第108話 信念不動
「大人しくしているようだな、ミーナ・サフィール」
その少女こそ、ミーナを去さらってこの国に連れてきた張本人。グラディアで“四闘神”のひとりに数えられる存在――リオナ・ラグナードだった。特徴的な吊り上がった大きな瞳と金の髪をしている。
ミーナはそれに対して返答する。
「もし私が空を飛べたら……今ごろ、とっくに逃げてますけどねー」
「……心配するな。お前に危害を加えるつもりはない。今のところはな。このあと、食事も持ってきてやる」
確かにそこには敵意も怒りもなかった。
ミーナは言葉を失いながらも――その場を動かず、じっとリオナを見つめ返していた。
「リオナさんって……」
沈黙の中、不意にミーナが声を発した。
「……なんだ?」
少しだけ間を置いて、リオナが返す。
ミーナはじっと彼女を見つめたまま、ぽつりとつぶやく。
「大きい目、黄色の細くて綺麗な髪……。それにすらっとしたボディライン……」
リオナの眉がピクリと動く。
「胸も……大きいし」
「……どこを見ている、この娘は……」
だがミーナは気にする様子もなく、両手を自分の胸元に置きながら続けた。
「いいなぁ……私なんか体重増えちゃったし、胸小さいし……」
しょんぼりしているミーナに困惑するリオナ。
「あ、ごめんなさい!」
ミーナは真剣なまなざしでリオナに向き直った。
「どうして……こうまでして、リシアさんとの決着を望んでいるんですか? リシアさんのことをライバルっていうのは、なんとなくわかりますけど……」
リオナは一瞬だけ黙り込み、ふっと鼻で笑った。
「……食えない娘だな。いいだろう――あの女がここに来るまで、少しだけ付き合ってやる」
そう言って、リオナは部屋の隅に背中を預け、腕を組んだ。
「多少は聞いているかもしれないが、この国において人間の価値は――純然たる“強さ”によって推し量る。
特に我々軍人にとって、それは顕著になる。強さこそが存在意義。強くなければ、生きている意味がない」
ミーナは静かに問い返した。
「強さって……それは、戦いにおける“武力”という意味ですか?」
リオナの視線が鋭く向けられる。
「それ以外に、なにがあるというのだ?」
その答えに、ミーナは一拍おいて、はっきりと答えた。
「“心”です」
その言葉に、リオナの目が細くなった。
「……なにを言っている? そんなものが、いったいなんの役に立つ?」
その瞬間、部屋の空気が静かに、しかし確実に張り詰めていった。
「うーん。ナギさんや、リシアさんみたいに上手くは言えませんけど……」
ミーナは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「この国の人たちって、なんだか……よそよそしくありませんか? きっと“強さ”だけを追いかけてたら、心のどこかで、寂しくなっちゃうと思うんです」
リオナは目を細め、すぐに反論した。
「――強さがなければ、魔物にもモンスターにも殺され、奪われる。人同士の争いすら止められない。強さがあるから秩序が保たれる。これは当然の話だ。……お前の言うことは、ただの理想論でしかない」
その言葉は冷徹で、揺るぎない信念を宿していた。
だが、ミーナは静かに続けた。
「そうかもしれません。……でも、それでも――」
彼女の声は少し震えていたが、想いははっきりしていた。
「リシアさんが“変わった”のって、たぶん……強さを求めた先で、ひとりになって、寂しくなっちゃったからだと思うんです」
その瞬間、リオナの目がかすかに見開かれた。
「……!」
言葉を失ったのは、むしろ“強さ”の象徴だった彼女の方だった。
「私は――」
リオナの声が低く響いた。
「私は数々の人間と戦って、強さでここまで来た。
一人で、ここまでやってきたんだ……! それを否定することは、絶対に許さんぞ!!」
リオナの瞳が鋭く光り、まるで獣のような気迫でミーナを捉えた。
だがミーナは怯まなかった。
「一人で……ですか」
そう言ったあと、わずかに間をおき――もう一度、静かに言葉を紡いだ。
「これは……私の勘ですけど。リシアさんは、きっとリオナさんの言う通り、この場所に来ると思います。でも……そのあと、もう一人。リシアさんを追って、ここに来る人がいます」
リオナの眼差しが、わずかに揺れた。
「……」
「たぶん、そのふたりなら――リシアさんと、ナギさんなら」
ミーナはゆっくりと微笑んだ。
「きっと、あなたの“強さ”を……“心”で突破しちゃうと思います」
「――ふ、ふふふ……!!」
突如、リオナが低く笑い出した。
「はははははっ!!」
その笑いは、嘲笑ではなかった。
むしろ、久しく味わっていなかった“高揚”そのものだった。
ひとしきり笑ったあと、リオナは目を細めて言った。
「そうか……たぎってきたぞ。その“リシアを追ってくる”という人間――お前も、リシアも、その男に誑かされたんだな!?」
ミーナは微笑みながら、はっきりと答えた。
「……そう、かもしれませんね。でも――ナギさんなら、きっとあなたも変えてくれると……私は思っています」
リオナの瞳に、鋭い光が宿る。
「――これは、久しぶりに面白くなってきた」
そう言い放つと、彼女はくるりと踵を返し、部屋の出口へと向かって歩き出した。
「いいだろう。お前たちの言う“心”とやら……それと、私の“力”――どちらが正しいか、行く末を見届けてやる」
その背中に、ミーナのまっすぐな声が届く。
「――はい」
☆今回の一言メモ☆
ミーナがリシアと凪のことを大きく信頼していることがわかるシーンとなりました。




