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第14話 一織ってほんとヤバいやつ

先生の見てはいけない姿を見てしまった日から、一週間と一日。とうとう六月も下旬に突入してしまった。


七月に入ると期末試験二週間前(この間だけ、アルバイトが禁止されている)に突入しちゃうので、今が夏休み前最後の稼ぎ時。ってなわけで、私は最近放課後デートに付き合ってばっかりだったせいで、なかなか入れなかったバイト先に来ていた。


ちなみに私のバイト先は、ケーキと紅茶がご自慢の、ちょっとオシャレなカフェだ。高校生にとってはちょっぴりお高めな価格帯で、秋月の同級生とか、地元の子たちとかもなかなかこない最高のバイト先。まあ、たまーに地元の子たちのお母さんが来ちゃって、「あら乙葉ちゃん!」とか大声出されて気まずい思いするけど……。



私は鎖骨くらいまである髪をおだんごにすると、後れ毛をしっかりピンで止める。シャツに黒ズボンっていうかわいげの一切ないコーデに、これまたかわいげのない焦げ茶色のエプロンをつけて、身だしなみの最終チェック。よし、こんな服装でも、私ってば今日もかわいい。


パソコンの画面に従業員コードを入力して出勤ボタンを押すと、私は自分のポジションを確認する。今日はホールとレジフォローか、ラッキー。正直キッチン苦手なんだよね〜。



私は社員さんや、一時間くらい前から出勤してる大学生の先輩たちに挨拶をしながら、ポジションであるホールに向かっていく。……あれ、なんかいつもより騒がしいような?


土曜日のお昼どきというのもあって満員御礼の店内は、なんだか少しざわめいている。しかもお客さんの視線が中心にある一席に注がれているような……って。



そこには、腰まである長い黒髪が特徴的な、美少女が座っていて。



デシャップの社員さんから、八卓さまにお冷お出しして〜と声をかけられる。……げ、よりによってそいつ(・・・)の席だ。


私はいつもより雑めに氷と水を注いで、カトラリーの入った容器とグラスをお盆に、美少女の座る八卓へと足を進める。美少女があっ、と嬉しそうにこちらを見て、目が合った。



「乙葉、バイトの服もかわいいね」


「なんでいるのかなぁ一織さん!?!?」



水の入ったグラスを、力を込めてテーブルにお出しする。ちょっと零れた。もうなんでもいい。



「私、一織にバイト先教えた記憶ないんだけど」


「乙葉の考えてることなら、ぜんぶお見通し」


「……正直に」


「ストーキングしました」



怖いわ!!いつ!?きょ、今日の話!?

全然気づかなかった……と手の甲で冷や汗を拭う私に、一織は開いていたメニューをぱたんと閉じる。あれ、もう注文決まったのかな。私は反射的に、腰に巻いたハンディを取り出す。


一織は決めてました、と言わんばかりに大きく頷いて、



「じゃあ、店員さん。裏オプションの『くんずほぐれつ♡∞くすぐり60分コース』で」


「うちそういう店じゃないんで!!」



てか60分間もされたら死ぬわばか!!

思わず叫びながらハンディで一織の頭を叩く。突然奇行に走った店員わたしに、周囲の卓から視線が集まった。ま、まずい。



「……あーもう、ふざけにきたのはよく分かったから! じゃあ、今月12日から始まった期間限定のブルーベリーのレアチーズタルトに、ドリンクセットつけて……一織、紅茶好きだったよね。季節のダージリンでいい?」


「うん、ありがとう」



付き合って二週間ちょっとともなれば、彼女の好みもわかってくるってもんで……。とっとと帰らせるべく、ハンディに一織好みの注文を素早く打ち込む私。

……む。なんか一織が嬉しそうにしてる。なんなの?



「よくできた店員さんだね。チップあげる」


「だからうちそういう店じゃないんで!!!」



私の胸元に、財布から取り出した一万円札をねじこもうとする一織。シャツ来てるから谷間なんてないわけだけどね!


金欠学生には喉から手が出るほどほしいものだけど、一織とかいうセクハラ大魔神から、金銭なんて受け取ってたまるか!……まあ最近はそういう理由とか貸しなしにセクハラしてくるようになったけど。



「んじゃ、食べたらすぐに帰ること! いい?」


「たべるって、乙葉を?」


「……話の通じないお客様みたいですね。お出口あちらになりまーす」


「うそうそ、じょうだん、じょうだん」



目が本気だったけど?とじろりと睨みつけながら、私はメニューを回収してその場を去る。

キッチンに戻ると、社員さんに「お友達?」とか聞かれるので、てきとうに返事をしておく。お友達といっても、お客様なんだから小突かないの、と怒られてしまう。……すみません。


その後は、お客さんが帰ったあとのお席をバッシングしたり、ウェイティング席のお客様を案内したり、注文とったり、テイクアウトが増えてきててんやわんやになったレジのフォローに回ったり……


