第17話 自白
インターホンを鳴らすと、部屋の奥から「はーい」って声と、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
しばらくするとガチャンと解錠される音とともに、美人がひょっこりと顔を出して。
「いらっしゃい、乙葉ちゃん」
「……急にすみません、浅緋さん」
自分の感情が制御できなくなってしまった私は、うっかり学校を早退だなんて小学生以来の暴挙にでてしまって。
だというのに家の鍵すら持ってないことに気づいてしまって途方にくれていたところ、浅緋さんの連絡先を持っていることを思い出して、一か八か連絡を取ってみたのだ。
浅緋さんとの連絡はすぐについて、「よくわかんないけど、困ってる感じかな? とりあえずうち来なよ」と提案してくれた。
ちょっと頼らせてもらおう、と連絡したのは私だけど、そんなにあっさり家に入れてもらえるなんて思ってもみなかったわけで、社会人だよね、なんで平日なのに家にいるの?とか、勝手に恋人の生徒を家にあげちゃって大丈夫なの?とかいろいろ考えてしまう。けどまあ、本人がいいならいいのかな。
先日、浅緋さんと高槻先生の家におじゃました経験のある私は、経路を思い出しつつ、たまにスマホを頼って浅緋さんの家まで来た。
「乙葉ちゃん、学校は?」
「早退しました。体調が優れないので」
「私の目にはめっちゃ優れてるように見えるけど」
呆れたように笑いながら、多感な時期だしねー、いろいろあるよねーと頷く浅緋さん。私はそんな浅緋さんの後を、俯きながら追う。
リビングに案内されるかと思いきや、その奥の個室に通された。
「いまリビング散らかっててさ、私の仕事部屋でごめんね。その辺にでもてきとうに座っててくれる? 飲み物取ってくるね」
「あっ、すみません。お構いなく……!」
「構うわよー、彼女の生徒さんだもの。飲み物はなにがいい? うちはコーヒーと強めのお酒くらいしか置いてないけど……あ、貰い物の梅ジュースならあったかな」
「じゃ、じゃあそれで……すみません」
はーい、と返事をした浅緋さんは、私に座布団を手渡して部屋を後にした。
暇ができてしまって、私はスクールバッグをぎゅっと抱きしめながら、浅緋さんが仕事部屋と称したこの部屋をぐるりと見渡す。
まず目に入ったのはテーブルの上に置かれたたくさんの機械だ。パソコンとか、モニターとか、タブレット?のようなものが沢山置かれている。近くにはなにかの資料のようなものが山積みにされてたり、デッサン人形とか、よくわかんないキャラのフィギュアとかが点在している。
奥には大きめの本棚が三つ。その中には私でも知ってるようなメジャーなものから、たぶんマイナーなんだろうなっていうものまで、たくさんの漫画やら小説やらかがぎっちり詰まっていて。
収納棚にはゲームのコントローラーと、あとはカセット……わ、ネビファンのまである。浅緋さんもゲームとかするんだ。
きょろきょろと観察していると扉が控えめな音を立てて開き、梅ジュースとコーヒーをトレーに載せた浅緋さんが「もー、あんまり見ないでね? 恥ずかしいからさ」と言いながら入ってくる。
浅緋さんに梅ジュースを手渡され、私はお礼を言っておそるおそるストローに口をつける。
思ったより、やわらかい甘さが先に来た。次の瞬間、きゅっと頬の奥がすぼむ。酸っぱい。でも嫌な酸っぱさじゃない。レモンみたいに刺さる感じじゃなくて、丸くて、透明で、夏の空気みたいな酸味だ。
思わずおいし……と口にした私に、浅緋さんはよかった、と笑った。そして机の前にあるゲーミングチェアに腰掛けると、私に微笑みかけてきて。
「それじゃ、私は相談にでも乗ればいい感じかな? 迷える子羊さん」
「……」
私は思わず俯く。
勢いでこの家まで来てしまったけど、私は相談……にきたのかな。そうすると、どこから話せばいいんだろう。まず、私自身あんまり自分の感情が整理できてないのに。
浅緋さんはコーヒーを一口飲むと、小首を傾げる。
「ああ、困ったことがあるから来たのかと思ったけど、なーんだ。抱かれに来たのね? ごめんなさい気が利かなくて、今寝室に────」
「ち、違いますから!! そんなんじゃなくて、えっと……そ、相談!! 相談にきました!!」
「あら残念」
あら残念じゃないから!私まだ高二だからね!?私に手出したら犯罪だから!
けど浅緋さんなら、自由恋愛なら問題ないわよとか言ってきそうだ。まずあんたの場合付き合ってる彼女がいるのが問題なんだっての!
「それじゃあ、大方……前に言ってた愛しの彼女ちゃんに関してかな?」
浅緋さんが核心に迫る。
私はストローをくわえたまま、カーペットをじっと見つめて。
「……愛しでも、彼女でもないんです、本当は」
「え?」
「まず、私はレズなんかじゃないんです。いや、その、浅緋さんや先生を否定するわけじゃないですけど。自分は絶対そうじゃないって、ありえないって思ってます」
そう言って、梅ジュースを半分くらいまで口に含んだ。
浅緋さんは怒るでも呆れるでもなく、目を細めて「詳しく話してくれる?」と尋ねてきて。
私はその瞳に促されるように、ぽつぽつと頭に浮かんだ順に言葉を紡いでいく。
まず、私は断じてレズではないということ。
私が今交際している相手は、星宮一織という美少女であること。
星宮一織は中学時代に女性を性的に百人斬りし、伝説にもなった生粋のレズであること。
私はそんな相手に、友達との罰ゲームで告白することになり、うっかり承諾され3ヶ月間付き合うことになってしまったこと。
付き合って一ヶ月が経ったこと。
一織が普段してくるセクハラの内容と、自分がそれを心底嫌だと思っているということ。
試験勉強期間に突入してから、一織が私に手を出さなくなってしまったこと。
百人斬りって伝説があるくらいなんだから、今も関係を持った女がいるんじゃないかって疑っていること。
友人の夏希が一織と連絡を取っていて、その関係性がどうにも怪しいということ。
自分がそれに対して、どうしようもなくもやもやしていること。
一気に捲し立てるように喋りきった私は、肩で息をしながら、ゲーミングチェアに腰掛ける浅緋さんをそっと見上げた。ドン引きしてたり、馬鹿にするように笑われたらどうしよう、とか思いながら浅緋さんの顔を見るけど、そんな浅緋さんはなぜか、愛おしいものを見るような目で私を見つめていて。
「要するに、惚気ね?」
「……っは、はぁぁあ!? 今の聞いて何でそうなるんですか!!」
「彼女ちゃん……えーと、一織ちゃんのことが好きって話でしょ?」
「話聞いてました!?」
相談相手を間違えたかもしれない。私はため息をつく。
さっきから何度も、私はレズじゃないってずーっと言ってるのに。
私が呆れていると、浅緋さんはゲーミングチェアに座ったままガラガラと移動して、本棚から一冊の漫画を取り出した。そしてそれを私に手渡してくる。
全体的にピンクっぽい色味で、女の子ふたりが円を描くように寝転びながら目を合わせている表紙だ。
浅緋さんに促され、ぱらぱらと捲りながら物語を追っていく。
序盤で「レズとかガチキモいから!」「女同士とかどーやんの?笑」とか言ってる女の子が、クラスのレズに抱かれて、完全に落ちちゃう漫画…………私はもう一度表紙を見る。よく見ると、右上にわかりやすくR-18って書いてあった。
「な、なんなんですかこれ!! れ、レズの漫画!?」
「百合って言うんだよ。いやー、乙葉ちゃんって完全にその漫画の主人公だなーと思ってさ。嫌嫌言っておきながら、落とされるのをよだれ垂らして待ってる誘い受けって言うの?」
「なんか前にも聞いたその単語ー!!」
さそいうけってなに!?なんか文脈的にバカにされてることはわかるけど。
てか、こんな漫画なんてフィクションの世界なわけで。現実に生きて、現実に起きてることで悩んでる私には、全く関係のないことだ。
漫画を「もういらないです」と浅緋さんに返すと、浅緋さんはくすりと笑う。
「なんか、乙葉ちゃん見てると昔の綾乃を思い出すなー」
「……はい……?」
訝しげな視線を送る。
綾乃というのは、浅緋さんと交際している女性のことで、私のクラスの副担任であり英語の担当教師でもある高槻綾乃先生のことだ。
高槻先生と私なんて、共通点女ってことくらいしかないと思うけど……。
「綾乃もさ、今でこそ私と付き合ってるけど……大学の頃は、サークルの女の子をとっかえひっかえしてる私のこと、めちゃめちゃ毛嫌いしてて。不純だし、汚らわしいって感じにさ」
なんか、想像できる。前はうっかり……というか浅緋さんの策略によって、先生の見たくもない余計な光景を見てしまったけど。
