第19話 さいってー
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終業式。
生徒指導の先生からのありがたいお話を、右耳から左耳へと聞き流しながら、私はたったひとつのことを考えていた。
それはずばり、一織とこれからどうしていけばいいんだろうってこと。
昨日、その……まあ一織のことを好きになっちゃってる自分がいるってことには気づいたわけだけど。『好きって自覚』の次のステージは『告白』なわけじゃん。けど、私と一織ってもう一ヶ月も前に付き合っちゃってるんだよね……しかも私の告白で。
もう一回好きです!って言うにしたって、じゃああのときの告白は嘘だったってこと?ってなるだろうし……それで一織を傷つけることになるのは避けたい。腹を立てた一織に私が襲われるかも、なんてことは些事だ。……まあ襲われるくらい、別になんでもいいし。
いつの間にか生徒指導の先生は壇上から降りていたようで、見慣れない真面目そうな生徒がマイクの前に立った。たしか、生徒会の人だったっけ。
生徒会長と名乗った人は、一学期の行事を四月から順番に振り返っていく。そして夏休みのボランティアの募集とか、夏休み明けに控えてる文化祭準備の呼び掛けをしている。
そうだ、文化祭。
去年は玲緒奈や夏希と一緒に回ったんだっけ。
まだあのときは今ほど仲も良くなかったし、夏希が元ヤンって知ったばっかでビクビクしてたけど、結局お化け屋敷とか男装喫茶とか先輩たちの劇とか、そういうのを一緒に見て回ってるうちに次第に仲が深まって……
一織と、文化祭一緒に回りたいな。
心の中に素直に浮かんだ感情に、私ははっとする。
そういえば、玲緒奈や夏希から言われた一織との交際の期限は、三ヶ月だ。一織に告って交際を始めたのが六月だから、六月からの三ヶ月、すなわち九月になったら、一織と別れなきゃいけないってことで。
……いやだ。
ずきりと心臓が痛んで、誰も聞いていない心の中では正直に本音を吐き出す私。
結局、不良が増えて治安が悪くなってるとか、知り合いに見つかるかもしれないみたいな私の言い訳をちゃーんと守ってる一織は、おうちデートしか提案してこない。
まだ水族館も行ってないし、映画だってもう一度観に行きたい、次は一織の好きな映画を。アウトレットで買い物しておそろいのものを買っちゃったり、テーマパークでジェットコースターとかお化け屋敷とか楽しんだり……あ、一織はそういうの得意なのかな。ちょっと遠出してどこかを一緒に観光したり、温泉行ったりもいいな。てゆーかこれから夏なんだから、プールとか海とか川とかいろいろしたい、貯金足りるか分かんないけど、グランピングとかも憧れる。
まだこんなにしたいことがあるのに、九月で別れる?文化祭だって九月は準備期間、本番は十月にあるのに。
……そんなの嫌だ。てかもとはといえば玲緒奈と夏希の都合なわけで、絶対三ヶ月で別れなきゃいけないってことはなくて。
私はこれから、一織とちゃんと向き合って、ちゃんと付き合っていくんだ。罰ゲームとかじゃなくて、ほんとに好きだと思ってるから。
最初罰ゲームで告ったときこそ、「溜まってるし。したいから」とかさいってーなこと言って承諾してきた一織だけど、最近は私のことかわいいとか、すきとか……その、いっぱい言ってくれるわけだし。たぶん、両思い。
でも、ちゃんと付き合っていくのなら、向き合わなければならない問題があって。
結局、私が一織のことを信用しきれてないってことだ。
ほんとに他の女はいないのか。夏希との関係性は一体なんなの?……って言った具合に、私が一織への恋心を自覚したとて、簡単にスッキリさせるのを拒むように、不安の種がいくつもあるわけで。
……うん。いい機会だ。
今日は夏休み前最後の登校日。陰鬱な気持ちを引きずったまま夏休みを迎えたくない。一織とちゃんとした恋人同士って状態で、夏休みを満喫したいんだ。
だから今日私は、一織とちゃんと話をする。
早速、とポケットからスマホを取りだした私は、周囲から見つからないように一織にLINEを送る。
おとは:今日の放課後、話したいことがある
真面目な一文。ごまかすようなスタンプもなし。
私は覚悟を決めると、そろそろブーイングが出そうなくらい話の長い校長先生の声に耳を傾けた。
✝︎
「おーとーはー!!」
配布物が全て配られて、先生が下校時間のタイミングを他の教室の先生と相談しに行ってから、数分。見事に「早く帰らせてー」とか「カラオケ予約しといた!」とかザワついちゃってる教室のなかで、一際目立つ存在が一際目立つ声量で私に話しかけてきた。無論、玲緒奈である。
そのまま抱きついてきた玲緒奈は、「おとは〜おねがいだよ〜」と頭を私の肩にぐりぐりと押し付けてくる。痛い、痛いわばか!
「なに、どうしたの?」
「じ、実はぁ……折り入ってごそうだんがぁ……」
「…………また面倒事?」
やたらと渋る玲緒奈を、時間の無駄!と言わんばかりに無理やり白状させた。
要するに、『期末試験の時に提出する予定の課題をまだ提出してなくて、罰として出された追加課題も終わってなくて、夏休み入ったら逃げ果せると思ってるだろうから今日絶対に終わらせて提出しろと先生に言われた。そんなのひとりで終わらせられるわけがない、どうか助けて欲しい』……っていう懇願だった。
「はーい自業自得、かいさーん」
「乙葉さん!?!? お、おねがい……!! だってこんなん終わるわけないじゃん!? 今日残ってって……今日一日で終わるかも怪しいのにさぁ!? あーしこれ、ひとりでやったらガッコーに三泊は余裕だよ!?」
「なんで自慢げなんだよ……」
そういえば、玲緒奈は赤点を何個か出しちゃって、夏休みに夏期講習の強制参加も決定しちゃってたんだっけ。ひとりだけ課題に追われて夏休みに入れず、入れたと思ったら夏期講習がスタート。夏期講習に手一杯で各教科の夏休みの課題に手をつけられなくて、見事文化祭準備にも関われない負のループ……うん、自業自得だけどさすがに可哀想に思えてきた。
「てか、夏希は? いつも夏希に頼ってるじゃん」
「それがぁ……なんか今日もともと予定あるとかなんとかで、早々に蹴られちゃってぇ……」
玲緒奈は涙目だ。
……さすがに可哀想、かな。
「……はぁ。ちょっとだけだからね? 私ももーむり!ってなったらすぐ帰るから」
「……!!!! やっぱり持つべきものは大天使乙葉大明神さま!!!!」
「だから天使なのか女神なのかどっちなのそれは……」
そうこうしてるうちに、担任の先生が教室に戻ってくる。下校時間は、いちばん遅いクラスに合わせるとかて、これからあと十分くらいは待機なんだとか。
2-A全体からブーイングが殺到して、先生は「先生だって早く帰りたいよー」とか嘆いている。
私はそんな先生を尻目に、ポケットからスマホを取りだした。
おとは:今日の放課後、話したいことある
まだ既読はついていない。
一織って結構模範生徒というか、真面目なところあるから、学校ではあんまりスマホ触ったりしないのかな。
まあ、放課後になったら見るでしょ。
私は送っていたメッセージを送信取消して、新たなるメッセージを打ち込む。
おとは:話したいことあるんだけどさ
おとは:ちょっと用事できちゃって
おとは:夕方にはたぶん行けると思うから、先に家帰って待ってて!
しゅぽん、とメッセージを送信し、私はスマホをふたたびポケットに入れた。
十分も経たないうちに、隣のクラスが騒がしくなり、廊下を見れば下校が開始されていた。
なんであいつらだけー!?てな具合にブーイングが加速し、耐えきれなくなったうちの担任も、特別だからな!とか叫びながら下校を許可してくれる。
帰る準備を万端にさせていたクラスメイトは、みんなで押し合いながら教室を飛び出していく。
そんなクラスメイトの背中を羨ましげに見つめる玲緒奈を見て、その目をしたいのはこっちだっての、と独り言ちた。
✝︎
……うん、見事な夕暮れ。
時計を見ると短針は6を、長針は12をさしていた。
お昼ご飯に食べた購買のパンの袋とか、玲緒奈に奢らせたジュースのパックとかを一纏めにしてゴミ箱に捨てると、私はスクールバッグを持った。
当の玲緒奈はといえば机の上でつっぷして、頭からぷしゅーって煙を出していて……うん、だいぶ限界そうだ。
けどまあ、元の提出課題は私のを写させて、追加課題という名の反省文は、私がスマホでAIに書かせ、それを読み上げて玲緒奈が書くってな具合に協力(?)したから、思ったよりかは早く終わったんじゃないかって思う。……まあ玲緒奈がこんなの正解するわけないじゃん、ってとこまでしっかり写してたから、誰かのを写したのは明白で、厳しい先生ならやり直しを命じてきそうではあるけど……まあ知らない。そうなったら頑張れ。
玲緒奈に別れを告げて、私は足早に教室を出る。もう学校は全体的に人気がなくて、灯りがついてるのはコーヒーの香りがする職員室だけだ。
こんな時間までご苦労さまだなーなんて思いながら、私は学校を後にした。
スマホで乗り換えアプリを開いて、一織の家までの最短ルートを調べる。ついでにおやすみモードを解除して、来ていた通知を一斉に見ていく。
一織:わかった
一織:まってるね
そんな些細なLINEにもときめく自分をバカらしく思いつつ、電車に駆け込んだ。明らかに私を注意するアナウンスに内心ごめんなさーいとか思いながら、私は一織への返信を打ち込む。
おとは:終わったから、今から向かう!
