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 実験はフォークス研究所の地下で行われるようだ。ティナとレオンはビアンカと一緒に関係者以外は使えないエレベーターに乗った。研究所の玄関のエレベーターは研究員やお客さんが使うエレベーターで、玄関奥の扉の向こうに実験室へ行けるエレベーターがあるのだ。三人は地下二階まで降りてきた。

 エレベーターの扉が開くとそこはコンクリートの壁に挟まれた通路だった。大人が横三人通れるくらいの幅で、壁の一定の間隔で窪みがあり、人工的な明かりが辺りを照らしていた。

 奥に進むと鉄の厚そうな扉があり、ビアンカは扉を押して開けた。

 そこには、もうすでに三人と同じように実験に参加する人たちが五人来ていた。ビアンカと同じぐらいの年齢のカップルが一組と仲の良さそうな若い女子の二人と青年が一人いた。

 実験室は機械がある部屋とガラス張りで奥に周りを土で覆われた広場がありビアンカ達は機械がある部屋にいた研究員に促されて、広場へ入った。研究員からは極秘の実験なので参加者とは会話しないように言われた。

 五人いた参加者は一斉にビアンカ達を見たが、みんな会話をしないように言われているのかすぐに視線を外した。しばらくして、ヘンリーが来た。広場には、ビアンカ達と他の参加者の五人とヘンリーだけになり、機械がる部屋にいた研究員はヘンリーが来ると、すぐに帰っていった。

「お待たせいたしました。改めまして、フォークス研究所所長のヘンリーです。今回はご参加ありがとうございます。今回の実験は魔力増幅です。皆さんは一般人とは違い特化した魔力の持ち主であります。今日は是非、さらに皆様のお役に立てることでしょう。では、皆さん、前へ」

 広場の真ん中には魔方陣がすでに書かれていた。丸や三角形を使い、文字が所々に刻まれている。レイピアでも自然界と同様に魔法を使うが、魔力の質や根源、発動の仕方が全く違う。自然界は直接自然物と関わり合い、守護精と共に発動する。しかし、レイピアでは、魔力に大きさによって、低い者が魔術使いと呼ばれ、銀の杖を所有し、その上を魔術師と呼ばれ、金の杖を所有している。魔力の大きさを隠している者もいるが、ほとんどが実際の魔力に応じている。基本は詠唱で魔術を発動し、杖に名前が付けられていれば、より魔力を増す。魔法陣は何かを呼んだり、作ったりするのに使われる。

 等間隔に並んだ九人はヘンリーの言葉を待った。未だにこれを魔力増加の実験だと言い張るヘンリーは、最後まで突き通すらしい。正直に神様を呼びますなどとしゃべりはしないだろう。むしろ、成功するのだろうか。成功しては困るのだが、一般人を巻き込んでいることからして、自信はあるのだろう。しかし、一般人が五人ともなると何かあったとして、ビアンカ、ティナ、レオンの三人で守ることはできるのだろうか。三人ともそれが心配だった。実際に行われたことがないのだから、どういうことが起こるのか分からないのだ。この五人は何も疑問には思わないのだろうか。ここにきているわけだから、良いように言いくるめられてきているのだろう。あなたの魔力はすごいとか云々。ビアンカたちは参加せてもらわなければ、困るので魔力を目の前で披露したのだが。

「では、始めます。皆さん魔方陣に魔力を集中させてください」

 ヘンリーが目を瞑る。他の人たちも同様に目を瞑る。ヘンリーが詠唱を始めた。

「数多彼方に我あり。すべての現象、理、秩序が現れる。共にある我らの力。言葉は唄う、体は跳ねる。その輝きは全てを包み、癒し、舞い降りる。研ぎすまれ、聞こえるは君の声。さあ、今宵我は君を見る!」

