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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第三章 風の国編

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第74話 ニューチャプター ―新章―


 魔導列車(まどうれっしゃ)が、セルナ王国を離れてゆく。

 重厚な車体がレールを滑るたび、心地よい揺れが身体を揺すった。


 俺は一人、窓際の席に座っていた。


 頬にあたる風は涼しく、どこか甘い匂いが混じっている。


 セルナの空気とは違ってきていた。

 もうここはさっきまでいた水の国じゃないのだ。


 窓の外には、見渡す限りの草原と起伏の少ない丘。


 ときおり、遠くの山の間に風車(ふうしゃ)がくるくると回っているのが見えた。


 風の国――ヴェント。記憶した地図で見たときから、ずいぶん遠い場所で俺には縁のない場所だと思っていた。

 けれど今、その境界を越えようとしている。


 リシアやミーナと別れて、ここまで来たけれど、まだまだ長旅になりそうだ。


「ふう」

 俺は深呼吸をした。


 胸の奥に渦巻いているざわめきが俺をとらえる。


 そんなときだった。


「……また、そうやって難しい顔して。思春期の少年かっての」


 不意に、隣に置いてある"魔封剣(まふうけん)"のあたりから声がした。

 刀身から光が出て、ぴょん、と小さな影が俺の肩に飛び乗ってくる。


 それは妖精。


「リルか……」


「アンタの剣の中、居心地がいいからよく眠れるわ! ……で、なに? せーっかく意気揚々と出発したってのに、いきなり“(うれ)い顔の主人公”ごっこ?」


「……お前なぁ」

 苦笑しながら、俺は窓から視線を戻す。


「ウンディーネ様の第一使いのこのアタシがナギの悩みを聞いたげる!」


 彼女はふわふわと俺の顔のそばを羽を使って飛びながら、そのあどけない表情を見せていた。


「悩み……ってほどじゃ。ただ、俺がこの世界に来て斬った何体ものモンスター。それが元は"俺達と同じ人間"だったなんて……ってなかなか割り切れるもんじゃないよ」


「ふーん、真面目だねぇ。ま、アンタのそういうとこ、嫌いじゃないけど?」


「お前に好かれてもなぁ」


「うるさいっ。……でもさ、アンタがあの時モンスターたちを斬らなかったら、助けられなかった人たちがいるんじゃないの?」


 彼女の言葉に、俺は思わず目を丸くした。

 核心をこうもあっさり突いてくる。


「……お前、結構しっかりしてんのな」


「“結構”は余計!」


 リルはぷんすかと怒りながら、俺の頭を両手ではたいてきた。


 けれど――たしかにその通りなのだ。


(そうだ。俺が斬らなければ、救えなかった命があった。それに……ゼロはともかく、自ら望んでモンスター化した人なんていなかったはずだ

 もし、元に戻す手段がないのだとしたら――俺は、人を斬る覚悟で、彼らを斬らなきゃいけない)


