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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第四章 地の国編

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第112話 水心動岩



 ミーナの背後で、金属の擦れる音とともに鍵が開いた。


 ――ガチャリ。


「え!?」


「はい、これで動けるようになったかな?」


 ミーナに静かに近づいた青年が、拘束具を外すと同時に優しい笑みを浮かべた。


「あ、ありがとうございます!」

 ミーナが反射的にお礼を言うと、彼はにこりと笑って名乗った。


「僕は四闘神(しとうしん)の一人、ロムバルド・ノルディス。僕のことは気軽に“ロム”と呼んでくれて構わないよ」


 茶髪を持つその青年は、戦士というよりもどこか貴族的な気品すら漂わせていた。


「あと、これも忘れずにね」


 彼から差し出されたのは――


「……私の杖!」


 それはミーナの大切な杖だった。


「気を失っていた君をリオナちゃんから受け取って、あの部屋に運んだのは僕だったんだ。ロストくんの指示もあってね。だけど最近の彼の行動、どうにも不可解でさ。それに――美しいレディをこんな風に拘束しておくのは、どう考えても筋が通らないと思ってね」


 彼はこともなげに言い、微笑んだ。


「は、はぁ……」

 ミーナは唖然としながらも彼に問う。


「ひとつ教えてください!」


 震える声で叫んだ。

「ロムバルドさん! 私が気を失ってる間に、なんでリシアさんとリオナさんが戦うことになってるんですか!?」


 だがロムは、いつもの調子で肩をすくめる。


「ロムと呼んでくれていいよ、ミーナちゃん。……まぁ、話せば長くなるけど」

 少しだけ眉をひそめ、彼は続けた。

「これは、もともとリオナちゃんが望んだ“決闘”だ。お互いに宿命めいたものを抱えていたからね。けど――」


 そこまで言ったところで、ロムの言葉を遮るように――


 キィィィィィィン!!


 闘技場に甲高い金属音が響いた。直後、地面を割るような激しい地鳴りが起こる。

 下でリシアとリオナが激しく戦っているのだ。


「ロストくんが……リシアちゃんに僕たちが見たことのない……黒の力を使った。それから彼女が……まるで人が変わったように、好戦的になってね」


 ロムバルドの表情が曇る。


 そして、再び闘技場に響くのはリオナの声――


「邪魔は入ったが……やっと、貴様と本気で戦える! この時を何年待ったか!」


 リオナ・ラグナードが、燃えるような金の瞳でリシアを睨みつける。


「……」

 リシアは黙したまま、ただ静かに剣を構えていた。


 

 ミーナが言った。

「ある人が前に言っていました」


 ぎゅっと杖を握りしめた。


「“黒の力”は魔法とは系統が異なる。あらゆる物と現象に干渉する規格外の力だって。……非現実的ですけど、たぶんあのロストっていう人は、リシアさんの心に干渉したんだと思います」


 静かに語るその言葉に、ロムバルドは目を細め、ゆっくりとミーナを見つめた。


「では、ミーナちゃんはどうするんだい?」


 その問いに、ミーナは迷いなく答えた。


「私はまず、あの大男さん――の治療に向かいます。そして……ロムバルドさん、あなたもリシアさんを止めるのに力を貸してください!」


 その願いに、ロムはふっと笑った。


「ロムでいいって言ったじゃないか」


 だが次の瞬間――その笑みは消え、静かな沈黙が彼の周囲を包む。


「……けれど、難しいな」


「え?」


 ロムはゆっくりと首を振り、どこか遠くを見つめるように語った。


「この国、グラディアにはね。昔から一つの厳格な掟があるんだ。“個人対個人の決闘には、たとえ王であろうとも口出しも援助もしてはならない”――と」


「そんな……」


「他国籍のリシアちゃんやミーナちゃんがどうするかは無理強いしないよ。ただ僕がここで手を貸せば、彼女たちの意志そのものを冒涜することになるかもしれない。それはできない」