 ティナは詠唱が終わった瞬間に杖を発動しようとしたが、出来なかった。まず、体が思うように動かない。目だけは開けることができたので、前の光景を見た。しかし、眩しすぎて何が起こっているのか分からなかったので、また目を閉じた。ウォートレスに話しかけても、返事がなかった。すると、急に体の力が抜けた感覚がした。いや、魔力が吸い取られている。まさか、本当に成功したというのか。圧力が体にかかる。圧倒的な力が目の前に現れようとしている。ティナは膝をつき、体を抱きしめた。そうすることしか自分を守るすべがなかった。




「ごめんなさいね。あなた達しか頼れないから、少し我慢してね」

 肩に何か触れた。微かな温かみを感じた。聞いたことがない声だった。目を開けると、そこには体が浮いている少女がいた。

「あ、あなたは?」

「はじめましてね、ティナ。私はルピナス」

「ん?ル、ピナス?」

「えぇ、そうよ」

「ちょっと待って!ルピナスって、あのルピナス様!」

「様なんてつけなくていいわよ、ここじゃ、この姿だもの」

 ティナが驚くのには訳がある。存在を名前しか知らないからだ。むしろ、ここにいるのがおかしいくらいだ。ルピナスは自然界の女神様だ。そう、ヘンリーが呼ぼうとした神様とは違うが、自然界の者にとって大切な存在の方なのだ。目の前にいるルピナスは緩やかなウェーブの金色で足の先に丈まである長い髪に、真珠のようなつややかな白い肌、ほのかな桃色の唇。ティナよりも身長が低く、パンジーのような紫色のレースがたっぷりとついたロングワンピースで体が宙に浮いていた。

「どういうことだ?」

 隣にいたレオンも驚いて声を発した。ルピナスに夢中で周りを見てなかったティナは改めて、周りを見渡した。参加していた一般人の五人は倒れていて、ビアンカはルピナスを目の当たりにして、目を見開き、レオンは意味が分からないと頭をかいていた。辛うじて、意識があるのかヘンリーは尻餅を付いたまま、ルピナスを見ていた。

「どういうことって、説教しにきたのよ、当たり前じゃない。わざわざ私が地上に来るわけないでしょ?」

 説教すると言っても、わざわざ来るのだろうか。

「まあ、本来の目的はティナに会うこと」

「――私?」

「そう、お母様から私の存在は聞いたことあるわね」

「それはもちろん。何回も。お母様はルピナス様と会話ができると」

「そう。そしてその力は、代々あなたたちの家系に継がれていく。次はティナ。あなたの番よ」

「何の話をしているんだ!呼んだのはオレだぞ!なぜ、その子と話すんだ!」

「黙ってなさい!あなたの相手は後でするから。先に言っときますけど、この魔方陣。間違ってるから。その前にあなたの魔力程度であの方を呼び出せると思ったら大間違いよ!」

 ヘンリーの体がビクリと揺れた。ただの人間の言葉ではない。圧力があるのをヘンリーは実際に感じているようだ。

 ティナとしゃべっているとは違う威圧感。

「私の番?」

「まだ、完璧じゃないけれど、後にお母様からあなたへ受け継がれるわ」

 ティナの母――エスナはルピナスの言葉を聞くことができる。それは代々受け継がれる力で神秘的な力である。

「だから、あなたに私の存在を認識してほしかったの。本来の姿ではないけれどね。だから、地上に降りるためにあなたたちの魔力を借りて、今はこの姿なの」

「だから、体が重いのか」

 レオンは疲れたのか腰を下ろした。ティナとビアンカも同様に座った。

「そうそう、ビアンカ」

「は、はい!」

 ルピナスにまさか名前を呼ばれるとは思ってなかったビアンカは、声が高くなった。

「報告書に私が来たことは書かないでね。お忍びなの」

 ふふっと笑うルピナスは言動とは違い、本当の少女のようだった。この状態でお忍びと言われても、そうは見えないのだが、あくまでルピナスが登場したのはお忍びらしい。

「ここに来れたのも、あなたたちの魔力のおかげ。ありがとう。さあ、次はあなたの番よ、ヘンリー」

 さっきの剣幕とは違い、ヘンリーは少し後ろに下がった。最初にルピナスが言っていた説教というのはヘンリーに対してだと、ルピナスとティナの会話を聞いて、悟ったのだろう。それに、魔方陣の間違いや魔力の低さを言われてしまえば、言葉が出ないのは当たり前だろう。

