第1話 目が覚めたらそこは異世界。女の子が危険だったので助けました。
俺は目を覚ました。
そこは、草の感触が心地よい地面の上だった。
なんだか空気の重さが違う。上手く表現できないけどそんな感覚。
――どこだ、ここ。
俺は身体を起こして周りを見わたす。目の前には、見たことのない葉を持つ植物。
空では、くちばしが二股に分かれた奇妙な鳥が鳴いて飛び去っていく。
どこを見ても、ここが俺のいた世界とは違う。
……夢じゃない。あきらかにこれは、もう“地球”じゃない。
ぼんやりと立ち上がった俺の目に、すぐ近くの丘が見える。
そこには一人の少女がいた。
赤い。
風に揺れるポニーテール、燃えるような赤。
腰には一振りの剣を差していて、まるで漫画や小説に出てくる剣士のような立ち姿だった。
彼女は俺に気づいていない。ただ静かに、一つの墓標の前で手を合わせている。
――俺は、なぜか目を逸らせなかった。
彼女がどこの誰なのかも分からないのに。
ここで俺は異変を感じる。丘の下の茂みに、わずかにのぞく別の人影。
顔から体まで白いローブのようなもので隠されている。しかし、そんなことよりもそいつは見たこともないボウガンのような武器を持っている。照準の先は、彼女を捉えていた。
(――やばい……!)
彼女は気づいていない。
助けないと!
俺の脳裏に、別の光景がフラッシュバックする。
妹が――あの交差点へ飛び出した時。
あの時、俺は助けられなかった。あの時の自分を、何度も何度も、責めてきた。
今度は……!
俺は走り出し、彼女と白い人影の間に身を投げ出した。
――鋭い痛みが右肩を貫いた。衝撃で視界が揺れて、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
あれ、体が動かない。
異変に気づいた赤毛の少女が俺を見る。
「……あなた一体! いえ、それよりも!」
彼女が俺を通り抜け、腰に帯びた剣を抜刀する。
俺は目を疑った。
彼女の剣から炎が走ったのだ。
放たれた紅蓮の斬撃が、木々の間に閃光のように走る。
(なんだアレは)
「……逃がした……!?」
その剣は速く、美しかった。しかし、相手の逃げ足もかなりのものだったようだ。
彼女が、俺のそばへ駆け寄ってくる。
「……あなた、何者?」
そう問われたけど、俺の口はうまく動かなかった。意識が遠のく中、俺は一言だけ、言葉を絞り出した。
「……守れた、かな……今度は……」
幻覚かもしれないが、自分の体が白く光って見えた。
「ちょっと! しっかりなさい!」
俺の意識は暗闇に落ちていった。
* * *
全身が浮遊感につつまれていた。
天井も地上もない空間。熱くもなく寒くもない、時が止まったような空間だった。
「よくわかんないけど、おれ死んだのかな」
その時、どこからともなく声が聞こえた。
『あなたは死なないわ』
「え?」
『よかった。今なら私の声が届くみたい』
彼女――? の姿は直接見えなかったが、なぜか懐かしい気がする。
『いきなりごめんなさい。あなたをここへ呼んだのは私。今のあなたの力が必要になりました』
「本当にいきなりですね……。せめて説明を」
『ここであなたと会話できる時間は、多くはないようなので』
「……」
『あの子を守ってください。あなたにしかないその力で。今の私にできるのは、この世界の言葉があなたに理解できるようにすることくらい』
それだけ言うと、その空間が徐々に消えていく。
「あっ、ちょっと!」
* * *
俺が目を覚ましたのは、石畳の上だった。右肩には布が巻かれていて、ぴったりと冷却具のようなものが当てられている。
身体は普通に動く。
「……って、え?」
起き上がろうとした瞬間、手首から「ガシャン」と音が鳴った。
「なんで拘束されてんの俺……!」
窓はなく鉄格子の扉があるだけ。それは完全に“牢屋”だった。
すると、外から足音がして無愛想そうな兵士がやってきた。
「起きたか。……しぶといな。強力な麻痺毒系統の魔法を受けたと聞いたが……」
「これは一体!」
「質問は後だ。お前の処遇は上が決める……」
兵士が去ったあと、今度は何人もの足音が近づく。そして、ゆっくりと鉄格子の前に姿を現したのは――
杖を片手にした、一人の老女だった。その後ろには護衛なのか、兵士たちが何人か待機している。どうやらなかなかの権威を持っている人物らしい。
瞳は鋭くも穏やか。小柄な普通のおばあちゃんのように見えるのに、“この場の全員が逆らえない”ような雰囲気をまとっていた。
「はじめまして――」
俺はうなずく。
「なら、まずはご挨拶から始めましょうか。私はエルマ・ヴァルネアよ。そうね、この国の長とでも言えばわかりやすいかしら。よろしくね」
俺の目を見て、ゆっくりと名乗った。もう薄々わかっているが、明らかに地球人のそれではない。
俺が助けたあの少女も、少女を狙っていた白いフードのヤツも、まるで漫画やファンタジーに出てくるような“魔法”のような力を使っていた。
「俺は黒瀬凪と言います。よろしくお願いします」
「……変わったお名前ね。凪ちゃんと呼べばいいかしら?」
「え? あ、はい。大丈夫です。あの……」
「心配しないでちょうだい。あなたがうちの可愛い戦士の命を救ったことは聞いているわ。凪ちゃんさえよければ、この国の長として、あなたを――」
ここで老女はゆっくりと振り返り、看守に向かって短く告げた。
「この子の拘束を外して。……私は、彼と話がしたいの」
ガシャン、という音と共に手錠が外される。
俺はようやく自由になった手首を軽くさすりながら、何者か分からないこの人物を見あげた。
彼女は、ただ穏やかにこう言った。
「歩けるかしら?」
そして、牢屋から出ることとなる。一体どうなるんだろう。
☆今回の一言メモ☆
凪の年齢は20歳で大学生。そして3つ年下の妹がいるお兄ちゃんです。第0話で描写しているように、彼のもつ特殊な力を除けば、年相応の普通の男の子です。