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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第三章 風の国編

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第76話 レスト ―休符―

 

 俺は出会ったばかりの鉄道警備隊(てつどうけいびたい)のウィンの言葉に甘えて、彼の自宅に向かって歩いていた。

 その道中。風の国の新鮮な景色を俺は目に焼き付けていた。


 ふと横を通り過ぎた老夫婦は、風の魔法で買い物帰りの荷物(にもつ)を浮かせながら、二人で手を(つな)ぎながら笑顔で歩いている。


 通りの角では、旅の吟遊詩人(ぎんゆうしじん)らしき男が風の魔法で音を共鳴させた弦楽器(げんがっき)(かな)でており、その音に合わせて客が何人か(おど)っている。


 さらに奥の路地では、露天商(ろてんしょう)たちが張りのある声を張り上げながら、風を利用して香りを流して客寄(きゃくよ)せをしているのが見えた。商品の焼き菓子(がし)や香草の香りが鼻をくすぐり、どこか心を和ませる。


 風はここでは、ただの自然の一部ではなく――

 人の暮らしを支え、人の笑顔を生むものとして、確かに息づいていた。


 俺はその光景に、少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。


 それを見たとなりを並んで歩くウィンが言った。

「楽しそうだな(なぎ)。……ま、初めてのヴェントなら無理もねぇか」


 ウィンは続けた。

「それより――」


 歩きながら、ウィンの声色(こわいろ)が少しだけ低くなる。

「お前、一体何者だ? その黒い瞳と髪……なにより聞いたこともない、見たこともない――あの“魔法そのもの”を打ち消す、妙な力もな」


 足が一瞬止まりかけた。俺は視線を逸らし、沈黙(ちんもく)する。

「……」


「ま、訳ありなのは見てわかるけどよ。それに助けてもらった恩がある。お前がどんな訳ありだろうが、今ここでどうこう言うつもりはねぇさ」


「……すみません。今は、なるべく目立たずに旅をしてるんです……」

「なるほどね」

「でも、何も言わないのも失礼なので……実は俺、この国のどこかにいるはずの俺の妹を追ってセルナを発ってきたんです」


 ウィンは目を見開いた

「妹を!?」


「はい。確証はありませんが、手がかりを探すためにしばらくこの国にいようと思っています」


「本当に訳ありだったんだな……」

 彼は息を吸った

「……実はな、俺にも妹がいるんだ。俺の七つ下で、今は二人暮らし」


「!」

 俺の足が一瞬止まった。


「俺達の両親は、もう随分前(ずいぶんまえ)になくなっちまった。だから俺は――まだ学生の妹の分まで稼ぐために、ちょいと危ねぇ仕事を選んだってわけさ。鉄道警備の仕事は危険だけど実入りが良いからな」


