおり、深々と頭を下げた。
「お騒がせしました、カーシュナーさん。本当にありがとうございます」
「あ、いえいえ、とんでもないです」
テオはにっこりと微笑む。最近になると、これが営業スマイルだということもエリオットには分かるようになってきた。
ユーインは肩を竦め、エリオットを見上げる。
「なんか、予定とだいぶ違くなっちゃったけど……今日は一日、ほんとに有難う御座いました」
「こちらこそ」
エリオットは笑って、ユーインと握手を交わした。
★☆
報酬などの諸々の手続きを終えてエリオットとテオが帰るとき、すっかり懐いてしまったユーインの弟妹たちに『帰らないで』と引っ張られることとなった。また来るから、と言ってなんとか家を出ることに成功する。ユーインは最後まで手を振って見送ってくれた。
「……つ、疲れたな」
歩きながらどっと疲れが押し寄せてきたエリオットは、溜息をついて項垂れた。テオが笑う。
「でも、お兄ちゃんっぷりが板についていてなかなか似合っていたけどね。ユーインくんと同じく苦労人ということで」
「誰が苦労させてるんだよ誰が」
じろりと睨まれたテオは頭を掻く。
「……けど、確かに俺は忙しく動いていた方が性に合ってるのかもしれないな」
呟いたエリオットの肩に、テオが軽く手を乗せた。
「……じゃあ、今日は手作りコロッケが食べたい気分なんだけど」
「なにが『じゃあ』なんだよおい!? そんな手のかかるもん作ってられるかっ、市場でコロッケ買って帰るぞ」
「えー、だって動いてるほうが好きなんでしょ? 楽しちゃ駄目だよ、節約節約」
結局その日は、市場の惣菜コロッケになりましたとさ。