そうこうしてるうちに一織のもとにタルトと紅茶が提供されたようで、舌鼓を打っている。美味しそうにタルトを口にする美少女……うん、我が彼女ながら絵になる。彼女であって彼女じゃないけどね。

そんな感想を抱いたのは私だけじゃないみたいで、一織の周囲に座っている、主に男性が一織に熱い視線を送っている。一織は全く気づいていない。男性方は、お相手の女性の顔が完全にしらけてることに早く気づいて欲しい……。


キッチンにいる大学生の先輩からは、あの子友達なんだって?インスタ教えてよーとか、俺ってアリかな!?とか質問責めにされる。残念ながらあの美少女の恋人は私なんだよなーなんて、バカみたいな優越感を抱いちゃう私。


そうして、人知れず私のバイト先に小さな嵐を巻き起こした美少女いおりは、提供されたタルトと紅茶をあっという間に平らげたようで、私の忠告通りすぐ荷物と伝票を持ってレジにやってきた。



「おいしかった」


「そ、よかった。私はなにもしてないけどね」


「乙葉がかわいかったから、もっとおいしく感じた」


「……あっそー」



タルトが950円、紅茶が800円。しめて1750円を支払った一織は、「またくるね」と笑って去っていった。店にちゃんとお金を落としていってくれた手前、もう来んな!とはとても言えず、はいはいと流してホールにもどる。


……なんか、店内の男性陣が一気にどんよりとしてる。まあ気持ちはちょっとわかるけど……。


私はそんな店内の雰囲気にちょっと呆れながら、残り5時間の勤務をしっかりとやり遂げたのだった。







✝︎







「おとちゃんセンパイ、すっごいですね!!!」



残っているスタッフに挨拶をしてから更衣室に移動すると、先に更衣室に来ていたらしいひとりの女の子が、疲れきった私に向かってそんなことを叫んできた。


佐倉さくら和奏わかなちゃん。私のひとつ下で、高校一年生。最初こそお互い苗字にさんづけ、ガチガチの敬語で話してたけど、人懐っこい性格っていうのもあっておとちゃんセンパイ、わかちゃん、とか呼びあっている。ここでの唯一の高校生仲間だ。


ほんとはその明るさからホールスタッフに抜擢されたはずなんだけど、お転婆な性格でおっちょこちょいが目立つせいで、最近洗い場に下げられちゃった不憫な子。「センパイとおしゃべりしたいのにー!」って泣き叫んでた姿は、正直めっちゃかわいかった。


わかちゃんはおだんごをほどくと、トレードマークであるおさげを作っていく。その様子を見守りつつ、私も後れ毛をまとめていたピンを外して髪をほどいた。



「すごいって……なにが?」


「今日来てた美少女ですよー!! あたしにはわかるんだから!」



シャツを脱いで、ロッカーにしまっていた服を着る。


なんだ、一織のことか。わかちゃんも面食いだなー、大学生の人達と変わんないじゃん。

私はやれやれと呆れつつ、「わかるって何が?」と尋ねてみる。


すると、わかちゃんは想定外のことを言ってくる。



「だってあれ、星宮センパイですよね!!」



え。なんで知ってんの!?

一織が前通ってた高校の後輩とか?とか考えてみるけど……



「わかちゃんって、英東高校だっけ……」


「はなぶさ!? そんな賢いわけないじゃないですかー!」



うん、だよね。

あそこはレベチですよ、レベチ。と首を横に振るわかちゃん。

正直ドジっ子後輩ポジのわかちゃんが実は天才でしたーとかなったら、私結構ショック受けてたかも。英東じゃなくてよかった。


てか前に一度、高校名聞いた気がするな。秋月とそう変わらない偏差値のとこだった気がする。



「ええっと……じゃあなんで一織のこと知ってんの?」


「い、いおり!? そ、そんなに仲良いんですか!?」


「え!? い、いや、ふつうに友達。おんなじクラスなの」


「クラスメイト……!! 星宮センパイ、秋月に行ってたんですね……!!」



勝手に納得して、メモメモ……とかつぶやくわかちゃん。結局私の質問に答えてもらってないんですけど……とじとりとした目で見つめると、わかちゃんはハッとしたように答えてくれる。



