第1話 悪役令嬢は運命に抗うことを諦めた
公爵令嬢エルザ・グラシエラ。
社交界の華。美貌も地位も教養も、この国の誰にも負けない。
――そう思っていた。あの女が現れるまでは。
男爵令嬢マリア・ポートネット。
私が三年生になった年、彼女は新入生として学園にやって来た。
幼稚な言葉遣いと、媚びた笑顔と過度なスキンシップ。
貴族令嬢としては三流以下の彼女に、なぜか男子生徒たちは次々と虜になっていった。
秩序の乱れを正すのは、高位貴族の責務。
だからこそ私は、何度も彼女に忠告した。
だが、マリアは決して耳を貸さず、あろうことか「エルザ様に虐められている」と泣き喚いたのだ。
その日も同じだった。
「婚約者にマリアがすり寄っている」という相談を受け、階段の前で彼女を見つけた私は、ため息をつきつつ声をかけた。
「マリアさん。何度も申し上げておりますが、婚約者のいる令息と親しくなさるのはおやめなさい。貴族令嬢として恥ずべき行いですわ」
「はぁ? あたしが誰と仲良くしようと勝手でしょ? もしかして、自分がモテないからって嫉妬してるんですか~? こわ~い」
的外れな返答に心底軽蔑の念を覚えながら、私は言葉を続ける。
「そういう問題ではございません。わたくしが言いたいのは――」
「うるさいなぁ、もう口出ししないでよ!」
次の瞬間、マリアの腕が勢いよく私の方にのび、強い力で突き飛ばされた。
咄嗟に踏ん張ろうとした右足首に激痛が走り、世界が歪む。
自分の体が宙に浮いている。
落下する中、なぜか思考は冷静だった。
視界が反転し、冷たい石の階段が目に映る。
「きゃー! 何するのーーー!」
……悲鳴? 突き飛ばされたのは私のはずなのに、なぜマリアが悲鳴を上げているの?
その不可解な状況を理解する間もなく、頭に強い衝撃をうけ、視界が真っ白に染まった。
――走馬灯のように、知らない光景が次々と流れ込んでくる。
朝から終電まで働く日々。ノルマに追われ、休日出勤が当たり前。
家に帰るのは、ただ寝るためだけ。
そんな私にとって、滅多にない休日を捧げる唯一の癒しが、恋愛乙女ゲーム『どきどき♡フォーチュン』だった。
(そうだ……私、このゲーム、好きだったんだ……)
だけどその記憶が蘇るほど、違和感が膨れ上がっていく。
私の名前はエルザ。けれど思い出しているのは、前世の私——疲れ切ったOL、絵理沙の人生。
まさか、そんな馬鹿な。
「……これ、転生ってやつじゃないの」
目を開けると、見慣れたはずの天蓋付きのベッドがあった。前世を思い出した今は不思議な感覚だ。
右足首には厳重に包帯が巻かれ、固定されている。
そして、鏡台の方を見れば、金の髪に赤い瞳をした完璧な美貌の少女——いや、悪役令嬢エルザ・グラシエラが映っていた。
間違いない、ここは私が何度もプレイしていた乙女ゲーム『どきどき♡フォーチュン』の世界。
そしてエルザは……どの攻略ルートでも必ず、卒業式で断罪される。
流刑地の無人島へ送られ、孤独に死を迎える運命のキャラクターだ。
血の気が引いた。ベッドの上で、思わず声が漏れる。
「……うそでしょ。私、よりによって死亡確定キャラじゃない!」
この世界の知識は、前世で何度もプレイしたおかげで完璧に覚えている。
王太子の婚約者でありながら、ヒロインを執拗にいじめ、卒業式で断罪。
その後、流刑地の島で数か月後に死亡が確認される。
エルザの最後は、“死体は獣に食い荒らされたようで、ボロボロになった服と骨だけが見つかった”と、モブキャラにより語られていた。
そんなバッドエンド、絶対に迎えるものか。
「よし、改心しよう。善行! 慈愛! 平和主義! 聖母のようなエルザを演じればこの運命も変えられるはず!」
決意も新たに、私は“脱・悪役令嬢計画”を開始した。
使用人には懇切丁寧に接し、嫌味を言わない。
ヒロインへの苦言は一切しないし、接触も極力減らす。
まずは怪我を口実に1か月以上引きこもった。
完璧な計画のはずだった。
――なのになぜ、悪評が増えているの。
「エルザ様、マリアさんを突き落とそうとして失敗したのに、懲りずにまた何か企んでるみたいよ」
「いくらなんでもやりすぎよね……身分を盾に逆らえない令嬢に命令して、マリアさんの持ち物を奪ったり壊したりしてるってきいたわ」
「この前も、助言といいつついびり倒してたって!」
まったくもって身に覚えのないことばかりだ。こちとら右足首骨折して、ろくに身動きもとれなかったんですが?
私は悟った。どうやらこの世界には、強大な強制力があるらしい。
どんなに私が抵抗しても、「悪役令嬢エルザ」という役割を全うさせ、断罪される運命へと向かわせるようだ。
「はあ……融通がきかないわね。なら、もう抗うのはやめるわ」
私はため息をつき、方針を大転換することにした。
シナリオを覆せないのなら、シナリオにないところを変えればいい。
“死体は獣に食い荒らされたようで、ボロボロになった服と骨だけが見つかった。”
この表現には穴がある。明確にエルザの死を確認できているわけではないのだ。
つまり、断罪後に訪れる『死』は回避することができるはず。
流刑になる島は、ゲーム設定によると“人の住まない未開の島”。
魔物が徘徊し、食料も限られる環境。
つまり、サバイバル力がすべてだ。
「ふふっ……絶対に生き残って、無人島でのスローライフ、満喫してやる」
それからの私は、淑女科の勉強などやめた。無人島では何の役にも立たない。
薬草学を学び、保存食の作り方を研究し、魔法の制御を極限まで鍛え、密かに筋力トレーニングまでこなす。
とにかく、住食衣を確保するための知恵と知識、魔物に負けない力を手に入れることに費やした。
父母も婚約者も、友人たちも、気が触れていると遠ざかっていった。
でも構わない。どうせ全員、断罪イベントで私を切り捨てるのだから。
――そして迎えた断罪イベントが行われる卒業式の日。
「……準備、完璧ね」
鏡に映る自分にそう言って、微笑んだ。
ふわりと金の髪が揺れ、瞳に決意の光が宿る。
悪役令嬢エルザ、これより“生存ルート”を開拓します。
前世のブラック企業生活で培った社畜魂を舐めるな。
無人島だろうと、どこだろうと、私は生き抜いてやる!
読んでくださりありがとうございます!
実は、1週間ほど前に転んで右足首を剥離骨折しました゜(゜`ω´ ゜)゜ちょー痛かった。。。
残念ながら前世は思い出せてません…
そんな想いを込めた作品です(???)
不定期更新予定ですが、よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾




