第3話 まちあわせ
……一睡もできなかった!!
今更襲い来る睡魔と戦う私は、混雑した電車の中でつり革とともに揺られていた。
欠伸を噛み殺しながら、スマホに表示された時間を見る。
うん、ちょうどぴったりくらいに到着しそう。いつもの私なら10分前に着くように行くけど、あんまりやる気に満ち溢れてると思われるのもやだし。逆に遅刻しちゃって、星宮一織の機嫌を損ねるのもやだからね。
窓から差し込む日差しに、私はうっと目を細める。寝不足にこの日差しはちょっとキビシイな。今日が屋内のデートで良かった。
てか、これでよかったのかな。
私は自分が身に纏う服装を、今更確認する。
デコルテラインが綺麗に見えるシャツブラウスに、ハイウエストのフレアデニム。ショッピングモールでいろいろ連れ回される可能性を考えて、靴はただのスニーカー。
昨日の夜からああでもないここでもないと、クローゼットにある服を引っ掻き回した甲斐があったもんで、かわいいけどやりすぎてない、ちょうどいいコーデが組めたんじゃないかと思う……たぶん。それから、絶対に脱がせにくいハイウエストのデニムパンツってのが重要ポイントね。
カバンの中のポーチから小さな手鏡を取り出して、メイクの確認もする。(今更)
昨夜、襲い来る明日のデートと今後の交際についての不安から寝れなかったせいで、肌のコンディションはそこそこ低めだ。普段ならあまりできることのない目元のクマと、オレンジのコンシーラーで戦った朝を思い出す。でも格闘の甲斐あって、血色が悪いとか肌が荒れてるとか、そんな印象はきっと持たれないはずだ。
……うん。今日も可愛い、私。
てかちょっと待って。これ周りから、ウキウキルンルンでカレシとのデートに向かってるいたいけな女子高生、とかに見えちゃってたりしないよね!?
なんだか生ぬるい視線を周囲から感じて、私は身震いする。
違うから。かわいい服もかわいいメイクも、全部私のため。星宮一織から、『一軍女子とか自負してるのに、プライベートは大したことないんだ笑』とかなんとか、ちょっとでも思われたりするのが嫌なだけ!
私の頭の中でニヤリと口角を上げる星宮一織を振り払っていると、電車の速度がゆっくりになってく。しばらくしてから完全に停止した電車は、ぷしゅーと音を立てて扉を開いてくれた。いつのまにか着いちゃったみたいだ。
人の流れに押し出されるように車内から出ると、むわっとした熱気が私の体を包んだ。6月もまだ中旬だというのに、今日は真夏日だ。
私はカバンからハンディファンを取り出して、ぬるい風を首元に当てながら待ち合わせ場所を目指す。
……えーと、南口だっけ。
久しぶりに来る駅っていうのもあって構造がピンと来ない私は、天井にくっついてる黄色い看板を頼りに南口へと向かう。
なんか、人多くない?
土曜日だから当たり前かもだけど、この駅ってこんなに人気だったっけ。
しかも南口に近づけば近づくほど、人の数は増えていく。ショッピングモールへは南口からがいちばん近いみたいだから、人が多くなるのは当たり前だけど、でもそれよりかは異質な感じがして。
待ち合わせに最適な大きな時計台を中心に、人気なインディーズバンドが路上ライブにでも来ちゃったのかな?と言った具合に人だかりができている。
「まさか……」
嫌な予感を胸にその人だかりの中に入っていくと、そこには「やっぱり」って感じの光景が広がっていて。
「ねえねえ、おねえさーん。聞いてる?」
「ちょっとでいいからさ! 俺らと遊ぼーよ」
金髪のチャラい男と、夏希ほどではないが耳に大量のピアスをつけたこれまたチャラい男は、あるひとりの美少女を口説いている真っ最中だった。
ウッソ……。こういうのって現実でも起こるんだ。
しかもこの人だかりはよく見てみればほとんど男性で、あのふたりのチャラ男がフラれたら次はオレ達が!って具合に息巻いてる。
でも、ここにいる男性がそうやって息巻く気持ちもわかるくらいに、同性の私目線でもその美少女は輝いて見えた。
ご自慢の綺麗な黒髪は、うしろでひとつの三つ編みに束ねられていて。
足首まである花柄のロングワンピースは、着こなしている本人の美貌のせいで、うっかり女神の羽衣とかに見えちゃう。
もちろん、その中心にいる美少女というのは、私の彼女(認めなくないけど)である星宮一織だ。
まじか……。私今からあのど真ん中に言って、おまたせ!とか言っちゃうの?ふつうに無理なんだけど!?
なかなか一歩が踏み出せずおろおろしていると、人だかりの中心に立つ男の様子が一変する。
「あのさぁ……。カワイイ顔してるから下手にでてたけど、無視は違くねー?」
不機嫌そうに眉根を寄せた金髪の男は、星宮一織の腕をガッと強く握りしめた。
いや、それはちょっと良くなくない?
