第1話 付き合ってください!
初めて連載に挑戦します。よろしくお願いします。
「す、好きです。私と……付き合ってください!」
私、天沢乙葉は、そう言いながら自分の手を前に突き出した。
顔面から湯気が吹き出しそうなくらい熱気が集まっているのに、指先や足の爪先はキンッキンに冷えきっている。お腹が痛くなるくらい緊張しているのに、世のカップルはこんなことをして成立しているのかーとか、冷静に俯瞰して考えちゃってる私もいたりして……。
そう。私は今、人生で初めての、愛の告白というものを実践中なのだ。
そしてその相手というのが──
私は直角に折りたたむようにして下げていた頭を少し上げ、そっと様子を伺うように、私の目の前に立つ人物をゆっくりと見上げた。
身長は私とさほど変わらないはずなのに、あまりに小顔なのと、あまりにスタイルがよすぎるせいで全くそうは思えない完璧なプロポーション。
腰くらいまである長い黒髪は、毛先に至るまで、キラキラと太陽を反射するくらい綺麗に保たれていて。
少し頬を赤らめているように見えるその肌は、少し憎たらしく感じてしまうくらい、透き通るように真っ白。
私のことをそっと見下ろすその瞳は、思わずゾクッとするくらい、吸い込まれそうな魅力を感じさせてくる。
私の前に立つ人物……つまり、私が今愛の告白をさせていただいている人物とは、言わば──完璧な美少女なのであった。
ここでひとつ、確実に訂正しておきたいことがある。
私は断じてレズなんかではない。
女同士で付き合うとかふつうにありえないし、考えられない。だってそれが私の中で常識だから。
……いやまあ、他人が女同士で付き合ってようがどうとも思わないけど、私は正直、そんな人たちと一緒になりたいなんて全く思えないわけで。
幼稚園児の頃には好きな男の子がいたし、大きくなったら結婚しよーとか約束したりしたし。最近の話でいうと、中学生の頃は何人かから告白もされたりした。この女子校に入学してからは、そんな機会も減ったけど……。
今だって、大人になったらそこそこイケメンで余裕のある年上の男の人と結婚するんだろうなって思ってるし、実際きっとそうなる。そう信じて疑わないのは、私の中で……っていうより、この世界でそれがふつうだから。
だから、私が今していることは、私にとってありえないことで。
なのに何故こんなことになってしまったのか。私は眉間に皺を寄せながら、昨夜のことを思い出した。
✝︎
「は〜い! 乙葉の負け〜〜〜!!」
カラオケボックスの中。ケタケタと笑いながら私を煽ってくるのは、私の友人のひとりである妹尾玲緒奈だ。
玲緒奈はゆるく巻いた金髪を指にくるくると巻き付けながら、私の悔しそうな顔を見て口角をあげる。
「さ〜て、やっと罰ゲームじゃんー? 乙葉ちゃんは何したいかなぁ〜?」
「何をしたいかじゃなくて、何をしたくないか、じゃねーの。罰ゲームって」
「あっは、言えてるぅ〜!」
性格の悪い煽りをする玲緒奈に余計な一言を挟むのは、玲緒奈とは対象的な黒髪ショートが特徴的な私のもうひとりの友人、望月夏希だ。
私の敗北を心から喜ぶ友人ふたりを前に、私はぐぬぬと唸りながら、
「あのさぁ……? 絶対ふたり組んでたよねぇ!?」
「え〜、この期に及んで自分の敗北を認められない負け犬がいるんですけど〜? てかイカサマなんてしてないし〜? ねっ、なちゅ♡」
「ん、してねーよ。ちょっとしか」
「してんじゃん!?」
再度吠える私にケタケタと笑う玲緒奈に、悔しそうな私の顔を肴にするかのように飲み放題のソフトドリンクを流し込む夏希。こんにゃろ……。
放課後、暇だしカラオケでも行かんー?と誘ってきた玲緒奈に乗っかったはいいものの、週に2〜3日とシフトのごとく足繁く通っていると歌いたい曲も尽きてくるわけで。
利用開始2時間ほどで、歌うのにも人の歌を聴くことにも飽きてきた私たちは、罰ゲーム賭けてカードゲームでもしようぜ!という流れになったのだった。
てか、最近のカラオケってすごいんだね。トランプとかジェンガとか人生ゲームとか、大人数で遊べる道具まで貸し出してくれるなんて。
てなわけでカードゲームを始めた私たちだったが、5回戦して5回とも私の圧勝。運が良かった、ってのもあるけど、ほとんどは姉にコテンパンにされ続けて鍛えられた私の実力だ。
勝つ度に、『LINEのステメを痛いポエムにする』『元カレにビデオ通話』『インスタのアイコンを無加工の自撮りにする(24時間)』などなど、びみょ〜に嫌なラインの罰ゲームをふたりに強いては遊んでいた。
しかし6戦目でとうとう私にも運の尽きが訪れた……というか、与えられたというか。どうしても私に勝つことのできなかったふたりは、裏でコソコソとイカサマをやっていたらしい。卑怯だろ!
