第4話 映画
「それで、何見る?」
モールの最上階にある映画館に着いたところで、私は星宮一織の腕を掴んでいた手をぱっと離した。
キャラメルポップコーンの匂いが充満していて、空気を吸い込むたびに肺の中が甘ったるい香りでいっぱいになる。
土曜日というのもあって、映画館はそこそこ混んでいた。ここに来るまでに通った他の階はそこまでだったから……なんか人気な映画でもやってるのかな。
映画館はあまりこない。
基本的に友達と遊ぶときくらいにしか外に出ない私だけど、その友達っていうのが玲緒奈と夏希だから。夏希はともかく、玲緒奈が映画なんて観てるところ、全く想像できない。開始数分で寝てそう……。
だけど、映画が嫌いってわけじゃない。なんなら好きだ。
お涙頂戴な感動系映画はそこまでだけど、恋愛映画を初めとして、アクション、SF、ミステリー、あとはコメディとか。暇なときは、家で姉とよく観たりするものだ。まあ、姉とは好みが全く違うから、よく喧嘩になるけど。
今上映中の映画のラインナップを見ながら尋ねると、星宮一織は決めていたように言った。
「天沢さんが、観たいのでいいよ」
「ええ……」
誘ったのあんたなのに?と訝しげな視線を送る。別に観たい映画があったってわけじゃないんだ。
正直、私だってなんでもいいんだけど。
いや、なんでもよくはない。できれば長い映画がいい。3時間くらいの。それで今日のデートの時間をほとんど潰せちゃえば、私の勝ちみたいなもんだし。
てか、ここでなんでもいいとか言って星宮一織に選ばせるほうが、圧倒的に危険なことに気づく。濡場の多い洋画とか選んできて、上映中にスピーカーから響く女優の嬌声に合わせて、私の手とか、太ももとか、あと……胸とか、そういうところをまさぐってくるに違いない。だってレズだし。
私はんー……と悩みながら少し屈む。上映スケジュール的に、ちょうどいい時間にやってる映画はこの5本か。
有名なミステリードラマの劇場版に、人気恋愛小説の実写化。それからお子様向けのアニメと……うっ、スプラッタ系のホラー映画。これはナシだ。ホラーはそこまでじゃないけど、スプラッタは苦手。なんか観てると体調悪くなってくるし。
あとは……
そこで目に止まったのは、5本目のタイトル。私は目を疑う。
それは、今超人気なMMORPG───NEBULA//FANTASIAの映画化作品だ。
うそ、公開開始してたんだ。
映画化決定!と打ち出された頃はずっと情報を追っていたけど、そういえば最近確認してなかったっけ。
壁に貼られたポスターを見れば、公開日はちょうど今日の日付が書かれていた。どうやら今日から始まったみたいだ。
実は、私は結構ゲーマーだ。こないだみたいなカードゲームも好きだけど、主にやってるのはこういうMMORPG。
中学の頃、女子バスケットボール部に所属していた私は、日々をそれはそれは忙しく過ごしていた。もちろんアニメやゲームなんてやる暇なし。そんなのやってる暇あったら練習あるのみ。地元じゃ結構な強豪校で、しかもレギュラーだったから、負けず嫌いの私はかなり本気で取り組んでた。
というかまあ、そのときは正直ゲームとかアニメとか、そういうのが好きな人たちのことは別の人種?みたいに思ってたっていうか。別に見下してるわけじゃないけど、もっと有意義なことあるくない?とか考えたりしちゃってた。
けど、中学三年生の夏。引退試合を目前に大怪我をしてしまった私は、最後の試合に出ることができなくなってしまった。そうして、情けない気持ちとやるせない気持ちのまま、部を後にした。
それから高校受験の勉強が本格化しだすまで、私は腐ったように毎日を送ってた。今まで打ち込んでたものが急になくなったわけだから、あたりまえなわけだけど。
そんなときに出会ったのが、このゲームだ。きっかけはたしか……クラスの男子が夢中になってたからだっけ。
ちょっと小馬鹿にするつもりで始めた私は、いつのまにかそのゲームの虜になっちゃって。
それから、このゲーム……通称ネビファンを、暇さえあればずーっとやってたりする。私が、友達と遊ぶってなったとき以外ほとんど外に出ないのは、このゲームに夢中だからだ。……まあ、こんなゲームに夢中になってるなんて、オタクとかいちばん嫌いそうな玲緒奈や夏希はもちろん、親にも言ってないけど。
この映画は今度ひとりで観に来ることにしよう。公開日の今日観れないってのはちょっと残念だけど、星宮一織にオタバレするほうがずっと嫌。弱みを握らなきゃいけない私が、逆に握られるなんてあってはならないのだ。
まあ、公開されてるってことが知れてよかったってことで。
さて。じゃあオタクっぽすぎるこれは除外して、あとスプラッタとお子様向けアニメも除外して……うーん。
ミステリーか、恋愛か。恋愛のほうだと、キスシーンに感化されたこいつが、同じように求めてきたりしないだろうか。いやでも、男女の恋愛っていうふつうを見せてあげたほうがよかったりする?
