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攻略不可キャラに魂を売りにいったら、逆に口説かれた

作者: 夜摩 高嶺
掲載日:2026/04/26

 悪魔の召喚は、思ったより簡単だった。


 地下室の床に魔法陣を描いて、蝋燭を十二本立てて、羊皮紙に「魂を売りたい」と書いて燃やすだけだ。手順はゲームで何十回も見ていたので、完璧に再現できた。


 問題は、出てきた悪魔がゲームと全く同じ顔をしていたことだ。


「……」


 私は固まった。


 漆黒の髪。金色の瞳。長い指。少し退屈そうな顔。乙女ゲーム「深淵の契約者」の攻略不可キャラ、ヴェルド様だった。攻略できないのに人気投票で毎回一位を取っていた、あの。


「人間」ヴェルドは低く言った。「魂を売りたいそうだな」


「は、はい」


「泣いていないな」


「え?」


「魂を売りにくる人間は、大抵泣いている」彼は私をじろじろ見た。「なぜ泣いていない」


 なぜと言われても。推しに会えて感動しているからとは言えない。


「……気が強いので」


「ほう」


 ヴェルドは少し目を細めた。千年生きた悪魔の目だった。ゲームのグラフィックより少し表情が豊かで、それがまた解釈一致で、私の心拍数が上がった。いけない。商談に来ているのだから落ち着かなければ。


「条件を聞こう」と彼は言った。「何が欲しい」


「家の借金を全部返してほしいです」


「金か」ヴェルドは少し間を置いた。「つまらない望みだな」


「すみません」


「謝るな。そういう意味ではない」彼は顎に手を当てた。「ただ、これほど落ち着いて交渉に来た人間が、金のためとは思わなかっただけだ」


 思わなかっただけだ、と言いながら、彼は微妙に不満そうな顔をしていた。ゲームでも同じ顔をするシーンがあって、私はそのCGをスクショして待ち受けにしていた記憶がある。


 落ち着け、私。


*


「では契約しよう」ヴェルドは手を差し出した。「魂と引き換えに、望みを叶える。これが条件だ」


「あの」私は言いにくいことを言うことにした。「一つ確認なのですが」


「なんだ」


「魂を売った後、私はどうなりますか」


 ヴェルドは少し考えた。


「死ぬわけではない。ただ、俺の所有物になる」


「所有物」


「そうだ。俺が飽きるまで手元に置く。飽きたら解放する」


 飽きるまで手元に置く。つまり、ヴェルドの近くにいられるということだ。それはゲームでは絶対に実現しなかったことだ。攻略不可キャラなので。


 私の心が大きく揺れた。


 いけない。これは商談だ。冷静になれ。


「…………わかりました」


「わかった?」ヴェルドが眉を上げた。「普通はもう少し抵抗する」


「条件は飲みます」


「……なぜそんなに落ち着いているんだ、お前は」


 本当のことを言うべきか迷った。一秒だけ迷って、言うことにした。


「ヴェルド様のことが好きだったので」


 悪魔が固まった。


 千年生きた悪魔が、固まった。


「……何と言った」


「好きでした。ずっと」


「俺のことを」


「はい」


 ヴェルドはしばらく私を見ていた。金色の瞳が、かすかに揺れた。ゲームでは見たことのない表情だった。


「お前」と彼はゆっくり言った。「正気か」


「正気です」


「悪魔だぞ、俺は」


「知っています」


「魂を買う側だぞ」


「それも知っています」


 ヴェルドはまた固まった。今度は少し長かった。


*


 契約は、その日中には結ばれなかった。


「待て」とヴェルドが言ったからだ。「少し、考える」


「何をですか」


「契約の条件を」彼は珍しく視線を逸らした。「魂を対価にするのが、本当に適切か」


 それは悪魔として非常に非効率な発言だった。私は少し笑いそうになった。


「それでは」と私は言った。「いつ頃お返事がいただけますか」


「……明日また来い」


「わかりました」


「待て」


「はい」


「なぜ笑っている」


 笑っていた。こらえたつもりだったが、顔に出ていたらしい。


「ヴェルド様が可愛いと思って」


 悪魔の顔が、微妙に赤くなった。


 千年生きた悪魔の顔が、微妙に赤くなった。


 私はこの瞬間を永遠に記憶に刻もうと思った。ゲームでは絶対に見られなかったシーンだった。


*


 翌日また地下室に行くと、ヴェルドはすでに待っていた。


「来たか」


「来ました」


「座れ」


 床に直接座った。ヴェルドも向かい合って座った。悪魔が床に座って話し合いをしているのは若干シュールだったが、私は何も言わなかった。


「考えた」とヴェルドは言った。


「はい」


「お前の魂は買わない」


 私は少し驚いた。


「借金は別の方法で返す。俺には人間界の財をある程度動かす力がある。それを使う」


「対価なしにですか」


「対価なしではない」ヴェルドは私を見た。「お前に、定期的に会う権利を俺に寄こせ」


 私は目を瞬いた。


「……それは、私に会いたいということですか」


「違う」ヴェルドはすぐに言った。「お前が面白いから、観察したいだけだ」


「観察」


「そうだ。観察だ」


 彼は断固とした顔をしていた。絶対に観察ではない顔をしながら、観察と言っていた。


「わかりました」と私は言った。「では、その条件で」


「……それでいいのか」


「もちろんです。ヴェルド様に定期的に会えるなら、私にとっては利益しかありません」


 ヴェルドはまた少し固まった。


「お前は本当に」と彼は言った。「普通の人間ではないな」


「ええ」と私は答えた。「まあ、そうですね」


 前世の記憶があるとは言わなかった。ゲームのファンだったとも言わなかった。でも、ずっと会いたかったのは本当のことだった。それだけで十分だと思った。


 ヴェルドは少し間を置いてから、また口を開いた。


「一つだけ聞いていいか」


「どうぞ」


「なぜ俺のことが好きなのだ」


 私は少し考えた。


「強くて、孤独で、でも本当は感情がある。そういう人が好きなんです」


 ヴェルドは何も言わなかった。


 窓のない地下室に、蝋燭の灯りだけが揺れていた。


「……次はいつ来る」と彼はやっと言った。


「いつがご都合よいですか」


「俺はいつでもいい」


「では、明後日にします」


「わかった」ヴェルドは短く言った。それから少し間を置いて、付け加えた。「早く来い」


 私は笑った。


 悪魔は、また微妙に顔を赤くしながら、視線を逸らした。

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