 ミーナは息をのんだ。


 彼の瞳は優しいままだったが、その奥には冷たく張りつめた“国の理”が確かにあった。


 その少し離れた所で大剣を背負った四闘神の一人が動いた。


「……来る」


 静かに目を閉じていた男――リュウガ・ヴォルゼンが、ふと眉をひそめた。


「強い力を持った者が……だが、なんだこの異質さは……」


 その場に立ち上がると、まるで導かれるように観客席から一歩、また一歩と歩み出す。

 彼の視線は闘技場ではなく、その“何か”を探すように遠くを見据えていた。


 そして――


「うおおおおおッ!!」


 リオナの雄叫びが闘技場に響き渡る。

 対するリシア・F・アルステッドは声を発さず、ただ静かに、だが研ぎ澄まされた瞳で応じた。


 広大な闘技場を駆け回りながら、二人の武器が幾度となくぶつかり合う。

 大斧と刀――その衝突が生む轟音と、舞い上がる砂煙。そして散る火花。


 それは、あまりに速すぎて観客には二人の姿を捉えることさえできない。


「う……ぐっ……!」


 闘技場の壁際に崩れた巨体が、呻き声を漏らす。

 バラン・ドッカー――その名に恥じぬ剛腕の戦士は、それでもなお立ち上がろうともがいていた。


「無理ですよ! バラン様、動かないでください!」


 付き従う戦士たちが慌てて制止する。


 そこへ――


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄った少女の声に、バランは顔を上げる。

 そこにいたのは、つい先ほどまで囚われていた少女、ミーナ・サフィールだった。


「お前はリオナが連れてきた娘か……」


 ミーナは杖を高く掲げ、すぐさま詠唱に入った。


 淡い水色の魔力が彼女の手から溢れ出す。


 だが――


「……戦いの最中に、施しなど受けん……」


 バランの唸るような拒絶がそれを遮った。


 ミーナはきょとんと目を丸くし、そして――


「……なに言ってるんですか! 命にかかわります!」


「命など四闘神にとっては取るに足らないものだ!」


 バチン――!


 乾いた音が、空気を裂いた。


 バランの左頬に、ミーナの小さな掌が叩きつけられていた。


「……ッ!?」


 その巨体がほんの僅か揺れる。

 一瞬、時が止まったかのように静寂が訪れた。


 ミーナの瞳が真っ直ぐバランを捉えている。


「命より大事なものがあるですって? ……ふざけないでください。死んだら全部、おしまいなんです!」

 その声は震えていたが、確かだった。


「家族や、あなたを慕う人たちが……どれだけ悲しむか、わかってるんですか!?」


 バランは、何も言えず、ただその場に佇んだ。


「ぬ……ぬう……」


 巨躯の男の肩が、わずかに揺れる。

 それは怒りでも屈辱でもなく――確かに“何か”を突き動かされた証だった。


「命を捨てることだけが、戦士の誇りじゃないはずです」


 ミーナの声は優しく、けれど確かに、バランの心に届いた。


 次の瞬間、彼女の足元から放たれた淡い蒼光が、精密な魔法陣を描きながら広がっていく。

 その輝きは優しく、だが力強く――バランの全身を包み込んだ。


「癒しの精よ――汝が静穏をもって、傷を、痛みを、迷いを洗い流したまえ。

 今ここに、命の泉を満たせ――水霊(ウンディーネ)再生(リヴァイブ)!」


「……これは……」


 傷だらけだった身体が、見る見るうちに癒えていく。

 割れていた鎧の継ぎ目が光に包まれ、血の気を帯びていた皮膚が元通りに戻っていく。


「なんという治癒力だ……」


 そばにいた戦士が、息を呑んだ。


 ミーナは、深く呼吸を整えながらも、笑顔を絶やさなかった。

「これで大丈夫です」


 バランはそっと地に手をつき、自分の足で立ち上がる。


 ゆっくりと彼女を見下ろし、静かに言った。

「……ミーナ、と言ったか。お前も、誇り高き戦士だったようだな」


 ミーナはちょっと照れくさそうに、しかし胸を張って、

「えへんっ!」

 と誇らしげに笑った。


 バランの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「いいだろう。ここは俺の負けだ。今日は潔く退こう」

☆今回の一言メモ☆

ミーナの優しさという強さが強情なバランを突き動かしました。

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