第95話 オーバードライブ ―守護―
「……どうせ、近くで見ているんだろう」
封印されたレイを前に、ハクが空に向かって静かに言い放つ。
その声に応じるように――
ゴォ、と空気が震えた。
次の瞬間、風を切る音とともに、黒い影が空から舞い降りる。
石畳の中央に着地したその男の背には、禍々しい黒の翼――モンスター化の兆候を思わせる異形が蠢いていた。
白銀の髪が風になびき、鋭く細められた瞳が俺たちを見下ろす。
「……ゼロ」
俺とハクが同時にその名を呼んだ。
ゼロはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あん? オレが呼んだのはハク、お前だけのはずだったんだがなァ。なーんで片割れも来てるんだよ」
「俺が来たのは、レイを助けるため。それだけだ」
俺が答えると、ゼロはにやりと笑った。
「ははっ! マジかよ。正義の味方ごっこか? オマエがしゃしゃり出てきたって邪魔なだけなんだけどなァ?」
「黙れ、ゼロ。お前がやってるのは、ただの私怨だろう。お前が望むのなら俺一人で相手になってやる。その代わり今すぐにレイを解放するんだ」
ハクの声は冷たかった。
「ハハ……あぁそうさ。オレはお前が気に入らねぇんだよ、ハク。昔っからな。だがあの女が開放されることはない」
「なに!?」
「何故なら、オマエがここで死ぬからだよォ!」
黒の翼が広がり、地を這うような瘴気が神殿の空気を塗り替えていく。
ゼロは空中からハクに向かって急降下する――
「ま、挨拶代わりに――地獄の火でも味わっとけ、ハク!」
次の瞬間、ゼロの右腕がぶわりと膨れ上がる。
皮膚が裂けるように割れ、筋肉の奥から異形の“顔”が現れた。
まるで悪夢のようなそれは、獣とモンスターの融合体――ぬらりとした鱗に覆われ、禍々しく輝く瞳をぎらつかせている。
「――人魔一体・咆炎断葬!!」
それはかつてセルナで初めてゼロと会った時に見たあの技だった。
モンスターの口がガバリと開き、そこから黒く、しかし灼熱を孕んだ炎が――炸裂した。
爆音。
地を這い、空を切り裂く、漆黒の炎の奔流。
だが――
「させるかッ!」
俺はとっさにハクの前へと跳び出た。
「何をするつもりだ?」
「いいから!」
右手の剣に、全神経を集中させる。
「――応えてくれ、魔封剣!」
俺の呼びかけに、剣が震えた。
瞬間、白光が爆ぜた。
剣の奥に眠る魔法石の力が解放され、封印の楔がひとつ、またひとつと外れていく。
刀身がブロックごとに一回り広がり真の姿へと変貌し、内部の巨大な魔法石が露出する。
刃全体が、まばゆいほどの白の光に包まれた。
「魔封剣・全開放!!」
続けて俺が力を開放する。
「魔封剣・聖域障壁!」
剣から放たれる白き光の障壁。それは浄化の力。
地を抉る黒炎がその光と衝突した瞬間――
ゴオォンッッ!!
激しい爆音とともに、空間が軋む。
黒い咆哮は、白き波動によって正面から押し止められ、やがて霧散していった。
俺の足元を、熱風が吹き抜ける。
後方で立っていたハクは、無言で剣を見つめていた。
「その剣……。そして、その力……黒瀬凪、お前は……」
「これは魔封剣。この剣はレイとセルナに転移した後で作ったんだ」
ハクは俺の力と剣を見て言う。
「なんのために?」
「俺が守りたいと思ったものを守るために」
「ふん……」
自らの技が不発に終わったゼロは、不快そうに舌打ちしながらも、やがて口元を吊り上げた。
「ほぉ……? マジかよ。前に見た時よりも、ずいぶん強くなってんじゃねぇか、片割れェ」
彼の瞳が、爛々と輝く。
「面白れぇなァ。……だったら“お前”もまとめて、相手してやるよ。二人まとめて消してやる!」
ゼロの背中の翼が大きく羽ばたき、風圧が神殿の空気を歪ませた。
俺は魔封剣を構え直し、心の中でリルの気配を確かめる。
(……ありがとう、リル。お前がいてくれたから、間に合った)
『まったくもう、ナギは無茶ばっかりするんだから!』
俺の中で確かに共鳴する声が、力をくれる。
白と黒。
空の神殿で運命の激突が始まろうとしていた――。
☆今回の一言メモ☆
凪の魔封剣の力を見て、ゼロもハクも彼の見る目を変えるというシーンになります。
彼ら黒い力を持つ者達は長年にわたってこの戦いの世界に生きてきた者達。対して凪は地球という戦いとは無縁のぬるま湯の中にいた時間が長いので、この世界の価値観的にはなめられてしまうという立場になりがちでしたが、この辺りからはどうやらそうでは無くなってきているようです。