うーんうーんと頭を悩ませていると、星宮一織がしびれを切らしたように声をかけてくる。
「いつまでなやんでるの?」
あんたに襲われないほうの映画を選ぶのに必死なんだっての!!
……なんて叫ぶわけにもいかず。
「だって、観たい映画とかないし。てっきり、あんたが大体これとこれ〜みたいな感じで、決めてきてるんだと思ってたもん」
「そう。じゃあ、わたしが選んでもいい? このままだと日が暮れる」
その言い方にカチンときつつ、確かに長時間悩んでたのも事実で。
まあこの5本の中なら、えげつない濡場がある作品もないだろう。私は「うん、いーよ」と選択権を星宮一織にパスする。
「じゃあ、これ」
そうして、星宮一織が指さしたのは……ミステリー映画でも、恋愛映画でもなくて。
精悍な顔立ちをした黒髪の青年が、両手に握りしめた剣を振り下ろそうとしている、大迫力のポスター。
劇場版NEBULA//FANTASIAのポスターだった。
「え……? す、好きなの? これ」
「ううん。まったく知らない」
ですよねー。
氷の令嬢みたいな星宮一織が、ゲームやってるとこなんて想像できないし。
観たがってた私の心を読まれたかのようで、少しバクバクする心臓を抑えながら、私は尋ねる。
「じゃ、じゃあなんで? こんなオタクっぽいやつ……」
「だって、天沢さん、すきでしょ」
「はい!?」
なんで知ってんの!?どこでバレた!?
私はオープンオタクがだいきらいだ。あーいや、これは語弊があるか。別に他人がオタクをオープンにしてる分には別にどうだっていい。関わらなければいい話。
けど、自分が少しでもオタクっぽさを出すとか、それでもしかしてオタク?なんて疑われちゃうなんて、そんなの信じらんないくらい嫌で。めちゃくちゃポリシーに反するのだ。
だから、グッズを買ったりしても、それをカバンにつけて登校したりは絶対しないし、スマホのロック画面とかアイコンとかもオタクっぽさゼロ。早口とか、吃るとか、声が小さいとか、そういう喋り方や立ち居振る舞いからオタクがバレるのなんて、絶対論外。
そうやって無臭オタクを貫いてたのに、なんで!?
困惑して滝汗をかく私を尻目に、星宮一織は「ん」とポスターの一部を指さす。
ポスターには、主人公の右肩にちょこんと座る、作品のマスコットキャラがいて。私はああ……と嘆息した。
私が昨日、星宮一織とのLINEで使った、ピンクのクマのスタンプ。それと全く同じクマが、そこには描かれていたのだった。
ちなみに、クマの名前はぐりらくんと言う。『ぐりらくんのぼうけん!』という四コマ漫画もあったりする、人気のマスコットキャラだ。
私は、これならオタクっぽく見えないし!なんて思いでスタンプを買ってしまった過去の自分を、途方もなく恨むことしかできないのであった。
私は泣きそうになりながら、星宮一織にこれでもかと頭を下げる。90°とか余裕で超えてる。鋭角になってるはずだ。
「お願いします……!! ぜったい、他の人には言わないで」
「なんで?」
こ、こいつ……!!「あんたからのお願いなんて、なんで聞く必要あるの?」とでも言いたいの!?
けど、星宮一織の「なんで」は私が想像してたのとはちょっと意味が違うみたいで。
「すきなことなら、隠さなくてもいいんじゃない?」
星宮一織は不思議そうに首を傾げる。
いや、だって。クラスの一軍女子がゲーオタなんて、ありえないじゃん。誰かにバレでもしたら、一気に四軍あたりに転落だ。玲緒奈や夏希からはドン引きされて、クラスのみんなからは「天沢さんって普段あんな感じなのに、オタクだったんだ(笑)」とか裏でコソコソ笑われるに決まってる……!!
