僕の彼女は厨二病
僕は地方都市の県立高校2年生だ。
僕の高校はエリート進学校でも落ちこぼれ校でもない普通の学校で、土地自体がのんびりしているせいかクラスの虐めや不登校なんかもない。
ラノベに出てくるような学校一の美少女とかクラスカースト上位の陽キャとギャルとかもいないし、逆にアニヲタが固まって陰キャ集団を作っているとかもない。
普通と言っていいのかわからないけど、とにかく何もかもが穏やかで平均的な緩い学校だ。
そんな中で僕はのんびり一般生徒をやっているんだけど、そんな僕にも何と彼女がいる。
いやいや、妄想じゃないんだから。
彼女は美少女でもダウナーでもない、ごく普通の女の子だ。
ただちょっと平均よりふくよかというか、太めなんだけどむしろほんわかして可愛いんだよね。
ほっぺたなんか丸々としているし、親が見誤ったのか制服がギチギチで余計丸く見えるんだけど。
でもガリ勉でもスポーツマンでも陽キャでもない僕には似合いの子だ。
そう思っていたんだけど。
デートしている時に、彼女が突然笑い出したんだよ。
それはもう嬉しそうに、心から楽しそうに。
「どうしたの? 何かあった?」
「あ、ごめんなさい。今の生活が楽しくて」
口を押さえながら言う彼女。
何がそんなに楽しいんだろうか。
普通に駅前で待ち合わせて食事して映画観て喫茶店でお茶しているだけなんだけど。
「今の、この生活。本当に穏やかで。幸せすぎて」
「そうなの」
「ええ。こんなものだとは想像もしていなかった」
それから彼女は「空想として聞いてね」と前置きしてから話してくれた。
彼女には前世があったそうだ。
前世の世界は魔法があって封建制で彼女は王国の侯爵令嬢だった。
王太子と婚約していたのだけれど、お互いに馬が合わなかった。
でも政略なので結婚するしかない。
王太子には恋人がいて半ば公然と浮気していたけど、彼女の方は立場上浮気は出来なかった。
それは割切っていたけど、彼女の立場に自分の娘を押し込もうする連中がたくさんいた。
だから学園でも舞踏会でもいつも悪意に晒されていた。
嫉妬とかではなくて、純粋に権力闘争。
常に暗殺の危険があったし、家族ですら完全な味方というわけではなかった。
そんな中で神経をすり減らしていた彼女がハマッたもの。
それは王国で流行っていた魔法出版のベストセラー物語だった。
魔法がない平和な国で平民がおだやかに過ごす。
その世界には身分がなく、なので面倒くさいどころか失敗すると命に関わるような礼儀は存在しない。
学校とかクラスとかあって委員長や保健委員とかいて。
勉強はほどほどに。
放課後はフードコートに行ってみんなで買い食いしたりゲームセンターやカラオケで楽しく遊んで。
もちろん王国の権力構造に真っ向から刃向かうようなそんな小説は発禁処分を受けていた。
読むのはもちろん持っているだけで犯罪。
そもそも前世の世界は身分制度が厳しくて、大抵の平民は読み書き出来ない。
なのでそういったアングラ出版物は貴族や裕福な平民の間で流行った。
「辛い王太子妃教育や社交のお仕事の合間にそういった小説を読むことだけが楽しみでした。
でも」
ある日、近衛騎士団が侯爵邸に押し入ってきて家捜しをされ、発禁本が見つかってしまった。
彼女はそのまま連行され、取り調べの結果有罪判決。
実家の侯爵家は家の存続のために彼女を切り捨てた。
彼女の身分からいえば、その程度なら修道院送りで済むところが王太子のごり押しで処刑が決まってしまった。
「それは酷い」
「王太子殿下としては元婚約者が何らかの理由で担ぎ出されて自分に害が及ぶことを危惧されたのでしょうね。
判らないでもないです」
でも、と彼女は言った。
何と、気がついたら処刑されたはずの私はその小説の世界に転生していたんですよ! それも主人公に!
「ちょっと待って。ヒロイン役なの?」
「はい。小説ではちょっとトロくて太めの女の子が色々とまごつきながら恋人とお付き合いしたり遊んだりするんです。
毎日が穏やかで楽しくて」
いや、それだと僕がヒーロー役になってしまうけど。
厨二病の妄想にしても無理なのでは。
「僕はヒーローとかじゃないけど」
「理想の男の子です。やさしくて表裏がなくて、それでいて誠実で」
イケメンとか陽キャとかはいいのか。
そんなのどこにでもいるのでは、と言いかけて気がついた。
多分、彼女の前世の世界ではそんな奴は存在しなかったんだろうな。
平民ならともかく貴族社会では生き残れないだろう。
だから。
「……自信はないけど頑張るよ」
「頑張らなくても、そのままでヒーローですから」
そう言ってから彼女はふと考え込んだ。
「どうしたの?」
「いえ、私も今まではヒロインになろうと頑張ってきましたけど、そろそろ気を抜いても良いような気がしてきました」
「頑張ってきたの?」
「なるべく小説のヒロインの言動に合わせたり姿形も似せたりしていたのですけれど……もういいのでは」
それはそうだ。
日本は小説の中じゃないんだから、彼女も無理をする必要はない。
「いいんじゃない? もっと気楽に過ごせば」
「そうですね。では」
そういう話をしてから一月ほどたって、僕は困惑というか困っている。
どうも、彼女の「努力」ってわざわざ小説に出てきたヒロインに似せるために大食いして体重を増やしたり、前世で侯爵令嬢として身につけた礼儀を極力出さないとかだったりしたみたいなんだよ。
それどころかヒロインが凡人の設定だったために勉強にも運動にも手を抜いていたらしくて。
それを全部止めてしまったところ、彼女はあっという間に凜とした礼儀正しい細身の美少女に変身してしまった。
定期テストではクラストップだし体育テストで日本新に迫ったとかで陸上部の先輩や顧問が毎日スカウトに来ている。
普段の生活も態度があまりにもきちっとしすぎていて外国の貴族や皇族の関係者なのではないかという噂が出ているほどだ。
にも関わらず、相変わらず僕の彼女なんだけど。
それどころか何かというと「ヒロインじゃなくなってしまいましたが捨てないで下さいね」と縋り付いてきたりしている。
今の状況って昔のラノベやアニメによく出てきた陳腐な「ダサいモブ主人公に美少女が意味も無く惚れる」っていう、アレになってしまっているのでは。
どうしよう?