普段の先生は真面目で融通が効かなくて、生徒指導週間とかが始まったら、いちばん張り切っちゃったりする先生だから。
浅緋さんは懐かしむように微笑みながら続ける。
「正直ダルかったからちょっかいかけてみたら、面と向かって女同士なんてありえないって言われたときはさすがにビビったなー。まあでも結局、今はそんな私と付き合ってくれてるわけなんだけど」
「……高槻先生は、なんで浅緋さんのこと、好きになったんですか?」
「さあー、なんでだろうね。私のことを好きになってくれたのは奇跡かなーとか思うけど……でも、綾乃が結局女と付き合ってることには、なんの疑問もないかな」
「……? どうしてですか?」
率直な疑問を投げかける。
浅緋さんは、座布団の上に腰掛ける私にぐっと顔を近づける。
「人ってさ、本当にどうでもいいものには怒らないんだよ。興味がなきゃ、そもそも話題にもしない。嫌いって感情はさ、無関心よりずっとエネルギーを使うでしょ。否定するってことは、そこに引っかかりがあるってことじゃない?」
そう言って、浅緋さんは私の額を人差し指でつんつんと小突く。
私はその言葉が何を指しているのかが分からなくて、思わず押し黙った。
浅緋さんは続ける。
「もし本当に『ありえない』って心の底から思ってるなら、わざわざ何度も強調する必要ないと思うんだよね。綾乃も乙葉ちゃんも、レズなんてありえないって、最初からずっと言い切ってる。でもさ、それって逆に怖いんじゃないの? 少しでも揺らいだら崩れちゃうから、強く言い続けてるみたいで」
「そ、そんなの」
夏希からレズじゃんと決めつけられて、咄嗟に怒ったときの自分の姿を思い出す。
違う。こんなの絶対に違う。すぐに否定しなければ──
浅緋さんが、私の額をつついていた人差し指を、そっと私の唇に当てる。
「否定って、防衛でしょ。防衛ってことは、触れられたくない何かがあるってこと。本当になんにも思ってない人は、そんなに必死にならないよ」
浅緋さんは、私の唇に当てていた人差し指をぱっと離す。
喋ることは解禁されたわけだけど、私の頭の中には理路整然とした反論なんて何一つ浮かばなくて。
「ち、ちがう……そんなんじゃ」
結局、泣きじゃくった子どもが、親相手に駄々をこねるみたいに、意味のない言葉を並べることしかできない。
浅緋さんはそんな幼子を宥めるように、ふわりと笑った。
「違うって思いたいよね」
その声音は優しいのに、逃げ道を塞がれているみたいで、どこか居心地が悪い。
思わず言い返そうとするけど、それを制止するように浅緋さんが口を開いた。
「ねえ乙葉ちゃん。ちょっとだけ整理しよっか」
浅緋さんは私の顔の前に指を一本立てた。
「一織ちゃんが他の子と連絡を取っていた。モヤモヤした」
二本目。
「普段はセクハラしてくるのに、急に触ってこなくなった。違和感があった」
三本目。
「まるで自分が一織のことを好きみたいじゃん、って思って焦った」
浅緋さんは立てていた指を折りたたんで、続ける。
「これ全部、『興味ない人』に対して起こる感情かな?」
喉が詰まった。
なのに私の脳みそは、何としてでも言い返せって信号を出してくる。それはまるで、核心に触れられるのを恐れるように。
「で、でも……私はレズじゃ」
「乙葉ちゃん。私は今、ラベルの話はしていないよ」
浅緋さんはぴしゃり、とではなく、柔らかく遮った。
「『レズかどうか』なんてことは後でいいの。今は、『一織ちゃんが誰かに取られるかもって思って嫌だったかどうか』」
浅緋さんはコーヒーを置く。
「嫉妬ってね、独占欲から生まれるの。それでその独占欲っていうのは、その人が自分にとって特別って思ってないと、生まれないんだよ」
浅緋さんは静かに視線を合わせてくる。
「乙葉ちゃん、一織ちゃんのこと、特別じゃない?」
心臓がうるさい。
私は即答できない。反論したところで、きっと私が納得せざるを得ないように言葉を封じてくるだろうから。
浅緋さんは少しだけ意地悪く笑う。
「あとさ。一織ちゃんの家で勉強教えてもらってるとき、触ってこなくて寂しかったんでしょ?」
「さ、寂しくなんかっ!!」
「じゃあ安心した?」
言葉が止まる。
どうだったっけ。私はあのとき、どんな感情を抱いた?
