第68話 白き力の覚醒
バルドの号令で再び、魔法陣が俺たちの上空に生成され始める。
――だが、俺が感じたのはその魔法への恐怖じゃなかった。
隣に立つノート。その身体から、これまでにないほど強く、彼の黒の魔力が噴き出していたのだ。
足元から広がる黒い気は、地面を伝い、まるで瘴気のように辺りを蝕んでいく。
「おい、ノート! 落ち着け!」
「ナギの兄ちゃん。ちょっと待っててよ――先にジャマするアイツらを消すからさ!」
そう言ったノートの黒い気流が俺の周囲にも迫り、もはや近づくことさえできない。
「グレイス! まずい、あの軍の人たちを避難させてください! 絶対、まずいことが起きる!」
「わかった!」
グレイスは即座に馬を駆り、丘の上にいる軍の魔導士たちの元へ向かっていった。
そして――地鳴りが響いた。
「《超究極魔道操縦式・オモチャ箱セカイ》――発動ぉっ!!」
ノートの叫びとともに、黒い波動がその体から噴き出す。渦を巻きながら、街全体へと広がっていった。
「……この範囲……まさか!」
次の瞬間、街がざわめき始めた。
清掃用の魔道具が跳ね上がり、ガシャガシャと音を立てながら街中を暴れまわる。案内板が狂ったように回転し、街灯が軋みながら左右に揺れる。市場の魔法レジスター、商品棚の防犯魔道具までもが光を放って暴れ出す。
「嘘……だろ……?」
俺の周囲でも、魔道具らしきものが暴走し、魔装具が重力を無視して次々と空中へ浮かび上がっていく。
まるで、街全体がノートの“おもちゃ箱”に変貌したかのようだった。
* * *
サフィール家の屋敷では――
街からの悲鳴と騒音が、窓越しに響き渡っていた。
「な、なんでしょうこの音……?」
「お兄ちゃんのいるあたりじゃ……?」
二階の窓を開けたミーナとレイの視界に、異様な光景が飛び込んでくる。市街地の上空には、黒く染まった無数の武器が浮かび上がっていたのだ。
「この前の暴走の比なんてものじゃ……!」
「お兄ちゃんが……!」
ミーナは立てかけてあった杖を手に取ると言った。
「私は行きます! このままだと、街の人たちが危ない! レイさんはここにいてください!」
「わ、私も……!」
「……わかりました。一緒に行きましょう!」
* * *
そして、さらなる異変が起きる。
――武器たちが動き出したのだ。
兵舎、屋敷、商店に置かれていた剣、槍、斧――
「全部、オイラのとこに集まれぇぇっ!」
ノートの叫びに応え、それらは黒い軌跡を描きながら彼のもとへと集まっていく。
街中の無数の武器が彼の周囲を取り囲み、まるで衛星のように円を描いて旋回を始めた。
「どーお? おもちゃ箱みたいで、楽しいでしょ?」
……笑っている。心から楽しそうに。
けれど、その瞳の奥には――確かに破壊の意志が宿っていた。
「まずい……! 早く止めないと……!」
俺は白の力を、宙を舞う武器の群れへと放った――しかし、黒のオーラに弾かれ届かない。
「ムダだよ、ナギの兄ちゃん! さぁ、飛べっ! アイツらを切り刻めぇっ!」
武器たちは一斉に軌道を変え、高台の魔導士たちへと殺到する。
それを見たグレイスが絶望の声を上げた。
「くっ……間に合わない……!」
魔導士たちは危険を察し、詠唱を中断し始める。
「や、やばいって!」
「どうする!?」
「このままじゃ死ぬ!」
その混乱の中で、バルドがわめいた。
「貴様ら、私を守れぇっ! 逃げるなっ! ひぃぃぃっ!」
――だめだ。また誰かが死ぬ。守れない――。
嫌だ……! そんなのはもう、嫌なんだ!!
俺の手に脈動が走った。
「っ!」
魔封剣の刀身の隙間から、白い光があふれ出す。
「……そうか。お前も、そう思ってくれるんだな」
剣が応えるように、姿を変える。
刀身が分割し、内部の無色透明の魔法石が露出していく――。
次の瞬間、俺の白の力が爆発的に膨れ上がった。
魔封剣からあふれたその光は、俺から魔封剣を媒介し、空へ――街全体へと広がっていく。
「……なにその力っ! 聞いてないよ!?」
ノートが戦慄するほど、その力は圧倒的だった。彼が操る空中の無数の武器――槍も、斧も、剣も、まるで“時間が止まったかのように”静止する。
「ちょっと……! 動いてよ!」
ノートが目を見開いた。
その直後だった。
――カラン。
まず一つ、剣が音を立てて地に落ちた。
続いて、周囲に浮かぶ全ての武器が、空中からぽとぽとと無力に崩れ落ちていく。
そして――
それは武器だけではなかった。
街にある全ての“魔道具”が、一斉に“沈黙”したのだ。
跳ねていた清掃用魔道具、水球ランタン、うなっていた監視ゴーレム、魔法レジスター、
その他すべての魔法石を動力とするものが“光”を失い、停止する。
ノートの黒い力を押しのけて白の力が、"魔法を動力とする物体"の動作を止めたのだ。
「……あれは……」
バルド達が去った高台でグレイスが息を呑む。
ミーナとレイも、街で魔道具の暴走の対応に当たっていたところ、その光景を目にしていた。
「暴走がとまった!?」
「この暖かい光は、ナギさんの……すごいです!」
街中が沈黙した。
俺は魔封剣を構えたまま、ゆっくりとノートを見据える。
「これが……俺の“意思”だ。街も、君も、誰一人……傷つけさせはしない」
ノートは自分の大技を一瞬で無力化されて唖然としていた。
「オイラの全力を一瞬で……。その剣、その力。なんだかやっぱりハク様みたいだ」
「もういいだろ! 戦うなら俺と戦おうノート!」
ノートは俺の言葉を受けて言った。
「わかった! オイラはアンタを倒して、ハク様の元に連れていくよ!」
「こいノート!」
俺たちは再び一対一の構図で向き合った――
☆今回の一言メモ☆
ノートのやりすぎなくらいの力の開放具合は彼の年齢的、精神的な幼さや承認欲求からきています。
そして魔封剣。本気を出すと変身する。これはロマンです。




