第6話 プレゼントとおかえし
「おかえり」
息を整えて、顔の紅潮も沈めて、私はよしっ!と外に出た。そんな私を出迎えるのは、片手に大きな紙袋を持つ星宮一織だ。
さっきはこいつのせいで、ほんと散々な……ほんっとうに!散々な目にあった!
もうこいつには絶対に貸しを作らないし、変な約束もしない。ペースをかき乱されようが動揺しないし、自分を強く持つのだ!私は自分の中にそう固い誓いを立てる。
私は教室でクラスメイトに振りまくような笑顔を貼り付ける。
「うん、おまたせ!」
「遅かったね。……あっ、ううん、ごめん」
「……今何に気を遣った?」
嫌な予感。
「きっと、びしょびしょだったもんね。拭き取るのに、時間かかったよね」
「一体なんのことだかわからないなぁ!」
うんうん。わかる、わかるよ。みたいな顔をしながら言う星宮一織に、早速ペースをかき乱されそうになる私。
てか、濡れてないから。強がりなんかじゃなくて、ふつうにあんなので濡れるわけないから!こいつは私のことどんだけ淫乱だと思ってんの……!?
いつか絶対に訂正してやる、と意気込みつつ、話題を変えるべく星宮一織が持っている紙袋を指さした。
「てか、その大荷物はなによ?」
「ああ、これは」
星宮一織はそのまま、紙袋をこちらに手渡してきて。天沢さんにあげるよとでも言うように目を細めた。
プレゼント?こんなところで?てか、結構ずっしりしてる……。
紙袋に雑につけられたセロハンテープを剥がし、私は中身を確認する。
そこにあったのは。
「ぐりらくん!?!?」
映画館のショップにある、ネビファン映画化記念のグッズの数々だった。
しかも。
「クリアファイル、メインキャラ全員分のステッカー、アクキー、缶バッジ、チャーム、ボールペンとメモ帳とポーチと…………って、なにこれ!?」
「ほしそうな顔してたけど、なにがほしいのかわからなかったから。とりあえず、店にあるものぜんぶ買ったよ」
「なにしてんの!?」
ショップを見れば、レジに立ってる店員さんが「ガチオタを見たぜ……」みたいなドン引き顔をしていて。
気になったグッズは買う私だけど、さすがにここまで買ったことはない。というかそんなお金ない。
貸しを作らないとかさっき誓ったばっかなのに、私は早速何をもらっちゃってんの。
「ってか、こんなに買っちゃってお財布大丈夫なわけ……!?」
「バイトしてるから」
「バイトなら私もしてるけど!」
「天沢さんみたいに、遊んだりする友達もいないから。お金減らないんだよね」
「何その悲しい理由……」
でもお金結構あります!っていう事情を知ったところで、さすがにこんなものをはいありがとうと受け取ってしまえるほど、私はクズでもないわけで。
だって、家が大金持ちとかならまだしも、バイトで稼いだお金でしょ?これ、多分合計金額……いや、考えたくない……。しかも次はこれと引き換えに〜とか、えっちなことをいろいろしてくるはずだ……!!
私が逡巡していると、星宮一織は、
「……いらなかった?」
いつの間にか捨てられた子犬みたいな顔をしていて。てか、なんなら泣く寸前みたいな顔で。
美少女が泣く寸前ってなわけで、周囲が少しざわめきはじめる。あんな美少女を泣かせようとしてる相手は何者だ!?みたいな、殺気じみた黒い感情がじわじわとこちらに侵食してくる。
こ、これ私が悪いの!?
で、でも、
「い、いらなくないけど!! でも星宮さんのことだから、またこれで……その、えっちなこととか!」
「しないよ。それはさっき頑張ったごほうびだから……あと、わたしが天沢さんにあげたくて、買っただけ」
「そ、そっか……」
……なら、受け取らない理由もない……か?
