第145話 魔龍の復活とぞれぞれの戦い(後編)
天を覆う漆黒の城。その頂から現れた魔龍は、咆哮と共に口を開けて天に異世界への穴を開けていた。
空には轟音と共に空間が軋み、精霊世界へ通じる門のような穴が開いていた。
ズズズズ
魔龍はうねる長大な身をその穴へと潜り込ませる。
黒に近い紫の鱗が最後にきらめき、巨躯は完全にその中へ消えていく。
「……おれの中のセレスティアの力がうずく……!」
俺は拳を握りしめる。胸が熱くなる。
「すぐに……あそこへいかなきゃ!」
強い声に、ミーナが顔を上げてうなずいた。
「はい! でも……あんな高さまで、どうやって……?」
俺は隣に立つエアリアへ視線を向ける。
彼女は肩をすくめ、大げさにため息をついた。
「……ハイハイ。わかってるわよ。アンタを抱えて飛べばいいんでしょう?」
口調はぶっきらぼうだが、笑みを浮かべていた。
「でも、あの高さだしいけるのは一人分が限界だよ」
「なら、私はひとりで飛ぶわ」
リシアが剣を握り、真紅の瞳を凛と輝かせる。
「飛焔脚で跳べば、なんとかなるわ」
その瞳が俺を見つめた。
俺はためらわずうなずいた。
「……頼む、リシア」
決意の輪が固まったその時――。
空から影が降り注いだ。
上空の城から、羽ばたく群れが雨のように降下してくる。
漆黒の翼を広げたモンスターたち。
「ま、まだ来るんですか!?」
ミーナが震える声を上げる。
だが、レイが皆を見回して言った。
「もうこれだけの数を出したんだから、残りはそう多くないはず!」
それでも降り注ぐ影は脅威だ。
剣を構える俺たちの横で、グレオニアスが低く唸るように言った。
「俺も……空へ上がりたいところだが――」
彼の視線が軍本部の正面へ向いた。
扉の奥。
闇を切り裂くようにして、三つの人影がゆっくりと現れた。
その姿が明らかになった瞬間、リシアが息を呑み、震える声でつぶやいた。
「……あの三人は……?」
グレオニアスはゆっくりと顎を上げ、余裕ある笑みを浮かべた。
「アイツらは――ゼクスラント四将軍の残りの三人だ。どうやら俺と違って……しっかりと“操られて”いるようだぜ」
その言葉に、全員が驚愕する。
グレオニアスが彼ら一人一人の軽い紹介をしていた。
妖艶な微笑を浮かべる紫の髪の女――紫雷将軍エレナ・ヴォルティナ。
銀青の髪を背に垂らし、右手に剣を構える冷徹な女剣士――氷帝将軍アイリス・グラキエス。
焦げ茶の髪を持つ幼い少年――鋼牙将軍メルヴィス・クロムハルト。
三人の瞳は黒く濁り、意思を奪われた人形のように冷たく光っていた。
「な……ゼクスラント四将軍ってのが三人も……!?」
エアリアが空中で声を失う。
「グレオニアス将軍一人であんなに強かったのに……残りの三人まで……!」
ミーナの声は震え、杖を握る手が汗で濡れていた。
リオナも大斧を構えながら呻く。
「馬鹿な……。リシア、覚えているだろう……? あの三人が並び立った時の式典を……。まさしく軍神の象徴だったあの姿を……!」
リシアは唇を噛みしめた。
「ええ……。私たちでも勝てる相手じゃなかった……。まさか全員が敵になるなんて……!」
その場にいる全員の胸に――絶望の二文字が押し寄せた。
グレオニアスは大剣を肩に担ぎ、猛々しく笑った。
「何をビビッてやがる! あいつらはあくまでロストってペテン師の術で正気を失ってるだけだ! 本領を発揮できるわけじゃねえ! それにこの俺も加勢してやるっていうんだ。安心しな!」
その声はまるで戦場を揺らす雷鳴のようで、皆の胸を奮わせた。
リオナが大斧を構え直し吠えてみせた。
「そうだな。リシア、凪、エアリア……お前たちは先に行け! ここは私たちで何とかする!」
ミーナも小さくうなずき、杖を胸の前に抱いた。
「はい……そうしてください!」
俺は思わず叫ぶ。
「そんな……! でも!」
エアリアが振り向き、鋭い瞳で俺を射抜いた。
「黒瀬! この世界と、あんたの地球の命運がかかってるんでしょ! 迷ってる暇なんてない!」
その真剣な声に、俺の心は突き動かされる。
「……碧。わかった」
「今はエアリアよ!」
俺はリシアに視線を送る。
「リシア、いいか?」
リシアは赤い瞳を燃やし、力強くうなずいた。
「もちろんよ。いきましょう! ノン、ロスト。そしてパパを止めるために」
エアリアは詠唱と共に、背に大きな風の翼を顕現させる。羽ばたきとともに強風が巻き起こり、彼女は俺を抱きかかえると一気に空へと舞い上がった。
「いくよ、黒瀬!」
「うん!」
下方の街がみるみる小さくなり、灼熱の戦場が遠ざかっていく。左右を見わたすとゼクスラント全域を囲むノンが作り出したどこまでも続く黒い壁。
一方で、リシアは両脚に赤い魔法陣を展開させた。
「天へと昇る紅蓮の炎よ。我が元に――! ≪飛焔脚≫!」
爆炎の推進力が足元で生まれると、彼女の体を紅蓮の流星のように宙へと押し上げる。
その下では、グレオニアスが大剣を構え直し、吠えるように叫んだ。
「頼んだぞ英雄たち――!!」
その声を背に、俺とリシアは魔龍が開けた“空の穴”を目指して――天へとを駆け上がっていった。
「頑張ってみんな」
レイは祈るように空を見上げていた。
☆今回の一言メモ☆
グレオニアスを出すなら他の将軍も出さないといけませんよね。グレオニアスとしては仲間と戦うことになるわけです。単純なパワー勝負ということであれば彼が一番強いということもあるからか、それとも彼の性格なのかわかりませんが、この状況を楽しんでいるようにも見えます。