第103話 新章開幕
ゼクスラントの中心街。石畳の広場では、赤と青の少女たちが並んで腰を下ろしていた。
リシア・F・アルステッドとミーナ・サフィール。
赤と青。火と水。正反対の属性を持つ二人。
「昨日はユーリスのことについて知っている人がいないか、ギルドや情報屋で当たったけれどダメだったわね。やはり私達もヴェントへ行きましょうか」
「はい。ナギさんは確実にいますからね」
その時だった。
「号外ー! 号外だよー!」
甲高い声が広場に響き、街の人々がざわつきながら新聞を手にしていく。
「号外ですって。ちょっと私、買ってくるわ。ちょっと待ってて」
「はーい、いってらっしゃい」
リシアは新聞売りのもとへ歩み寄った。
「一部もらえるかしら」
「へい、ありがと!」
無造作に差し出された紙を受け取り、彼女は目を通す。
──その表情が、次第に強張っていった。
広場のあちこちでも、同じように紙面に目を落とした市民たちがざわつき始めていた。
「……どうですかリシアさん? なにすごいことが書いてありますか?」
ミーナが声をかけるが、返事はない。
「リシアさん?」
隣に立ったミーナが紙面を覗き込む。
新聞の見出しには、こう書かれていた。
《ヴェントで話題の歌姫の正体は異世界人!? “白光の一撃”とともに戦場に現れた謎の剣士と共に消息不明!!》
先週ヴェントを騒がせた“光の柱事件”の詳細が明らかに。
緊急ライブで現地に居合わせた観客による証言と映像魔法の解析により、歌姫“エアリア・リュシエール”が魔法を使って正体を偽装していた存在であった可能性が浮上。
関係者によれば、彼女と行動を共にしていた少年は魔法とは一線を画す“謎の白い力”を放っていたとの証言も。
直近ではエアリアの活動休止が発表されるなど――
そして、次のページには──
凪とエアリアが並んで空を舞う、“ライブ会場での一瞬”が、魔法印刷でプリントされていた。
「……この写真に写ってるのって、絶対ナギさんですよ! やっぱりすごいなぁ!」
無邪気なミーナの声とは対照的に、リシアは額に手を当てて深くため息を吐いた。
「……頭が痛いわ。ちょっと、思考が追いつかない……」
彼女は紙面を見下ろしたまま、冷静に事実を整理し始める。
「彼はセルナを出てヴェントに到着。今話題のアイドルこと“エアリア・リュシエール”と接触し、黒の力を使う者と交戦……そして勝利。そのうえで消息不明……つまり……」
「生きてこっちに向かってる可能性が高いってことですね!」
にこっと笑うミーナに、リシアは肩をすくめた。
「……あのバカ。普通もっと目立たないように行動するでしょう。ここまで派手に報道されたら、居場所を知らせてるようなもんじゃない……」
「ナギさんは、守るべきものがあったら、見境なくなりますからね~」
「……同感ね……」
ミーナは別の記事に目を留め、ぽつりと呟く。
「それに今話題のエアリアさんの活動休止も書かれてます。たぶんナギさんと一緒にこっちに来るつもりなんでしょうね」
リシアはうなずいた。
「……なら、私たちはここに留まっていれば、再会できる可能性が高いわね」
「よかったぁ。これで毎日あちこち動き回らなくてすみます!」
その言葉に、リシアの口元も、ほんの少しだけ緩んだ。
「じゃあ、ミーナ。これからギルドに行きましょう」
「え? どうしてですか?」
「忘れたの? 凪と私たちが行き違いになった時のことを考えて、彼の特徴をギルドに伝えて、内密に捜索依頼を出してあるのを。それを一旦、取り下げないと」
「あ、そうでした!」
* * *
リシアがギルドの大きな木製の扉に手をかけた、その瞬間だった。
──バンッ!!
