第20話 百人斬り
走って、走って、全力で走って。
息をするたびに肺の方から微かに血の味がしてくるくらい全力で走り続けて、私はぱたりと足を止めた。
疲れたってのもあるけど、私はいったい何をしてるんだろうっていう恥ずかしさが込み上げてきたからだ。
逆にちょっと冷静になってきちゃった頭で、私ってなんかの感情が限界迎えたら逃げ出す癖あるのかなぁとか、齢16にして気づいてしまう。……まじ情けない。
「いや、けどさ。さすがに今回のは、逃げ出しちゃうじゃん」
敢えて声に出してみる。冷静になったと思ったけど、案外余裕はなかったみたいで、声はちょっと震えている。情けなさが増した。あとまだ息切れも収まってない。ほんとにやってられない。
ちょっと座りたくなって、すぐそばにみえた公園に入った。時間は19時に近いから、当然遊ぶ子どもなんていない。夏だからまだ完全に日は落ちてないとはいえ、さすがに薄暗くなってきてて、ちょっと気味が悪かった。けど、大人しく家に帰る気には……なんかなれないし。
少し前に雨でも降ったのだろうか。遊具が少し濡れてるけど、私は気にせずブランコに座る。
スカートのおしりの部分がちょっと冷たくなった気がしたけど、今更立ち上がる気にもならない。私は今おセンチな気分なので。
はぁぁぁ、と長いため息をつく。そして、頭の中でさっきの光景を思い浮かべる。
シャワーでも浴びたみたいに、濡れた夏希の髪。それをさわさわと撫でる一織。ふたりのそれは、長い付き合いってだけのただの友人……のようには到底見えなくて。
「やっぱ、デキてんのかな……」
そう考えるのが自然だ。デキてないにしても、絶対ヤってるでしょ。ふつうの女の子2人が同じ部屋から出てきても、ああ友達かなーで済むんだろうけど、相手が素行不良の元ヤンと、百人斬りのレズってなったら話は別だ。
浅緋さんが、私を諭してくれたときに話していたことを思い出す。
『もし本当に『ありえない』って心の底から思ってるなら、わざわざ何度も強調する必要ないと思うんだよね。綾乃も乙葉ちゃんも、レズなんてありえないって、最初からずっと言い切ってる。でもさ、それって逆に怖いんじゃないの? 少しでも揺らいだら崩れちゃうから、強く言い続けてるみたいで』
この理論は、私に散々レズだのなんだの言った挙句、キモくて吐きそうとまで宣った夏希にも適用されるだろう。
点と点がいびつな線になっていく感覚に、私は気分が悪くなった。
夏希に意地悪を言われて、咄嗟に言い返したときの自分の言葉が、ずっと脳内でリフレインしてる。
『じゃあ夏希が付き合ったらいいんじゃないですかね!!』
私はそのときの自分が心底憎たらしくて、恥ずかしくて、鬱陶しくて、思わずため息をつく。
「……いいわけあるかよ、ばか」
あたしと星宮が付き合ってもいいのかよ、なんて発破をかけるようなことも言われたっけ。
あのときにレズじゃないから!なんて反発してしまった自分が、もうめちゃくちゃ恨めしい。ああ言われたとき、一織は私のだから手出すなってちゃんと言えてたら、こんなふうになってなかったんだろうか。
また、じわりと涙が出てくる。
誰も見てない。いいか、零してしまっても───
そう思ったとき。俯いていた私の視線に、大きな影が映った。
「こんな時間にひとりとか、誘っちゃってんのー? 俺らとイイコトしね?」
お腹の奥まで響くような耳障りな重低音が聞こえて、慌てて顔を上げる。
するとそこには、なんか見覚えのある不良三人組が立っていて。
不良が私の顔を見て、あっと声を出す。
「てめェは!! あんときの!!」
「ちょ、タッくんやばくね!? こいつ望月のダチとか言ってた女じゃん!?」
しばらく記憶を遡って、私もあっと声を出す。
この人達、高槻先生を取り囲んでいた、いつぞやの不良だ。
薄暗くて、人通りもほぼなさそうな夜の公園に、女ひとりと不良が三人。あのときは先生を助けなきゃって気持ちでアドレナリンがどばどばでていたけど、今は違う。
どうやっても勝ちようがなさそうな巨漢を相手に、私は思わず身震いした。ずっとモヤついてた心の中が、怖いで一色になる。
けど、伝家の宝刀『望月夏希の友人です』パワーがまだ有効なのなら、私に勝機はある。……夏希とずっと揉めてる私が夏希のこと何回も利用するってのは、ちょっと癪だけど。
……そんなことを考えていたのも束の間。タッくんとか呼ばれた先頭の男が、にやりと口角を上げる。
「いやぁ、あんときは咄嗟に逃げたけどよォ……。冷静になりゃ、こいつが望月の野郎にチクれなくなるくらい、怖い目に遭わせりゃいいって話じゃねェの?」