「実はあたし、星宮センパイと同じ中学出身で。それで、中学のときずっと憧れてたんです!」



目をキラキラさせるわかちゃん。

同じ中学……たしか、一織は七中出身って言ってたっけ。わかちゃんも七中出身だったんだ。そういえば最初、地元が同じっていうので仲良くなったんだっけ。



「へー、そうなんだ。まあかわいいもんね、一織」


「ですよねぇ〜! まあでも、あたしが星宮センパイのこと憧れてたのは、お顔の美しさもそうなんですけど、その……」



わかちゃんは、完成させた短いゆるふわおさげの先をふたつとも持って、それぞれをつんつんとさせてる。

もじもじしてなかなか言い出さないわかちゃんにしびれをきらして、私は「なによー」と催促する。

すると、わかちゃんは覚悟を決めた顔をして、



「百人斬り伝説に憧れまして!」



と、そう叫んだのだった。


え?今なんて?と困惑する私。



「ひゃ、百人斬り伝説って……」


「あれ、おとちゃんセンパイ知らないんですか? 星宮センパイが────」


「いやいや知ってるけどね!? なんでわかちゃんが知ってんの!?」



きょとんとするわかちゃん。

そしてあたりまえじゃないですかーと続けて、



「知ってるも何も、百人斬り伝説って七中発祥ですし」


「そうなの!?!?」



初耳すぎる……!!

私はてっきり、一織の前の高校こと英東高校でできた伝説だと思っていた。それで居場所なくして、もっと校則の緩い秋月うちに来たのかなー、みたいな。これは正直、私以外のみんなもそう思ってたんじゃないかと思う。


え、そしたら一織、中学の頃に女の子を百人も抱いた……ってこと?シンプルにバケモンじゃん……。中学のうちから性乱れすぎでしょ。変態だなーとは思ってたけどさ。


今私ひとりで満足できてるのが逆にすごい気がする……って、もしかして私ひとりじゃないのか!?実は裏で、他に何人か抱いてるとか……いや、何モヤッとしちゃってんの私!?


ひとり百面相をしている私に、わかちゃんはドヤ顔で続ける。



「見た目が当時と結構変わってますから、気づかない人も多いでしょうけど……あたしは正真正銘、ファンですから! お会計のときにピンときちゃいましたよー!」



って、待って。そんな一織の百人斬り伝説に憧れたわかちゃんって、もしかしてめちゃめちゃレズ……ってこと?話を聞くに、実際一織に抱かれたってわけではなさそうだけど……。

私は勇気をだして聞いてみる。



「えっと、百人斬り伝説に憧れたって……さ、わかちゃんって、そう(・・)なの?」



わかちゃんは私の質問に、小首を傾げる。そして、あー!と納得したような顔をして、



「あたしは違いますよー! ただただ憧れてたってだけで……あたしはただのパンピーです!」



パンピーって。それをいうなら、えーと、ノンケ?だっけ、そういうのじゃないの?私は笑った。


けど、隣で着替えてる女の子がレズじゃないことに、内心ほっとする。だって今まで、わかちゃんの前で何回も着替えてきたし……。さすがに、ね。



「まあ、七中で星宮センパイのこと憧れてる人の中には、やっぱりそういう(・・・・)人たちも多かったですけどね!」


「え、えぇ……そうなんだ」


「はい! 実際星宮センパイ、そういう人たちのこと常に後ろに従えてましたし。あたしは見てるだけでじゅうぶん派だったので、なかなか近づけませんでしたが……」



なにそのレズの大名行列みたいなの。いや、百鬼夜行に近い……?

七中って不良が多いとか荒れてるとかはいろいろ聞いたことあったけど、まさか性関係でも荒れてたなんて。七中時代の一織に鉢合わせなくて、ほんとに良かった……。



「それでおとちゃんセンパイは、そう(・・)なんですか?」



わかちゃんはキラキラした瞳を向けてくる。身長が私より10cmくらい低いから、自然と上目遣いになる。うっ、かわいい……。


って、そんな場合じゃなくて!

さっきは一織が百人斬りのレズってことを知らないだろうと思って、うっかり友達だとか言っちゃったけど、こんな勘違いをされるくらいなら急いで訂正しなくては!次出勤したときに、天沢さんってレズらしいよー着替えるとき注意しないとーとかなっちゃったら、バイト先変えなきゃいけなくなるから!!



「ち、ちがうよ! 私はふつう、ノーマルだから!」


「あはっ、ですよね〜! わかってて聞いちゃいました。おとちゃんセンパイ、強くなさそうですもん!」



性欲が、かな?



「あたりまえじゃん! ふつうにありえないから、そんなの!」



きっぱり言い切った私に、わかちゃんはあははーと笑う。うん、訂正できたみたいでよかった。


話してばっかりで全然手を動かしてなかったわかちゃんとは対照的に、着替えも片付けも終わらせた私は、ロッカーの中に忘れ物がないかを確認する。うん、オーケー。

本来ならわかちゃんを待つところだけど、今日は晩ご飯の当番を任されているので、遅いわかちゃんは置いて帰ることにする。


後ろから「置いてかないでセンパイ〜!!」って嘆くわかちゃんの声が聞こえるけど、じゃあねーとひらひら手を振って更衣室から出る。まあいつも置いて帰ったところで後からダッシュして追いついてくるし、いいでしょ。


私は、少し遅れて退勤した大学生の先輩たちに再び挨拶をして、バイト先を後にした。










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