 頭の上でリルがふわっと羽を動かす。


「それにしてもさ……“風の国”っていうから、もっと爽やかなイメージだったけど、思ったよりゴツいね」


「まだ国境を越えたばかりだからじゃないかな。たぶん中心街はもっと雰囲気も違うだろうし、もっと栄えてるはずだよ」


「ふーん……」


 列車は、風を巻き上げながら、ゆるやかにヴェントの大地へと滑り込んでいった。



 * * *



 気づけば、俺とリルはいつの間にか並んで眠っていたらしい。


 ――そんな中、周囲のざわめきで、俺は目を覚ました。


「……なんだ?」


「ねぇ、見てナギ! あれあれ!」


 リルが窓の外に身を乗り出し、上空を指差している。

 俺には見えない位置だったので、窓から顔を出してその先を見上げる。


 ――そこには、黒い影が、風を裂くように旋回していた。


 不規則な羽ばたき音。陽光に反射して黒光りする体表。

 巨大な翼を持つ(わし)のような異形の化け物が、列車の上空を旋回している。


 列車内の乗客たちもひそひそと浮足だっている。


「……モンスターか……!?」


 あれは明らかに“魔物”じゃない。

 禍々しい紋様(もんよう)が浮かぶ黒い体。あの異様な存在感――イグナスで戦った個体に、よく似ている。


「よりによってこんな時に……!」


 俺の全身に冷たい緊張が走った。


 見たところ敵は一体のみ。

 ハク達のような連中と組織化した個体ではなく、野生化した“はぐれ”のモンスターかもしれない。


「……戦うしかない」


 俺は剣に手を添え、列車の天井に上がれる通路を探すために、立ち上がった。



 * * *



「……よしっ!」


 なんとか、列車の天井へと這い上がることができた。

 風に煽られ、足元は不安定。それでも必死に体勢を維持する。


 頭上を見上げれば――巨大な鷲のような翼を持ったモンスターが旋回している。


 耳に、下からはスピーカー越しの声が微かに届く。


「乗客の皆さん、落ち着いてください! 身を低くして、窓際から離れてください!」


 車内では混乱が広がっているのだろう。悲鳴やざわめきが、風に乗って聞こえてくる。


 ヴェントにはこの世界の中で最も観光業が盛んで、アイドルや歌手といった存在も街頭でよく見かけるという。

 この列車も観光客で賑わっているはずだ。そんな人々の乗った列車を――


(俺が守らなきゃ……!)


 そのときだった。

 風を切って宙を舞う、もう一つの人影に目を奪われた。


「……あれは――」


 緑の髪をなびかせた青年が、飛行魔装具(つばさ)を背に展開し、空中で剣を構えてモンスターと対峙していた。


 風の魔力に呼応する魔法石を内蔵した、飛行用の魔装具(まそうぐ)

 魔力適性がなければ操作もできず、高価な為、一般にはほとんど流通していない、限られた者のみが使える技術――


(一人で戦ってるのか……!?)


「大丈夫ですか!?」

 俺が彼に叫ぶと、青年が鋭い視線をこちらへ向け、怒鳴り返してきた。


「なんだぁ! 乗客か!? 危ねぇぞ! さっさと中に戻ってろ!」


 俺は彼に言う。

「俺も加勢します!」


「はぁ!? 素人が何できるってんだ! 黙って中で大人しくしてろ!」


(……まぁ、普通はそう言うよな)


 俺は苦笑しながら、背中に背負った剣に手を伸ばした。


(でも――俺はもう、“普通”じゃないはずだ)


「グオオオォオォォ!」


 モンスターが鋭く咆哮(ほうこう)し、旋回する。

 モンスターは空の男――青年の迎撃をすり抜け、列車の側面へと回り込む。


 そのおぞましい姿を、車内の人々が目にした瞬間――


「いやあああっ!」

「誰か助けて――!」

「……っ、大精霊様よ……!」


 叫び、祈り、嘆く声が響き渡る。

 誰もが迫る死の気配に、ただ身をすくめるしかなかった。


「くそっ、思ったより手ごわい! 魔物とは違うぞコイツ!」


 空中でモンスターを迎撃しながら、青年が叫ぶ。

 一瞬、彼の視線が再び俺を捉えた。


「おい、そこのあんた! 名前は!?」


黒瀬凪(くろせなぎ)です! “(なぎ)”と呼んでください!」


「俺はウィン! どこの誰だか知らねぇが、頼めるか!?」


「もちろん!」


 ――シャンッ!


 抜き放たれた魔封剣(まふうけん)の刀身に、白い光が走る。

 俺の体から溢れた“白の力”が、それに呼応して――


 魔封剣の形状が変化する。

 両刃の剣が、一回り大きく変形し、刀身内部の魔法石が露出していく――


(斬るんじゃなくって……せめて、浄化するように……!)


 俺の胸の奥で、強く願ったそのとき――

 魔封剣の中から、声が響いた。


『癒しの力なら、アタシの力も貸したげるよ!』


「リル……! ――よし、頼むぞ!」


 俺は剣を構え、モンスターへ向かって突き出す。

 魔封剣の刀身が、眩い白光を帯びて輝き始め――その切っ先から、放たれた。


「≪魔封剣(まふうけん)浄閃光(ピュリファイ・レイ)≫――ッ!」


 剣先から放たれた白き光線が、モンスターの全身を包み込む。

 黒く染まったその身体は、光の中で静かに震え、やがて――


 ゆっくりと、白い粒子(りゅうし)となって、空へと舞い上がっていった。


 風に乗って、ただ、溶けるように。

 

 ウィンはその光景を、ただ呆然と見つめていた。

「な、なんだあの力……あいつはいったい……!」


 白く輝く剣を手に、俺は静かに息を吐いた。魔封剣は静かに元の姿に戻っていく。


『やったね!ナギ!』


「ありがとうリル。おかげで――誰も傷つけずに、救えたよ」



 ここから新たに「風の国編」開幕です。新章はできる限り、凪とかかわるキャラや世界観を変えています。その理由としては、書き手である僕にも、そして読み手の方にも、新しい国や部隊に来たなーと思って欲しいから。

 そして、読んで頂き本当にありがとうございました。

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