第3話 キミが戦う理由が悲しすぎる件について。
飛竜が羽を広げながら、森の縁にあるなだらかな丘のそばに着地した。彼女は無言のまま手綱を引き、飛竜の耳元で――
「周囲の空、見張ってて。なにかあったらすぐ戻ってきて」
その言葉に応えるように、彼は低く一度だけ咆哮し、再び大空へ舞い上がった。
俺とリシアの二人だけが、森の入り口に取り残された。
「こっちよ」
俺たちは木々の間に踏み込む。俺は、彼女の背中を追いながら気まずさを誤魔化すように口を開いた。
「君は、よくここに来るの?」
「……そうね。たまに、ふらっと一人で」
「ふーん」
草木を踏みしきる音が響く
「……詳しく聞かないのね」
「聞かれたくないかもしれないだろ」
リシアが、ふと立ち止まる。
「……私の母と兄のお墓があるの」
「そっか……お父さんは?」
「母と兄は、10年前のモンスターとの戦争で――死んだ。父はその少し前から行方不明なの。多分、生きてないと思う」
「……そっか」
軟禁生活中に読んだ書物では、この世界には人間にとって脅威となる生物がいて、"魔物"と"モンスター"の二種類が存在しているとのこと。
どちらも人間に危害を加える点では同じだが、魔物はもともとこの世界に住んでいた種の一つ。地球でいうと熊や猪の類のイメージに近い。だがモンスターは魔物よりも狂暴で、"十年ほど前"からなんの前ぶれもなく新種として現れ始めたらしい。
「私はね。十年前、突如として現れて家族を殺したあいつら――モンスターが許せない。奴らを、根絶やしにするために私はこの国の軍人になった。私は……!」
その瞬間、彼女の瞳が黒く染まるような錯覚に襲われた。
全てを焼き尽くす紅蓮のような殺気。明らかに“怒り”という感情だけでは済まない、もっと深い感情の渦。
――わかる。
(わかる。……俺はこの感情を知っている。この子は……どこかで家族を追って死ぬために戦いの中で生きているんだ)
何も言わず、いや言えず、ただ俺はその背中を見つめる。言葉ではなく、沈黙だけが、今はふさわしかった。
彼女はゆっくりと前を向いたまま、ぽつりとつぶやく。
「……喋り過ぎたわね。あなたにこんなことを言っても仕方ないのにね」
俺は手を頭の後ろで組んだ。
「俺が異世界人だからかもな。ほら……案外、近い人より、よく知らない相手の方が話せたりするって、あるだろ?」
「……そうね。そんなイレギュラー過ぎるあなたが、スパイやこの間みたいな暗殺者だって可能性は限りなくゼロだし」
「でしょ。ていうか君はああいった連中から命を狙われてるの?」
過去にああいうことが無かったわけではないけど。前回は正直油断していたわ。この国では見かけないような拘束系の魔道具だったみたいだし。私の斬撃も当たったと思ったんだけど」
ここでリシアは思い出したように続けて言った。
「そういえば、あの時あなたに当たった魔法、毒系統の魔法が付与されていたみたいだったけど、妙に目を覚ますのが早かったようだけど…」
そういえば、あの白フードの弾を受けた後、身体の自由が利かなくなったっけ。
「さぁ。異世界のウンチクはよくわかんないけど、お互い生きててよかったよ。俺も元の世界に帰らないといけないし」
「そうね」
それきり、二人の会話は終わった。
やがて、再び俺があの日飛ばされてきた丘にたどり着いた。
相変わらず妙なくちばしをした鳥が飛んでいる。
元の世界に帰る方法はあるんだろうか。今の話を聞いていたら、自分の家族や数少ない友人のことなどをふと思い出した。
リシアは静かに墓前に歩み寄り、目を閉じて祈りを捧げる。俺はその背中を、ただ無言で見守っていた。
木々の間から差し込む光が、彼女の赤い髪を照らしていた。俺はその後ろ姿をただ見ていた。
これは彼女に伝えるかどうか迷ってやめたことだが、彼女が今日、俺を誘ってここに同伴を願い出たのは俺のことを気遣ったのもあるのだろう。
ひとり異世界に飛ばされて、軟禁状態の俺に気分転換をさせたかったのかもしれない。
* * *
やがてリシアが祈りを終え、立ち上がると俺と目が合う。
「なに?」
「いや別に」
リシアは思い出したように言った。
「そういえばしっかりと自己紹介していなかったわね」
「自己紹介? ああ、そういえば君にはしてもらってなかったっけ」
「私はリシア・F・アルステッド。イグナス焔戦団の第一部隊長、まぁ早い話が軍人よ」
「黒瀬凪。改めてよろしく。見たところ俺より若そうなのに軍人だなんて」
リシアは隊長と呼ばれている七人の人間の中でも、他の隊員の中でも飛びぬけて若かった。
――その瞬間だった。
「リシア、あれ」
空から風を裂く音が響き、飛竜が急降下してきた。着地と同時に地面を激しく震わせる。
「ええ……どうしたのかしら」
☆今回の一言メモ☆
現実でも、内弁慶の人や海外に行くと開放的な気分になる方っていると思います。リシアが凪に対して割と心情を語っていますが、それと同じような心理が働いています。つまり、彼女にとって凪というある意味でいう特殊な外国人で、本音が話しやすいということです。