第84話 リーク ―暴露―
「号外ーー! 号外ーー!」
街角で新聞配りの少年が、大声で新聞を売り歩いている。
俺はその声に引き寄せられるように足を止め、一部を買い取った。
《話題の歌姫エアリア、正体は異世界の“黒髪の少女”!? 目撃人の証言と証拠映像が波紋呼ぶ》
その紙面には、確かに――
昨夜の俺達の姿。
「まさか……こんなに早く……? あの男、情報を密告するだけじゃなくて、小銭稼ぎのために売りものにしたんだな!」
俺は怒りで胸の奥がざわつく。
『なになにー? どうしたのナギ?』
「ちょっとまずいことになったよリル」
顔は鮮明で映ってないとはいえ、こんな記事出されちゃますます外を出歩きにくいぞ。
俺は唇をかみしめた。
「……碧、大丈夫かな……。それにノエルも」
俺はひとしきり考えた後走り出していた。エアリオット兄妹の家へ――ノエルのもとへ戻るために。
だがその途中、通りすがる人々がその号外を手にしているのが見えた。
「……ウソ、エアリアの正体ってやばくない?」
「今まで私たちを騙してたってこと……?」
道端でも、商店街の店先でも、通りの隅でも――声があがっている。
「マジかよー。結局、詐欺だったってこと?」
「……ファンやめようかな……俺、裏切られた気しかしない」
(まずい……!)
エアリア――いや、碧の正体が明るみに出た。それだけでも大騒動だ。
だが、問題はそれだけじゃない。
俺も写ってる。顔までははっきりじゃないけど……
こんな大騒ぎはすぐにゼロや黒の力を持つ人間たちに知れ渡っていることだろう。
やがて、家の角を曲がったとき、俺は見つけた。
見慣れた小さな影が、玄関前にぽつんと座っている。
ノエルだった。魔法学校の制服のまま、膝を抱えるように座っている。
手には、ぐしゃりと握られた新聞。あの――号外新聞。
「ノエル……見たんだね」
彼女はゆっくりと顔を上げた。いつもの微笑みは、そこにはなかった。
「はい……みんな、すごく騒いでるよ。学校でも、電車でも……知らない人たちまで、ずっとエアリアのことで持ち切り」
「……そうだろうね」
言葉が出ない。あれだけ街を沸かせていた彼女の“正体”。
それは民衆の“期待”を一瞬で裏返しにする、悪魔の魔法のようだった。
もしかするとノエルが胸に抱いていた彼女に対するあの憧れすら――。
そのとき俺達の重い空気が吹き飛んだ。
「よぉーっす!二人とも!……って、なんだ?町の連中も騒がしいし、お前らまで揃って沈んだ顔して。なんかあったのか?」
陽気な声とともに、ウィン・エアリオットが警備隊の仕事を終えて帰ってきた。
鞄と剣を背負い、いつものように笑ってみせた。
彼は年長者として、この空気にすぐ気づき足を止めた。
「なんだその新聞」
彼は俺の新聞を受け取った。
「ウィンさん、お帰りなさい」
俺がそう言うと、ノエルも立ち上がりなんとか微笑んだ。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
ウィンは荷物を玄関に置き、新聞を読み始めた。
しばらく黙って目を通したウィンは、ふぅ、と小さく息をついた。
「そうか。ノエルは……あの子の大ファンだったもんな。街中が騒いでるのも、こりゃ納得だ」
ノエルは俯く。
「私は……どうしたら、いいのかな……」
そのつぶやきに、ウィンはそっとしゃがみ込み、妹と同じ目線に立った。
「なぁ、ノエル。お前が好きだったエアリアの歌は……偽物だったと思うか?」
ノエルの目が見開かれる。そして、首を横に振った。
「……ちがう」
「だろ?」
ウィンは、優しく笑った。
「見た目がどうだろうが、隠しごとがあろうが、あの子がこの世界の人達に届けた“想い”まで偽物だったわけじゃない。お兄ちゃんはそう思うけどな」
ノエルは黙って、でも力強く、もう一度うなずいた。
やっぱりお兄ちゃんの言葉は強いのだなと俺が感心していると。
――その瞬間、また街の空気が揺れる。
「さらに号外だよーっ! 新情報載ってまーす!」
ざわめきが走り、人々が通りへと群がる。
俺はすかさず立ち上がった。
「ちょっと……買ってきます!」
俺はなけなしのお金を使って本日、二部目の新聞を開いた。
「これは……!」
手にした号外の見出しに釘付けになった
《エアリアの緊急ライブ、本日開催――!》
「ノエル! ウィンさん!」
俺が振り向くと、ノエルは目を見開き、ウィンはすぐに顎を引いてうなずいた。
「いくしかないですね!」
「おうなんだかよくわからないが、こうなったら俺も最後まで見届けるぞ」
俺達の間に、言葉のいらない連帯感が生まれる。
「……あ、でも俺、めっちゃ腹減ったんだけど」
ウィンはいい具合に俺達の張りつめた空気を壊してくれた。
* * *
俺達は食事の後、それぞれの思いを胸に、エアリアの待つライブ会場へと向かうのだった。
食後、すぐ家を出た俺達だったが、会場にはすでに多くの人々が詰めかけていた。
誰もが新聞に書かれたこと。その真偽を確かめようとするように。
ファンの中には信じ切れず、ただ祈るような眼差しを向ける者もいれば、面白半分で見に来たような冷やかしの声も飛んでいた。
そして、その隙間を縫うように、報道関係者も混じっているようだった。
「こういうのを見てると地球もアルフラディアもそんなに変わらないように思えるよ」
『精霊や妖精達もそういうのあるよー』
俺はリルにそう愚痴った。
「それとリル。さっき俺が話した手筈で頼むぞ」
『まっかせなさーい』
そして、俺達は昨夜と同じように行列に並び、会場の入り口で手続きを整えて中に入った。
ライブ開始の十九時までには時間があったので、俺は会場内をウロウロしていた。
やがて、観客席の後方に立ち、視線をステージ中央へと向けた。
(……このライブは、暴露の号外を受けての返事”なんだろうな。エアリアは、この場で歌で信頼を取り戻そうというのか……?)
思考の隅に、昨夜の男の影が頭の中にちらつく。
万が一、ああいったやつらが再び現れるなら――
その時は、絶対に俺が守りきる。
☆今回の一言メモ☆
ウィンとノエルは両親をすでに失くしています。そういった人はこの世界ではそう珍しいわけではありません。魔物やモンスターの危険に晒されている世界ですから。ウィンの年齢は22歳で凪が20歳です。たかが2歳の差ではありますが、いつ死ぬかわからないような過酷な世界で、妹を守りながら生きてきたウィンは年齢以上の貫禄が感じられます。