……安心、はしてない。
むしろ、落ち着かなかった。いつもの一織ならこうするはずなのに、ってそんなことばっかりを考えて、もしかして一織には……っていらぬ想像ばかり膨らんで。
浅緋さんは、そんな私の動揺を見逃してくれなくて。
「ほんとに一織ちゃんのことが嫌なんだったら、触ってこないのって最高じゃない? やっと平和だー、ってなるはずだよね。でも乙葉ちゃんは、『なんで触らないの?』って思った」
「…………」
「それ、期待してたってことなんじゃないかな、って思うんだけど」
顔が熱い。
否定しようとするのに、うまく言葉にならない。
浅緋さんは少し身体を引いて、今度は意地悪な笑みじゃなくて、優しい微笑みを湛えて。
「好きになったら、負けた気がする? 自分ばっか相手のことを考えてるって思うと、悔しくなる?」
心臓がずきずきと痛む。図星……なのかもしれない。私はずっと、悔しかったんだ。
百人斬りなんだから、私の他にも相手がいっぱいいるんじゃないか。つまり私は、一織にとって数ある女のうちのひとりなんじゃないか。
私だけが一織のことばっかり考えて……なのに、向こうはこっちのことなんて、今まで抱いてきた数多の女と同じだとか思ってたら────そんなの許せない、認めたくない。
私だって、一織にとっての『特別』でありたい。
思わず拳を固く握りしめた私に、浅緋さんが諭すように続ける。
「でもさ、好きって、勝ち負けじゃないんだよ。それに……」
少しだけ悪戯っぽく笑う。
「本当に一織ちゃんに他の子がいたら、どうする?」
心臓が跳ねた。
想像したくない光景が一瞬で浮かぶ。
一織が、私でない誰かに笑いかけて、私でない誰かに触れて、私でない誰かにキスして──
「……やだ」
小さく、本音が零れた。
すると、暗雲が立ち込めていた心の中に、すっと日差しが差し込んだみたいに、心がすっと浮いたような気持ちになる。
浅緋さんの目が細くなった。
「……うん。それが今の、乙葉ちゃんの素直な感情みたいだね」
そう言われて、なんでかよくわからないけど、目頭がぎゅっと熱くなった。じわじわと涙が滲むように出て、そしてぽろぽろとこぼれ始める。
「私、レズじゃないのに」
「うん」
「なのに、一織を特別に思っちゃったって、そんなの……どうすればいいの」
その問いは、ほとんど自白だった。
顔に熱気が集まる。そんな自分を見られたくなくて、思わず顔を両手で覆い隠した。そう言われて、なんでかよくわからないけど、目頭がぎゅっと熱くなった。じわじわと涙が滲むように出て、そしてぽろぽろとこぼれ始める。
浅緋さんは、しばらく何も言わなかった。
それから、ふっと小さく笑う。
「特別なのかもって思った自分を、まずは殺さないこと、じゃない? せっかく素敵な感情を抱いたのに、ありえないって否定するの、お姉さんはもったいないなーって思うよ」
その言葉が、胸の奥にじんわり広がる。
なんだろう。
さっきから、体がちょっと熱い。
頭が、ふわふわする。
「……私」
言葉が、やけにするっと出る。
「一織が他の女の子に触るの、いやだ」
浅緋さんが、ぴくっと眉を上げる。
防波堤が決壊して、波が押し寄せてきたときのように、私の言葉は止まらない。
「百人斬りしたとか、どうでもいい。過去とかそんなの、どうでもいい。今、私の前で、私だけ見ててほしい」
私はいま、何を言っているんだろう。
自分が発してる言葉が、ノイズがかかったかのように、自分の耳には入ってくれない。自分が何を口走ってるのかも、よくわからない。
感情の吐露は止まらず、私の口は脳を介していないでたらめな言葉を吐き続ける。
「触られるのも……限度が、あるけど……。他の人に同じことしないなら。私にだけなら、いい」
沈黙。
浅緋さんの目が、すっと細くなる。
「へえ」
なんか、おかしい。
私は自分の頬をぺちぺち叩く。
「んん……なんか、あつい」