「でーもー? イカサマって見つからなきゃイカサマじゃないじゃーん? 乙葉はあーしらがどこズルしたかとか見破れんのー?」
「く、くそ……完全に自白してるのに……!!」
でも、イカサマは見破られなきゃイカサマじゃないっていうのには同感だ。なにせ、私だってふたりとの勝負でずっとイカサマをしてたんだから。
……だって罰ゲームやだし。バカな玲緒奈のはともかく、夏希の考える罰ゲームとか怖すぎるし。夏希と同じ数のピアスを開けろ、とかなったら私泣くかんね?
「んじゃ、罰ゲームだな」
「けってーい。なにするなにするー? あーしらに散々酷い罰ゲームさせてきたんだし、覚悟はできてるよね?」
「ひ、ひぃ……」
どうかご慈悲を……と両手を合わせてふたりに頭を下げる。だがふたりはひそひそとこちらに聞こえないように相談し合うばかりで、私の様子なんて見てもくれない。
まずったなー……せめて、負かすのは玲緒奈だけにして、夏希は味方につけるべきだった。LINEのステメを痛々しいポエムにさせられたときの夏希、めちゃくちゃ怖い顔してたもん……。
そうやって微妙に外れた後悔をしていると、相談が終わったらしい玲緒奈と夏希は私の方に向き直った。
「ハイっ! 玲緒奈ちゃん、発表しまぁ〜っす!」
「うぅ……はい……」
「乙葉の罰ゲームは────」
そうして玲緒奈の口から発せられた言葉に、私は耳を疑った。なんなら玲緒奈の口の動きすら信じられず、目も疑った。
だって、その罰ゲームはあまりにもキツすぎたから。
「れ、玲緒奈……? さすがにそれは……」
「えー? でも罰ゲームといえばコレじゃん?」
「い、いやそうだけど……!! さすがに相手がやばくない!?」
玲緒奈じゃ話にならない。そう思って、一縷の望みをかけながら夏希の方に向き直った。
しかし、どうやらこの罰ゲームは夏希考案のようだ。玲緒奈の後ろで腕を組みながら少しドヤ顔をしながら、うんうんと頷いている。殴るぞ!?
「決行は明日の放課後! いちお、証拠として……んー、同行する? どする?」
「あたし明日バイト。パス」
「んー、じゃあスマホで録音でもしといてもらって。グルラで共有ね〜!」
私が困惑し滝汗をかいているうちに、ふたりはあまりにも無慈悲に、あまりにも勝手に話を進めていく。さすがに罰ゲームは相当なものを覚悟していたけど、さすがにここまでとは思わないじゃん……!?