「ぐああーっ!!」
勢いよく扉が開いたかと思うと、中から一人のギルド員が吹き飛ばされてきた。
「わわっ!」
ミーナが声を上げる。
「だ、大丈夫ですか!?」
リシアはすぐに屈み込み、倒れた男の肩を支える。
「しっかりなさい。何があったの?」
「おぉ! リ、リシアさんか……っ、中に……金髪の女が……あんたを捜してて……どこにいるか知らないって言ったら……突き飛ばされて……!」
リシアの瞳が鋭く光った。
「──なんですって?」
彼女とミーナが扉をくぐると、そこには異様な光景が広がっていた。
ギルドの面々が壁際に追いやられ、中央に立つ“圧倒的な存在感”の人物から距離を取っていた。
特徴的な金髪、巨大な斧、重厚な鎧──
その人物は、ギルド員の襟首を片手で掴み、宙に持ち上げていた。
「……正直に言え。ここに“赤髪の女”が来ていると聞いた。どこにいる?」
「し、週に何回かは来るけど、今日は知らねぇ……頼む、放してくれ!!」
ギルドに緊迫した沈黙が走っている。
「……あの人、リシアさんを探してるんじゃ……」
ミーナが言った。
リシアは前に出ると、その彼女に鋭く声を放った。
「──あなた、私に何の用かしら?」
「おぉ、リシア! 来てくれたか! この妙な女をなんとかしてくれ!」
そして、その金髪の女と視線が交差する。
リシアはその彼女の顔を見て即座に反応する。
「……あなたは……リオナ・グレイム! ……ずいぶん久しぶりね。何年ぶりかしら……」
「……本当にお前、“あの”リシア・F・アルステッドか……?」
金髪のその少女はリシアを見てそう言った。
ミーナが首をかしげる。
「二人はお知り合いなんですか?」
「えぇ。昔ちょっとね。リオナ、その人を離して。私を捜していたんでしょう?」
リオナは持ち上げていた男を無造作に下ろすと、重たい足取りでリシアへ歩み寄る。
「数年ぶりにイグナスへ貴様を訪ねて行ってみれば……栄光ある隊長の座を捨てて、男の尻を追った……そう聞いた」
「……わざわざイグナスまで行ったのね……」
リオナは言葉を返さない。代わりにその拳が答えた。
「っ!?」
「リシアさん!」
──ズドンッ。
乾いた衝撃音。
右の正拳の直撃を受けたリシアの身体が宙を舞い、ギルドの外の石畳へと弾き飛ばされる。
「ぐ……っ」
リオナは一度、深く息を吐いた。
「……ふーっ」
その一撃に、彼女の想いのすべてが詰まっていた。
ギルドの外、ざわつく街路。
「リシアさん!!」
ミーナが慌てて駆け寄る。
「今、回復魔法を──」
「どけ、小娘」
冷たく光る金の瞳。
「嫌です!」
「その女は、この程度ではどうともない。今の私の一撃も受け身を取っている」
ミーナは圧を感じつつも、リシアの傍を離れない。
リシアは石畳に手をつきながら、咳き込み、立ち上がる。
「ありがとう、ミーナ。でも……大丈夫よ」
頬を拭って立ち上がると、リオナを真っ直ぐに見つめた。
「……ずいぶん乱暴な挨拶ね。リオナ、私を探していたんでしょう? 私はいいけど、他の人を巻き込むのはやめなさい」
「その目……お前は、誰だ。私の知る“赤の戦神”は、こんなに鈍くはなかった……」
「“赤の戦神”……?」
ミーナが首をかしげる。
「僕がお答えしよう、ミーナくん」
「あ、ケインさん!」
ギルドの奥から現れたのは屈強な体格に白髪交じりの男。年季の入った革鎧をまとい、あたりにただならぬ威厳を放っていた。彼はケイン・マグナリオ。このギルドを取りまとめる長である。
「この二人にはね……ちょっとした因縁があるのさ」
☆今回の一言メモ☆
リシアとミーナは年の差こそ多少あるようですが、割と早く仲良くなりました。目的が一緒だからでしょうか。




