第4話 大人しくしていろと言われたけれど...
空から急降下してきた飛竜は、リシアを見て何かを訴えているようだった。
リシアは彼(彼女?)の言っていることを理解できているようだった。
「……まさかイグナスで、なにかあったのね!?」
リシアが彼(彼女?)の様子を読み取った瞬間、その表情が強張った。
「……そんなはず……どうして急に……!」
いつも冷静なリシアから“焦り”を見て、俺も事の重大さを感じる。
「おい、なにが起きて――」
「乗って」
「え?」
「いいから、今すぐ乗って! 移動中に説明する!」
俺が戸惑う間もなく、リシアが俺の腕をぐいっと引いた。その手は冷たくて、でも震えているようにも感じた。
「こんな急なのは、今まで一度もなかった……」
リシアは飛竜に飛び乗る。俺も慌ててその背にまたがると、彼が即座に翼を広げ飛び立った。
風を切る音の中で、俺は前に座るリシアに叫んだ。
「なあ、どういうことなんだ。何が起きてるんだ!?」
リシアは視線を前に向けたまま答えた。
「どうやらイグナスで警報が鳴ったらしいのよ。……警報が鳴るのは、街の外周に張られてる“結界”にモンスターが触れた時だけ。つまり、あいつらがもう“そこ”まで来てるってことよ」
「あいつらって……。そんなの急すぎるだろ、 前触れもなく?」
「そう。ありえない。街付近の状況は我々が管理しているから、事前に察知できるはず。でも今回はそれすらなかった。まるで、突然出現したみたいに」
「それってどういうこと?」
「わからない。私にも。とにかく急いで戻るわ」
リシアの声が、かすかに揺れていた。
それが、強さと冷静さを貫いてきた彼女の“本音”のような気がして、胸がざわついた。
やがて遠くに、城壁のような構造物が見えてきた。それはイグナスの外壁。そして、その周囲を取り囲むように、淡く光る柱状の結界も。
「……あれが結界か」
その結界は、街全体を包み込むように天へと伸びる光の柱で、まるで透明なガラスの塔が連なっているかのようだった。
だが、その一部。明らかに、穴が空いていた。
「……結界が……破れてる」
リシアも顔をしかめる。
「……信じられない……」
結界の裂け目の周辺。
そこには、兵士たちが立ち並び、魔法を撃ち合い、剣を振るっているようだった。
そして――モンスターの群れと激突していた。空から見てもわかる、閃光と爆発の連続。
それはまさに"戦争"だった。
「……あれが魔法」
ここ何日かで何度か見てはいたが、“戦争の兵器”として初めて目にするその力に、俺は圧倒されるしかなかった。
街の外だけじゃない。結界の内側でも、その黒い影が暴れているのが見えた。戦闘は、すでに街の中と外、両方で始まっているのだ。
飛竜が減速し、俺たちはイグナスの上空――結界の裂け目付近にたどり着いた。
真下に広がるのは、まさに地獄だった。
モンスターと呼ばれる化け物。それは形は様々だが獣のようなもの、虫のようなもの、トカゲのような見た目の個体もいた。
そして――動かない兵士たちの姿も、いくつか見えた。
「……っ」
俺は言葉が喉につかえて出てこなかった。
そんな俺の心境を察してかリシアが俺に言った。
「モンスターを見るのは初めだったわね。モンスターは狙って人と敵対する点、極めて攻撃性の高い魔法攻撃、物理攻撃を使う点で魔物より数段恐ろしい存在よ」
「……」
「そして、そんな脅威から国を守るために私たちが必要なの」
「じゃあ君もこの戦いに参加するんだろ? すぐに降りて――」
リシアは俺の言葉を遮った。
「……駄目。あなたを、あそこに連れて行くわけにはいかないわ」
リシアが手綱をぐっと引くと飛竜が旋回する。
俺たちはイグナスの街の内側、兵舎が集まる区域へと向かって飛んだ。
「おい、待てよ! 俺だって――!」
「戦えるわけないでしょ!足手まといになる!」
(俺は……ただの“連れて帰る荷物”だってことか)
やがて飛竜が着地した。
「おい、もう出るぞ!」
「剣は!? 誰か俺の剣見なかったか!?」
「装備まだ届いてねぇよ!」
いきなりの招集に、兵士たちは半ば叫びながら武具を身に着け、駆け出していた。まだ鎧を装備しきれていない者もいる。それでも、彼らは武器を握って戦場へと向かっていく。
通りには、市民の悲鳴が響いていた。
「どうなってるの!?」
「家に戻って!すぐに!」
「モンスターが、来てるって……!」
リシアは、振り向きざまに俺を見た。
「ここから先、あなたは動かないで。ここにいれば安全だから」
「……じゃあ、君は」
「私は当然、ヤツらと戦いに行くわ。第一部隊の隊長としての責任もあるし」
復讐心の籠った黒い瞳でそう言うと、リシアは再び飛竜の背に跳び乗る。
そして振り向かずに、ただ短く言い残した。
「大人しくしてて。生き残りたいなら。これは命令よ」
リシアが空へ消えたあと、俺はしばらくその場を動けなかった。
地面には兵士たちの足跡。武器を手に走り去る姿。市民の叫び声が、まだ遠くで響いている。
(……落ち着け……俺には関係ない……はずだ)
そう。言われたじゃないか。
大人しくしていろと。
それはきっと正しい。
きっと正しいけど。
どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。
この世界の戦争も、モンスターも、血も、叫びも。
……自分には関係ないはず。
……他人事さ。
心の中で繰り返した言葉が、かえって自分を締めつけていく。
誰かの悲鳴。誰かの涙。誰かの死。
それをただ、ここで見ているだけでいいのか――
俺は、その場に立ち尽くしていた。
☆今回の一言メモ☆
第0話にもあるように、またこのあと少し出てきますが凪は自身の経験から深く人と関わることに無意識に恐れを感じています。でもそれは自分が関わって相手が不幸になるのではないかという懸念から。そうでないと彼が自信を持ったときにはきっと変わってくると思います。