第4話 悪役令嬢は生きることを諦めなかった
一人きりになった浜辺で、私はまず三つの荷袋の中身を確認することにした。
一番手近なところにあった袋を開けると、干し肉や乾パンといった日持ちする食料と水が入っている。
隣の袋も、念のため確認した最後の袋も同様だった。
おそらく、この先私が野垂れ死んだとしても「国は生き残れるだけの手配はした」と言い張るための既成事実なのだろう。
(とことん、優しくないわね……)
ため息交じりに袋を閉じようとしたとき、カチャリ、とわずかに金属がぶつかる音がした。
音の正体を探るべく、上にある物を丁寧にどかしていくと、荷袋の奥の方から一振りの短剣が現れた。
鞘には美しい装飾が施されている。
私はそれを取り出し、まじまじと見つめた。
「これって……」
見覚えがある。シズカが腰に差していた剣だ。
どうしてこんな場所に?荷袋に入れたまま、出し忘れてしまったのだろうか。
短剣には小さな宝石も埋め込まれており、かなり値が張りそうだ。
(入れっぱなしだったことに気づいて、焦ってないといいけど……)
ふと、剣が入っていた袋のさらに奥へ目をやると、紙切れのようなものが覗いていた。
慌てて取り出し、開く。
『どうか、ご無事で』
綺麗な字で、たった一言。 けれど、その短い言葉が胸の奥にじんわりと染み渡った。
きっとシズカは、ウルセにも見つからないよう、こっそりと剣と手紙を忍ばせてくれたのだろう。
船の在り処を聞くときに一人だけ離れた、あの一瞬かもしれない。
先ほど船が消えていった水平線を見つめ、私は思わず叫んだ。
「シズカ、ありがとう!」
前世の記憶を取り戻してからというもの、この世界の誰もが私の死を願っているような気がしていた。
でも、違った。
たった一人でも、私が生き延びることを願ってくれる人がいたのだ。
そう思うと、俄然「生きてやる」という気力が湧いてくる。
私は短剣を鞘から抜き、試しに振ってみることにした。
(……どうやって?)
あいにくと持ち合わせている知識は、前世の時代劇ドラマで見た「成敗!」くらいだ。
とりあえず記憶を頼りに振りかぶって、思い切り振り下ろしてみる。
重心がもっていかれ、危うく砂に顔から突っ込みそうになった。
何度か素振りをしてみたが、一向に様にならない。
まあ、持っていれば何かしら使い道はあるだろう。ありがたく頂戴することにする。
この島で生き抜くために、選択肢は多いに越したことはないのだから。
私は服の下、胸元に隠すように提げていた小さな袋を取り出した。
中には三つの古びた指輪が入っている。それを右手の人差し指、中指、薬指へとはめていく。
これを取り上げられなくて本当に良かった。
一見ただの古い指輪だし、見つかっても言い逃れようとは思っていたが、際どい賭けだった。
「さて、そろそろ移動しますか!」
大きな声を出すことで、自分を奮い立たせる。
できることならダラダラと過ごしたいが、まだ初日なのでできることはやっておきたい。
今いる場所に戻れるよう、目についた大木の幹に短剣で印を刻む。
さっそく短剣が役に立ったことが、なんだか少し嬉しかった。
どうせ戻ってくるので荷物は置いていきたいところだが、獣に漁られたり持ち去られる危険がある。
「……念のため、持って移動しよう」
私は自分自身に『身体強化』の魔法をかけた。
魔力が巡り、身体が羽のように軽く、そして強靭になったのを感じる。
重い荷袋を三つ背負っても、わずかな重みしか感じない。
生存計画の一環として魔法の特訓を始めた際、攻撃魔法は人並みだが、補助魔法や生活魔法には素質があると分かったのだ。
流刑までの僅かな期間、私は得意分野を重点的に練習した。
おかげで今は、息を吸うように身体強化を使える。
鼻歌交じりに、私は海岸沿いの砂浜を歩き始めた。
ただの散歩ではない。“あるもの”を探すためだ。
歩けど歩けど、代わり映えのしない景色が続く。
目当ての物が見つからないまま、もう少しで砂浜の端というところまできてしまった。
(計画失敗、かも……)
諦めかけたその時、大きな岩と流木に守られるようにして鎮座する“それ”を見つけた。
私は急いで駆け寄り確認する。
「やったわ!!!」
喜びのあまり、今日一番の大声が出た。
間違いない。事前にこの島へ流れ着くよう仕込んでおいた、私のカバンだ。
しかも一つではなく、二つもあった。
島にある資源は限られている。
この島で生き延び、さらには悠々自適な生活を送るとしたら、外から物資を持ち込みが不可欠だ。
そしてそれを、誰にも悟られないようにしなければならない。
監視の目が光る中、私自身が持ち込めるのは、先ほどはめた指輪程度が限界だ。
他の人に頼むとしても、島まで直接運んでもらえば着実に持ち込めるが、計画がばれてしまうだろう。
そこで思いついたのが、この「漂流物作戦」だ。
行商人、旅人、吟遊詩人……思いつく限り、この島の近くまで行ってくれそうでかつ、不自然ではない人を探し出した。
最終的に、十五人ほどに合計五十個のカバンを託したのだ。
膨大な過去の海流データを元に、島へ流れ着く可能性の高いタイミングを割り出し、そこに合わせて海へ放流してもらうよう頼み込んだ。
金だけ持ち逃げされる可能性もあったし、放流されたとしても狙い通りこの島に漂着する確率はかなり低い。
カバンには厳重な保護魔法をかけてあるが、それもどこまで保つか分からなかった。
かなりの博打だったが、まさかそのうち二つも届いているとは。
私はまだ、この世界から完全に見捨てられたわけではないらしい。
これ以上は背負えないため、『浮遊魔法』でカバンを浮かせ、来た道を戻ることにした。
身体強化に比べると魔力消費が大きいが、来た道を引き返す程度であれば全く問題ない。
高揚感からか足取りは軽く、気づけば先ほど目印をつけた木まで戻ってきていた。
荷袋とカバンを下ろし、木陰に座り込む。
ここまでは順調だ。ほっと一息ついた。
「少し休んだら、雨風を凌げる場所を探しに行かなきゃね」
いずれはちゃんとした住居を構えるつもりだが、死亡判定されるまでは派手な行動は慎んだほうがいいだろう。
目の前には、数か月に一度だけ凪が訪れるという海が広がっている。
見つめていると、徐々に荒々しさの片鱗を見せ始めていた。
(あの二人、ちゃんと戻れたかな?)
私は消費した魔力がある程度戻るまで海辺を眺め続けた。
「よし、探検再開よ!」
魔力の回復を確認し、勢いよく立ち上がる。
先ほどのように身体強化をして荷袋を背負い、浮遊魔法でカバンを浮かせる。
これから向かう先は、緑が生い茂る島の内部。視界の悪い森の中では、身体強化だけでは心許ない。
魔力消費を最小限に抑えるよう意識しつつ、自身の周囲に『防御結界』を張り巡らせた。
これで、死角から何者かに襲われても即死は免れるはずだ。
(あと準備すべきことは――)
指輪の仕掛けを作動させると、ただのリングから鋭利な棘がジャキンと飛び出した。
出番がないのが一番だが、備えあれば憂いなし。
「それじゃ、行きますか」
私は神経を尖らせ、一歩一歩慎重に、島の奥へと足を踏みだした。
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怪我すると、体力だけでなく気力も奪われますね…皆様ご自愛ください。




