攻略不可キャラに魂を売りにいったら、逆に口説かれた
悪魔の召喚は、思ったより簡単だった。
地下室の床に魔法陣を描いて、蝋燭を十二本立てて、羊皮紙に「魂を売りたい」と書いて燃やすだけだ。手順はゲームで何十回も見ていたので、完璧に再現できた。
問題は、出てきた悪魔がゲームと全く同じ顔をしていたことだ。
「……」
私は固まった。
漆黒の髪。金色の瞳。長い指。少し退屈そうな顔。乙女ゲーム「深淵の契約者」の攻略不可キャラ、ヴェルド様だった。攻略できないのに人気投票で毎回一位を取っていた、あの。
「人間」ヴェルドは低く言った。「魂を売りたいそうだな」
「は、はい」
「泣いていないな」
「え?」
「魂を売りにくる人間は、大抵泣いている」彼は私をじろじろ見た。「なぜ泣いていない」
なぜと言われても。推しに会えて感動しているからとは言えない。
「……気が強いので」
「ほう」
ヴェルドは少し目を細めた。千年生きた悪魔の目だった。ゲームのグラフィックより少し表情が豊かで、それがまた解釈一致で、私の心拍数が上がった。いけない。商談に来ているのだから落ち着かなければ。
「条件を聞こう」と彼は言った。「何が欲しい」
「家の借金を全部返してほしいです」
「金か」ヴェルドは少し間を置いた。「つまらない望みだな」
「すみません」
「謝るな。そういう意味ではない」彼は顎に手を当てた。「ただ、これほど落ち着いて交渉に来た人間が、金のためとは思わなかっただけだ」
思わなかっただけだ、と言いながら、彼は微妙に不満そうな顔をしていた。ゲームでも同じ顔をするシーンがあって、私はそのCGをスクショして待ち受けにしていた記憶がある。
落ち着け、私。
*
「では契約しよう」ヴェルドは手を差し出した。「魂と引き換えに、望みを叶える。これが条件だ」
「あの」私は言いにくいことを言うことにした。「一つ確認なのですが」
「なんだ」
「魂を売った後、私はどうなりますか」
ヴェルドは少し考えた。
「死ぬわけではない。ただ、俺の所有物になる」
「所有物」
「そうだ。俺が飽きるまで手元に置く。飽きたら解放する」
飽きるまで手元に置く。つまり、ヴェルドの近くにいられるということだ。それはゲームでは絶対に実現しなかったことだ。攻略不可キャラなので。
私の心が大きく揺れた。
いけない。これは商談だ。冷静になれ。
「…………わかりました」
「わかった?」ヴェルドが眉を上げた。「普通はもう少し抵抗する」
「条件は飲みます」
「……なぜそんなに落ち着いているんだ、お前は」
本当のことを言うべきか迷った。一秒だけ迷って、言うことにした。
「ヴェルド様のことが好きだったので」
悪魔が固まった。
千年生きた悪魔が、固まった。
「……何と言った」
「好きでした。ずっと」
「俺のことを」
「はい」
ヴェルドはしばらく私を見ていた。金色の瞳が、かすかに揺れた。ゲームでは見たことのない表情だった。
「お前」と彼はゆっくり言った。「正気か」
「正気です」
「悪魔だぞ、俺は」
「知っています」
「魂を買う側だぞ」
「それも知っています」
ヴェルドはまた固まった。今度は少し長かった。
*
契約は、その日中には結ばれなかった。
「待て」とヴェルドが言ったからだ。「少し、考える」
「何をですか」
「契約の条件を」彼は珍しく視線を逸らした。「魂を対価にするのが、本当に適切か」
それは悪魔として非常に非効率な発言だった。私は少し笑いそうになった。
「それでは」と私は言った。「いつ頃お返事がいただけますか」
「……明日また来い」
「わかりました」
「待て」
「はい」
「なぜ笑っている」
笑っていた。こらえたつもりだったが、顔に出ていたらしい。
「ヴェルド様が可愛いと思って」
悪魔の顔が、微妙に赤くなった。
千年生きた悪魔の顔が、微妙に赤くなった。
私はこの瞬間を永遠に記憶に刻もうと思った。ゲームでは絶対に見られなかったシーンだった。
*
翌日また地下室に行くと、ヴェルドはすでに待っていた。
「来たか」
「来ました」
「座れ」
床に直接座った。ヴェルドも向かい合って座った。悪魔が床に座って話し合いをしているのは若干シュールだったが、私は何も言わなかった。
「考えた」とヴェルドは言った。
「はい」
「お前の魂は買わない」
私は少し驚いた。
「借金は別の方法で返す。俺には人間界の財をある程度動かす力がある。それを使う」
「対価なしにですか」
「対価なしではない」ヴェルドは私を見た。「お前に、定期的に会う権利を俺に寄こせ」
私は目を瞬いた。
「……それは、私に会いたいということですか」
「違う」ヴェルドはすぐに言った。「お前が面白いから、観察したいだけだ」
「観察」
「そうだ。観察だ」
彼は断固とした顔をしていた。絶対に観察ではない顔をしながら、観察と言っていた。
「わかりました」と私は言った。「では、その条件で」
「……それでいいのか」
「もちろんです。ヴェルド様に定期的に会えるなら、私にとっては利益しかありません」
ヴェルドはまた少し固まった。
「お前は本当に」と彼は言った。「普通の人間ではないな」
「ええ」と私は答えた。「まあ、そうですね」
前世の記憶があるとは言わなかった。ゲームのファンだったとも言わなかった。でも、ずっと会いたかったのは本当のことだった。それだけで十分だと思った。
ヴェルドは少し間を置いてから、また口を開いた。
「一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「なぜ俺のことが好きなのだ」
私は少し考えた。
「強くて、孤独で、でも本当は感情がある。そういう人が好きなんです」
ヴェルドは何も言わなかった。
窓のない地下室に、蝋燭の灯りだけが揺れていた。
「……次はいつ来る」と彼はやっと言った。
「いつがご都合よいですか」
「俺はいつでもいい」
「では、明後日にします」
「わかった」ヴェルドは短く言った。それから少し間を置いて、付け加えた。「早く来い」
私は笑った。
悪魔は、また微妙に顔を赤くしながら、視線を逸らした。