私がふたりを何とか止めようと口を開いた瞬間、ピロリンとタブレットからアラームが鳴り響く。どうやら利用終了時間の5分前になってしまったようだ。
いつもならギリギリまで帰ろうとしない玲緒奈が、せっせと荷物を片し始める。まるで私のお願いなんて聞く気がないようだ。
あうあうと声にもならない声をあげる私を尻目に、いちばんに荷物をまとめた夏希がゆっくり口を開いた。それはもう、こわーい顔で。
「乙葉。わかってると思うけど、逃げたら……もっとキッツイのにすっから」
ここで私はようやく、ふたりをボコボコに負かしまくったことを本気で後悔するのだった。
✝︎
あの顔は本気だった。夏希があの顔して本気じゃなかったときなんてない。付き合いは高一の秋くらいからとまだ短いかもしれないが、私はよく知っている。
夏希は簡単に言えば不良である。
今でこそ授業にちゃんと出席しているし、喧嘩なんてしてるところも見たことない。それに本人が「もう足洗ったから。パンピー」と宣言している。しかし、どこの国に他校に複数の舎弟を従えているパンピーがいるのだろうか。
初めて夏希とふたりきりで遊んだとき、謎のヤンキー集団に囲まれたと思ったら、全員がでっかい声で夏希に挨拶をし始めたときは震えた。トイレ行ったばっかりでよかった、とか思った。
中学時代の夏希のことは詳しく知らないが、幼なじみである玲緒奈によると「きょーれつ!」。バカの語彙力であるからこその恐怖が沸き立つ。
そんな元ヤンに脅されて、罰ゲーム?ただのゲームでしょ?やらないやらない(笑)なんて言える女子高生はいるでしょうか。いたら舎弟にならせていただきたい。どうか私を夏希から守ってください。
……とまあ回想という名の現実逃避が最悪な終わりを迎え、私はとうとう現実という名の美少女に向き直る。
私の目の前に立つ美少女の名前は、星宮一織。私が通う女子校、秋月女子高等学校でいちばんの有名人と言っていい。
そして私は今日、この学校一の有名人に、罰ゲームで告白をすることになったのだ。
……うん。文字に起こすと大したことない。大したことないと感じるけど!
私だって、星宮一織がただの美少女だったのなら、ふたりの前で駄々をこねなかった。だけど、この女はただの美少女なんかじゃなくて。
それまで私のことを穴があくまでじーっと見つめていた星宮一織が、ようやく口を開いた。
「なんで?」
「え?」
「なんでわたしなのかなって。妹尾さんたちのグループの人たちって、わたしのこと、特に嫌ってると思ってた」
妹尾さんというのは玲緒奈のことで、妹尾さんたちのグループというのは、玲緒奈、夏希、私の3人のことだ。秋月女子高等学校2年A組の、ぶっちゃけ一軍みたいなポジションで、玲緒奈が発言すればだいたいその通りにクラスは動く。特にそれに異を唱えるようなクラスメイトもいないから、悠々自適に過ごせている。
星宮一織はそんな私たち妹尾グループが在籍する2年A組に、1ヶ月ほど前に転入してきた転校生だ。
『星宮一織です。よろしくお願いします』
その無愛想な一言だけで、星宮一織はクラス全員の女子の心を射抜いた。
いや……女の子相手にこの表現は間違ってるのかもだけど。でも、確かに射抜かれたのだ。結局女の子って、かわいい子好きだし。変な意味じゃなくてね。
私だって、玲緒奈や夏希だってそれは例外ではない。星宮一織が転入してきてすぐに、玲緒奈は彼女をうちのグループに引き入れるべく声をかけようとした。
しかしそれを阻むかのごとく、すぐにある噂が流れ始めたのだ。
「というか、知ってるよね」
「な、なにが」
思わず聞き返してしまった。
知らないわけがない。星宮一織にまつわる、秋月高校に通う全生徒が知っている噂……というか、事実を。
「私が百人斬りのレズだってこと」
「いやそーなんだよねぇ!?」
思わず頭を抱えて叫んでしまった。星宮一織はびっくりしたかのように目をぱちくりとさせた。
そう、星宮一織が転入してきてすぐに流れた噂。
それは、『星宮一織は生粋のレズであり、かつて女子生徒の百人斬り(性的な)を達成した伝説の女』という、荒唐無稽な噂だったのだ。
もちろん、すぐに信じた者は少なかった。私だってそうだ。
玲緒奈みたいな風紀の乱れた外見をしている人物ならまだしも(玲緒奈ごめん)、星宮一織のように清らかな美少女がそんなことをするはずがない。誰しもがそう思った。
彼女の噂を気の毒に思った人たちによって、『きっと百人から告られて百人全員フッた、って意味なんじゃない?』みたいな新たな噂が流れようとするくらいには。
しかし、真実はいつだって残酷で。
事実を確かめるべく動いた夏希が、市内の高校に点在する舎弟たちから情報を集めた結果、そんな荒唐無稽の噂は事実であるということが判明した。