さすがにこれを放置するのはいかがなものかと、私はぐっと決意をして群衆の中を突き進む。
相手が彼女だから助けに行こうとか、そんなバカな理由じゃない。私は危険な目にあってる女の子を無視するほど、腐った人間じゃないってだけで。
そこまでだ!とかバーンと登場しようとする私の前で、またもや金髪の男の大きな声が響き渡った。
「いでででででで!!!! ギブ! ギブ!」
え?と目を丸くするのは、私だけじゃない。金髪の男の相方も、私以外の群衆もそうだ。
何が起こったのか、私の目には追えなかったが……金髪の男は今、美少女こと星宮一織の前腕を掴んでいた腕をぐりんと背中側に回されて、思いっきりシメられてる真っ最中だった。それも、星宮一織その人によって。
涙目になった金髪の男の悲鳴が周囲に響く。
次は俺だ!と息巻いていた群衆の目も、「えぇ……」という困惑を湛えていて。そんな中からたんこぶのように一歩はみ出していた私は、渦中の美少女から見つかってしまう。
「おはよう、天沢さん」
「あ……うん、おはよ。えっと、解放してあげたら?」
星宮一織ははっとした顔をして、慌てて男を解放する。解放された男は、細い腕の女の子に負けちゃった情けなさから顔を真っ赤にして、人だかりを肘で押すようにして逃げていった。
ざまーみろ、とか思いながら、再び星宮一織に向き直る。
すると、星宮一織はなんだか恥ずかしいものを見られたみたいな顔をして、なぜか頬を赤らめていて。
「えっと……柔道。柔道を長い間やってて」
なんだか言い訳みたいに話す星宮一織は、ワンピースについた汚れを落とすかのようにぱんぱんと手で振り払った。
「星宮さん……強いんだね」
「ふつうだよ」
ふつうの女の子が、男を涙目にさせてたまるか!
とりあえず、私が星宮一織に押し倒されでもしたら、逃げられないことが確定してしまったのだった。
うん。絶対刺激しないようにしよう。
金髪の男がシメられたことでシラケてしまった……というか、ドン引きしてしまったらしい群衆は、待ち合わせ相手の私が到着したってこともあって、ばらばらと解散してしまう。
いや、「そこのおねえさんも一緒に、俺らとデートしない?」って来られないのはちょっと癪だけど……。まあ、これ以上の厄介事は避けられそうでよかったと思えばいっか。
とりあえず、待ち合わせ時間にはぴったりだけど、私が星宮一織よりも遅く到着しちゃったからこんなことが起こったわけで。いちお、謝っとくべきかな。
私は両手を目の前で合わせて、星宮一織に頭を下げた。
「えっとー……ごめん! 待たせちゃったかな」
「そんなことないよ。デートがたのしみで、わたしが早く来すぎちゃっただけ」
「早く……って、いつ?」
頭を下げたことで、やっと気づく。星宮一織の首から胸元にかけてが、じっとりと汗ばんでいることに。
「一時間前かな」
「楽しみすぎだろ!!」
そら、あんな人だかりもできるわ!
美少女が一時間もおなじ場所に突っ立ってるなんて、恋人にフラれちゃったのに健気に待ってるか、ナンパ待ちかどっちかにしか見えないもん。
私はカバンからハンカチを取り出して、もー……と星宮一織の首元の汗を拭う。
「次からは、私も早く来るから。星宮さんはもっと遅く来て!」
「え、えっと……うん」
なんだか珍しく吃っている様子の星宮一織の顔をん?と見上げると、そこにはさっきよりも顔を赤らめた美少女がいて。
……しまった、距離感ミスった!?
いつもバカの玲緒奈とつるんでるから、お世話焼くのが体に染み付いちゃってた……。
私は急に恥ずかしくなって、ハンカチをカバンにしまった。その代わりに、手に持っていたハンディファンを、ん!と星宮一織に突き出す。ついさっきまで電車の中で冷風に当たられていた私より、真夏日に一時間も外で突っ立ってた星宮一織の方が、使用者としてふさわしい。
星宮一織は初めて触るのか、珍しそうな顔でハンディファンを受け取りながら、「ありがとう」とふわりと笑った。……くそ、普通にしてたらただの美少女なんだな、こいつ。
悔しくもドキリとしてしまった胸を抑えながら、私はコホンと咳払いをする。
「ここじゃ暑いし、とりあえず行こ! あと、着いたら絶対なんか飲んでね!?」
「うん。……あ、そっちじゃないよ。天沢さん」
「え? でも案内板がこっちって───」
「ラブホテルは、こっち」
「私らが今から行くのは映画だっての!!」
このばか!往来でなんてこと言ってんの!と叫ぶ私に、星宮一織はふふっと笑った。
私のことからかうのが趣味なのか……!?そうだとしたらすっごく悪趣味!
私は、依然としてラブホテルがあるらしい方角に足を進めようとする星宮一織の腕を掴んで、案内板の通りにモールを目指す。
そこで、しまった、と掴んでいた腕を離した。
なにをしてるんだ、私は。さっき星宮一織の細腕をうっかり掴んじゃったせいで、綺麗にシメられた男を見たというのに……。
恐る恐る振り返ると、そこには、私に掴まれていた腕を名残惜しげに見つめる美少女がいて。
その顔は、「知らない男はいやだけど、彼女は例外です」なんてことが書かれてるように見えちゃって。
あーもう!調子狂うなぁ!
私はん〜!と唸ってから、置いてけぼりにされた子犬みたいな顔をした星宮一織の腕を、再び掴む。それだけで表情がぱっと明るくなるんだから、ほんとわかりやすい。クラスでは一言も話さず、氷の令嬢って具合の雰囲気を醸してるのに……。
ふわりと微笑む星宮一織から目を逸らして、私はいやいや。と頭を振る。
勝手にラブホ連れてかれるよりかは、ずっとマシなだけだから!!
先が思いやられる……私は頭を抱えながら、モールへとずんずん歩みを進めるのだった。
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