「まずは、私はあなたが呼ぼうとしていた方ではない。それと、さっきも言ったけど、魔方陣が間違ってる」

「――どこが違うんだ!」

 ヘンリーの腰を抜かしている格好とは違い、言葉がきついがルピナスは気にも止めず、言葉を続けた。

「どこが違うって、何もかもよ。そもそも、あなたは当たり前に思ってるけど、魔方陣で呼び出せるほど簡単じゃないのよね。まあ、その前に地上界の人間では無理ね。よく、そんなこと思いついたものね。そんな記述、本にはないでしょ。神様呼んだ、なんて」

「独学だ。俺の魔力と頭があれば、可能なんだ!」

「無鉄砲な子ね。努力は認めましょ。無理なのは無理だからね、あきらめなさい」

「じゃあ、なぜ君はここにいるんだ」

「人の話聞いてた?私はこの子達の魔力を借りて、ここに来た。あなたの成果ではないのよ。確かに、あなたは他の研究で実力を持っているのは分かってる。だけど、それを、無闇に使うものではないわ。あなたの野心も分かる。だけど、あなたの研究を待っている人がいるんじゃないの?もっと違う成果を待っている人があなたの周りにはいない?」

 ヘンリーは言葉が出ないようだ。ルピナスの言葉に何か思い当たることがあるのだろう。

「さあ、分かったら、あなたは眠ててね。それで、忘れなさい」

「え?」

 ルピナスはヘンリーに近づき、額を親指で撫でた。すると、ヘンリーはすぐに意識を無くした。ルピナスはヘンリーを支えて、後ろへ体を倒した。

「さ、ティナ。私を還して」

「え?――その前に彼は?」

「大丈夫よ。寝ているだけだから、まあ、今起こっていることの記憶は消させてもらったけど。それにあなたたちの事も消してるから、ここから早く帰ることね」

「そうします。あの、ルピナス様を還すというのは?」

「ここから、元の場所に還してって言ってるの。自分では還れないもの」

「あの、そう言われても方法が……」

「あら、エスナから聞いたことない?呪文とか歌とか?」

「唄?」

「ティナ、あれじゃないのか。小さい頃から題名の知らない歌を知ってるって」

 レオンから言われ、確かにその歌を知っている。

「じゃあ、それね。歌って」

「歌ってと言われても、それをどうしたら?」

「それはそうね。呪文を詠唱するように、その歌を歌って。勝手に発動するから」

「勝手にって」

 楽観的な話し方が面白くて、ティナは笑ってしまった。

「やっと、笑ったわね。そうでなくっちゃ。まあ、心の準備ができてからでいいから。落ち着いて、丁寧に。あなたなら出来るわ。心強い彼氏もいるんだし」

「か、彼氏?」

「違った?レオン君じゃないの?」

「レオン?!――わっ!!」

 レオンが彼氏じゃないのかと言われ、そう見えるのかと動揺して、レオンを見ると頭を掴まれて、髪をくしゃくしゃにされた。

「あんまり、ティナをいじめないでくださいね」

「いじめてるつもりはないんだけど。ま、そういうことにしておくわ」

 頭を下に向けられていたので、レオンとルピナスの顔を見れなかったので、二人の様子は分からなかったが、ビアンカはレオンが顔を赤らめているのを見守った。

「ティナ、そろそろ大丈夫?」

 ルピナスに声をかけられたティナは元気よく応えた。

「はい!」

 エスナから教わった歌を歌う。そこからの記憶は曖昧で、気が付いたら自然界へ続く地上界の門の前だった。

 


 ティナはあれからルピナスの言葉が気になっていた。


『……心強い彼氏もいるんだし』


 自分の気持ちに気づくのは、まだまだ先である。

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