というか、なんなら、夏希が動くまでもなく本人が認めたのだ。グループに引き入れる前に一応事実確認を、と尋ねた玲緒奈に、星宮一織自身が。『うん。そうだよ』と、あっけからんと。
結果として、星宮一織は完全に浮いてしまうことになった。
もちろん、女子校に女性が恋愛対象だという生徒がひとりもいない、ということはないだろう。女同士の恋愛がありえないと思う私だって、それくらいはわかる。
でも、女子校という狭い檻の中で、恋愛対象を周囲に隠しながらこっそりと恋をする人と、恋愛対象を女性だとオープンにしている人とは全く意味が違って。しかも、女性を性的に百人斬りしている女に誰が近づけようものか。もし近づいてしまったのなら、自分もそうだと思われかねない。
そして、星宮一織が完全に孤立している理由はもうひとつある。それが、私たち妹尾グループ──というかほぼ玲緒奈だけど──が、星宮一織を完全にハブっているからだ。
玲緒奈が事実確認を行い、星宮一織があっけからんと答えた次の瞬間。クラス中に響き渡るようなボリュームで、玲緒奈は嘲るように笑いながらこう言った。
『ガチ? キッモ』
クラスの女帝である玲緒奈が、『キモい』と烙印を押したのだ。彼女に近づける者は、この一言で完全にいなくなってしまった。星宮一織に近づくイコール、妹尾グループと敵対することだから。
まあ、この発言以降玲緒奈が星宮一織に嫌がらせをしたり、悪口を言ったりなんてことはなかったが……それでも、あの一言は絶大な威力を誇った。
だから、私は星宮一織と、一回たりとも会話をしたことなんてなかった。初会話が、嘘告白。なにこれ。
……うーん、なんて言おう。というか、嘘告白の終わりってなに?サクッとフラれたらいいんだよね?絶対フラれるって方向に持っていけばいいのかな。
くそ、こうやっておどおどしてる間も、ポケットの中で私のスマホがしっかり録音しているという事実が顔面にさらに熱気を送る。絶対に編集してから送ってやるからな!
「実は、ずっと気になってて。嫌な態度とってたかもだけど、あれはー……えっと、小学生の男の子が好きな子にイタズラする、的なやつで」
我ながら苦しい言い訳。
「なるほど」
なんで納得するんだよ。ほんとになにこれ。
ふーん、って感じで自身の顎を撫でる星宮一織は、続けて私に質問を投げかける。
「じゃあ、わたしのどこが好き?」
なにそのめんどくさい彼女みたいな質問。とか思いつつ、私はチャンスだ!と思う。ここで好感度を削れば、きっとフラれるに違いない。……いやフラれるのも癪だよ?けど、付き合うのはもっと違うじゃん。
私はんー……と声に出して悩んだ末、
「顔」
「あは、おもしろ。いいよ、付き合おっか」
「………………は!?」
えまって、いま星宮一織なんて言った!?
なんか、交際を承諾されたような気がしたんだけど……。
いやさすがに聞き間違いか。クソみたいな回答をした私に、しかも自分がクラスで孤立してる原因みたいなグループのひとりに、付き合おっかなんて言うはずがない。
「ごめん今なん───」
「付き合おっか。今日から彼女だね。よろしく」
「んんんんん!?!?」
食い気味だったし、聞き間違いじゃなかった。
なんで?私でいいの?いや……ってかもしかして、誰でもよかったとか!?
「え、えと、なんで……?」
「んー……」
星宮一織は、左斜め下を見つめながら少し考えて、
「溜まってるし。したいから」
「最悪じゃん!?」
終わった。これ私、百一人目になるパターンじゃない?レズに抱き潰されて、呆気なく処女散らしちゃうパターンじゃない!?
嘘だ、私まだ男の子とすら付き合ったことないのに。
いや、てか、ちょっと待って。
告白自体はやったんだから、罰ゲームはもう完遂してるよね?うんうん。そのはず。録音もバッチリだし。よし、じゃあ玲緒奈と夏希には告白したところまでの録音を送って、申し訳ないけど星宮一織には今のは罰ゲームの嘘告白ってことを正直に────
「ちゃんと交際してするのも、乙だよね。ほんとはわたしのことをあんまり好きじゃない生意気な子を、無理やり犯すのが好きなんだけど」
あ、これ、正直に言ったら今ここでぶち犯されるやつだ。詰んだ。
女として……というか、人としてやばいことを口走りながら、頬をすこし赤らめてぽりぽりと掻く星宮一織を前に、私は言葉を失った。
星宮一織──こと、私の初の恋人は、さっきの発言なんてなかったかのように柔和な笑みを浮かべて。
「じゃあ、天沢さん。これからよろしくね」
私はもう、
「よ……よろしくねぇ〜……」
裏返ったか細い声でそう返事をすることしかできないのだった。
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