おとは:待たせてごめんね
既読はつかない。
大方、勉強してるか晩ご飯作ってるか、大穴で寝てるか……まあそんなところだろう。
私はバクバクと逸る心臓を押さえつけながら、電車に揺らされる。
しばらくして、一織の家の最寄り駅がアナウンスされる。座れたこともあって少し寝かけていた私は、そのアナウンスで目を覚ますと、ぷしゅーと音を立てて開いた扉からすばやく出ていく。
改札を出て、東口。
もう何回も通っているから、地図アプリを開く必要もなくなった。
エスカレーターを降りたら、そのまましばらくまっすぐ。
眼科とか皮膚科とか学習塾が入った大きめのビルのところで右に曲がって、そこからさらにまっすぐ。
見えてきたのはグレーの、わりと新しめなマンションだ。
エレベーターに乗って、5ってボタンと閉ってボタンを連打。
一刻も早く行かなくては、うちの愛おしい彼女が待ってるんだから。
スマホを取り出す。ロック画面には18:38と書かれていて、家によってはもう晩ご飯の時間だ。玲緒奈のせいとはいえ、結構待たせちゃったなーとか申し訳ない気持ちを抱きながら、LINEを開く。……まだ既読はついてないけど、一応「もうつく!」ってLINEも送っておく。
ぴーん、と音とともに私の体にちょっとした浮遊感を残して、エレベーターは5階で止まった。ゆっくり開く扉に体をねじ込むようにしてエレベーターから出た私は、一織の住む部屋を目指す。
……目指す、けど。
一織の住む部屋、506号室の扉が徐に開いた。
私の到着LINEを見て迎えに来ようとしてくれた一織だったりして、なんて考える恋愛脳の私をぶん殴るかのような衝撃が、私の頭を襲った。
一織の部屋から出てきたのは、夏希だった。
微かに声が聞こえる。
「そんじゃ、あたしは帰るけど。お前さ、乙葉にあたしらの関係についてちゃんと言っとけよ。前疑われて結構焦ったんだからな」
そういう夏希の髪は、ちょっと湿っている。まるで、シャワーでも浴びてきた……みたいな。
部屋からするりと一織もでてきた。
一織は扉にもたれかかりながら、そんな夏希の髪をあそぶように撫でる。
イライラとモヤモヤと、よく分からない感情が蓄積する。
「……そんなの、話すわけない。……話せないよ」
そう言いながら、切なげに微笑む一織。
夏希はそんな一織にため息をつきながら、まぁいいけどよと続ける。
「じゃあ、今回の報酬は?」
「このなでなでじゃだめ?」
「ばか、足りるわけねーだろ」
夏希は一織の手を掴んで、そのまま振り下ろす。
……もう、限界だった。
私はスクールバッグを投げ捨てて、そのままゆっくりとふたりに接近する。
先に夏希がこちらの存在に気がついて、遅れて一織もハッとしたような顔をする。そしてふたりして、やば、みたいな焦った顔をして。
ふたりに近づいた私は、夏希を突き飛ばす。体幹がよすぎるせいか、私の力じゃびくともしなかったけど、空気を読んで下がってくれた。
私は一織に向き直ると、「おとは、これは……」と言い訳を始めようとしている一織の胸ぐらを掴んで、そして。
────パンッ
一織の端正に整った顔に、全力のビンタをお見舞いした。
目頭が熱くなって、涙がぽろぽろと零れる。
今日一日、一織とちゃんと向き合おうとしてた自分が、一織に会うために急いで学校からやってきた自分が、一織のことを本気で好きになってしまった自分が、もうぜんぶ本当にバカらしくて。
体全体が熱くなって、心はどろどろとした感情でいっぱいで。
「…………さいってー」
わかってたことなのに。
百人斬りって知って告ったのも、本気で好きになっちゃったのも、私なのに。
そんな言葉を吐き捨てて、私は一織の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
一織の顔は見れない。呼び止めるような声が聞こえるけど、そんなの知らない。今更話したって無駄なんだから。
私は地面に転がっていたスクールバッグを手に取ると、そのまま一織の住むマンションから逃げ出した。
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