第14話 俺の特技は戦いで活きるのか?
俺がヴォルクからの勧誘をうけて考えこんでいると――ちょうど訓練の休憩時間なのか、男がこちらに歩み寄ってきた。
レイガン・ドランベルク。第二部隊の隊長。
「よぉ、ヴォルク。それに凪坊」
その声は親しげかつ豪快だった。
ヴォルクが彼に言った。
「久しぶりにお前たちの鍛錬を見ておこうと思ってな。邪魔してるか?」
レイガンは鼻で笑った。
「よく言うぜ。本部での書類仕事から逃げてきた口だろうに」
図星だったのか、ヴォルクは笑った。
二人のやり取りからは、気の置けない関係がにじみ出ていた。
レイガンはちらりと俺を見たあとヴォルクに言った。
「"また"お前は、拾い物をする気か?」
ヴォルクはやや間を置いたあと言った。
「まぁな。あとは、本人しだいだ」
「お久しぶりです」
俺がレイガンにそう声をかける。
「ちゃんと話すのは初めてだな。イグナス焔戦団・第二部隊隊長、レイガン・ドランベルクだ」
がっしりとした腕を組みながら、彼は笑みを浮かべる。
「ヴォルク団長とは古い仲でな。……こいつは昔から、思いつきで行動する性格だから突然で驚いたろ?」
「えぇ、かなり」
俺が苦笑すると、レイガンはさらに声をあげて笑った。その目は笑うと線のように細くなるが、不思議な温かさと安心感があった。
「凪坊は、命張ってモンスターをぶった斬ったんだってな。なかなか肝が据わってるじゃねぇか」
「……いえ、あれは、たまたまです」
「そういう謙遜、嫌いじゃねぇ。だがな、“たまたま”で魔物は倒せん。剣を握った時点で――お前も戦士の一人だ」
レイガンはふっと視線を遠くに向けると、鍛錬場の壁際に立てかけてあった木剣を手に取った。木剣とは思えない重たい音を響かせ、それを片手で俺に放る。
「え?」
「ちょっと、軽く手合わせしてみっか? 別に勝ち負けって話じゃねぇ」
「手合わせですか」
そんなやり取りを傍で見ていたヴォルクが、からからと笑いながら言った。
「いいじゃねぇか。俺たちはお前の剣の“強さ”に期待して誘ってるわけじゃないが――戦いに身を投じるってのは、そういうことだ。やってみろ、凪」
「俺の世界の生きていた国では……戦争はありませんでした」
俺は言い終えて、ゆっくりと顔を上げた。
「でも、そういうことなら、できるだけ頑張ります」
「そうかい。なら、期待せずに興味本位で見せてもらうとするさ」
そう。全力で彼の懐を借りてみよう。
レイガン。この男は当然ただの戦士ではない。隊長という立場で、幾度も命を懸けた戦場をくぐってきた“本物”だ。
だからこそ――本気でなければ、礼を失する。
やがて、俺たちは無言のまま、正面から向き合った。その様子に休憩していた周囲の兵士たちがざわざわと騒ぎ始める。
「なんか始まるのか?」
「おい見ろ、レイガン隊長と――あれ、あの異世界人の青年だろ?」
「まさか、手合わせか?」
「うわ、正気かよ……レイガン隊長に勝てるわけがない」
「……いや、でも見てみたくねぇか?」
誰かが言ったその言葉をきっかけに、次第に人の輪が広がっていく。鍛錬場の一角、しだいに緊張と期待が膨らんでいく中、俺は自分なりに構え、剣を胸の前に掲げた。
「来い、凪坊!」
レイガンの一声が、空気を裂いた。
それを合図に俺は踏み出す。
一気に間合いを詰めた。
* * *
映像記憶
それは、俺にとっては“生まれつき”のようなものだった。いつから持っていたのかは思い出せない。ただ、"物心"がついたときには、もう備わっていた。
地球という世界では、それは便利すぎる力だった。教科書の内容など、目を通せばすぐに覚えられる。試験などはもはや作業に過ぎず、結果になど興味はなかった。
――俺が天狗になるのに、時間はかからなかった。
勉強だけじゃない。人の所作も癖も、動きも、ひとたび見れば“記録”される。蓄積された情報は、まるで超能力のように相手の“次”を予測させる。
でも――それが、いつしか俺の“孤独”を深めていった。気味悪がられ、妬まれ、避けられた。一度刻まれたトラウマや、他人の何気ない悪意すらも、忘れられずに繰り返し再生される夜。
だから俺はいつしかこの能力を隠し、できる限り人を見ないようにして生きてきた。
でも、ここでは。
俺は今、目の前の戦士に、真正面から挑んでいる。
「なかなかどうして悪くない!」
レイガンの木剣が、俺の一撃を受け流す。
(見逃すな。決して……!)
俺はレイガンの筋肉の使い方、踏み込みのタイミング、視線の向き――
それを観察し、記憶する。そして、その情報を使って、少しずつ俺自身の戦い方にフィードバックさせる。
(慌てるな……少しずつ、記憶して対応していけばいい。試験と同じ要領だ)
☆今回の一言メモ☆
全員をしっかり出そうとは思っていませんが焔戦団の隊長は7人いて俗称で七炎刃と呼ばれています。どうしてもリシアの強さが引き合いに出されることが多いので、他の隊長格もこのくらい強いんだぞというアピールも込めています。レイガンに関していえば、精神面での強さは圧倒的にリシアよりも上です。