これで受け取ってしまったあと、「はい、受け取っちゃったね」とか言われちゃえば終わりだけど、星宮一織はそういうことをするようなやつじゃない気がする。初めて会話をしてから、まだ24時間も経過してないけど、私はそんな確信に近いものを感じてちゃっている。……ちなみに玲緒奈、あいつはやる。
正直、紙袋の中身はほしいものだらけだ。ちょっとオタクすぎるものは置き場に困るけど、ぐりらくんが描かれたかわいい系のグッズは、私ももともと買おうとしてたわけで。
私は頬をぽりぽりと掻きながら。
「じゃあ……その、もらってあげる。……ありがと」
「うん。いいよ」
星宮一織は神に愛された顔を、ぱっと明るくさせた。
✝︎
映画館を後にした私たちは、ひとつ下の階にあるゲームセンターに来ていた。
まだ解散するのには少し早いね、けど別にお腹をすいてないね、ってなったところで、『映画の半券をお持ちのお客様限定、対象クレーンゲーム1回無料!』っていう看板を見つけちゃったのだ。そんなのやるしかないよね、無料のものはなんでもやらなくっちゃ。
さて、なににしよう。取りたいやつを選ぶか、少ない回数で取れそうなものを選ぶか。頭の中で作戦を立てながらゲームセンターの中を彷徨う。
後ろには、物珍しそうな顔で辺りを見回しながら私についてくる星宮一織。その手にはさっきの紙袋が握られてる。重いし私が持つって言ったのに、私の方が力持ちだからと押し切られてしまったのだ。……まあそれ言われたら何も言い返せないけど。
どれにしようかなーと歩いていると、ずっと私の後を着いてくるだけだった星宮一織が、「あ」と足を止めた。
振り返ると、そこにはねこのぬいぐるみが大量に積まれた、クレーンゲームの筐体があった。
「わたし、これにする」
「へーいいじゃん。ねこ好きなの?」
「うん。天沢さんも、ねこちゃんだから」
「……どゆこと?」
ねこに似てる、みたいな?そんなこと人生で一度も言われたことないけど。たしかにつり目かタレ目かで言ったらつり目かもしれないけどさ。
まあ、ねこに似てるって言われるのはそこそこ嬉しいから良しとしよう。言われてないけど。
そんなことを考えているうちに店員さんに半券を引き換えてもらった星宮一織は、筐体をじっと睨みつける。
そして右矢印が表示されたボタンを長押し。次に上矢印が表示されたボタンを長押しする。すると、星宮一織に指示されたとおりに動いたアームはぴたりと止まり、そしてどんどん下降していき、星宮一織が狙うねこのぬいぐるみを────掴むどころかかすりすらせず、再び定位置に戻っていくのだった。
星宮一織の綺麗な瞳が、ハンターのようにギラリと光る。
「もういっかい」
無料なのは最初の一回限定だ。星宮一織は躊躇いなく筐体に百円玉を投入すると、右、上の順番でボタンを押す。アームは再び空を掴む。
「もういっかい」
星宮一織はまた百円玉を投入。ボタンを順番に押す。かすりすらしない。
「もういっ────」
「何回やんのよ!?」
思わず星宮一織の後頭部をすぱんと叩いてしまった。
星宮一織は恨めしげに私を振り返る。
「天沢さん、じゃましないで。見てたでしょ、もうちょっとでとれそうだった」
「その目は飾りかなにか??」
かすりすらしてなかったけど。
「ていうか、星宮さんさぁ……クレーンゲームやったことないでしょ」
「ないけど……でも、女の子の心を掴むのも、落とすのも、とくいだよ」
「それ関係ないから!」
私ははぁ、とため息をつきながら店員さんを呼んで、自分の半券を引き換えてもらう。playと書かれた画面に1回と表示された。
私だって別に得意な訳じゃないけど、ゲーセンには玲緒奈と夏希、それに姉とだって来たりする。ド素人でおめめに飾りがついてるらしい星宮一織よりかは、ずっとマシなはずだ。
できれば数回で決めたい。私は慎重に慎重に、右矢印が表示されたボタンを押す。ゆっくりと動いたアームは、ドンピシャでねこの前に到着。よし。
続いて上矢印のボタンを長押し、そして離す。アームは私の想像通りの場所に下降していき、ねこのぬいぐるみのおしりを掴んだ。
宙吊りのような形で運ばれるねこの行方を、固唾を飲み込みながら見守る。
しかし、↓GET↓と書かれた出口に到達する寸前で、ねこは抱っこを嫌がるかのように、アームから滑り落ちてしまった。
けどこれくらい想定内。一回目でここまで動いてくれたら大したもんだと思う。
アームの設定が弱くないことを確認できた私は、筐体に百円玉を投入する。
アームは再び下降し、ねこの頭をむんずと掴んだ。そのときに、アームの一本がねこの首輪に引っかかる。
そして抱き上げられたねこは、飼い主の手に戻るがごとく……GET!
「やった!」
祝福するかのように眩くライトが点滅する筐体から、私はねこのぬいぐるみを抱き上げた。
そしてそのまま、星宮一織に手渡す。
「はい、あげる」
「え……でも」
「欲しかったんでしょ? あげるってば」
星宮一織は、ぬいぐるみをおずおずと受け取った。
たったの百円でとれてしまったけど、さっきの貸しは少しくらい返せた……ってことにしておこう。まあ、星宮一織には貸しを作ったみたいな感覚ないのかもしれないけど。
星宮一織はねこのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、天沢さん。たいせつに、かわいがるね」
「……ん」
さすがに、美少女にまっすぐお礼を言われると照れてしまう。
「手始めに、この子の名前はあまさわさんにするね」
「私の照れを返せ!」
私の名前つけちゃったら、かわいがるの意味がなんか変わってくんのよ!!
星宮一織はくすくす笑いながら、ご自由にどうぞと書かれた場所からいちばん小さめな袋をとって、大事そうにねこのぬいぐるみを入れた。
……まあ、悪い気はしないかな。
さて、次はどこに行こうか……と踵を返そうとしたところで。
「あれ、乙葉ちゃん?」
なんだか聞き覚えのある声が鼓膜を叩いた。
声のした方を向くと、そこには、2年A組のクラスメイトである、逢坂茉梨が立っていた。
隣には、見覚えのない……おそらく友達の女の子がいて、「友達?」と不思議そうな顔をしている。
私は背中に汗が伝うのを感じた。だって今、私の後ろには。
「───と、星宮さん?」
秋月高校で百人斬りのレズと謳われる、星宮一織がいるのだから。
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