「乙葉ちゃん、なんかめっちゃ顔赤いけど」
グラスを見る。
浅緋さんから提供された梅ジュースはもう飲み干されていて、グラスには溶けかけの氷しかのこっていない。
浅緋さんはゆっくり立ち上がって、トレーに置きっぱなしだった瓶を手に取る。
ラベルを見る。
止まる。
もう一度見る。
「…………」
私の視界が、ちょっと揺れる。
なんか頭がぐわんってするみたいな。
「浅緋さん……なんか、眠いかも」
「乙葉ちゃん、ほんとにごめん、それ」
ずっと冷静で、意地悪で、優しかった浅緋さんの声が、少し上擦った。
不思議に思い浅緋さんを見上げる。
するとそこには、顔をめちゃくちゃ引きつらせ、冷や汗をだらだらとかいた浅緋さんが頭を抱えていて。
「梅ジュースじゃなくて、梅酒だわ」
「……え?」
浅緋さんの言葉は、一度耳を通過するものの頭に入らない。
うめしゅ…………梅酒?
ようやく頭の中で言葉が漢字に変換され、私は慌てて立ち上がる。
「え、ぁ、私、お酒とか」
立とうとした瞬間、頭がぐわんと揺れた。途端、バランスを崩した体はその場で傾いてしまう。
浅緋さんが「ちょっ!?」と叫びながら、自由の利かなくなった私の体を慌てて支えた。
「乙葉ちゃん!? アルコール弱いタイプ!? ……いや高校生なんだからそんなん知らないよね!! やばいこれ私捕まる!?」
「……一織は……かわいい……」
「今その話!?」
「特別に……なりたい……」
自分の体を支えることすらできなくなって、ぐにゃりと折れた体を、浅緋さんが「おっと!」と抱えてくれる。
そのまま浅緋さんの腕の中で、私は襲い来る眠気に一切抵抗することなく、すーっと目を閉じた。
「乙葉ちゃん!? 乙葉ちゃーん!?」
……なんかさけんでるけど、もういいや……ねむ。
私はそこで意識を手放した。
✝︎
「……やっちゃった」
浅緋はそう独りごちて、額に手を当てた。
トレーの上に置かれた梅酒の瓶には、アルコール度数がしっかりと表記されている。全然読み上げる気分にならない。
自分の仕事部屋に、泥酔状態で規則正しい寝息を立てている女子高生がひとり。これ、どんな犯罪に該当するのかなぁ……と、浅緋は遠くを見つめた。
そうしていると、先程意識を手放す寸前の乙葉の言葉を思い出す。
やたらと正直で、素直で、子どもみたいな率直な感情の吐露。
浅緋はため息をつく。
「なんか、自白剤飲ませた気分なんだけど」
その数十分後。
玄関の扉が開くと共に、愛しの恋人の声が響く。
「ただいまー。……あれ? あさひー?」
明らかに自分を探している声に、浅緋は少し収まっていたはずの冷や汗がぶり返すのを感じた。
(まって。これ、私見つかったら殺されるくない?)
全力で隠さなければ。そう立ち上がったのも束の間、仕事部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。
家にひとりでいるときは、基本仕事部屋にいることが多い浅緋を探している綾乃が、まず最初にこの部屋を開けるなんて、当然と言えば当然で。
綾乃の瞳に、問題となる人物や物品が順番に映される。
座布団で寝息を立てる、制服姿の女子高生。それも自分が勤務する高校で、もっといえば副担任として受け持つクラスの生徒───天沢乙葉。
テーブルの上に置かれた、綾乃が常飲している梅酒の瓶。そして、恐らくそれが注がれていたであろうに、空っぽになったグラス。
そしてなにより、天沢乙葉の隣で冷や汗をかき、情けない顔で「お、おかえりー……」とか呟いている馬鹿な恋人。
数秒の沈黙。
「あ、あやの……こ、これはほんとに誤解────」
「あさひーーーーーーーー!?!?!?」
駅前に立つマンションの一室で、女性の怒号が響き渡った。
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