第7話 白いけど黒い力を持つお前と戦うのは、黒いけど白い力を持つ俺。
「お前はいったい誰だ!?」
俺の問いに対し白い男が、やけに低く語る。仮面越しの声は少しこもっていて、聞き取りにくい。
「レイに聞いた時はまさかとは思ったが、本当だったとはな。しかし、なぜ今になってお前がここに」
ぞわり、と俺の背筋を冷たいものが走る。
一瞬、頭の中で何かがフラッシュバックした。だが、それはすぐにかき消された。
(なんだ今のは。落ち着け……今は目の前のこいつに集中しろ)
俺は時間を稼ぐためにも彼に引き続き問いかける。
「ど、どういうことだ! いったいお前はなんなんだ!」
その仮面の男は返答した。
「俺か? 俺はハク。そう呼ぶがいい」
「ハク……」
その時だった。
視界の端で、先ほど俺が倒したモンスターと似通った個体が、数体こちらへ近づいてくるのが見えた。数にして十。そいつらはハクと名乗った男の背後に、まるで“待機”しているかのように佇んでいる。
(……っ!)
俺は悟った。このハクと名乗る者がこの騒動の首謀者か、もしくはそれに近い存在なのだと。そして、この男は明らかに危険だと。
ハクは静かに、右手で黒い剣を抜いた。その刀身からは、黒い気のようなものが渦巻いており、周囲の空気さえ歪めている。
「今回の目的は別にあった。ここで戦闘をするつもりもなかった。だが、お前が現れたのなら、気が変わった」
ハクが手で合図すると、周囲のモンスターたちが動きを止めた。完全に、制御されている。まるで操り人形のように、ぴたりと静止しているのだ。
(……無理だ。どんな馬鹿でもわかる。勝てるわけがない)
背筋に冷や汗が流れる。こいつは俺とは次元が違う。
「どうした。先ほどの力をもう一度見せてみろ」
ハクが一歩、こちらへ足を踏み出す。俺が考え込んでいるのを見ていた彼は動き出す。
「来ないのなら……こちらから、行くぞ!」
ハクは、迷いのない動きで俺に向かって斬りかかってきた。
手慣れた剣さばき。それでいて明らかに、本気ではない。
(こいつ……手加減してる……!?)
それでも、俺は死に物狂いでその剣撃を受けるしかなかった。
火花が散る。
腕がしびれる。
こんな異界の地で、こんなわけもわからず死にたくない!
「なんだ、こんなものか。まあいい。では、次は」
ハクの身体から、黒い気のようなものが揺らめいた。それが、すうっと彼の剣へと収束していく。
刀身が黒く染まり、異様な圧が立ち込める。
「これが受けられるか?」
その言葉と同時に、ハクは黒い剣を高く振り上げ、頭上から俺の脳天めがけて振り下ろしてきた。
(――当たったら死ぬ!)
「うおおおぉぉッ!」
ガキィン!
気づけば俺は、自分の剣を振り上げてその一撃を受け止めていた。金属がぶつかり合う音と共に、鍔と鍔が火花を散らす。
「ほう……やはり、お前も」
ハクは俺の振るった剣を見てそう言った。俺の刀からは白い光があふれ出ていたのだ。白い光は、彼の黒い光とぶつかり合い、まるで磁石のN極とS極のように反発し、拮抗し合う。
「……!」
ぶつかる力と力。
白と黒。
光と闇。
しばらく拮抗が続いたが――俺の剣は、その衝撃に耐えきれなかったのか、刀身に細かな亀裂が入り始めた。
(くそっ……! こんな……こんなところで……!)
次の瞬間――
ハクの後方で待機していたモンスターたちが、すべて紅蓮の炎に包まれて蒸発した。
「ギャアァァァ」とまるで人間のような咆哮がこだました。
「……なに?」
ハクの声に、わずかな驚きがにじむ。
彼はすぐさま、俺との鍔迫り合いをやめ、距離を取った。
その反動で、俺は支えを失い、地面に転がり落ちる。
視界が揺れる中、轟音と共に現れたのは――
飛竜。そしてその下からは多くの武装したイグナスの兵士達。
飛竜の背にまたがっていたのは、燃えるような赤髪をなびかせた少女。
「なんで凪ががあんなところにいるの!? 仕方ない、ユーリス!」
リシア――。
彼女が叫ぶと、後方から続いていた部隊が展開を始める。その中の一人、双剣を構えた青年が即座に応えた。彼がユーリスと呼ばれた青年のようだった。
「はい、隊長!」
「あなたは黒瀬凪を保護なさい! あの白いやつは、私が倒す!」
「……わかりました。お気をつけて」
「他の隊員も手を出さないで! アイツは危険よ!」
リシアの号令に、隊員たちはすぐさま動きを止め、ハクとの距離を慎重に保った。彼女の声には、ただならぬ緊張と確信があった。
ユーリスと呼ばれていた男が俺のすぐそばに駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?……全く無茶なことをする人だ……」
「あ、はい……。大丈夫です。ちょっと、フラつきますけど」
「だけどさっきの君の白い力は、まるで……」
その言葉の続きを遮るように、視線が前へと向けられる。そこにいたのは、異質な存在――ハク。そして、その目の前に凛として立ちはだかる少女。
風になびく赤い髪。鋭く射抜くような視線。
彼女は剣に手をかけたまま、真っ直ぐハクを見据える。
ハクはこの戦力差を見ても動じず。
「お前たち軍の主力がここに来ているということは。そろそろ俺達が準備したモンスターたちの数が減ってきたということか。不意打ちにも関わらず、流石はイグナスの精鋭たち、というわけだな」
静かに語るハクの声には、皮肉とも賞賛ともとれる含みがあった。
リシアはそれに対し怒りを露わにして言った。
「ふざけないで! 今回の首謀者はあなただったのね。モンスターたちを指揮していたのは見えたわ……さっきの黒い力も、いったいあなたたちは何者なの!?」
モンスターに家族を奪われた過去を持つリシア。その瞳には、怒りと――復讐の焔が宿っていた。
だが、ハクはその怒気を意にも介さず。
「黒瀬凪……そしてルミリアの残した“鍵”……。これは偶然なのか」
その一言に、リシアが反応した。
「今なんて!? その名前をなんであなたが!」
「それに答える義理はない。そこの黒瀬凪を我々に渡せ。さすれば、我々も引こう」
ハクの言葉に、その場の空気が凍りついた。周囲の兵士たちがどよめき、俺自身も言葉を失った。
そんな中、ユーリスがリシアに進言した。
「リシア隊長……。ここは、黒瀬凪の引き渡しも考えた方が……」
「ユーリス!」
リシアの声が、鋭く空気を裂いた。
「ユーリスも見たでしょう!? 彼は命がけで市民を守るために戦っていた! その思いを……踏みにじることなんてできないわ!」
「しかし!」
「――心配いらないわ、私がこの男を倒す!」
リシアの瞳が鋭く光り、味方の兵士さえも圧倒する。
☆今回の一言メモ☆
飛竜はこの世界における魔物やモンスターとは種族が分けられています。その運用コストや特有の扱いづらさから使用者や使用シーンは非常に限定的です。