 俺は、彼の言葉に心を引き寄せられていた。まるで、自分を投影しているかのように。多分ウィンもそうだったのだろう。


 俺は彼の話を聞いていた。

「……」


「それでな、実は次の列車にもまた同乗しなきゃなんねぇんだ。だから少しの間、家に帰れねぇ」


 ウィンは照れくさそうに頭をかきながら続ける。

「部屋は貸す。代わりにってわけじゃねぇが、妹に飯でも作ってやってくれりゃ助かる。……金なんていらねぇ。その、最近ちょっとアイツ、元気がなくてな」


 俺は強くうなずく。

「……任せてください!」

 俺にしては即答だった。

 彼の言葉の裏にある、兄としての気遣いと不安。それが痛いほど伝わってきたからだ。


 駅を出て三十分ほど歩き続けた。ウィンに案内されたのは、どこか懐かしさを感じさせる木造の一軒家だった。


 石畳(いしだたみ)の道沿いに立つその家は、街の喧騒(けんそう)から少し離れた場所にあった。


「ほら、こっちだ!」


 ウィンが扉の鍵を開けると、キィと音を立てて扉が開いた。


「失礼しまーす……」

 俺は控えめに頭を下げながら中へ入った。


『ちょっと狭いかなー』

 俺は黙って魔封剣(まふうけん)(さや)の上からデコピンした。


 玄関を抜けるとすぐに、小ぢんまりとしたリビングが広がっていた。決して広くはないが、差し込む陽光が木の床を照らし、温かみを感じさせる空間だ。


 部屋の中央には年季(ねんき)の入った木製のテーブル。その周囲には四脚の椅子が並んでいるが、うち二つにはうっすらと(ほこり)が積もっていた。


 革のブーツを脱ぎながらウィンが言う。

「まぁ(せま)いが、好きに使ってくれていい。着替えも貸すから、まずは風呂にでも入ってこいよ。着替えを持ってきてやるから座ってな」


「あ、はい」

 返事をして一人になったリビングには、静けさが降りた。


 その静けさの中で、窓辺に吊るされた小さな風車が、コトリコトリと音を立てて回っている。俺はその音を耳にしながら、心に安堵(あんど)を覚えていた。


 ふと、窓際に目をやると、|色あせた写真立てが視界に入った。


 ガラス越しに収められていたのは、“四人”の家族が肩を寄せ合って笑う姿。

 背景や服装の雰囲気からして、かなり昔に撮られたものなのだろう。

 

 まだ幼さの残るウィンと、隣で無邪気に微笑む妹らしき人。背後には温かな笑みを浮かべる両親の姿もあった。


 ――きっと、幸せな時代だったに違いない。

 俺はその境遇を地球での俺自身に重ねていた。


(妹さんもいるっていってたもんな。今は二階かな……?)


 そんなことを考えていると、ウィンが衣類を手に戻ってきた。


「これでいいか? 少しデカいかもしれんが、まぁ大丈夫だろ」


 そう言って差し出されたのは、ウィンの私服のようだった。


「ありがとうございます。ウィンさん、先に妹さんにご挨拶をしたほうが……」


 そう口にすると、ウィンは少し意外そうな顔をしてから笑って言った。


「それはいいけどな、まずは一旦綺麗になってこい! おれの可愛い妹に会うんだったら!」


「あ、はい!」

 それもそうだと思いながら、彼に(うながさ)されるまま風呂場へと向かう。


 脱衣所の扉を開けた瞬間、ふわりと漂う草のような爽やかな香りに、鼻がくすぐられた。


 室内は木のぬくもりと、滑らかな石で組まれた湯船が調和し、落ち着いた空間を形作っている。

 壁際には赤く光る小さな魔法石(まほうせき)がはめ込まれており、静かに湯を温めていた。


「……ミーナんとこと比べちゃ悪いよな」


 湯船に手を差し入れると、ちょうどいい温度の湯が心地よく肌を包み込む。

 俺は服を脱ぎ、ゆっくりと湯に身を沈める。


「くはぁ……生き返る……」


 肩まで湯に浸かると、戦い続きの緊張も、一気に溶けていくのがわかる。

 身体の所々がまだ切り傷で少し痛んだが、それすら今は心地よい鈍痛(どんつう)に変わっていた。


 何度か深く呼吸しながら、俺は目を閉じる。

 張り詰めていた全身から、少しずつ「人間らしさ」が戻ってくるような感覚だった。


 ――そのときだった


「わー、いい湯加減ね!」


 その声に俺は目を開けた!

 目の前にはリルが実体化して湯舟に浸かっていた。


「びっくりするじゃないかリル!」


「えぇー、いいじゃん別に! アタシだって雰囲気味わいたいし」


「妖精には必要なさそうだけどなぁ」


「ごくらく~」


「まぁ、いっか」


 俺とリルはしばらくの間、風呂を堪能するのであった。

☆今回の一言メモ☆

章と章の間の箸休めに近いお話だったかと思います。文字が多めで読みにくかったかもしれません。風の国の雰囲気の描写のせいかと思います。ごめんなさい。

個人的なお気に入りのシーンは凪がリルに静かなデコピンで無言の対応をするところ。リルは凪がいい意味で雑に対応できる唯一のキャラになってます。

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