……ううん、実際のクラスメイトは、そんなに酷くないってのはわかってる。けど、空気を読んで生活するのが当たり前の私にとって、私の周りの空気だけが、ピシッと凍りついてしまっちゃったりするのが、めちゃくちゃ怖いんだ。
けど、百人斬りと謳われて距離を置かれても、何か問題でも?って感じで毅然と登校してるこの女に、私の気持ちをどれだけ説明してもわかるはずなくて。
「ぜったい隠さなきゃ、なの! 私が私であるために……!! だから、お願い」
「ふーん……」
星宮一織は顎を撫でて、少し考える。
そんな姿も様になってるなーとか思ってしまう。
星宮一織はじゃあ、と口を開いて。
「あとで、下着みせてくれたら、いいよ」
「だぁぁぁ!! ちょっとこうなると思ってた自分もいましたけどねぇ!?」
天沢さん、大きい声出すと迷惑だよ。とド正論を突きつける星宮一織に、お前のせいだ!と叫ぶのだった。
✝︎
結局ネビファンを見ることになった私たちは、塩とキャラメルで半々にわかれたMサイズのポップコーンと、それぞれすきなドリンクを持って、もう既に少し暗くなっていた劇場の中を進んだ。
Gの11と12……は、ここか。うん、結構いい席じゃん。
どうやら映画館が混んでいたのは、恋愛映画とお子様向けの映画のおかげらしく、ネビファン目当てできている人はかなり少なかったようで。
あのあと、また小競り合いをしていて結構ギリギリに購入したのに、真ん中の良い席を取れてしまった。ファンとして喜ぶべきか、嘆くべきか……。まあ、ゲームの映画化って、観る人少ないよね。うんうん。
席についた私は、星宮一織の眼前に人差し指を突き立てる。そして、勢いはありつつもボリュームを落とした声で、
「言っとくけど! 映画の途中で、私のからだとか、あちこち触ってきたら許さないから!」
絶対に言っておかなければならないことだ。言っておかないと、あちこち触った上で、「だって、触るなって言われてないから」とかなんとか言ってくるに違いない。もう慣れっこだ、こいつのペースには!
しかし、星宮一織はやれやれと言った具合にため息をつく。
「そんなことしないよ。ここ、映画館だよ。天沢さんは、わたしのこと誤解してると思う」
「さっき、秘密にしてやるから下着見せろとか宣ったのはどこのどいつですかねぇ……!?」
星宮一織はそれはそれ、これはこれ、と呟いてすんとした顔をする。ぐぬぬ……。てか、下着はどのタイミングで見せればいいのか……いや断じて乗り気なわけじゃなくて、今後の私の平穏な学校生活のために、見せなきゃいけないわけで!
「それに、服が汚れちゃうといけないから。そんなことしないよ。せっかく、かわいい格好してきてくれてるのに」
か、かわいい。かわいい、か。ふーん……。
クラス、いや学校でいちばんの美女にストレートに褒められて、嬉しくないってことはまあ……なくて。
遅くまでクローゼットを漁りまくった昨夜の私が、少し報われたような気持ちになるのだった。
……ん?ていうか。
「服が汚れる……って、なに?」
「わたしに触られたら、濡れちゃうでしょ。天沢さん、えっちだから」
………………はぁぁぁぁあ!!?
一瞬どういうこと?と考えて、私はすぐに顔を真っ赤にさせる。こいつは!ほんとに!隙あらばすぐにセクハラを!!!
てか、んなわけないじゃん!?そもそもなんで私がえっち設定なの!?どう考えてもえっちなのはお前だろうが!
……ああいや、百人斬りのレズに告ってる時点で、私は欲求不満のレズの仲間入りってわけなのか……ちくしょう!!
思わず叫びそうになる私に、星宮一織は「はじまるよ」と一声かけてきて。そして、私の右手の上に、そのしなやかな左手を置いてきた。
そのまま、指を絡めてくる。
触らないって言ったじゃん……!?こいつ、舌の根も乾かぬうちに……。
けど、胸とか太ももとか、そういうところは触らないから、これで我慢してやるって意味なら……従うしかなくて。
私は自分の右手がじんわりと汗ばんでくるのを自覚しながら、精一杯右手から意識を逸らすべく、目の前のスクリーンを見つめるのだった。
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