「た、たしかに? まあ女だし……」
「ああ。言うこと聞かなさそうなら、裸に剥いて写真でも撮って脅しゃあいい。……てめェには借りがあるからなァ。ちょっと痛い目見るのは覚悟してもらおうか」
そう言って、先頭の男は下卑た笑みを浮かべながら、指の骨をボキボキ鳴らしながらにじりよってくる。後ろに控えていたふたりも、私の逃げ道を塞ぐように私の周囲に回り込んでくる。
こわい。
こわい。
こわい、どうしよう。どうしたらいい。
こんな時間に飛び出すんじゃなかった。
治安も悪くなってるとか、ママにもお姉ちゃんにも散々言われたのに。
はやく家に帰ればよかった。
足ががくがくと震えて言うことを聞かない。逃げ出すことはおろか立ち上がることさえできないし、ブランコのチェーンを握った手は、かたまってしまって離れてすらくれない。
男は私に顔を近づけながら、笑う。
「良い顔じゃねェの。その顔がもっと歪むのが楽し──────ブヘェァァァァッ!?!?」
刹那、風が吹いた。
そして瞬きをした瞬間、目の前から男が消えていた。
思わず左を見ると、何者かによって殴りとばされた男が、きりもみ回転をしながらはるか上空へと吹き飛んでいた。
「……え?」
ドガシャァァン!という衝撃音が響く。吹き飛ばされた男は、綺麗に整えられた花壇に頭を突っ込むような形で突き刺さっていて、体全体がピクピクと弱々しく動いている。
「ちょ、ちょま────ぐぉッほァァッ!?!?」
状況が理解できないままでいる私の周囲で、今度は炸裂音のような音と、男の断末魔が響く。
そうして、私の右側で棒立ちしていた男の取り巻きが、同じように吹き飛ばされた。
「……え、え?」
……全く、意味がわからなかった。
何が起こっているのかは、視界に映っている全てでわかるはずなのに、私の脳がそれを理解することを拒んだ。
だって、だって。
「い、いおり…………?」
さっきから拳ひとつで不良を上空まで殴り飛ばすとかいう、人智を超えた怪力を披露していたのは、私の彼女────星宮一織なのだから。
一織は、驚く私の姿を見て、なぜか切なげな顔をしながら、赤くなった自分の拳を摩る。
そして残りのひとり、私の左側で腰を抜かして立てなくなっている男の前に、音もなく接近した。
男を見下す一織の瞳は、視界に入ってしまえばうっかり私も凍ってしまうんじゃないかってくらい冷徹だ。その表情は暗くてよく見えないけど、確実にブチギレているっていうことは明白で。
一織は男に詰め寄りながら、自分の前髪を掻きあげる。そういえば今まで一度も見たことがなかった一織の額には、美少女には似つかわしくない、刃物で斬られたあとのような傷跡が残っていて。
それを見た男が、震えていた体を更に、可哀想になってくるくらい震えさせて。
「そ、その傷……!! ま、まてよ、聞いてねえよ……!! お、おまえ、お前……!!」
男はその瞳に、恐怖の二文字を刻みながら、叫んだ。
「消えたんじゃなかったのかよ────百人斬り!!」
叫んだ瞬間、今までのふたりと同じように、男は一織の拳によって上空へと吹き飛ばされる。
私の体を脅かす脅威が去ったところで、一織は自分の手や服についた汚れをパンパンと払い落としながら、こちらに近づいてくる。
先程まで激情を湛えていたその瞳は、いつもの何を考えているのかよく分からない色に変わっている。
けど、その表情はとても申し訳なさそうで、泣いてしまう一歩手前みたいな顔。なんで私のことを助けてくれたのに、そんな顔をするのかが、私には理解できなくて。
一織は私の足元でしゃがみこんで、私の頬を無でる。
ついさっき男を三人殴り飛ばしたとは到底思えない、細くて柔らかい、私の大好きな手だ。
一織は私と目線を合わせながら、重々しく口を開く。
「隠そうと思ってたけど……ごめん。やっぱりちゃんと、話すね」
ごくり、と生唾を飲み込む。
私の頬に添えられた一織の手が、少し震えているような、そんな気がした。
言うか、言うまいか、限界まで葛藤するような表情を見せる一織。そして、覚悟を決めたようにぐっと目に力を込める。
一織は、話す。
「わたし……じつは昔、不良だったんだ」
「……………………はい?」
予想外の言葉に、私は素っ頓狂な声を返していた。
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第20話で第一章完結予定でめっちゃキリいいと思ってたのに、長くなりそうで分けました……。
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